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Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2017.06.21,Wed
ウェブニュース

The Japan Times
 平成27・2019年6月17日 ジヤパンタイムズ

The extraordinary untold Japan story of ‘You Only Live Twice’
 Damian Flanagan
 Home > Culture > Film

The extraordinary untold Japan story of ‘You Only Live Twice’

[抜粋]

The Cold War deepened in 1948 over the Berlin Airlift. Hughes was dismissed as manager of the club and swore never to return to it. At the same time, he started working as a foreign correspondent for London’s Sunday Times, under its foreign manager Ian Fleming, who had played a distinguished role in British naval intelligence during World War II and presided over many crucial covert operations.

Hughes now created his own intelligence network by founding the Baritsu Chapter, supposedly the Asian section of the Baker Street Irregulars, a Sherlock Holmes appreciation society first founded in the U.S. in 1934. “Baritsu” is the name given to a fictional form of martial art that Holmes is described as using to defeat his arch-nemesis, Moriarty, while wrestling with him at the Reichenbach Falls.

The society was invitation only and at first had just 12 high-profile members, including Walter Simmons, the chief correspondent of The Chicago Tribune and renowned Japanese fantasy author Edogawa Ranpo (1894-1965), who had himself created many classic stories inspired by Sherlock Holmes.

The first society dinner was a lavish 11-course affair: Japanese Prime Minister Shigeru Yoshida himself was due to participate, but offered last minute apologies due to an emergency meeting with Gen. Douglas MacArthur, the Allied commander in Japan. He promised that nothing would prevent him from attending the next meeting. His son, satirical author and Anglophile Kenichi Yoshida, was also a keen member.



Edogawa Ranpo | WIKICOMMONS
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Posted by 中 相作 - 2017.06.20,Tue

 私は乱歩同様、他人の影響を受けやすい人間なのか、奥泉光さんの集英社文庫『東京自叙伝』から多大なヒントを得て、まず『江戸川乱歩偽自叙伝』というタイトルを思いつき、そのあといや待てよ『複雑な彼』がいいかなと考え直し、さらにぶれまくって『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』ということになったのですが、『東京自叙伝』の破天荒な語り手たる「私」は一時、漱石の『吾輩は猫である』の猫すなわち語り手「吾輩」であったという設定になっていて、ああ、漱石の猫か、たしか中学のとき旺文社文庫で読んだきりではないか、と思ったので価格ゼロ円のキンドル本をダウンロードして読みました。

 内容なんてきれいに忘れていて、かすかに記憶に残っていたのはトチメンボーと蛇飯だけでしたが、作中随所に、といいますか全篇を通じて、中学生ではこの面白さはわからんかったやろな、と痛感されることの連続、余勢を駆ってひきつづきキンドル本『坊っちゃん』をダウンロードしたところです。

 漱石の探偵嫌いはつとに指摘されているところですが、すでに『吾輩は猫である』の時点でそれが色濃くにじみ出ているのにはいささか驚かされました。

 いやいや、それよりもっと驚いたのは、キンドルで全文検索ができることでした。

 ちっとも知らなんだのですが、たとえばキンドル本『吾輩は猫である』で「探偵」を検索すると、作中のすべての「探偵」がその前後三行分ほどを打ち連れてずらーっと出てきてくれるわけです。

 むろん、その三行ほどをタップすると、一瞬の躊躇もなく当該ページにすっ飛んでってくれます。

 漱石に寄り道ばかりもしてられませんから『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』に戻りますと、書き出しを変更することにいたしました。

 祖父の話から始まるのではどうもまだるっこしい。

 いきなりこう出ることにいたしました。

 彼は明治二十七年(一八九四)に生まれ、二冊の自伝を残した。

 なんか、太宰治みたいだな、と思います。
Posted by 中 相作 - 2017.06.20,Tue
書籍

ミステリ国の人々
 有栖川有栖
 平成29・2017年5月── 日本経済新聞出版社
 B6判 カバー 287ページ 本体1500円

明智文代──江戸川乱歩
 初出:日本経済新聞 平成28・2016年1月24日

 日本経済新聞出版社:ミステリ国の人々
 NDL-OPAC:ミステリ国の人々
 2016年1月27日:ミステリー国の人々 有栖川有栖(4)明智文代──江戸川乱歩|美人妻、二十面相に鞍替え?
Posted by 中 相作 - 2017.06.19,Mon

 『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』では結局、「彼」や幼年期から青年期までを題材にした自伝的随筆、さらには『奇譚』、もとより『探偵小説四十年』あたりを貼雑して、とどのつまり、帰するところ、乱歩が探偵小説を見誤っていった過程、乱歩風にいえば経路ですが、それを浮き彫りにすることになるのではないかと思います。

 「帝国少年新聞の内容!! 内容!!!」の時点では、乱歩はいまだ探偵小説に開眼しておらず、少年時代の読書の延長線上に、複数の筆名をつかいわけながら、少年小説、冒険小説、滑稽小説、お伽噺をものそうとしていたことがわかりました。

 話は横道にそれますが、冒険小説「黄色黒手団」の作者として紹介されている漱岩は、むろん漱石を踏まえた筆名のはずで、だとすれば中学時代の乱歩は漱石に傾倒していたのかもしれません。

 「孤島の鬼」の語り手の金之助という名前は漱石の本名を借用したのではないか、とたしか戸川安宣さんが推察していらっしゃったことでもありますし。

 漱石がらみでさらに横道を突き進むならば、大正2年3月、「帝国少年新聞」関連の印刷物を仕上げたあと、同月27日に乱歩は牛込区喜久井町五番地に転居します。

 名張まちなかブログ:江戸川乱歩年譜集成 > 大正2年●1913

 この喜久井町こそは漱石生誕の地でした。

 ウィキペディア:喜久井町

 それがどうした、と尋ねられると困りますけど。
Posted by 中 相作 - 2017.06.19,Mon
雑誌

日本文藝學 第53号
 平成29・2017年3月── 日本文芸学会

江戸川乱歩『陰獣』論 理智と本能の狭間に
 穆彦姣
 p117─134

 NDL-OPAC:江戸川乱歩『陰獣』論 : 理智と本能の狭間に
Posted by 中 相作 - 2017.06.18,Sun

 『貼雑乱歩 ① 世に出るまで(仮題、変更予定)』のために、ということになるのかどうか、「帝国少年新聞」関連の印刷物をテキストに起こしました。

 「帝国少年新聞」は大正2年に乱歩が企画し、企画倒れを余儀なくされた新聞です。

 名張まちなかブログ:江戸川乱歩年譜集成 > 大正2年●1913

 「帝国少年新聞の内容!! 内容!!!」の一部を引きます。

□主張□
これは本紙の眼目とするところで毎号少年諸君の為に気焔を掲げる執筆者は主筆平井洪濤氏でその熱烈なる文章は必ず少年諸君の歓迎を受けるであらう。
□通信□
本紙第二面の殆と全部を時事通信に費し各記者が全力を注いで懇切に社会の形勢を報導する。
□学術談話□
現今は科学全盛の時代である大は宇宙天体の研究から少は極めて微細なる動植物の観察に至るまで悉く網羅したのが学術談話欄である。
○少年小説希望○
飽くまで希望に向つて猛進する一少年が百折不撓遂に目的を達する迄の運命を現はしたもので或は強賊に捕へられ或は化物屋敷に生活し或は空中の人となり或る時は地下の人となる千変万化の活小説早稲田文科大学生笹舟生の傑作である。
○冒険小説黄色黒手団○
無名の志士漱岩氏の空想で五名の熱血男児が国家の為に身命を賭して敵国に入り不可思議の手段を弄してその滅亡を計るといふ筋最新科学を応用せる大規模の長篇小説である文章の壮大構想の奇絶思はず快哉を叫ばしむ
△滑稽小説仙骨▽
永らく山中で生活して居つた仙人不図浮世が恋しくなり小学時代の友人を訪問して世界の進歩に驚き種々の滑稽を演じるといふ筋一読お臍が宿がえする事受合ひなり。
△お伽噺不死王国▽
小さい弟妹に読んで聞かせるに最も適当な面白いお噺である

 乱歩はいまだポーもドイルも発見していませんでした。
Posted by 中 相作 - 2017.06.18,Sun
ウェブニュース

ダ・ヴィンチニュース
 平成29・2017年6月14日 KADOKAWA

美輪明宏16歳での“サロン”デビュー。三島由紀夫、江戸川乱歩から桑田佳祐まで、天才達によって彩色された「美輪明宏の人生絵巻」がスゴ過ぎる!!
 町田光
 Home > エンタメ > 記事

美輪明宏16歳での“サロン”デビュー。三島由紀夫、江戸川乱歩から桑田佳祐まで、天才達によって彩色された「美輪明宏の人生絵巻」がスゴ過ぎる!!

2017.6.14

 

『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(佐藤剛/文藝春秋)

 「とうちゃんのためなら エーンヤコラ かあちゃんのためなら エーンヤコラ もひとつ おまけに エーンヤコ~ラァ」──2012年の大みそかの夜、身振りと抑揚をつけた迫真のセリフで始まった、美輪明宏氏の作詞・作曲・歌唱による「ヨイトマケの唄」。披露した「第63回NHK紅白歌合戦」の放送が終わると、異口同音に「魂を揺さぶられた」と、ネットに書き込みが溢れた。

 そんな希代(きたい)のソウルアーティスト・美輪明宏が誕生するまでの、昭和から平成にかけた足跡を綴る、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(佐藤剛/文藝春秋)。美輪明宏さんは本書にこう祝辞を寄せた。

歴史に残る天才達によって彩色された果報な私の人生絵巻が、愛満載に描かれていて、今更ながら有難さが身に沁みる。

 美輪明宏氏が語られるとき、歌手・役者人生のスタートを「1952年、当時17歳で銀座のシャンソン喫茶『銀巴里』デビュー」に置かれることが多い。しかし本書を読むと、それはじつは正確ではないことが明白になる。丸山臣吾(後の美輪明宏)の人生は、1951年に16歳の時にアルバイトを始めた、「銀座ブランスウィック」という喫茶店で運命づけられていたのである。

 この店、喫茶店は表向きであり、実態はゲイバー、ハッテンバだ。しかも場所は銀座のど真ん中。歌舞伎座も近く、客層は歌舞伎、文芸、映画、芸能から政界関係者など、多士済々である。今なら格好の文春砲のターゲットとなりそうな店だが、当時は無防備でオープン。日本アングラ史の一面を担う一方で、洒落た異業種交流サロンでもあった。

 集う客の中に、作家の江戸川乱歩や三島由紀夫がいた。この2人との出会いはまさに、運命そのものだ。17年後の役者としての出世作、演劇『黒蜥蜴』(原作・江戸川乱歩、戯曲・三島由紀夫)へと繋がり、三島由紀夫はこの時以来、生涯、美輪明宏の人生を支えた。その信頼関係がどれほど濃密なものだったかは、本書で微に入り、細に入り記されている。

 本書には他にも、美輪明宏氏の妖艶さと優雅さ、そして愛に満ちた魂に吸い寄せられた、多くの天才たちが登場する。後追い自殺まで考えた恋人の赤木圭一郎、編曲者として日本初のシンガーソングライター美輪明宏を世にリリースした中村八大、役者人生を彩った寺山修司、さらには「ヨイトマケの唄」の根底にある「純・日本の歌を届けたい」というソウルを引き継ぐ、桑田佳祐をはじめとする現代のシンガーソングライターたち。

 こうした天才たちをことごとく虜にした魅力はどこにあったのか? 筆者はその源泉を、16歳の丸山少年が江戸川乱歩と銀座のサロンで交わした、こんなやりとりの中に見た気がした。

丸山「(乱歩小説の主人公の探偵)明智小五郎ってどんな人なの?」
乱歩「(腕を指して)ここを切ったら、青い血が出るような人だよ」
丸山「ワアー、素敵じゃない!」
乱歩「へェー、君はそんなことがわかるの?」
丸山「だって素敵じゃない、知的で。私、情念に振り回されるような人は大っ嫌い!」
乱歩「君、面白い子だね。じゃあ、君は腕を切ったらどんな血の色が出るんだい?」
丸山「七色の血が出ますよ」
(中略)
乱歩「きみ、いくつだい?」
丸山「十六です」
乱歩「十六でそのセリフかい、おもしろい子だねえ」

 さて、あなたはどうだろうか? 本書は、美輪明宏氏を軸としつつも、昭和から平成にかけての日本の文化・エンタメ・アングラ史の重要なトッピクスを集約させた大作でもある。本書と共に時代を振り返り、駆け抜けながら、「シスターボーイ」と称された人物の魅力の真髄を探る旅に出てみてほしい。

文=町田光
Posted by 中 相作 - 2017.06.17,Sat

 しかし、本当に、何を書けばいいんだか、いまだによくわからないんですけど、「彼」と『探偵小説四十年』という二冊の自伝をどう捌くか、どうやっつけるか、どう活かすか、みたいなことがポイントになるとは思います。

 さらになお恐ろしいことに、乱歩は自伝的随筆もたくさん書いてます。

 ですから、『貼雑乱歩(仮題、変更予定)』は、「二銭銅貨」で世に出るまで、みたいなことでいいのではないかと思えてきました。

 まず最初に、「彼」をやっつける。

 アンドレ・ジードの自伝と木々高太郎の自序を並べて、そのあとに「彼」をもってくる。

 これで、昭和8年刊の堀口大學訳『一粒の麦もし死なずば』、昭和11年7月刊の版画荘版『人生の阿呆』、昭和11年12月に連載が始まった「彼」、という流れをたどることができます。

 で、「彼」はとりあえず、「1」を全文、引用しておく。

 で、なんだかいろいろ書く。

 幼年期、少年期、中学時代、大学時代、職業転々時代。

 で、乱歩の文章と乱歩以外の書き手の文章、あれこれたらたら貼雑がつづいて、最後は突然ですます体になり、
 
 ──江戸川乱歩は大正十二年、「新青年」に「二銭銅貨」を発表してデビューしました。

 という文章でおしまいになる。

 この文章、じつはキンドル本『涙香、「新青年」、乱歩』の書き出しですから、つづきはキンドル本でお読みください、みたいな展開にできたら都合がいいんですけど、いくらなんでもそんな真似はなあ。
Posted by 中 相作 - 2017.06.17,Sat
雑誌

日本文藝研究 68号
 平成29・2017年3月── 関西学院大学日本文学会

江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』論 郷田三郎の人物造型を巡って
 穆彦姣

 関西学院大学リポジトリ:A00200304 紀要『日本文藝研究』
 NDL-OPAC:江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』論 : 郷田三郎の人物造型を巡って
Posted by 中 相作 - 2017.06.16,Fri

 『貼雑乱歩(仮題、変更予定)』のための引用集。

 創元推理文庫版『人生の阿呆』から、文庫本で十ページもある木々高太郎の「自序」。

 冒頭から引きます。

 自分の作品に、自分で序を書くと言うのは、作者の足りないところを先きに弁護もし、註解もするようで、何となく好ましくないのであるが、この作には、そうする必要があり、又、意味もあると感ずるために、それをする。
 この作の作者は、巷間に、医学博士であるとか、或いは大学教授であるとか、種々なる噂を生んでいると聞く。そして、或時は、そのためにだけ、この作者の作品が価値あるように、言いふらされていると聞く。
 作者は、この作を提出するに当って、先ず、それを、訂正して貰い度いのである。この作の作者は、少しも医学博士ではない。又、少しも大学教授なぞでもない。否、よし、彼が、そうであったにしても、彼はそのような風袋ふうたいの故に、自分の作品を評価さるることなきを、切に、希望する。彼は唯生れたるままの彼として、一介の作家として、評価もされ、蔑視もされ度いと、切に願う。何故ならば、実際に、彼はそうなのであるから。
 彼は、日本の下層階級の、普通の家に生れた。そして、彼の場合には、実際は曾祖母なのであったが、一切の条件が、ほかの家での祖母に相当したから、彼も亦、祖母と考えていた、その祖母に、甘やかされて育った、平凡な、田舎生れの子であった。
 祖母に育てられた長男は、やくざである、意気地なしである、とは一般に言われていることであるし、全くその通りであった。彼も亦、やくざにせられ、蔭では、馬鹿だの意気地なしだのと言われて、大きくなった。少年時代は、両親、親族一同が、彼の文学への僅かな芽生えを、憎悪し、嫌忌けんきし、ことごとく摘み去ろうとした。しかも、それは可なり苛酷に。──その時代は、文学などと言うものは、子供を悪るくすることより外に、能なきもので、世をあげて、蛇蝎だかつの如く忌み、圧迫すきものであるとの、考えが、この国の親達を支配していたからで、まことに止むを得ぬことでもあった。
 祖母は、文学も何も、皆目かいもくわからぬ人であったが、不思議にも、孫のすることは一々善意に解釈した。作者は、此処ここで、不思議にもと言う。それは、不思議以外のものではない。世の、どの子供よりも、劣っていればと言って、少しもすぐれてはいなかった、彼の、頭の先から爪の先まで、祖母は善く解釈した。或る時は、彼自身、余りに見当違いな、善意の解釈に、祖母をわらいもした。
 それは、唯々、盲目の愛と言うより外はない。動物愛などよりも、更らにはるかに、盲目の愛であった。
 斯うして、祖母に甘やかされて育てられ、そして、青年時代を放縦無頼に過ごさなかったとすれば、それは、自然法則に反する。彼も、自然法則には、反しなかった。僅かに、独逸ドイツ語と露西亜ロシヤ語とを少しく学び、それ等の言葉で書かれた医学書を、少しく興味を持って読んだほかに、彼の青年時代は、他に迷惑をかける外に、何も為さなかった、と言っていい。そうして、既に、相当年をとってしまう迄、彼は何事も為さず、ますます貧乏となる生活を、所有するだけで あった。
 彼は、斯くの如く、つまらぬ人間であった。寧ろ、比較を絶して、劣っている、わがさがを嘆くより外には、何ものをも所有しない、人間であった。
 唯一つだけ、それでも、彼には異常なところがあった。それは、わが心を、ほかの世界の悪意から、守ることだけに、勇気を持っていた点である。心とは何か。それは、内界の世界と言っ てもいい。単に、自分と言ってもいい。即ち、彼は、自分を頑強に、守り通した。やくざでもあり、意気地なしでもあった彼が、勇猛に、果敢に、この守備だけは、やって来たのであった。
 そして、可なり老いて、昭和九年の秋、初めて、一篇の探偵小説を書いた。彼が書いたのではない、友人、海野十三が、寧ろ執拗にすすめて、彼をして書かしめたと言った方が、当っているかも知れぬ。それが、「新青年」に紹介せられた、彼の処女作「網膜脈視症」であった。
 ついで翌年、連続して、五つの短篇を書いた。この間に、友人、海野十三、水谷準の二人が、作者に与えて呉れた激励については、作者は常に感銘の心を持つ。
 此等の労作の間に、作者のうちには、まことに不思議なる、探偵小説への情熱が、湧いて来たのである。
 探偵小説への好みは、既に、長い前から、彼にはあった。祖母に甘やかされて育った、長男の如きものにして、およそ探偵小説への好みを有しないものは、稀であろう。彼も、その例に洩れなかった。雑誌「新青年」は、その初期より、彼の愛読する雑誌であった。日本の探偵小説を代表するかに見える、江川乱歩の諸作は、もとより彼の愛読するところであった。この奇異なる文学は、凡そ早くから、彼の心をしていたのである。言わば、読者としては、既に卒業の期に近かった彼は、外に為すない彼には珍らしく、探偵小説に対する、一隻眼が養成せられてあったのだ。
 そして、自分で作家として歩み始めてから、この一隻眼を以って眺めると、彼には可なり不思議と思われる、現象がみられるのである。
 それは、彼が既に読者であった間に、幾度か疑問を起し、幾度かその疑問に答えていた、探偵小説の本質に関する問題であった。日本の探偵小説壇には、まだまだ、探偵小説非芸術論の盛んであることであった。尤も、斯く言えば、欧米の探偵小説壇に於ても、亦同じである。探偵小説は文学でも、芸術でもないと言う、探偵実話や、犯罪実話からの出源を、まだ忘れることの出来ない、それを、まだ克服することの出来ない、説が、威を振っていることであった。
 彼の進む可き、そして、日本探偵小説壇が、励まなくてはならぬ道は、正に此処にあると、彼は思った。彼は、敢然として立ち、探偵小説芸術論の旗の下に、新らしい道を歩んでみようと、決心した。
 此のような思想は、最もナイーヴには、探偵小説は、一度読まれて、そして直ちに捨てられるものであってはならぬ、と言うテーゼとして言い表わされる。月々の雑誌で読み捨てられ、読んでいるうちは面白いが、二度と再び読む気がしない、探偵実話や探偵記事と、同じものであってはならぬ、と言う思想から来ている。探偵小説も、正に、純文学の小説、酌みて尽きざる、芸術でなくてはならぬ、と言う思想から来ている。斯く言えば人は、その思想を追いつめてゆけば、探偵小説は無くなって、純文学へ帰して了いはせぬか、と言うであろう。否、断じて否。探偵小説は、一定の条件(形式)をそなえた文学である。詩歌が一定の条件を持ち、戯曲が、一定の条件を持つのと、同じである。而も、詩歌や戯曲は、その条件が、完全に美しく、みたされれば充たさるる程、文学としてすぐれて来るのであって、決して、遂にこれが同じ一つの形式に、帰一して了いはせぬのである。同じように、探偵小説は、その条件が充されれば充たさるる程、すぐれた文学となるのであって、斯くして、益々芸術となるのである。
 然らば、探偵小説の条件とは何か。それは、謎があり、論理的思索があり、そして、解決がある、と言う、三つの重要なる条件である。此処では、小説と論理的思索との結合がある。この二つの、全く異った精神活動が、奇しくも結合して出来る文学が、即ち、探偵小説であった。この意味に於ては、あらゆる文学のうちで、探偵小説は、最も理智的にして、最も高尚なる精神活動の、文学であって、同時に、最も情感的な、スリルを伴う文学でもある、と言うことになる。この如き文学は、文学発展の歴史にあって、極めて近代の発見にかかるもので、将来の生長は、まだまだ、測り知られぬものがなくてはならぬのだ。

 木々高太郎の著作権はまだ生きてますから、大量に引きすぎてちょっとまずいかな。

 ともあれ、これを読んだ乱歩はおおいに技癢を感じたのではないかと思われます。

 森鷗外の真似をして技癢とか書くのは悪い趣味だとも思いますけど。
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