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Posted by 中 相作 - 2014.09.26,Fri
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NEWSポストセブン
 平成26・2014年9月24日 小学館

【著者に訊け】下村敦史 江戸川乱歩賞受賞作『闇に香る嘘』
 橋本紀子
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【著者に訊け】下村敦史 江戸川乱歩賞受賞作『闇に香る嘘』

2014.09.24 16:00

【著者に訊け】下村敦史/『闇に香る嘘』/講談社/1550円+税

 9度目の正直、にしては肩の力の抜けた新人である。このほど、第60回江戸川乱歩賞受賞作『闇に香る嘘』を晴れて上梓した下村敦史氏(33)は、2006年から同賞に毎年応募すること計9回。うち最終選考には5度残り、〈常に自分の苦手な部分、弱い部分を向上させようという明確な目標を持って一作一作書き続けてきたことが今作の受賞に繋がったのだと思います〉と、何とも素直な受賞の言葉を綴る。

 題材のハードルは高い。主人公〈村上和久〉69歳は41歳で失明した元カメラマン。満蒙開拓団の一員として渡満した両親の下に生まれ、4歳の時、母と命からがら帰国した彼には、生き別れた兄がいた。27年前、中国残留孤児として再会を果たした〈竜彦〉である。しかし彼はその血縁を今になって疑い始める。〈兄は本当に兄なのだろうか〉と。

 疑念の端緒となった孫娘の生体腎移植や、開拓団の名を借りた棄民政策の実情、そして視覚障害者が語り手を務めるミステリーという難題にも、氏は果敢に挑む。誰が嘘をつき、自分を欺いているのか―視覚を奪われた探偵は残る嗅覚、聴覚、味覚、触覚で、真相を突き止めるしかないのだから。

「元々ミステリーは好きでよく読んでいたんですが、ある時、中学時代の友人に『実は小説を書いている』と告白され、『お前も書け』という話になった。ところが僕は書く方は大の苦手で、最初は僕のプロットを彼が小説にする関係が1年続き、ようやく書き方がわかってきた頃、今度は友人の方が家の事情で執筆を諦めざるを得なくなってしまって…。

 その友人の夢を、今は僕が引き継いだ感じがあって、彼は受賞後、『頑張れば夢は叶うと証明してくれ嬉しい』とメールをくれました」

 これまでの応募作もスペインの女闘牛士やカンボジアの地雷除去、日系ブラジル移民まで、題材は幅広い。

「とにかく魅力的な物語になりそうなテーマを幅広く、僕自身が見識を広げたくて調べてはいる。本作で言えば、残留孤児について調べるうちに、再会した相手が後々他人と判明した悲劇的ケースを知り、ずっと家族だと信じていた人間が他人かもしれない時、人は何を信じようとするのかという疑問が、最初の着想でした。

 今までの候補作はどれも映像的描写を評価していただいたので、今回は技術を磨くためにもあえて視覚的な描写を封印した。視覚障害者がどんな生活上の問題や〈恐怖〉と直面しているかも含めて、専門書は70冊以上、読んだと思います」

【著者に訊け】下村敦史 江戸川乱歩賞受賞作『闇に香る嘘』

 失明後妻に去られ、絶望する父親を献身的に支えた1人娘〈由香里〉にも家を出て行かれた和久の孤独はとりわけ深い。その由香里が未婚のまま産んだ〈夏帆〉は幼い身で透析を繰り返し、2年前に移植した娘の腎臓にも拒絶反応を起こした今、残る道は6親等以内の生体腎移植しかない。

 だが検査の結果、彼の腎臓は移植に適さず、頼みの綱は岩手で老母と暮らす竜彦だった。が、残留孤児の補償訴訟に熱中する兄はなぜか頑なにその検査を拒み、和久は不可解な兄の正体を突き止めようと、兄の中国時代を知る人間を自ら探し歩く。

 この時、白杖だけを頼りに街を歩く主人公の恐怖や不安は読む者を動揺させる。ましてこうした一人称小説、特にミステリーにおいては、読者は語り手の主観や感覚を頼りに を追う他ない。その視点が予め視覚を奪われている本作では、単なるミスリード的効果を超えて、主観そのものが孕む本質的危うさ、 弱さをも、浮き彫りにしてしまうのである。

「読者側の思い込みを覆し、アッと言わせるミステリーの基本に、結果的には沿う形になったかもしれません。一般に視覚障害者を描いた作品は映像に多く、見えないことの恐怖はそれほど伝わらないと思う。その点一人称なら小説でなければ書けないものが書けますし、物理的な視力に拘らず、意外と僕らにはいろんなものが、見えていませんから」

【著者に訊け】下村敦史 江戸川乱歩賞受賞作『闇に香る嘘』

 本書に描かれる社会問題もその一つだろう。帰国後も言葉や就職の壁に阻まれ、かえって孤独や貧困を深める残留孤児の心の傷や支援の問題。大陸で人々を待ち受けた厳しい現実や戦後の過酷すぎる敗走など、氏の描写は単なる背景とは思えないほど、巧緻を極める。

「特に社会派を目指さなくても、社会の一員としてはやはり無関心でいられないというか。小説一つで何が変えられるとも思いませんが、自分たちが生きているすぐ隣にはこんな苦境にある人たちや過酷な現実もあると知ってもらえれば、少しは意味があるのか、と」

 そんな等身大の問題意識に貫かれた物語は、その後も二転三転。 の人物から度々届く〈点字の俳句〉やコンテナ会社が絡んだ密入国事件、さらには和久自身の屈託や記憶の空白もあらぬ悪戯をし、〈たった一行のくだりで殆どの や違和感は解消してしまう。そこで世界も反転する〉と、京極夏彦氏は賛辞を寄せる。

「僕も2年連続で最終まで残った翌年は二次止まりで、悲観的なことばかり考えた。でも、やれるだけやろうと開き直った結果が今回の受賞でした。やはり自分の見ている世界だけが正しいという思い込みほど、怖いものはありませんね」

〈深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗き返している〉とニーチェは言ったが、全ては〈疑心の底なし沼〉の為せる業だった。そして闇は誰の心にも棲みつき、主人公が転がり落ちた猜疑の暗い淵も、その心の目が微かに見出す信頼の光も、決して彼だけのものではない。

【著者プロフィール】下村敦史(しもむら・あつし):1981年京都府生まれ。1999年に高校を2年で自主退学し、大検取得。「僕は剣道部で、二段は取ったんですが、そのぶん勉強が遅れてしまって。だったらもっと自分で学べることがあるんじゃないかという、若気の至りです」。その後はフリーターをしながら投稿を続け、本年本作で第60回江戸川乱歩賞。京都在住。「介護が必要な祖父母が近所にいて、敬語で話す相手が多いせいか、あまり関西弁は出ないほうですかね」。170cm、78kg、A型。

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2014年10月3日号
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