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Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2017.06.14,Wed

 『貼雑乱歩(仮題、変更予定)』のための引用集。

 アンドレ・ジードの『一粒の麦もし死なずば』の冒頭には、こんな記述も見られます。

 僕の両親は、暑中休暇を、カルヴァドスのロック・ベーニャールで過す習慣ならわしにしていた。この別荘は、ロンドー家の祖母おばあさまの死後、母が遺産として相続したものだ。僕らはお正月の休みを、ルーアンの、母の親戚の家で過し、春休みは、ユゼースで、父方の祖母のところで過すことにしていた。
 僕のうちに、相反する影響を伝えているこの二つの家系、このフランスの北と南の二つの県そのまま、これほど互いに異なるものはまたとはあるまい。今日までに、僕は何度も信じる機会を持った、自分が芸術作品を作らずにはいられないわけは、芸術上の作品によってだけ、自分の内部のあまりにもかけ離れた二つの素質を調和させうるからだと、もし芸術作品を作らなかったとしたら、二つの素質は僕の内部にあって、争闘をつづけたはずだ。たとえ争闘とまではゆかなくとも、すくなくも談合をつづけたはずだ。思うに、その遺伝が、唯一無二の方向に押しやるようにできている人にのみ、確然とした肯定は可能なのだ。それとは逆に、相異なる種類の遺伝をあわせ持つ人間、その内部に、相反する要求が、互いに相殺そうさいしながら共存し成長しつづける人間、僕の考えでは、審判者と芸術家とはじつにこの人たちの中から生れる。実例が、僕の説の正しさを示していなかったら、僕の説は大いに誤っていることになる。
 ところが、僕が今ここにその大意をあげたこの法則は、今日まで、ほとんどまったく史家の心にふれずにきたものらしく、ために、僕がこの筆をとっているキュヴェルヴィルでいま手近にあるどの伝記にも、どの辞典にも、五十二巻から成るあの厖大ぼうだいな『世界人名辞書』中の幾人かについて調べてみても、偉人や英雄の母方の血統についてはなんの示唆しさをも見いだすことができないありさまだ。このことについて僕は、あとでもう一度書くつもりだ。

 乱歩は「彼」の冒頭で、まず父方の家系図をさかのぼります。

 ついで、祖父をはじめとした家族の肖像を丹念に描き出し、淡い絵のようにぼんやり残っている幼年期の遠い記憶を手探りしたあと、みずからの遺伝形質にも執拗な考察を加えます。

 ジードはみずからの「あまりにもかけ離れた二つの素質」を自覚し、自身の芸術との内密で重要な関連性を察知していますが、乱歩もまた自分の資質を父母や祖父母のそれに照らして、あえていえば自分の正体を探偵しているように見えます。

 乱歩は「彼」で、父とは他人のように似ていなかったと語り、ジードのいう「母方の血統」が自分を芸術に向かわせたと述べていますが、法律家を志して実業家となった父方の血統をうかがわせる面もむろんないわけではないですから、これはジード説の「実例」のひとつということになるかもしれません。

 ついでですから、乱歩が昭和11年12月に発表した「サイモンズ、カーペンター、ジード」の冒頭二段落も引用。

 アンドレ・ジードはスタンダール全集の「アルマンス」の序文の中に、この小説が読者に理解されないのは、読者が一つの秘密を察し得ないからである。その秘密というのは「アルマンス」の主人公オクターブが不能者だということで、作者はそれを全く読者から隠しているけれど、一度そこへ気がつけば、この小説の全体が生き生きと浮き上がって来るに違いないという意味の事を書いている。
 私はこれと似たような事が、ジード自身の諸作についても云えるのではないかと思う。ジードの場合の秘密というのは、作品の裏を流れている彼の同性愛心理なのだが、ことに「贋金にせがねづくり」などは、作者の同性愛心理を知らずしては、ほとんど理解できないのだとさえ考える。

 私はこれと似たようなことが、乱歩自身の諸作についてもいえるのではないかと思う。
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