Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2010.09.10,Fri
朱川湊人さんの『スメラギの国』(2010年9月10日第一刷、文春文庫、本体895円)は五百五十ページを超える分厚い文庫本ですが、なかばを迎えたあたりで読み進めるのがどうにも辛くなってしまいました。ここまで凄惨な話だとは思っていなかった、というのが実感で、それはまあたしかに、帯の惹句には猫と人間との「壮絶な闘い」を描いた作品であると記されてはいたのですが、しょせん猫ではないか、とくくっていたたかはあっけなく吹き飛ばされ、はるかに予想を越えたというかそもそも予想などできない展開がくりひろげられていました。
唯一の希望は、いやまあ希望というのもおかしな話ですが、藤田香織さんの「解説」にこの作品がハッピーエンドらしいと教えられていたことでしょうか。それにそもそも途中で投げ出すことなどできない圧倒的なストーリーで、これはいってみればホラー版猫町だな、などとなんとか余裕をかましつつ、しかし凄愴残酷なシーンはいささか飛ばし気味になりながらも一気に読了。未読の方のために仔細を記すのは避けますが、主人公が「カミカゼ」と名づけた猫猫猫猫猫による執拗な攻撃などじつに凄まじいもので、にもかかわらずこれほどハートウォーミングな結末が待っていてくれようとは、と作者の力量に感嘆せざるを得ません。
登場するのは猫ですが、これはあることから劇的な知能の進化をとげた猫であり、つまりはミュータント、すなわち猫版スランといったところか。そのきっかけは主人公によって「スメラギ」と命名された一匹の猫によってもたらされるのですが、そのスメラギというのはじつはただの猫ではなく、みたいなこともこれ以上はやはり未読の方のために伏せておくことにいたします。猫好き犬好き動物好きという向きにはちょいと辛い内容かもしれませんが、読み始めたならばやめられません。明るく温かい結末が待っていることを信じて、どうぞご一読をと申しあげておきましょう。
つづけて手に取ったのは、同じく朱川湊人さんの『鏡の偽乙女 薄紅雪華紋様』(2010年8月30日第一刷、集英社、本体1600円)。「小説すばる」に掲載された五篇を収めた連作短篇集で、新聞広告に江戸川乱歩も登場すると謳われていましたので本屋さんに取り寄せてもらいました。目次を見るだけで乱歩が出てくるのは「第五段 夜の夢こそまこと」だろうと察しがつきます。「小説すばる」2009年1月号に「夜の夢こそ」というタイトルで掲載された作品ですが、その時点で気がつかなかったのは迂闊でした。
ときは大正三年、画家を志して家をおん出た青年が穂村江雪華という画家に出会って怪異に満ちた世界に誘われる、というのが大枠の筋立てで、うつし世と異界の交通は『スメラギの国』にも見られたモチーフですが、『鏡の偽乙女』ではうつし世のそこここに異界が立ち現れます。その象徴となるのが死者にして生者、生物にして無生物ともいうべき「みれいじゃ(未練者)」なる存在。恐ろしくも悲しいこんな存在、よくも考えつけたものだと感心させられます。
われらが乱歩はどんなぐあいに登場するのか。松旭斎天勝のにせものながらそれなりの腕をもつ女性マジシャンに懸想される早大生、といった役どころで、ときは大正四年、話はこんな流れ。
「あの人と言うと……男性ですか」
私の言葉に、月子はかすかに頬を赤らめて、はい……と答えた。
(雪華の見立て通りだったな)
やはり彼女の行動は、愛情に裏付けられていた。
「あの人は……平井さんは、こんなものをつけていなくても、私をちゃんと認めてくださるんです」
そう言いながら月子は、うなじから例の即席美容整形器を取り外した。
「平井さんとおっしゃる方なんですか」
「えぇ……今年、近所に引っ越してらした、早稲田大学の学生さんなんです。道で会うたび、いつも会釈してくださって……とても頭の良さそうな方」
ところが、その平井某なる青年の姿は、ほんの三ヶ月ほどで見えなくなったのだという。月子に何も言わぬまま(言う義理もなかったのだが)、どこかに引っ越してしまったのだ。
月子というのは、いうまでもなくにせ天勝の「女魔術師」。舞台上の十字架に磔にされ、ふたりの役人に両脇を槍で突かれる「切支丹バテレンの磔」が十八番とされているあたりは、ほかならぬ乱歩の「魔術師」へのオマージュと見るべきかもしれません。
月子の恋の行方は本書をご購入のうえご確認ください。ガランスが好きな平河惣多という若き貧乏画家が登場して、これはもちろん村山槐多がモデル。そうかと思うと司馬遼太郎作品でおなじみの美青年がなぜか大正の御代に出現し、山田風太郎の明治ものめく興趣も味わえます。乱歩ファンのみならず世の怪奇小説ファンや幻想小説ファンにも広くお薦めしたい一冊で、この先も連作として長く書き継がれてほしい一冊でもあります。『スメラギの国』のような凄惨なシーンはありませんから、その点はどうぞご安心を。
▼文藝春秋:スメラギの国
▼集英社:鏡の偽乙女
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