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Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2011.03.26,Sat
 土曜日を迎えました。大震災後初のエントリは二週間前、3月12日土曜日のもので、福島県にお住まいの乱歩ファンの方のことを記しました。安否確認のメールを送信したら無事であるとの返信が届いた、みたいな内容で、以来、気にはかけながらメールをやりとりすることもなく本日に至ってしまったのですが、福島県はいったいどうなっているのか。福島第一原発の事故をめぐる報道や政府発表がどうにもこうにも信用できず、だからといってネット上に眼をやっても無責任な言説評説が垂れ流しの上にも垂れ流しにされているばかり。何を信じればいいのやらと途方に暮れてしまいます。もしかしたら確実なことなど誰にもわからないのかもしれません。かの乱歩ファンの方の地元のことを掲示板「まちBBS」で確認してみると、現在もっとも切実な情報として飛び交っているのはガソリンの販売状況で、原発のことはほとんど話題にもなっていないわけなのですが、これは話題にしてもどうしようもないからということなのかどうなのか。
 
 ネット検索してもウェブニュースがヒットしませんが、けさ届いた新聞には沖山秀子さんの訃報が掲載されていました。「21日、不整脈で死去、65歳」とのことです。試みにウィキペディアを検索したところ、沖山秀子という項目が存在してなくていささか驚かされました。訃報に接して思い出したのは今村昌平監督の「神々の深き欲望」のことでしたが、神々という言葉からさらに連想されたのは石原慎太郎さんの例の天罰発言で、石原さんも元小説家のくせして言葉の選択が不用意に過ぎたのがどうにもいただけません。ここで石原さんの真意を忖度してみますに、今回の大震災には神慮のようなものが感じられる、人々の深き欲望が神の怒りを呼び醒ましたとでも考えなければここまで理不尽で予想すらできなかったほどの大災害を現実のものとして受け容れることができない、みたいなことだったのであればよく理解もできるし頷けなくもないというのが連想の先にあった納得でした。沖山さんが六十五歳で亡くなったことにもなんとなく納得されるものがあったのですが、こうした納得もまた大震災の影響なのかどうなのか。
 
 以上、物見高い御見物衆のひとりとして東北地方太平洋沖地震の発生以来三回目の土曜の朝に思ったことです。
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