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Posted by 中 相作 - 2017.06.23,Fri
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 平成29・2017年6月20日 朝日新聞社

幼少の乱歩 育んだ名古屋
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2017年06月20日

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幼少の乱歩 育んだ名古屋



江戸川乱歩が名古屋で初めて住んだとされる住居のあった錦通。三田村博史さんと歩いた=名古屋市中区



江戸川乱歩=1955年



 怪人二十面相や明智小五郎の生みの親で知られる江戸川乱歩。40歳までに46回も引っ越していますが、15年間は名古屋市内で暮らしました。名古屋からどんな影響を受け、人気作家の地位を築いたのでしょうか? ゆかりの地を歩きました。

●作家の原点 13歳で小説雑誌

 東海地方の文学に詳しい中部ペンクラブ会長、三田村博史さん(80)と一緒に、乱歩の暮らした市中心部を歩いた。

 地下鉄伏見駅の1番出口から錦通を栄方面に進むと、左手にりそな銀行名古屋支店が見えてくる。一家が名古屋で最初に住んだとされる旧園井町=地図〈1〉=の跡地付近だ。当時、近辺は全国一の蔵書を誇った貸本屋「大野屋惣八」など多くの書店や出版業でにぎわった。三田村さんは「出版物が豊富な繁華街で暮らし、幼いころから本に慣れ親しんでいたことが後の作家人生につながった」と言う。

 白川公園内の市美術館前の茂みに、乱歩が通った白川尋常小学校=地図〈2〉=の石碑が立つ。三田村さんが乱歩の小学校時代の回想を教えてくれた。

 《夕暮れの路地などを(中略)おとぎ話のような、詩のような、わけのわからぬ独りごとをつぶやきつぶやき、歩いていた》

 学校帰りなのか。石碑に乱歩の説明はなかったが、想像が膨らんだ。「小学生の乱歩が何を考えながら登下校したのか、想像すると楽しいですね」

 愛知県立第五中学(現・瑞陵高)に進んだ13歳の乱歩は小説雑誌を自作した。2年後には活字印刷の道具を使って同級生たちと雑誌「中央少年」を発行するように。三田村さんは「少年時代に文学的素養を培った名古屋は、作家としての原点と言っても過言ではない」と話す。

●見せ物小屋に衝撃

 白川公園の南に、乱歩が小学生のころによく歩いた大須商店街=地図〈3〉=がある。当時は見せ物小屋やお化け屋敷が並び、多くの人を集めた。今も演芸場やライブハウスなどが立ち並び、にぎわいの面影を残す。

 乱歩は随筆で、汽車の踏切事故を人形で再現した見せ物小屋の様子を回想している。

 《首、胴体、手足が切り口から真っ赤な血のりをおびただしく流して、芋か大根のように転がっているのだ》

 著書「乱歩と名古屋」を書いた金城学院大学の小松史生子教授(45)=日本近代文学=は「見せ物小屋など独特の文化が多感な少年期に与えた衝撃は大きかったのでしょう」と話す。

 明治時代の大須は近代化と都市化が進む一方で、見せ物小屋の香具師(こうぐし)や、旧尾張藩士なども流れ込んでいた。小松教授は「猥雑(わい・ざつ)で混沌(こん・とん)とした世界で過ごした少年期は、乱歩のエログロの作風に影響を与えたと言えるでしょう」と指摘する。

●上京後も続いた縁

 17歳の乱歩は1912年、父の会社の倒産で、名古屋を離れた。大学進学のため上京したが、名古屋との縁は続いた。

 作家デビュー後も、作家仲間との交流でよく名古屋を訪れていた。特に親しかったのが、先輩作家で今の愛知県蟹江町出身の小酒井不木(1890~1929)。乱歩の作家専業を後押しし、助言もした。

 名古屋市中区にあった老舗料亭「寸楽園」=地図〈4〉=は、乱歩が不木ら作家仲間と交流を深めた場所だった。その料亭の跡地が残っていると聞き、かつて料亭を営んでいた森茂さん(89)を訪ねた。森さんによると、料亭は100年以上続く老舗だったが、経営難で10年ほど前に廃業した。

 「先代やお客様から、乱歩さんが昔よく来ていたと伝え聞いてはいるんですが、私自身は何も知らないんですわ」。現在、料亭の一部はドライフラワー専門店に改装された。店長の大沢富保さん(39)は「乱歩の行きつけだったとは知りませんでした」と驚いた様子だった。

 寸楽園の跡地に、乱歩の話を聞きに来る人は今も絶えないという。森さんは「乱歩さん含め多くの皆さんに愛していただいた料亭なので、改装して使ってもらえたことはありがたい」とほほ笑んだ。

■江戸川乱歩の年表(「」は作品名、自治体名は現在の呼称)

1894年 三重県名張市で誕生。本名は平井太郎

 95~97年 同県亀山市(0~2歳)

   97年 名古屋市に移住(2歳)

1901年 市立白川尋常小学校(現市立栄小に統合)に入学(6歳)

   05年 市立第三高等小学校に入学(10歳)

   07年 愛知県立第五中学校に入学(12歳)

   12年 大学進学のため東京へ(17歳)

 17~19年 三重県鳥羽市の造船会社に就職(23~24歳)

   19年 同市の坂手島出身の村山隆子と結婚

   22年 大阪市へ移住

   23年 小説家デビュー

   25年 「D坂の殺人事件」「人間椅子」

   26年 東京へ移住。「パノラマ島奇談」

   27年 小酒井不木らと名古屋で耽綺社を結成

   36年 「怪人二十面相」

   65年 脳出血で死去(70歳)
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