山田風太郎の『あと千回の晩飯』、角川文庫版をばらばらと眺めた。
二年前にも眺めたことがあった。
こんなことがあったからだ。
▼名張まちなかブログ:多島斗志之さんが伊賀に?(2010年1月11日)
アクセスしてみたところ、ご家族のブログは、昨年末で閉鎖されていた。
▼父、多島斗志之を探しています。ブログを閉鎖させていただきます。(2011年12月31日)
多島さん、やはり、自死を遂げられたのか。
なんか、やりきれんな。
やりきれんな、と思いつつ、不謹慎かもしれない話題をさらにつづると、二年前、朝日文庫版『あと千回の晩飯』を手に取ったのは、多島さん失踪のニュースから連想して、山田風太郎が安楽死施設について書いていたことを思い出したからだ。
老人の大氾濫予防法についての、私と編集者の問答つづき。
「僕のアイデアでは、ボケ老人を一堂に集めて、集団でトワの眠りについてもらう。毎年八月十五日に戦没者追悼式を行う日本武道館か、いやこのセレモニーのために五階建てくらいの、森厳豪華きわまる神殿を造ってもいいかも知れない。そこに花をつめた柩をびっしりならべて、そのなかに横たわってもらう。そのうちガスがしずかに全館を満たす……」
国民の平均寿命が八十歳、国民の四分の一が六十五歳以上、なんて世の中がまちがいなく到来するんだから、そのときには老人の数を減らす方法を考えなければならない、というのが話の流れだ。
「それはともかく、そりゃ強制ですか」
「いや志願だ。六十五歳になったとき、将来ボケてクソジジイ、クソババアの徴候があらわれたら、この国家的葬送の儀に参加させてくれという登録をしておくんだ。自分の排泄物の始末もできない状態になってまだ生きていたいと思わないひとは、さぞ多いだろうからね。どうだい」
初読のときは、と書こうとして、初読、ということばが変換されないことに気がついた。
ネット辞書で調べても、初読、ということばは存在していないようだ。
へーえ。
この齢になるまで、初読ということばは、ごく一般的に使用されていると思い込んでいた。
初読と再読、とか、ふつうにつかわない?
あえて初読ということばを使用して話を進めると、この安楽死施設の話、初読のときにはおもしろがることができたのだが、二年前の再読では、多島さんのこともあって、すっかり身につまされてしまった、ということを、角川文庫で再々読して思い出し、多島さんのご家族のブログにアクセスして、なんか、つらくなってしまったぞ。
どうも、いかんなあ。
名張はきょうも、ひどく寒くってな。
はーるよこい、はーやくこい、っと。
書籍
文藝別冊 花森安治
平成23・2011年12月30日初版 河出書房新社 KAWADE夢ムック
A5判 227+4ページ 本体1200円
関連箇所
本格もの不振の打開策について
対談:江戸川乱歩、花森安治
初出:宝石 昭和33年3月号
対談再録 > p168-181
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本格もの不振の打開策について
まえがき
(R)
『暮しの手帖」主幹、花森安治さんとは、前に創元社の世界推理小説全集の装釘をお願いしたとき、戸板康二さんなんかといっしょに座談会をやって、はじめてお会いしたが、非常によく探偵小説を読んでおられ、また、取っておきの長篇の筋が一つあるというお話を聞いて、大いに興味を感じた。
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▼河出書房新社:花森安治
寒い。
ほんとに寒いね。
犬の散歩も、寒くて大変だ。
就活も大変だ。
しかし、以前からゆうとるとおり、わしの就活が成就するかどうか、固唾を呑んで注視してくださってるひとが、全国各地にいらっしゃるのじゃ。
そのおひとりから、おとといのエントリに、コメントを頂戴した。
▼2012年1月25日:それにしてもわけわかんね > 無題
な。
「就活頑張って下さい」とおっしゃっていただいた。
ほんと、わしの就活がアウトになったら、名張市立図書館における乱歩が完全に、かつ最終的にアウトになってしまうからな。
それは大きな損失である。
惜しんでもあまりある損失である。
名張市の評判も、さらに大きく地に落ちてしまう。
それでまあ、きのうのつづきなんだけど、まちなか再生事業のすったもんだがありーの、おらおらおらおらしまいにゃテロかますぞがありーの、いろいろゆくたてはあったんだけど、わしは、テロかましたってしかたないな、と思い直した。
名張市立図書館にかんしても、ちゃんとしたことができないのなら、乱歩関連資料の収集なんてやめちまえよばーか、とつねづね叫んでおったんじゃが、いやいや、ここまでつづけてきたんだから、やっぱやめるべきじゃないかもな、というほうに傾いてきた。
だから、テロにはせんから、乱歩のことをちゃんとしてくんない? ということにした。
乱歩のことってのは、いうまでもなく、名張市立図書館における乱歩のことであって、乱歩という作家をご町内感覚で矮小化したような乱歩関連事業には、わしゃ毛筋ほどの興味ももっとらんばい。
で、まーたあれこれとゆくたてがあったんだけど、結局、名張市役所のお役人さまとは話が通じねーな、ということになった。
いちいち細かく説明することはせんけど、身のたけ身のほど、というテーマで、なかば比喩的なことを書いとく。
身のたけ身のほど、というのは、わしが以前からゆうとったことで、ブログ内検索を試みたところ、たとえばこのエントリがひっかかってきた。
▼2011年10月24日:死蔵とは脱線電車とみつけたり
身のたけ身のほど、ということばが、この段落に出てくる。
それに、3・11の津波の映像をくり返しくり返し眼にして、名張市立図書館の収集資料が津波にさらわれるところを想像した、ということはまったくなかったんだけど、比喩的にいえば、そういうことはたしかにあって、名張市はこの世にたったひとつしかない乱歩が生まれたまちであり、名張市立図書館が所蔵している乱歩関連資料もかけがえのない収集資料ではあるのだから、名張市というまちの身のたけ身のほどの範囲内で、ちゃんと考えて、ちゃんと決めて、なすべきことをちゃんとやってゆくことが必要である、とわしはあらためて認識させられた。
なにが、身のたけ身のほど、なのか。
なにかというと乱歩記念館をつくろうだの、あるいは乱歩文学館をつくろうだの、そういうことを口走って、しかし実際には、なんにもできませんでした、みたいなことが、名張市では一再ならずくり返されてきた。
直近では、名張市のまちなか再生事業において、なんの権限も決定権もない名張まちなか再生委員会が、そんなことをいいはじめて、しかし、なにも考えることができなかった、ということがあった。
わしはずいぶん以前から、というか、最初っから、そんな文学館や記念館は必要ない、と主張しておった。
そんなもの、つくってみろ。
建設に億単位、あるいは十億単位の予算が費用だし、つくったからといって、それだけでひとがわんさかつめかける、なんてことにはならない。
施設のランニングコスト、人件費、さらには企画や運営、資料購入、その他もろもろのことにも予算が必要になる。
ここで、念のためにいっとくと、こんな考えをもってるひともある。
どんな考えかというと、これは、ある乱歩ファンのかたから指摘されたことなんだけど、もしも乱歩記念館と名のつくものをつくるのであれば、少なくとも北九州市にある松本清張記念館を凌駕するものでなければならない、しょぼい乱歩記念館なんかつくったら、名張市が乱歩の名をはずかしめた、ということになるぞ、みたいなことであった。
乱歩は清張より偉大なんだから、とその乱歩ファンのかたは考えるわけである。
乱歩記念館は清張記念館よりも立派なものでなけれぱならない、と。
全面的には同意しかねるけど、乱歩ファンの心情としては、それも無理からぬところだろうな、という気はする。
ちなみに、松本清張記念館の公式サイトがこれ。
▼松本清張記念館:Home
閑話休題。
とにかく、名張市の身のたけ身のほどというものを考えた場合、乱歩文学館だの乱歩記念館だの、そんなものはまったくそぐわない。
ならば、どうすればいいのか、というと、せっかく名張市立図書館が乱歩関連資料を収集してきたのだから、図書館として乱歩のことに本分を尽くせばそれでいい、ということになると思う。
身のたけ身のほどの範囲内で、本分を尽くす。
こんなのは、じつはあたりまえのことである。
で、図書館として乱歩関連資料の収集に本分を尽くし、その活用に本分を尽くす、ということになると、必然的に、きのうのエントリに記したような流れが生じてくるはずである。
実際、わしはそういう流れにもっていこうとしたんだけど、流れは完全にとめられてしまった。
いっぽう、お役人さまはどうか。
お役人さまが口にする身のたけ身のほどということばは、かなりニュアンスがちがう。
お役人さまにとって、図書館が身のたけ身のほどの範囲内で乱歩関連資料を収集する、とはどういうことか、というと、要するに、乱歩作品を読もうともせず、乱歩のことを知ろうともせず、調べようともせず、眼についた資料を適当に購入して、ただ死蔵するだけ、ということになる。
つまり、身のたけ身のほど、というのは、現状維持、ということなのである。
それが、お役人さまが考える身のたけ身のほどというやつである、ということがわかった。
お役人さまとの話し合いで、ちなみにこれは、昨年12月1日にあった話し合いなんだけど、身のたけ身のほどでいいのではないか、とのおことばをたまわり、どういうことなのか、ちょっと考えてみたところ、そういうことなのだと思いあたった。
要するに、未来永劫、無能と怠慢でいつづける、ということだ。
それでわしは、ま、しかたないな、と結論した。
手前どもはなにも考えないことにしております、とお役人さまがおっしゃるのであれば、はい、それで結構でございます、と申しあげるしかないではないか。
手前どもはできるだけ働かないようにしております、とお役人さまがおっしゃるのであれば、はい、それで結構でございます、と申しあげるしかないではないか。
てゆーか、ほんとに話が通じないの。
自分たちの身勝手な都合を並べ立てる、ということしかできないの。
ほんっとーに、まともな判断ができないの。
それこそ、無能と怠慢でいつづけることを前提にした判断しかできない。
おのれの甲羅そのままに、無能と怠慢という穴を掘ることしかできない。
だから、こりゃもう、横紙破りではあるけれど、市長判断一直線だな、やっぱ、それしかないな、ということになった。
市長にお助けいただくしかないな、ということになった。
以上が、市長判断を仰ぐにいたった経緯である。
とにかくね、いつまでもこんなこと、いってらんないわけ。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
寄贈図書のほうだって、いつまでもこんなこと、いってらんないわけ。
【回答】
現在のところ、活用方針を検討することについて、具体的な動きはありません。具体的に検討する際には、是非とも有識者による専門的な立場からのご助言をいただければと考えています。
現在のところ、現在のところ、とばかのひとつおぼえみたいに、というか、実際ばかなんだけど、小ずるい先送りばっかかましてちゃだめだろーがよ、ということなんだけど、そんなことしかできないわけね。
それにしても、小ずるいじゃろ。
みごとなまでに、小ずるいじゃろ。
へどが出そうじゃ。
へどはまあ、どうでもいい。
重要なのは、市長判断だ。
市長判断を仰ぐ、といったって、実質的にはお願いである。
名張市立図書館はこのままではだめですから、なんとかわたしにお仕事をさせていただけませんか、というお願いである。
つまりは、就活だ。
ただし、お仕事のお願い以前に、さっきも書いたけど、名張市立図書館が乱歩関連資料の収集に本分を尽くし、その活用に本分を尽くすうえで、必然的に生じてくる流れがあって、その流れが完全にとめられてるんだけど、その流れをなんとかよみがえらせていただけませんか、ということもお願いしている。
つまり、乱歩の自己収集を継承することと、収集資料の活用にインターネットを利用すること、このふたつなんだけど、わしが方向づけようとしながら果たせなかったこの流れは、なんどもいうけど、ごくあたりまえのことであり、ごくごくふつうのことでしかない。
どうして、それ、やんないの? みたいな話なのであるが、それが名張市立図書館や名張市教育委員会にはできない。
そもそも、理解すらできない。
もっとも、資料収集や乱歩にかんして、市長は完全なしろうとでいらっしゃる。
専門的な知識はおもちでない。
いやまあ、名張市立図書館や名張市教育委員会だって、資料収集のこともわからなければ、乱歩のこともわからない、というわけなんだから、専門的な知識はゼロなのである。
だから、結局のところ、わしを信じるか、信じないか、市長にはそれをご判断いただく、ということになる。
要するに、わしを生かすか、わしを殺すか、の二者択一になるわけだが、ありゃりゃ、また剣呑なことを書いてしもうた。
しかし、実際は、そのとおりじゃ。
わしを信じていただけるかどうか、わしを生かしていただけるかどうか。
とどのつまり、そういうことになるのよね。
ああ剣呑じゃ剣呑じゃ。
書籍
あと千回の晩飯 山田風太郎ベストコレクション
山田風太郎
平成23・2011年12月25日初版 角川書店 角川文庫17185
発売:角川グループパブリッシング
A6判 カバー 330ページ 本体667円
初刊:1997年4月 朝日新聞社
旧版:2000年6月 朝日新聞社 朝日文庫
関連箇所
乱歩先生の病気
あと千回の晩飯 > p58-59
初出連載:朝日新聞 1994年10月6日-1995年3月23日、1995年10月5日-1996年10月16日
乱歩先生のお葬式
風山房日記 > p210-216
初出:問題小説 1995年3月号
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乱歩先生の病気
パーキンソン病という病気が、いまどれだけ知名度があるか知らん。
私は医学書でも、ほんの短い説明しかない数十年前からその病名を知っていた。江戸川乱歩氏がこの病気で亡くなられたからである。
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乱歩先生のお葬式
去年平成六年は乱歩先生の生誕百年で、貼雑年譜などいろいろな資料が公開された。
乱歩氏の亡くなられたのは、昭和四十年七月二十八日であった。それからことしまで、もう三十年になる。
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▼web KADOKAWA:あと千回の晩飯
いやいや。
いかんいかん。
わけわかんね、などと、投げやりになっておってはいかん。
歯を食いしばって踏みこたえなければ、市長判断までお願いした意味も甲斐もありゃせんがな。
それでまあ、いったいどうして、市長判断を仰ぐ、みたいな大げさなことになってしまったのか、というと、要するに、名張市役所のお役人さまには、まともな判断力をもったひとが皆無じゃ、という事情があるからじゃ。
むろん、わしだって、名張市役所のお役人さまのことは、あまりよく知らんのだけど、ふつうに考えて、たとえば、いわゆる幹部職員のみなさんに、まともな判断力を期待できるかどうか、というと、とても無理だと思う。
ただまあ、現在ただいまのことはわからん。
日本もずいぶんおかしな国になって、高校生のあこがれの職業第一位は公務員だ、みたいなアンケート結果が報じられることもあるくらいだから、有能な人材が地方公務員になってる、みたいなことも、いまならあるのかもしれん。
しかし、三十年前とか、四十年前とか、そのあたりに地方のお役所に入りました、みたいなひとたちなんてのは、なんだかずいぶんあれだったんじゃねーの? と思う。
あの時代、青年が荒野をめざすことはあっても、有能な人間が田舎のお役所をめざす、なんてことは、まずなかったと思う。
田舎のお役人のイメージは、安月給だけど、仕事はとっても楽、どんなあほでもそれなりに勤めることができて、兼業農家もすーいすい、みたいなものであった。
名張市役所には、わしと学校が同期だった職員もおる。
なかにゃ死んでしもうたやつもいるけど、わしと同期の職員というのが、だいたい四十年前、高校を卒業して名張市役所に入りました、という世代なわけである。
名張市役所が丸之内にあった時代の話だ。
そのころ、同期のひとりがゆうとったんやけど、名張市役所のお役人さまの朝は、お茶を飲むことからはじまった。
いやいや、現在ただいまの話ではない。
四十年ちかく前の話、わしの同期がまだフレッシュマンだったころの話だ。
お茶は、女性職員がいれることになっておった。
そういえば、わしが名張市立図書館の嘱託を拝命したときも、図書館に顔を出して机に着席すると、正職員の女の子がお茶を出してくれることになっていたから、いやいや、そんなことはしてもらわなくていいから、とお願いして、やめてもらったものであったが、四十年ちかく前には、女子職員のお茶くみは、ごくあたりまえの光景だったわけね。
さて、お役人さまは、ただお茶を飲むだけではない。
職場に届いている新聞すべて、つまり、全国紙四紙プラス伊勢新聞、ということになると思うんだけど、お茶を飲みながらそのすべてにすみからすみまで眼を通すのが、お役人さまの朝のルーティンワークなのだ、ということを、わしはその同期のフレッシュマンから聞かされた。
現在ただいまは、さすがにそんなことはないはずだけど、無能と怠慢の楽園でのうのうと公務員生活を送ってきたひとたちが、いかに幹部に出世したとはいえ、まともな判断力をもっているとは思えないわけね。
わしはべつに、幹部職員のみなさんを責めているわけではない。
名張のお役所というのはそういうところなのだ、ということを、とくに、固唾を呑みながらわしの就活のゆくえを見守ってくださっているご閲覧の諸兄姉に、知っておいていただきたい、というだけの話じゃ。
念のために、先日もご紹介したブログから、きょうはこのエントリをお読みいただこうか。
▼名張維新の会「名張のふくろう日記」:職員給与10%削減の概念(2010年7月7日)
ほんと、お役人さまと少し話すだけで、お役所ってのは一般社会からかけ離れた「異質の世界」だ、ということが実感されてくる。
こんなエントリもあった。
▼名張維新の会「名張のふくろう日記」:地方自治体職員の意識改革(2011年6月14日)
お役人さまには、「分かっていないことがわからない」、すなわち、自分たちになにがわかってないのか、それがわかってない、という寸法だ。
でもって、「上から目線体質」なわけ。
いまだに官尊民卑なわけね。
これも、少しお役人さまとおはなしすれば、しみじみ実感されてくるはずのところである。
しかしまあ、それはそれとして、とにかくもうね、まともな判断なんて、名張市役所のお役人さまには、とても期待できない。
名張市役所というのは、そういうところなのである。
名張市立図書館の例をみてみる。
毎度おなじみ、というか、もうその話題はいいから、とおっしゃる向きもおありじゃろうが、乱歩関連資料の収集にかんして、いかになんにも判断してこなかったか、というおはなしを通じて、市長判断を仰ぐにいたった流れをたどってみる。
その昔、それこそ四十年以上も以前の話じゃが、名張市に市立図書館が開設されることになった。
開設準備の段階で、名張に生まれた江戸川乱歩を図書館運営の柱のひとつにしよう、ということになった。
なにをすればいいか。
図書館なんだから、乱歩関連資料を収集しよう、ということになった。
この判断の当否は、わしは問わない。
収集してもよかったし、収集しなくてもよかった。
ただし、収集する、と決めたのであれば、それにつづいて、ちゃんと考え、ちゃんと決める、という作業が必要だった。
どんな資料を収集の対象とするのか。
収集した資料はどう活用するのか。
それを考えて、決めておく必要があった。
しかし、実際には、なにも考えられず、なにも决められなかった。
つまり、乱歩関連資料の収集ってのがどんなことなんだか、名張市立図書館にはそれがわかってなかったんだけど、乱歩関連資料の収集ってのがどんなことなんだかがわかってないってことがわかってなかった、というわけね。
本来であれば、先日も書いたけど、とりあえず、乱歩の著書を集めることにして、乱歩がどんな本を出したのか、それを調べる。
そのためには、どうすればいいか。
試みに、乱歩の自伝をひもといてみる。
そうすると、どの年にどんな本を出したのか、乱歩自身が記録していた、ということがわかる。
こーりゃいいや、調べる手間がはぶけて大助かりじゃん、ということになる。
著書のデータだけでなく、どんな雑誌や新聞に、いつどんな作品を発表したのか、乱歩はそれも記録している。
のみならず、自分のことが書かれた新聞や雑誌の記事なんかも、丹念に記録していた。
そこまでわかると、そうか、乱歩関連資料の収集っていうのは、要するに、乱歩の自己収集を継承することだ、と考えればいいんだな、という判断が生まれる。
端的にいってしまえば、乱歩関連資料の収集ってのがどんなことなのか、乱歩自身がお手本を示してくれていたわけだ。
名張市立図書館にとって、これはなんともラッキーなことじゃ。
だから、乱歩関連資料を収集する、と決めた段階で、わが身のラッキーを天にいくたびも感謝しつつ、その判断にまでたどりついておくべきであった。
しかし、なにがわかってないかがわかってないんだから、どうしようもない。
なにも考えられず、なにも决められない。
なんの方針もなく、目的もなく、乱歩関連の古書や新刊を、ただ買い集めるばかりであった。
流れとしては、当初の判断にもとづいて資料収集を進め、適当な時期に目録を編む、ということになるわけなんだけど、そんなことはとてもできない。
なんか、乱歩生誕百年も近づいたから、乱歩作品の読書会でもやっとくか、という程度のことになって、いろいろとゆくたてがあったすえに、読書会の講師を務めていたわしが激怒した。
読書会とかそんなことでお茶ばっか濁してんじゃねーよばーか、と叱り飛ばし、どうして図書館らしいことしねーんだよばーか、とさらに叱り飛ばし、結局、図書館らしいことをわしがやることになった。
救世主の登場、というわけじゃ。
それでまあ、結果としては世間にうそをついた、ということになるんだけど、名張市立図書館は開館当初から、ちゃんとした方針のもとに乱歩関連資料を収集してきました、ということにしてしまい、その活用の第一歩として目録を発行いたします、と話を進めた。
だから、さっき記したことにつなげるならば、「どの年にどんな本を出したのか、乱歩自身が記録していた」という事実の延長線上に、『江戸川乱歩著書目録』を発行した。
さらに、「どんな雑誌や新聞に、いつどんな作品を発表したのか、乱歩はそれも記録している」という事実の延長線上に、『江戸川乱歩執筆年譜』を発行した。
はたまた、「自分のことが書かれた新聞や雑誌の記事なんかも、丹念に記録していた」という事実の延長線上に、『乱歩文献データブック』を発行した。
とりあえず、これでいいわけ。
収集資料をどう活用するか、いろんなことが考えられるけど、なにをするにしたって、まずは資料の整理と体系化を進めることが必要だった。
で、それができた。
ここで、べつの流れもみておこう。
インターネットの発達と普及、という流れだ。
いまや、図書館サービスにインターネットを利用するというのは、ごくあたりまえのことだ。
図書館がインターネット上にデータベースを開設する、ということもまた、ごくごくあたりまえのことである。
うそだと思ったら、ちょっと検索してごらん。
▼Google:図書館 データベース
な。
だから、名張市立図書館も、全国でただひとつ、乱歩関連資料を収集してきた図書館として、膨大なデータを蓄積しておるわけじゃから、それにもとづいて、ネット上にデータベースを構築する、ということになるのが流れなわけである。
その流れは、乱歩のファンや関係者から期待されているところでもある。
というか、乱歩関連資料の収集をつづけてきて、質の高い目録まで発行した図書館にとっては、当然の責務である。
しかし、救世主の滅私奉公は、いともあっさり、地べたに埋められることになたあるよぽこぺん。
ふたつの流れ、すなわち、乱歩の自己収集を継承して乱歩関連資料を収集する、という流れと、その収集資料にもとづいてインターネット上にデータベースを構築する、という流れ、そのふたつがふたつとも、地べたに埋められてしまたあるよぽこぺん。
でまあ、またいろいろとゆくたてがあって、とくに大きなものとしては、名張市のまちなか再生事業にかんするすったもんだがあってな、わしゃもう、ほんとにぶち切れてしもうてのう、おらおらおらおら、ゆうとこまで行ったの。
おらおらおらおら、しまいにゃテロかますぞおらおらおらおら、ゆうとこまで行ってしもうたの。
以下、あした。
ウェブニュース
MSN産経ニュース
平成24・2012年1月24日 産経新聞社、産経デジタル
バックボードで名張PR 市、会見用に使用 三重
Home > 地方 > 近畿 > 記事
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2012.1.24 02:19
■観光スポットあしらい
名張市は市のマスコットキャラクター「なばりのナッキー」や市内の観光スポットなどをあしらった「会見用バックボード」を作り、今年から使い始めた。製作に携わった市広報対話室は「遅ればせながら県内外の他の自治体を参考に、市を広く知ってもらう願いを込めた」と話している。
同ボードは縦約2・2メートル、横約3メートル。「なばりのナッキー」が市の花のキキョウをモチーフにしているのになぞらえ、紫を基調にした色合いとした。観光スポットなどとして赤目四十八滝▽青蓮寺湖▽江戸川乱歩生誕地▽観阿弥創座の地-について、写真を添えるなどしてPRしている。
寒い日がつづき、固唾を呑む日もつづく。
なーんか、やだなー。
ほんと、いやになってくる。
まったく、なんでこんな面倒なんだろうな。
図書館が資料を収集し、それを活用する、あるいは、寄贈図書を活用する、というあたりまえのことをするために、なんでこんなことをしなきゃならんのか。
市長判断を仰ぐ、みたいな大げさなことまで、どうしてせにゃならんのか。
わけわかんね。
きょうはもういいや。
固唾ばっか呑んでないで、これからやけ酒も飲んでやる。
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