Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2010.10.28,Thu
乱歩と本格(10)
昭和12年がピークだったと乱歩が回想する探偵小説ブームは、昭和10年にはすでに紛れもないものになっていたようで、この年から翌11年にかけて黒白書房から「世界探偵傑作叢書」全十八巻が出版されたこともその証左のひとつといえるでしょう。
さて、横溝正史です。「探偵小説」に本格三作品を掲載して乱歩を喜ばせ本格に開眼させた正史は、昭和10年にはいったい何をしていたのか。上諏訪で療養生活を送っていました。この年には「新青年」に「鬼火」と「蔵の中」を発表しているものの、一日にせいぜい三枚から四枚というのが執筆ペースで、結核との戦いに明け暮れる毎日でした。そして正史もまたこの年、じつは本格作品に開眼していたのだといえるかもしれません。
「推理文学」の1970年4月号に掲載された「読み本仕立て」から引用。
昭和十年ごろ、私は信州上諏訪で病気療養中だった。昭和十年にはそろそろ仕事をはじめていたが、まだまだ健康的に制約の多かった私は、手当たりしだいになにか読んでいた。中学時代につぐ乱読時代だったかもしれない。
そのころ黒白書房という本屋から、相当多くの翻訳探偵小説が出版された。さいわい私は寄贈を受けていたので、本がとどくのを待ちかねて読んでいたが、そのなかに甲賀三郎訳のクロフツの「英海峡の怪奇」というのがあった。それを読みおえたとき、私はこう呟いたのをおぼえている。
「なんだ。これじゃ登場人物はすべて、将棋の駒もおなじじゃないか」
そうなのだ。本格探偵小説というものは、元来そういうものなのだ。たまたま「英海峡の怪奇」がその極端な例だったので、ハッキリそれを意識したまでで、いままで読んだどの小説も、大なり小なりそうであることにそのとき気がついた。
本格探偵小説の作者たちはまずトリックを構成する。そして、そのトリックの構成分子として、あとから人物を配置していくのである。しかも、謎は最後まで伏せておかなければならないのだから、登場人物の性格を、正確に、表面に押し出すわけにはいかない。それを試みようとすると、ナイオ・マーシュのある作品のように、早期に謎や犯人が観破され、失敗作におわる場合が生じるのである。
▼海外ミステリ総合データベース ミスダス:翻訳ミステリ総目録1916-2005
例によってこのサイトで調べてみたところ、「世界探偵傑作叢書」第六巻の『英海峡の怪奇』は昭和10年11月20日に発行されています。つまり正史は昭和10年も暮れ方になってようやく、登場人物はすべて将棋の駒に過ぎない、という本格探偵小説の本質にはっきり気がついたというわけです。
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