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Nabari Ningaikyo Blog
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Posted by 中 相作 - 2015.04.14,Tue

 桜も散ったというのに、なぜか寒い日がつづきますので、藍峯舎から初夏に出版される『鬼火 オリジナル完全版』の話題でご機嫌をうかがい、はつなつのかぜに思いを馳せてみることにいたします。

 まず、テキスト篇。

 横溝正史の「鬼火」は、「新青年」の昭和10年2月号と3月号に発表されました。

 2月号の前篇は一部が事前検閲で官憲の忌諱に触れ、問題のあるページを切り取って発売される憂き目をみました。

 「鬼火」を収録した正史の短篇集『鬼火』は昭和10年9月、春秋社から刊行されましたが、検閲にひっかかったところを書き改めないことには世に出せません。

 そこで正史は、検閲をパスするよう文章に手を入れました。

 「新青年」に載ったのを初出テキスト、春秋社の本に収められたのを初刊テキスト、ということにして話を進めますが、春秋社の『鬼火』以降、正史の「鬼火」はこの初刊テキストが流布してゆくことになります。

 初出テキストはどうなったか、というと、忘れられてしまいました。

 というか、忘れられるもなにも、検閲のせいで読者の眼に触れることがなかったんですから、忘れようとして思い出せない鳳啓助師匠みたいな状態で、とかくだんないこといってんじゃないよぽてちん、とかいってたら横溝正史ファンから怒られてしまいますけど、ページが切り取られていない「新青年」昭和10年2月号というのがじつは存在していて、それを所有していたのが中井英夫でした。

 昭和46年の「廃園にて」に、中井英夫はこう書いてます。

 昭和十年二月号の雑誌「新青年」は、いま残っているとしても僅かな部数だろうが、それはいずれも中の数ページが破りとられている。いうまでもなく横溝正史氏の名作『鬼火』の前編が “当局の忌諱に触れ” たためで、その本文とともに竹中英太郎氏の絶妙な挿し絵一葉もまた永遠に陽の目を見ないこととなった。ところがどういう偶然か、十五年ほど前に私が古本屋で買い集めていた「新青年」の中に、破りとるべき赤マルを色鉛筆でページの上に印しながら、手違いで破り忘れたらしい一冊がまぎれこんでいた。私は自分の書架の中にそれを秘めて、ひとり眺めては楽しんでいたのだが、一昨年桃源社から『鬼火』の復刻版が出るときいて、完本が手に入ったのだろうかと問い合せてみると、手を尽して探したものの見つからなかったという返事なのでそれならと資料を提供したのだが、そのあと横溝正史氏御自身から、今度出る全集の月報にそのいきさつを書いて欲しいと懇篤なお手紙をいただいた。

 で、中井英夫が提供した削除なしの「新青年」を参照して、昭和44年に出版されたのが桃源社の『鬼火 完全版』、つまりこれです。


 いくらネット古書店で最安値の一冊を購入したからといって、蛍光ペンやボールペンや色鉛筆で書き込みをするなんて、なんとも無残なことをしてしまったなあ、といまは思いますが、この本の「鬼火」は、春秋社版にもとづく初刊テキスト全文を収録したあとに、「新青年」の削除ページにおける初出と初刊の異同が示されていて、すなわち完全版と銘打った内容になっていました。

 昭和50年、講談社の新版横溝正史全集2『白蠟変化』が出版されましたが、ここに収められた「鬼火」は初出テキストにもとづくもので、中島河太郎先生の「解説」には「発表当時はその描写が当局の忌諱に触れ削除を命じられた箇所がある。著者は単行本に収めるに際して、適宜改訂したが、四十四年に無削除版の雑誌が見つかったので、ここでは発表当時まままに戻して収録した」との説明が加えられています。

 おなじく昭和50年、角川文庫の『鬼火』が出ました。

 Amazon,co.jp:蔵の中/鬼火 (角川文庫 緑 304-21)

 のちに『蔵の中・鬼火』と改題された一冊ですが、ここに収録された「鬼火」は、解説には明記されていませんが、初刊テキストにもとづきながら、正史による改稿以前の初出テキストも生かした本文が採用されていました。

 昭和61年の創元推理文庫『日本探偵小説全集9 横溝正史集』でも同様の措置が講じられ、「編集後記」にはこう記されていました。

角川文庫版では、中島河太郎先生の校訂で初出を復活させているが、著者が改訂版で大幅に加筆訂正を行なった、例えば最終章などはそのままその直しを活かした、いわば折衷の格好になっている。今回、本書の編集に当たって元版と改訂版を具に検討してみたところ、やはり削除箇所に関しては元版のほうがいいので、これを活かす方向で校訂を行なった。

 で、「結果的には、角川版と似かよった構成になった訳である」とのことです。

 昨年になって、「小説野性時代」7月号に、正史の生原稿から起こした「鬼火 オリジナル版」が一挙掲載されました。

 へーえ、と思ってちょっと前、ネット古書店で購入したのですが、届いた「小説野性時代」には見憶えがありましたので、そこらを探してみたところ、おんなじ雑誌が一冊出てきました。

 ですから、ほら、このとおり。


 芦辺拓さんの「探偵、魔都に集う 明智小五郎対金田一耕助(前篇)」を拝読すべく、発行されたときさっと購入していたのですが、それをすっかり忘れていたという寸法です。

 ああ、名張は衰退一直線、あたしゃ耄碌一直線、と天を仰ぎながら「鬼火 オリジナル版」をながめてみると、四百字詰め原稿用紙百五十六枚に及ぶ原稿は「長男の横溝亮一氏が手元に残されていました」とあります。

 原稿が正史の手もとにあったのなら、中井英夫の所有していた無削除版「新青年」なんか関係なしに、初出と初刊の照合はいつだってできたのではないか、と不審にお思いになったあなた、そのあたりは解説に簡単に記してありますので、ぜひとも藍峯舎の『鬼火 オリジナル完全版』をお買い求めいただきたいと存じます。

 株式会社藍峯舎:『鬼火 オリジナル完全版』横溝正史 挿画竹中英太郎

 「新青年」の初出テキストにもとづいて、漢字もかなづかいも昭和10年のそのままに、横溝正史の「鬼火」が風も輝く初夏によみがえります。

 もうしばらくお待ちください。

 それでは、このあとはイラスト篇でご機嫌をうかがいます。
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