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Nabari Ningaikyo Blog
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Posted by 中 相作 - 2010.10.17,Sun
 乱歩と本格(5)
 
 昭和9年、「悪霊」こそ「新青年」1月号を最後に中絶してしまいましたが、乱歩は「キング」に「妖虫」、「日の出」に「黒蜥蜴」、「講談倶楽部」に「人間豹」と三本の連載をよくこなし、のみならず「中央公論」9月号には百十枚の「石榴」も発表しました。『探偵小説四十年』に引用された「探偵小説十五年」には「これが私の新らしい作品ですと誇示し得るような要素は何もなかったけれども、従来書きふるした形のものを、少し念入りに考えて、構成の複雑味から来る面白さをなるべく多くして、気を入れて書いて見ようという程度の心構え」で「石榴」を執筆したと打ち明けられています。それから、こんなことも。
 
 当時私はベントリーの「トレント最後の事件」をおくればせに一読して、大変感心していたので、あの作のトリックを私なればこんな風に扱うのだ、日本流に書き直せばこんな風になるのだというような気持で筋立てをした。真似というよりは、同じ思いつきを私がどんな風に扱うか、一つ見て下さいという心持であった。
 
 「探偵小説」の昭和7年7月号で読んだ「トレント最後の事件」のトリックを自分なりにアレンジしてみたというのですから、「石榴」は英米黄金時代の本格長篇から刺激を受け、自分なりの、あるいはこの国なりの本格作品をめざして書かれた一作であったと見ることが可能でしょう。しかし、待っていたのは意想外の不評であり、それまでに経験したことのない無反応でした。乱歩の失意落胆は『探偵小説四十年』にくわしく記されていますが、ここには『貼雑年譜』からの引用を引用。
 
 「年初の『悪霊』の失敗につぐこの『石榴』の悪評並びに無反響は、私の自信をそぐこと甚しかった。前記の新聞の悪評などは、黙殺よりはまだしも賑かな感じで、それほど気にしなかったが、従来私の作が出れば必ず問題にしてくれた探偵小説界が、今度は全く黙殺したので、私はすでにして私の時代が去っていることをハッキリ感じたのである。『石榴』以上の何か新しいものを含んだ作の創作欲が起るにあらざれば、もう探偵読者に読んでもらうものは書けない、書く気がしないという考えになった。そこで、これより後の数年間は、自分がもう現役作家ではないことを自覚し、そういう立場から探偵小説界のために何かの仕事をしたいと考え、いささかそれを実行したわけである」
 
 「石榴」の不評あるいは無反応は乱歩にかなりの絶望を感じさせたようです。その絶望には、「すでにして私の時代が去っている」「自分がもう現役作家ではない」といった認識のほかに、英米風の本格長篇は結局この国に根づかないのではないかという諦めも含まれていたかもしれません。というのも昭和10年前後以降、乱歩は本格に開眼しながらも多様性を求めるというやや矛盾した主張を展開することになるからです。たとえば「石榴」から三か月後、昭和9年12月に発表された「探偵小説界の前途」にはこんなことが記されてます。
 
 さて、将来に目を放って見る。本格の探偵物と、広義の、怪奇、犯罪などを含む通俗或は純文芸物とのカテゴリー論が今日では問題にされている。探偵小説は本格探偵物を以て第一とすると云うのは尤もな考えであるが、之のみを以てしては探偵小説は行き詰らざるを得ない。故に、もっと広義の探偵小説の世界が栄えていいと思うのである。本格物は一般的ではなく、深く浸潤したマニアックな読者層に限られているが、この狭いもの丈けでなく、怪奇、犯罪等、文学として優れたものであり又こうした探偵小説的世界である作品が、豊富になる事こそ願わしいと思う。
 
 本格が第一ではあるが、広義の探偵小説が栄えるべきである。乱歩はそう述べ、翌昭和10年の「改造」10月号に発表した「日本探偵小説の多様性について」などでも同様の主張をくり返しています。そうした主張の背後には、この国なりの本格作品をめざして執筆した「石榴」が一般的な読者にも探偵小説の読者にもともに受け容れられなかったという事実、事実というよりは乱歩個人の判断というべきでしょうけれど、とにかく「石榴」一篇の反響から生じた乱歩なりの判断や認識があったのではないかと思われます。そしてそういった判断や認識にもとづいて乱歩は、この国に本格探偵小説が根づくことはないとあらためて結論し、探偵小説の多様性に前途を託したのではなかったか。
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