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Nabari Ningaikyo Blog
Posted by - 2024.05.01,Wed
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Posted by 中 相作 - 2011.05.22,Sun

 ああ、正史と乱歩の話が中断したままになってるな、今年も神戸で講演することになっているのだが、と思いつつ中村惠一さんの竹中英太郎関連エントリをご紹介申しあげます。

 

 中村惠一の落合雑記帳:竹中英太郎と『新青年』との1928年(1)(2011年5月14日)

 中村惠一の落合雑記帳:竹中英太郎と『新青年』との1928年(2)(2011年5月15日)

 中村惠一の落合雑記帳:竹中英太郎と『新青年』との1928年(3)(2011年5月16日)

 中村惠一の落合雑記帳:竹中英太郎と『新青年』との1928年(4)(2011年5月18日)

 中村惠一の落合雑記帳:竹中英太郎と『新青年』との1928年(5)(2011年5月19日)

 中村惠一の落合雑記帳:竹中英太郎と『新青年』との1928年(6)(2011年5月20日)

 中村惠一の落合雑記帳:竹中英太郎と『新青年』との1928年(7)(2011年5月21日)

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Posted by 中 相作 - 2011.04.17,Sun

 どこか茫然とした気分のまま毎日を過ごしているような感じなのですが、読者諸兄姉におかれてはそんなことありませんか? なぜか妙に焦ってるのに実際には何も手につかない、みたいな日々がつづいてはいても春はたしかにやってきていて、きょうのお昼前、所用あって赴いた名張市平尾地内でふと振り仰いだら当地の空と花とはこんなあんばいでした。

 

■20110417a.jpg

 

 春や春、春、南方のローマンス、とかいいながら朝の散歩で漫才台本を練ってみてあらためて実感させられたのは、3・11以前があまりにも遠いということです。漫才のネタにはとてもなりそうにありません。ネタとしての鮮度というよりも、むしろ事実としての重みというかアクチュアリティというか、そういうものがまるで感じられないせいです。不謹慎な喩えになりますが、3・11以前のことは完全に液状化してしまったという印象で、震災前に世間を騒がせていたニュース、たとえば京大入試Yahoo!知恵袋カンニング騒動がそうであるように、3・11以前の記憶はしっかりした手応えというものをまったく失ってしまっています。それにしても3・11以前、われわれはなんと牧歌的な世界に生きていたことか。

 

 とはいえわれわれは3・11以後の世界を生きてるわけですから、いつまでも3・11以前のことにこだわってもいられません。いやはや、とりあえず犬と散歩してからお酒にしたいと思います。 

Posted by 中 相作 - 2011.04.16,Sat
  池澤夏樹さんの尻馬に乗って告白するならば、私も最初はよく泣きました、とこれは4月13日付エントリ「人類の愚かな玩具」のパラレルなつづきだとお思いください。さすがに号泣することはありませんでしたが、テレビニュース見ているうちにいつのまにか涙腺がゆるんでた、みたいなことはしょっちゅうで、しかし4月に入ってからはそんなこともなくなったな、とか思って油断していたらあれは先週のことでしたか、震災で壊れたパソコンのデータを復元するサービスのことが報じられていました。ある老夫婦の使用していたパソコンがあって、そのハードディスクに眠っていた画像データが復元されます。何の画像か。老夫婦が飼っていた犬の写真でした。犬は津波で死んでしまったのか行方不明になったのか、そのあたりのことはテレビ画面に犬の写真が出てくるまであまり身を入れて見ていなかったせいでよくわからないのですが、とにかく老夫婦のもとにもう犬はいません。もういない犬の写真が無事に再生され、それを見つめて眼をうるませながらも嬉しげな表情を見せる老夫婦、とこれだけで不覚にも涙ぐんでしまうニュースではあったのですが、その犬というのが紛れもないウェルシュコーギー種、しかも顔つきといいからだつきといい体毛の色といい何から何までうちの犬にそっくりでしたからもう泣くまいことか、泣かいでか、泣かずにおれるか。いやー、あれにはほんとにまいりましたけど、それが最後に泣いた日でした。いまのところ。
Posted by 中 相作 - 2011.04.15,Fri

 出版・読書メモランダム:[古本夜話] 古本夜話86 平井蒼太と富岡多恵子『壺中庵異聞』(2011年4月7日)

 出版・読書メモランダム:[古本夜話]  古本夜話87 探偵小説、民俗学、横溝正史『悪魔の毛鞠唄』(2011年4月9日)

 出版・読書メモランダム:[古本夜話]  古本夜話88 六人社版『真珠郎』と『民間伝承』(2011年4月14日)

 

 【追加】2011年4月16日

 出版・読書メモランダム:[古本夜話] 古本夜話89 探偵小説、春秋社、松柏館(2011年4月16日)

 

Posted by 中 相作 - 2011.04.14,Thu

  きのうのつづきですが、不意の用事に中断を余儀なくされたせいで削がれたような気分をも味わいつつ、きのうの引用「中井英夫さんが生きていたら小躍りして喜んだに違いない。似而非文化人が原水爆反対を唱えていたとき、ひとり中井さんは原水爆賛成だった。人類を滅ぼすかもしれない折角の玩具を棄てるなど以ての外だ、と」につづく段落、すなわち「このようなことは思っていても書かれない。原発で苦しんでいるひとがいらっしゃるからである。掲示板を長く続けてきたが、考えてみると本音を書いたことなどあったかしら、と思う」という文章こそがじつは昨日付エントリの眼目になるはずでした、とつづけます。

 

 たしかに3・11以降、笑いというものをなんとなく自主規制してしまうような心の傾きが自覚され、なにがなしストレスめいたもの、まさに「思っていても書かれない」ことによるぼんやりした鬱屈みたいなものが沈澱しているような気配を感じます。

 

 でもって数日前、朝、犬と散歩しながらそろそろ漫才の台本を練らなくちゃなと思い当たりました。「伊賀百筆」という地域雑誌に寄稿する漫才です。

 

 名張まちなかブログ:「伊賀百筆」第二十号発行(2010年12月8日)

 

 この「伊賀百筆」第二十号、発売されるまで知らなかったのですが華房良輔さんの追悼号になっていて、関西地方に長くお住まいの方ならあるいは華房さんの名前をご存じかもしれません。私の場合はもう四十年ほど前のことになるのか遠い昔の高校生時代、「11PM」という番組が平日の夜に放送されていて、火曜日と木曜日は読売テレビの制作で司会は藤本義一さん。そこに便所の落書きの研究家として若き日の華房さんが出演していらっしゃったのをなぜか鮮明に記憶しているのですが、遥かにときが流れて名張市にお住まいになった華房さんが妙な縁から拙宅へおいでくださったとき、あああの便所の落書きを研究していらっしゃった華房さんかとじつに不思議な気分になってそのことをお伝えすると、そんな古いことをどうして知ってるのと華房さんはいたく驚いておられました。

 

 そんなことはともかく、「伊賀百筆」第二十号には漫才一本を寄せることになっていたのですがずるずる先延ばしにしたあげく果たせず、編集部には大変な迷惑をかけてしまいましたので第二十一号では捲土重来を期さなくちゃなとばかりに数日前、犬と散歩しながら台本の構想を練ってみたのですが驚くべし。等身大の私が相方と漫才をくりひろげるというのがいつものパターンなのですが、3・11以降のストレスや鬱屈を一気に吹き払いたいという心の動きが作用したものか、頭のなかにいきなりベクレル&シーベルトという漫才コンビが登場し、その場で銃殺されても仕方ないほど非人間的な内容の漫才を始めてしまったのには驚いてしまいました。あんな漫才、とても発表できるものではありません。とはいえ、なんといえばいいのか、心が多少は軽くなったような。

Posted by 中 相作 - 2011.04.13,Wed

 ひさしぶりで中井英夫の名前を眼にした、という気がしました。なんだかとても懐かしい。

 

 ですぺら掲示板2.0:スーパー一考(2011年4月11日)

 

 「中井英夫さんが生きていたら小躍りして喜んだに違いない。似而非文化人が原水爆反対を唱えていたとき、ひとり中井さんは原水爆賛成だった。人類を滅ぼすかもしれない折角の玩具を棄てるなど以ての外だ、と」とのことで、中井さんが原水爆についてどんな発言をしていたのか私にはまったく思い出せませんが、というかここに記されたのは一考さんが中井さんから直接お聞きになったことなのかもしれませんが、いかにも中井英夫らしいエピソードではあり、そんな玩具を手にしてしまった人類の愚かさを罵倒し憎悪し呪詛しながら、それでも中井さんは報じられる地獄絵図には静かに涙を流していたのではないか。涙を流すしかなかったのではないか。

 

 先日、池澤夏樹さんが朝日新聞にエッセイを寄せていて、ちょっと検索してみたら全文をわざわざタイピングして転載しているブログがありました。

 

 かぶログ:池澤夏樹さんのコラム/「終わりと始まり」(2011年4月6日)

 

 読んでもっとも印象に残ったのが「今からのことを言えば、我々は貧しくなる」という文章でした。ネット検索して初めて知ったのですが、東日本大震災をモチーフにした池澤さんの文章は読売新聞にも掲載されたそうで──

 

 NaharajaMajabCafe:池澤夏樹さん被災地を行く(2011年4月13日)

 

 そのエッセイにも「つまり、我々は貧しくなるのだ」と記されているらしく、いろいろと考えさせられることがあったのですが、それはまあそれとして、朝日新聞のエッセイで二番目に印象に残ったのは「最初はよく泣いた」との文章でした。なぜかというとじつは私も最初はよく泣いた口で、そんなことを告白するのは恥ずかしいことだと思って知らん顔して黙っていたのですが、告白するのしないのとことごとしく構えることではまったくないなと思い至り、と書いたところで急な用事が出来してしまいました。本日はここまで。つづきはあしたといたします。

Posted by 中 相作 - 2011.03.30,Wed

 たのしーい、なかまーが、ぽぽぽぽーん、などと浮かれたこといってる場合ではありませんでした。十日ほど前にはメディアの伝えるところをそのまま信じて、あるいは無理にでも信じようとして、福島第一原子力発電所の事故も山場を越え、収束に向かい始めたらしいと記したのですが。

 

 名張まちなかブログ:福島県に思いをいたしつつ(2011年3月20日)

 

 いまではメディアの伝えるところを信じてもとても楽観はできません。そもそも福島第一原発で何が起きているのか。何が起ころうとしているのか。福島県はどうなってしまうのか。

 

 こちらガーディアン。

 

■20110330a

 

 この国でいったい何が起きたのか。

 

 こちらニューヨークタイムズ。

 

■20110330b

 

 あらためて言葉を失ってしまいます。

Posted by 中 相作 - 2011.03.26,Sat
 土曜日を迎えました。大震災後初のエントリは二週間前、3月12日土曜日のもので、福島県にお住まいの乱歩ファンの方のことを記しました。安否確認のメールを送信したら無事であるとの返信が届いた、みたいな内容で、以来、気にはかけながらメールをやりとりすることもなく本日に至ってしまったのですが、福島県はいったいどうなっているのか。福島第一原発の事故をめぐる報道や政府発表がどうにもこうにも信用できず、だからといってネット上に眼をやっても無責任な言説評説が垂れ流しの上にも垂れ流しにされているばかり。何を信じればいいのやらと途方に暮れてしまいます。もしかしたら確実なことなど誰にもわからないのかもしれません。かの乱歩ファンの方の地元のことを掲示板「まちBBS」で確認してみると、現在もっとも切実な情報として飛び交っているのはガソリンの販売状況で、原発のことはほとんど話題にもなっていないわけなのですが、これは話題にしてもどうしようもないからということなのかどうなのか。
 
 ネット検索してもウェブニュースがヒットしませんが、けさ届いた新聞には沖山秀子さんの訃報が掲載されていました。「21日、不整脈で死去、65歳」とのことです。試みにウィキペディアを検索したところ、沖山秀子という項目が存在してなくていささか驚かされました。訃報に接して思い出したのは今村昌平監督の「神々の深き欲望」のことでしたが、神々という言葉からさらに連想されたのは石原慎太郎さんの例の天罰発言で、石原さんも元小説家のくせして言葉の選択が不用意に過ぎたのがどうにもいただけません。ここで石原さんの真意を忖度してみますに、今回の大震災には神慮のようなものが感じられる、人々の深き欲望が神の怒りを呼び醒ましたとでも考えなければここまで理不尽で予想すらできなかったほどの大災害を現実のものとして受け容れることができない、みたいなことだったのであればよく理解もできるし頷けなくもないというのが連想の先にあった納得でした。沖山さんが六十五歳で亡くなったことにもなんとなく納得されるものがあったのですが、こうした納得もまた大震災の影響なのかどうなのか。
 
 以上、物見高い御見物衆のひとりとして東北地方太平洋沖地震の発生以来三回目の土曜の朝に思ったことです。
Posted by 中 相作 - 2011.03.25,Fri
 大震災の発生から二週間が経過したのですが、大丈夫か福島、大丈夫か東京、という疑問が日増しに強まっている状態です。なんかまあ、東京にお住まいの方のブログなんかを拝読している限りでは、どうってことはないような印象ではあるのですが。ちなみに当地はただ寒く、暑さ寒さも彼岸までなどというフレーズはもはや通用しなくなっているというのが実感です。東北の被災地はいかばかりの寒さか。
Posted by 中 相作 - 2011.03.19,Sat
 気がかりをおぼえていらっしゃる乱歩ファンもおありでしょう。信頼できる消息筋からきょう伝えられた非公式情報をお知らせしておきます。
 
 乱歩邸は無事だそうです。
 
 3月11日の東北地方太平洋沖地震による被害はほとんどなく、母屋では屋根瓦数枚が落下し、玄関に多少のひび割れが生じた程度、土蔵にはこれといって損害は見られなかったとのことです。乱歩の蔵書には本棚から落ちていたものもあったようですが、すでにほとんど旧に復し、原稿や近世書籍は乱歩邸ではなく立教大学の貴重書庫に保管されていますから心配はご無用。
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