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Nabari Ningaikyo Blog
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Posted by 中 相作 - 2017.05.13,Sat

 きょうなんか肌寒いくらいで、とても納屋で一夜を明かそうなどという気にはなれません。

 紙の本では夏目鏡子述、松岡譲筆録『漱石の思い出』を文春文庫版で読み終えましたが、奥さんというのは旦那さんのことをよく見ているというか、見抜いているというか、見切っているというか、とにかく冷静に観察していることにいささか驚かされました。

 乱歩の奥さんがこうした著述を残していたら汲めども尽きぬ興趣をたたえた一冊になっていたであろうものをと、やや残念な気がいたします。

 漱石の没後十年を過ぎてから未亡人述、娘婿筆録の聞き書きが始まったとのことですが、臨終の場面なども鮮明に記憶され克明に描かれていて、女というのは男よりよほど胆の据わった生きものなんだなと得心いたしました。

 ところで、自宅で死の床に横たわっていた漱石のもとに、ある日、和辻哲郎が見舞いに訪れたそうです。

 夫人の父親が癌にやられていた和辻は、

 「自分も絶望しはたのものもあきらめていたのが、ふと人のすすめである気合い術をうけてからというもの、今まで喰べられなかった食事をるようになり、たいへんいいぐあいだ。自分なども最初そんなことがあるものかと話を聞いたとき施術しじゆつにむしろ反対したぐらいなのだが、こうやって目の前で奇蹟的なことが行なわれればこれを疑うわけには行かない。もちろん難病が治ったとは思わないが、たとえ一時でも小康を得るようなことがあればそれに越したことはないと思う。現代の医学だって万能というわけではないのだから、だまされたと思ってそれにかかってみてはどうか」

 と鏡子にしきりに勧めたそうですが、これを読んだ私は漱石と同じ年に生まれた乱歩の父親、平井繁男が三重県鈴鹿郡の山奥で妙な行者みたいな人のもと、藁葺き屋根の小屋に籠もって咽喉癌の療養生活を送ったというエピソードを連想いたしました。

 なんとも非科学的な話だなと思っていたのですが、和辻哲郎でさえこんなことをいってたわけですから、薬石効なしと悟った繁男が擬似信仰めく治療に走ったのも無理はないか、と納得しておりましたところ、なんのなんの鏡子奥さまは、

 「しかしその話を伺っても、病人はたいがい死ぬ前にはちょっとよくなって、この分ならと傍のものが気を休めているとぽくりとくといった、いわゆる仲なおりというやつのあるものですから、和辻さんのお父さんの奇蹟というのもそれだろうというはらが私にあります」

 ってんできっぱり断ってしまいます。

 やっぱ、女の人って、タフだな。

 みたいな次第で、和辻哲郎「風土」の価格ゼロ円キンドル本を再読用にダウンロードしようと思ったのですが、いまだ青空文庫で公開されておらず、したがってキンドル本にもなっておりませんので、かわりといってはなんですけど「古寺巡礼」にいたしました。

 さ、お酒にしよっと。
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