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Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2017.06.24,Sat

 録画であれ、録音であれ、あるいは活字に起こしたものであれ、自分が喋ったことを突きつけられるのは、なんともいやな感じのものです。

 小学館の江戸川乱歩電子全集に附録としてぜひ私のインタビューを収録したい、なんてことになって、今年1月にこのお店で取材していただきました。

 cafe*mjuk:Home

 で、おととい、テープを、というかレコーダーを起こした原稿をメールで届けていただいたんですけど、なんかもう無茶苦茶です。

 ほんとにいやになります。

 どんな感じかというと、こんな感じ。

――名張図書館の歴史は、そのまま「名張図書館・乱歩文庫」の歴史ですね。
中 そうですね。ただね、お役人というのは、現場のことがわかってないんです。(名張あたりで図書館のお役人やってるような人というのはほんまにアホなんです(笑)。お役人というのはまあレベル低いんですね。この辺のレベルで言うと、まあ給与は高いんですけども、おつむのレベルは低いんです。特に図書館の館長とかいうと、お役所の出世コースとは完全に縁のない存在なんですね。つまりあそこはどうでもええから、図書館の館長でもやらしとけという人がね。お役人言うたかて、)。お役人の中で出世コースを爆進して、位人臣を極めましたというような人でも、世間ではそれはただのアホですからね(笑)。あんな役に立たんのはないですよ、ほんとに。もう腹立ってきます(笑)。とにかく本読まん人が図書館長になったんですね。だから乱歩関連資料を収集しましょうという場合に、どうしても陳列とか展示のレベルでしか考えられないんです。本を読んでそれで何かをするというのがない。図書館の役割とかいうのもようわかってないんです、要するに無償貸出でいいんじゃないかというぐらいの認識しかないんですね。ですから古本屋の目録で乱歩の本を適当にたくさん買い集めるんですけれども、そのリストを作ることさえ気がつかないんですね。買うて来るでしょう。一番裏の見返しに、どこどこ書店で何ぼで買うたって書いて、で、ぱっと棚に入れて終わりなんですね。書誌データを記録していくとか、あるいは乱歩がどんな本を出してるかを調べるとか、そういうことはまったく考えていないんですね。ただ本を並べて、ちょっと平井隆太郎先生のところに行って乱歩の文机を借りてくるとか、マントをお借りするとかして、おしまい。どちらも、平井家から図書館に無償永久貸与というかたちでお借りしているんですが、それで小さな、小さなコーナーを作って、「一丁あがり!」。これでは、市民の税金使って本買ってるのに、怒られますよ。

 活字に起こしてくれた編集スタッフのかたが、このあたりは削ったほうがいいのではないか、とアドバイスしてくださってるんですけど、なんのなんの、一歩も引かぬぞ。

 ただまあ、意味の汲みにくいところやテンポのよくないところには手を入れて、一篇のウェルメイドな話芸として仕上げたいとは思います。

 たとえば、

 「お役人というのは、現場のことがわかってないんです」

 というのはいったいどういうことか、どういう事態を念頭に置いてこんなことを口走ったのか、いまとなっては私にもわかりません。

 そもそもお役人のみなさんと来たら、現場のことだけでなく何もかもわかっておらんわけですが、とにかくちょっと手直しをする必要があると思われます。

 はたまた、

 「お役人の中で出世コースを爆進して、位人臣を極めましたというような人でも、世間ではそれはただのアホですからね(笑)」

 とありますところ、意味は汲めますけどテンポがいけない。

 ですから、

 「入庁以来お役所の出世コースをしゃかりきで驀進し、恥ずかしながら位人臣を極めてしまいましたゆうよなお役人でも世間へ出したらただのあほですからねあんなもん。はははは」

 みたいにすればいいんじゃないかと思います。

 あるいは、乱歩の「虫」みたいに、悪口雑言罵詈讒謗を伏せ字だらけにしてしまうのも一興ではないか。

 うーん。

 いろいろと悩ましいなあ。

 けけけ。
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Posted by 中 相作 - 2017.06.22,Thu

 『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』のための引用集、「帝国少年新聞」の「主意書」行っときます。

近時我国に於ける新聞紙の発達は駸々として日に月に著く其種類の如きも重なるものゝみにて二千余を算するに至れり又その内容に至りては遠く千里の他邦に起りし出来事も数時間にして報じ得るの迅速と国民の輿論を励起して一国の政治を左右し得るの勢力とを兼備し吾人が是に受くるの利益実に鮮少ならざるなり然れ共大なる利益の反面には又種々の欠陥あるを免れず社会は新聞紙により莫大なる利益を得ると共に一方尠からざる悪影響を被りつゝあるなり。
現今の新聞紙の欠陥として数ふるものは多々あるべしと雖茲に吾人が謂はんと欲する処は其文章難解にして婦女年少者又は高等の智識を有せざる労働者等の読むに適せざる事なり殊に国家将来の維持発達に与るべき少年は日常社会重要の出来事を知らざるべからざるにも拘らず現今の小学生にして新聞紙の一二面を解し得る者は殆と無きの状態なり又仮に一歩を譲りて是を解し得るものとするも現今の新聞紙には社会の裏面に伏在せるあらゆる罪悪を網羅したる所謂三面記事なるものあり頭脳未だ定まらざる年少者がこれより受くる悪影響は蓋し鮮少ならざるべし即ち現今の新聞紙は思慮分別ある年長者の読むに適せるものにして少年は毫も是より得る処なきのみならず却つて書を受くるものなりと云はざるを得ずかくの如く現今多数の新聞紙皆年長者の独占物なりとせば少年にも又少年の新聞無からざるべからず現今の小学生にして往々文部大臣の姓名をすら知らざるものあるは実に適当なる平易の新聞紙なきに基因する事大なるべきは何人と雖肯首する処なり少年新聞の発行は実に目下の急務なりと云ふべし世に少年新聞と名附くる者既に多くこれ有りとは雖そは唯娯楽一方のものにして少年雑誌の類と何等異る処なく如上の欠陥を補ふには未だ尚足らざるなり茲に於て我等同志は理想的少年新聞を発行し以てこの不足を補ひ聊か国家に微意を致さん事を計り帝国少年新聞と題して一少新聞紙を発行する事となれり。
本新聞は其内容の一半を時事問題の解釈及重大事件の報導に充て他の一半は趣味あり実益ある少年小説御伽噺又は科学的の談話等を満載し以て少年をして娯楽の内に日常の出来事を知らしめ知らず識らずの間に国家的感念を深からしめん事を計らんとす若し少年にして社会百般の出来事を知るを得んか自然世界の地理歴史に通ずべく且又日常新聞紙を購買すれば常識の進歩は実に著しきものなるべきを以て本新聞の発行は又小学教育の一助ともなるべきを信ず聊か主意の存する処を述べて世の教育者及少年の父兄諸君に呈す幸に御賛助を得ば啻に吾等同志の満足のみならず実に国家の為天下少年の為幸甚なり。

 これ書いたとき、乱歩は満十八歳でした。

 当時の十八歳って、なんかもう老成してたりなんかしたんでしょうか。
Posted by 中 相作 - 2017.06.21,Wed

 「帝国少年新聞の内容!! 内容!!!」のつづき、おしまいまで引いておきます。

 文中「〳〵」は縦に組めばくの字点になります。

△其他▽
『おり〳〵草』は主筆の諷刺漫筆で睡むけ覚しに妙『記者読者談話欄』は興味深々尚毎号作文考物絵画其他珍奇なる大懸賞が山の如くにある。

  △体裁
○普通新聞紙の半分大で四頁
○一頁六段四十行十六字詰総字数一万五千字余
  △発行
○毎月三回一日十一日二十一日発行
○第一号の発行は……………
 五月一日
  △本社
東京牛込区喜久井町五番地
  帝国少年新聞社
支部申込は右の所へ
  △定価
○一個月五銭一部二銭
 送料二銭
  △広告
直接本社へご照会を乞ふ

 新聞を発行して少年時代から好きだったお伽噺や小説を書きまくるんだ、みたいなことをくわだて、こんなに細部まで詰めたビジネスとして絵図を描くことができたんですから、乱歩はやはり芸を愛した母親だけではなく事業家として立った父親の血も確実に引いていたと思われます。
Posted by 中 相作 - 2017.06.20,Tue

 私は乱歩同様、他人の影響を受けやすい人間なのか、奥泉光さんの集英社文庫『東京自叙伝』から多大なヒントを得て、まず『江戸川乱歩偽自叙伝』というタイトルを思いつき、そのあといや待てよ『複雑な彼』がいいかなと考え直し、さらにぶれまくって『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』ということになったのですが、『東京自叙伝』の破天荒な語り手たる「私」は一時、漱石の『吾輩は猫である』の猫すなわち語り手「吾輩」であったという設定になっていて、ああ、漱石の猫か、たしか中学のとき旺文社文庫で読んだきりではないか、と思ったので価格ゼロ円のキンドル本をダウンロードして読みました。

 内容なんてきれいに忘れていて、かすかに記憶に残っていたのはトチメンボーと蛇飯だけでしたが、作中随所に、といいますか全篇を通じて、中学生ではこの面白さはわからんかったやろな、と痛感されることの連続、余勢を駆ってひきつづきキンドル本『坊っちゃん』をダウンロードしたところです。

 漱石の探偵嫌いはつとに指摘されているところですが、すでに『吾輩は猫である』の時点でそれが色濃くにじみ出ているのにはいささか驚かされました。

 いやいや、それよりもっと驚いたのは、キンドルで全文検索ができることでした。

 ちっとも知らなんだのですが、たとえばキンドル本『吾輩は猫である』で「探偵」を検索すると、作中のすべての「探偵」がその前後三行分ほどを打ち連れてずらーっと出てきてくれるわけです。

 むろん、その三行ほどをタップすると、一瞬の躊躇もなく当該ページにすっ飛んでってくれます。

 漱石に寄り道ばかりもしてられませんから『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』に戻りますと、書き出しを変更することにいたしました。

 祖父の話から始まるのではどうもまだるっこしい。

 いきなりこう出ることにいたしました。

 彼は明治二十七年(一八九四)に生まれ、二冊の自伝を残した。

 なんか、太宰治みたいだな、と思います。
Posted by 中 相作 - 2017.06.19,Mon

 『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』では結局、「彼」や幼年期から青年期までを題材にした自伝的随筆、さらには『奇譚』、もとより『探偵小説四十年』あたりを貼雑して、とどのつまり、帰するところ、乱歩が探偵小説を見誤っていった過程、乱歩風にいえば経路ですが、それを浮き彫りにすることになるのではないかと思います。

 「帝国少年新聞の内容!! 内容!!!」の時点では、乱歩はいまだ探偵小説に開眼しておらず、少年時代の読書の延長線上に、複数の筆名をつかいわけながら、少年小説、冒険小説、滑稽小説、お伽噺をものそうとしていたことがわかりました。

 話は横道にそれますが、冒険小説「黄色黒手団」の作者として紹介されている漱岩は、むろん漱石を踏まえた筆名のはずで、だとすれば中学時代の乱歩は漱石に傾倒していたのかもしれません。

 「孤島の鬼」の語り手の金之助という名前は漱石の本名を借用したのではないか、とたしか戸川安宣さんが推察していらっしゃったことでもありますし。

 漱石がらみでさらに横道を突き進むならば、大正2年3月、「帝国少年新聞」関連の印刷物を仕上げたあと、同月27日に乱歩は牛込区喜久井町五番地に転居します。

 名張まちなかブログ:江戸川乱歩年譜集成 > 大正2年●1913

 この喜久井町こそは漱石生誕の地でした。

 ウィキペディア:喜久井町

 それがどうした、と尋ねられると困りますけど。
Posted by 中 相作 - 2017.06.18,Sun

 『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』のために、ということになるのかどうか、「帝国少年新聞」関連の印刷物をテキストに起こしました。

 「帝国少年新聞」は大正2年に乱歩が企画し、企画倒れを余儀なくされた新聞です。

 名張まちなかブログ:江戸川乱歩年譜集成 > 大正2年●1913

 「帝国少年新聞の内容!! 内容!!!」の一部を引きます。

□主張□
これは本紙の眼目とするところで毎号少年諸君の為に気焔を掲げる執筆者は主筆平井洪濤氏でその熱烈なる文章は必ず少年諸君の歓迎を受けるであらう。
□通信□
本紙第二面の殆と全部を時事通信に費し各記者が全力を注いで懇切に社会の形勢を報導する。
□学術談話□
現今は科学全盛の時代である大は宇宙天体の研究から少は極めて微細なる動植物の観察に至るまで悉く網羅したのが学術談話欄である。
○少年小説希望○
飽くまで希望に向つて猛進する一少年が百折不撓遂に目的を達する迄の運命を現はしたもので或は強賊に捕へられ或は化物屋敷に生活し或は空中の人となり或る時は地下の人となる千変万化の活小説早稲田文科大学生笹舟生の傑作である。
○冒険小説黄色黒手団○
無名の志士漱岩氏の空想で五名の熱血男児が国家の為に身命を賭して敵国に入り不可思議の手段を弄してその滅亡を計るといふ筋最新科学を応用せる大規模の長篇小説である文章の壮大構想の奇絶思はず快哉を叫ばしむ
△滑稽小説仙骨▽
永らく山中で生活して居つた仙人不図浮世が恋しくなり小学時代の友人を訪問して世界の進歩に驚き種々の滑稽を演じるといふ筋一読お臍が宿がえする事受合ひなり。
△お伽噺不死王国▽
小さい弟妹に読んで聞かせるに最も適当な面白いお噺である

 乱歩はいまだポーもドイルも発見していませんでした。
Posted by 中 相作 - 2017.06.17,Sat

 しかし、本当に、何を書けばいいんだか、いまだによくわからないんですけど、「彼」と『探偵小説四十年』という二冊の自伝をどう捌くか、どうやっつけるか、どう活かすか、みたいなことがポイントになるとは思います。

 さらになお恐ろしいことに、乱歩は自伝的随筆もたくさん書いてます。

 ですから、『貼雑乱歩(仮題、変更予定)』は、「二銭銅貨」で世に出るまで、みたいなことでいいのではないかと思えてきました。

 まず最初に、「彼」をやっつける。

 アンドレ・ジードの自伝と木々高太郎の自序を並べて、そのあとに「彼」をもってくる。

 これで、昭和8年刊の堀口大學訳『一粒の麦もし死なずば』、昭和11年7月刊の版画荘版『人生の阿呆』、昭和11年12月に連載が始まった「彼」、という流れをたどることができます。

 で、「彼」はとりあえず、「1」を全文、引用しておく。

 で、なんだかいろいろ書く。

 幼年期、少年期、中学時代、大学時代、職業転々時代。

 で、乱歩の文章と乱歩以外の書き手の文章、あれこれたらたら貼雑がつづいて、最後は突然ですます体になり、
 
 ──江戸川乱歩は大正十二年、「新青年」に「二銭銅貨」を発表してデビューしました。

 という文章でおしまいになる。

 この文章、じつはキンドル本『涙香、「新青年」、乱歩』の書き出しですから、つづきはキンドル本でお読みください、みたいな展開にできたら都合がいいんですけど、いくらなんでもそんな真似はなあ。
Posted by 中 相作 - 2017.06.16,Fri

 『貼雑乱歩(仮題、変更予定)』のための引用集。

 創元推理文庫版『人生の阿呆』から、文庫本で十ページもある木々高太郎の「自序」。

 冒頭から引きます。

 自分の作品に、自分で序を書くと言うのは、作者の足りないところを先きに弁護もし、註解もするようで、何となく好ましくないのであるが、この作には、そうする必要があり、又、意味もあると感ずるために、それをする。
 この作の作者は、巷間に、医学博士であるとか、或いは大学教授であるとか、種々なる噂を生んでいると聞く。そして、或時は、そのためにだけ、この作者の作品が価値あるように、言いふらされていると聞く。
 作者は、この作を提出するに当って、先ず、それを、訂正して貰い度いのである。この作の作者は、少しも医学博士ではない。又、少しも大学教授なぞでもない。否、よし、彼が、そうであったにしても、彼はそのような風袋ふうたいの故に、自分の作品を評価さるることなきを、切に、希望する。彼は唯生れたるままの彼として、一介の作家として、評価もされ、蔑視もされ度いと、切に願う。何故ならば、実際に、彼はそうなのであるから。
 彼は、日本の下層階級の、普通の家に生れた。そして、彼の場合には、実際は曾祖母なのであったが、一切の条件が、ほかの家での祖母に相当したから、彼も亦、祖母と考えていた、その祖母に、甘やかされて育った、平凡な、田舎生れの子であった。
 祖母に育てられた長男は、やくざである、意気地なしである、とは一般に言われていることであるし、全くその通りであった。彼も亦、やくざにせられ、蔭では、馬鹿だの意気地なしだのと言われて、大きくなった。少年時代は、両親、親族一同が、彼の文学への僅かな芽生えを、憎悪し、嫌忌けんきし、ことごとく摘み去ろうとした。しかも、それは可なり苛酷に。──その時代は、文学などと言うものは、子供を悪るくすることより外に、能なきもので、世をあげて、蛇蝎だかつの如く忌み、圧迫すきものであるとの、考えが、この国の親達を支配していたからで、まことに止むを得ぬことでもあった。
 祖母は、文学も何も、皆目かいもくわからぬ人であったが、不思議にも、孫のすることは一々善意に解釈した。作者は、此処ここで、不思議にもと言う。それは、不思議以外のものではない。世の、どの子供よりも、劣っていればと言って、少しもすぐれてはいなかった、彼の、頭の先から爪の先まで、祖母は善く解釈した。或る時は、彼自身、余りに見当違いな、善意の解釈に、祖母をわらいもした。
 それは、唯々、盲目の愛と言うより外はない。動物愛などよりも、更らにはるかに、盲目の愛であった。
 斯うして、祖母に甘やかされて育てられ、そして、青年時代を放縦無頼に過ごさなかったとすれば、それは、自然法則に反する。彼も、自然法則には、反しなかった。僅かに、独逸ドイツ語と露西亜ロシヤ語とを少しく学び、それ等の言葉で書かれた医学書を、少しく興味を持って読んだほかに、彼の青年時代は、他に迷惑をかける外に、何も為さなかった、と言っていい。そうして、既に、相当年をとってしまう迄、彼は何事も為さず、ますます貧乏となる生活を、所有するだけで あった。
 彼は、斯くの如く、つまらぬ人間であった。寧ろ、比較を絶して、劣っている、わがさがを嘆くより外には、何ものをも所有しない、人間であった。
 唯一つだけ、それでも、彼には異常なところがあった。それは、わが心を、ほかの世界の悪意から、守ることだけに、勇気を持っていた点である。心とは何か。それは、内界の世界と言っ てもいい。単に、自分と言ってもいい。即ち、彼は、自分を頑強に、守り通した。やくざでもあり、意気地なしでもあった彼が、勇猛に、果敢に、この守備だけは、やって来たのであった。
 そして、可なり老いて、昭和九年の秋、初めて、一篇の探偵小説を書いた。彼が書いたのではない、友人、海野十三が、寧ろ執拗にすすめて、彼をして書かしめたと言った方が、当っているかも知れぬ。それが、「新青年」に紹介せられた、彼の処女作「網膜脈視症」であった。
 ついで翌年、連続して、五つの短篇を書いた。この間に、友人、海野十三、水谷準の二人が、作者に与えて呉れた激励については、作者は常に感銘の心を持つ。
 此等の労作の間に、作者のうちには、まことに不思議なる、探偵小説への情熱が、湧いて来たのである。
 探偵小説への好みは、既に、長い前から、彼にはあった。祖母に甘やかされて育った、長男の如きものにして、およそ探偵小説への好みを有しないものは、稀であろう。彼も、その例に洩れなかった。雑誌「新青年」は、その初期より、彼の愛読する雑誌であった。日本の探偵小説を代表するかに見える、江川乱歩の諸作は、もとより彼の愛読するところであった。この奇異なる文学は、凡そ早くから、彼の心をしていたのである。言わば、読者としては、既に卒業の期に近かった彼は、外に為すない彼には珍らしく、探偵小説に対する、一隻眼が養成せられてあったのだ。
 そして、自分で作家として歩み始めてから、この一隻眼を以って眺めると、彼には可なり不思議と思われる、現象がみられるのである。
 それは、彼が既に読者であった間に、幾度か疑問を起し、幾度かその疑問に答えていた、探偵小説の本質に関する問題であった。日本の探偵小説壇には、まだまだ、探偵小説非芸術論の盛んであることであった。尤も、斯く言えば、欧米の探偵小説壇に於ても、亦同じである。探偵小説は文学でも、芸術でもないと言う、探偵実話や、犯罪実話からの出源を、まだ忘れることの出来ない、それを、まだ克服することの出来ない、説が、威を振っていることであった。
 彼の進む可き、そして、日本探偵小説壇が、励まなくてはならぬ道は、正に此処にあると、彼は思った。彼は、敢然として立ち、探偵小説芸術論の旗の下に、新らしい道を歩んでみようと、決心した。
 此のような思想は、最もナイーヴには、探偵小説は、一度読まれて、そして直ちに捨てられるものであってはならぬ、と言うテーゼとして言い表わされる。月々の雑誌で読み捨てられ、読んでいるうちは面白いが、二度と再び読む気がしない、探偵実話や探偵記事と、同じものであってはならぬ、と言う思想から来ている。探偵小説も、正に、純文学の小説、酌みて尽きざる、芸術でなくてはならぬ、と言う思想から来ている。斯く言えば人は、その思想を追いつめてゆけば、探偵小説は無くなって、純文学へ帰して了いはせぬか、と言うであろう。否、断じて否。探偵小説は、一定の条件(形式)をそなえた文学である。詩歌が一定の条件を持ち、戯曲が、一定の条件を持つのと、同じである。而も、詩歌や戯曲は、その条件が、完全に美しく、みたされれば充たさるる程、文学としてすぐれて来るのであって、決して、遂にこれが同じ一つの形式に、帰一して了いはせぬのである。同じように、探偵小説は、その条件が充されれば充たさるる程、すぐれた文学となるのであって、斯くして、益々芸術となるのである。
 然らば、探偵小説の条件とは何か。それは、謎があり、論理的思索があり、そして、解決がある、と言う、三つの重要なる条件である。此処では、小説と論理的思索との結合がある。この二つの、全く異った精神活動が、奇しくも結合して出来る文学が、即ち、探偵小説であった。この意味に於ては、あらゆる文学のうちで、探偵小説は、最も理智的にして、最も高尚なる精神活動の、文学であって、同時に、最も情感的な、スリルを伴う文学でもある、と言うことになる。この如き文学は、文学発展の歴史にあって、極めて近代の発見にかかるもので、将来の生長は、まだまだ、測り知られぬものがなくてはならぬのだ。

 木々高太郎の著作権はまだ生きてますから、大量に引きすぎてちょっとまずいかな。

 ともあれ、これを読んだ乱歩はおおいに技癢を感じたのではないかと思われます。

 森鷗外の真似をして技癢とか書くのは悪い趣味だとも思いますけど。
Posted by 中 相作 - 2017.06.15,Thu

 アンドレ・ジード同様、木々高太郎もまた使嗾者ではなかったかと思われます。

 以前にも書きましたけど──

 2013年10月19日:彼の火種は人生の阿呆?

 『人生の阿呆』の「自序」も『貼雑乱歩(仮題、変更予定)』のための引用集に入れときたいと思います。

 ところで、使嗾なんて言葉、ちょっと難しげだからあまりつかわないほうがいいのかしら?
Posted by 中 相作 - 2017.06.14,Wed

 『貼雑乱歩(仮題、変更予定)』のための引用集。

 アンドレ・ジードの『一粒の麦もし死なずば』の冒頭には、こんな記述も見られます。

 僕の両親は、暑中休暇を、カルヴァドスのロック・ベーニャールで過す習慣ならわしにしていた。この別荘は、ロンドー家の祖母おばあさまの死後、母が遺産として相続したものだ。僕らはお正月の休みを、ルーアンの、母の親戚の家で過し、春休みは、ユゼースで、父方の祖母のところで過すことにしていた。
 僕のうちに、相反する影響を伝えているこの二つの家系、このフランスの北と南の二つの県そのまま、これほど互いに異なるものはまたとはあるまい。今日までに、僕は何度も信じる機会を持った、自分が芸術作品を作らずにはいられないわけは、芸術上の作品によってだけ、自分の内部のあまりにもかけ離れた二つの素質を調和させうるからだと、もし芸術作品を作らなかったとしたら、二つの素質は僕の内部にあって、争闘をつづけたはずだ。たとえ争闘とまではゆかなくとも、すくなくも談合をつづけたはずだ。思うに、その遺伝が、唯一無二の方向に押しやるようにできている人にのみ、確然とした肯定は可能なのだ。それとは逆に、相異なる種類の遺伝をあわせ持つ人間、その内部に、相反する要求が、互いに相殺そうさいしながら共存し成長しつづける人間、僕の考えでは、審判者と芸術家とはじつにこの人たちの中から生れる。実例が、僕の説の正しさを示していなかったら、僕の説は大いに誤っていることになる。
 ところが、僕が今ここにその大意をあげたこの法則は、今日まで、ほとんどまったく史家の心にふれずにきたものらしく、ために、僕がこの筆をとっているキュヴェルヴィルでいま手近にあるどの伝記にも、どの辞典にも、五十二巻から成るあの厖大ぼうだいな『世界人名辞書』中の幾人かについて調べてみても、偉人や英雄の母方の血統についてはなんの示唆しさをも見いだすことができないありさまだ。このことについて僕は、あとでもう一度書くつもりだ。

 乱歩は「彼」の冒頭で、まず父方の家系図をさかのぼります。

 ついで、祖父をはじめとした家族の肖像を丹念に描き出し、淡い絵のようにぼんやり残っている幼年期の遠い記憶を手探りしたあと、みずからの遺伝形質にも執拗な考察を加えます。

 ジードはみずからの「あまりにもかけ離れた二つの素質」を自覚し、自身の芸術との内密で重要な関連性を察知していますが、乱歩もまた自分の資質を父母や祖父母のそれに照らして、あえていえば自分の正体を探偵しているように見えます。

 乱歩は「彼」で、父とは他人のように似ていなかったと語り、ジードのいう「母方の血統」が自分を芸術に向かわせたと述べていますが、法律家を志して実業家となった父方の血統をうかがわせる面もむろんないわけではないですから、これはジード説の「実例」のひとつということになるかもしれません。

 ついでですから、乱歩が昭和11年12月に発表した「サイモンズ、カーペンター、ジード」の冒頭二段落も引用。

 アンドレ・ジードはスタンダール全集の「アルマンス」の序文の中に、この小説が読者に理解されないのは、読者が一つの秘密を察し得ないからである。その秘密というのは「アルマンス」の主人公オクターブが不能者だということで、作者はそれを全く読者から隠しているけれど、一度そこへ気がつけば、この小説の全体が生き生きと浮き上がって来るに違いないという意味の事を書いている。
 私はこれと似たような事が、ジード自身の諸作についても云えるのではないかと思う。ジードの場合の秘密というのは、作品の裏を流れている彼の同性愛心理なのだが、ことに「贋金にせがねづくり」などは、作者の同性愛心理を知らずしては、ほとんど理解できないのだとさえ考える。

 私はこれと似たようなことが、乱歩自身の諸作についてもいえるのではないかと思う。
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