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Nabari Ningaikyo Blog
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Posted by 中 相作 - 2015.03.02,Mon

 行きつけの本屋さんから、入荷しました、と連絡があった春陽堂書店のリニューアル版江戸川乱歩文庫、第一回配本の『陰獣』と『孤島の鬼』を受け取ってまいりました。

 旧版の銅版画はカバーにそのまま生かしながら、本文は活字が大きくなって読みやすくなり、数は少ないながら注釈も付されているうえ、資料紹介に重点を置いて図版を多用した巻末解説はユニークなスタイルで初心者にもやさしい内容。

 テキストは乱歩の生前、昭和29年から30年にかけて発行された春陽堂版全集を底本としており、適当に漢字が仮名に開かれていたりして氏素性がよくわからなかった旧版に比較すると、全面的に面目を一新しております。

 で、『孤島の鬼』の本文を確認してみました。

 234ページから235ページにかけて、こうありました。

 私の力では、その時の味を出すことが出来ないけれど、十年ぶりでの親子の対面は、ざっとこんなふうな、まことに変てこなものであった。不具者というものは、肉体ばかりでなく、精神的にも、どこか片輪な所があると見えて、言葉や仕草や、親子の情というようなものまで、まるで普通の人間とは違っているように見えた。私は以前、ある皮屋さんと話をした経験を持っているが、この不具老人の物の云い方が、何となくその皮屋に似ていた。

 おお、皮屋さん、ご健在か、と私は思いました。

 引用箇所の最後の一文、「私は以前、ある皮屋さんと話をした経験を持っているが、この不具老人の物の云い方が、何となくその皮屋に似ていた」という文章は、近年の版では削除されることが多く、これはむろん出版社によるいわゆる差別表現の自主規制、とくに部落解放同盟への配慮から、というか、部落解放同盟からごちゃごちゃいわれたらわしゃかなわんよ、みたいな感じで、あっさり削除されるにいたったものと推測されます。

 だったら、上に引用した箇所でいうと、「不具者」や「片輪」はいいけど「皮屋さん」はよくないのか、ということになって、それはそれでおおいに問題だと思われますが、ともあれ、乱歩没後に出版された「孤島の鬼」を跡づけてみると、ざっとこんな感じになります。
 
 『江戸川乱歩』現代長編文学全集5、講談社、1968年12月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩全集3、講談社、1969年6月
 『陰獣 他二篇 』桃源社、1971年2月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩長編全集1、春陽文庫、1972年6月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩シリーズ4、講談社、1972年6月
 『江戸川亂歩・甲賀三郎・大下宇陀児集』大衆文学大系21、講談社、1973年1月
 『江戸川乱歩集』昭和国民文学全集13、筑摩書房、1973年7月
 『陰獣』角川文庫、1973年9月
 『江戸川乱歩集』昭和国民文学全集18、筑摩書房、1977年12月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩全集4、講談社、1978年11月
 『孤島の鬼』創元推理文庫、1987年6月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩文庫、春陽文庫、1987年8月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩推理文庫7、講談社、1987年9月
 『孤島の鬼』角川ホラー文庫、2000年12月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩全集4、光文社文庫、2003年8月
 『江戸川乱歩全集2』沖積舎、2006年12月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩ベストセレクション7、角川ホラー文庫、2009年7月
 『孤島の鬼』江戸川乱歩文庫、春陽文庫、2015年2月

 手もとにはこのうち半分ほどしかありませんので、厳密なところはわかりませんが、1973年の角川文庫『陰獣』に収録された「孤島の鬼」では、皮屋さんはまだ生きておりました。

 筑摩書房の二次にわたる昭和国民文学全集、さらに講談社の没後第二次の乱歩全集、これらは所蔵していないため確認不可能なんですけど、それ以降の刊行分では、乱歩生前の桃源社版全集を復刻した沖積舎版全集は別にして、皮屋さんはほぼ行方不明です。

 奇観と称すべきは1987年で、三社からいっせいに文庫版で「孤島の鬼」が出版されましたが、東京創元社と講談社は皮屋さんなし、春陽堂書店は皮屋さんあり、というけったいなことになっておりました。

 そのあとは、角川ホラー文庫も、光文社文庫版全集も、ともに皮屋さんをネグレクトしていたのですが、ここへ来て春陽文庫が終始一貫、言葉狩りにもぶれない姿勢を貫き通し、というか、最初から問題に気がついていなかっただけなのかもしれませんけど、皮屋さんがそのまま生きてる「孤島の鬼」を世に送ったことは、フランスの風刺漫画紙襲撃テロ事件をきっかけに表現の自由が大きく揺れている2015年において、象徴的な意味をもっているとさえいえるかもしれません。

 さて、その「孤島の鬼」、お芝居になるそうです。

 Nelke Planning:『孤島の鬼』

 では、皮屋さんのご健在を喜びつつ、お知らせまで。
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