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Nabari Ningaikyo Blog
Posted by - 2024.04.25,Thu
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Posted by 中 相作 - 2010.11.11,Thu
 
〔*21〕
 
「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話
 
横溝正史  
 
 東京へ出てきた時分、私は友人たちから八方睨みといわれていた。しかし、それがどういうことなのか自分ではわからなかった。
 昭和六年か七年頃、当時吉祥寺に住んでいた私のところへ、中学時代の後輩と称する男が訪ねてきた。私はその男に一面識もなかったが、要するに金をねだりにきたのである。その男のよく動く眼が、チロッチロッと私の顔を盗み見るのだが、それは世にも卑屈で、世にも陰惨で、決して相手に快感を与える眼つきではなかった。まるで虐げられた野良犬が、絶えず人の顔色をうかがい、相手が拳でも振り上げようものなら、すぐに尻尾をまいて逃げ出すか、あるいは逆に咬みついてくるか、そういう眼つきのようであった。
 私はそのとき卒然として気がついた。八方睨みとはこれなのだ、東京へ出てきた時分おれはこういう眼つきをしていたのだ、と。私は暗澹たる気持ちになり、その男にいうがままの金額を提供して退散してもらった。
 人間というものは、他から施しをうけるだけで幸福とはいえないだろう。他から信頼され、責任を持たされることによって、自覚も出来、そこから自信も生じ、幸福をつかむことが出来るのであろう。雨村は私をそういうふうに扱ってくれた。しかし、雨村が見る私の背後には、つねに乱歩がひかえていた。雨村は乱歩に対して作家的にも人間的にも、一目も二目もおいていた。私の八方睨みはいつか改まっていたらしい。
 乱歩とのつきあいは四十年を越える長きに及んだ。その間、気拙い時期もあったけれど、私の心のなかにはつねに乱歩の面影があった。乱歩逝って十年、ちかごろの私の口癖はこうである。
「あのなあ、乱歩さん」
 口に出してそう呟いてから、あわててあたりを見廻し、赤面するのである。私とてつねに乱歩のことを考えているわけではない。ほかのことを考えていても、その考えにいきづまると、
「あのなあ、乱歩さん」
 が、口をついて出るのである。しかも、この口癖は年をおうて頻繁になるようである。
 
「幻影城」昭和50年7月増刊号「江戸川乱歩の世界」
新版横溝正史全集第18巻『探偵小説昔話』講談社(1975年7月)
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