Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2010.10.16,Sat
乱歩と本格(4)
昭和10年、乱歩は探偵小説の作家から愛好家、研究家への転身を自覚していたといいます。とはいえ、英米黄金時代の本格長篇に開眼した以上、本格長篇の創作をめざさなかったとは考えられません。昭和7年に「恐怖王」を書き終えて休筆に入り、翌8年11月に復帰第一作として連載を始めた「悪霊」こそ、本格長篇を志しながら果たせなかった痛恨の一篇だったと見るべきでしょう。『探偵小説四十年』に「探偵小説十五年」から引用されている「悪霊」関連の記述を拾うならば、「雑誌が新青年なのだし、それに推理のある探偵小説を書くつもりだったので」とあるあたりに乱歩が「悪霊」に秘めた意欲が語られている感じですし、なかんずく「推理のある探偵小説」というトートロジーめいた言葉は本格という言葉と同義のものとして使用されているのではないか。また、昭和9年に連載した「妖虫」「黒蜥蜴」「人間豹」について「それらの雑誌の長篇は、『新青年』とはちがって、本格ものでは却って困るのだし」と記している点からは、「新青年」に書いた「悪霊」は「本格もの」だったのだという乱歩の認識が導き出されるといっていいでしょう。
しかし、「いくら私でも凡その荒筋は持っていた」という「悪霊」はあえなく中絶。乱歩の苦悩苦衷は『探偵小説四十年』でしのんでいただくことにして、ここには「噂」という雑誌の1971年9月号に掲載された座談会「男色まで実験した常識人」から「悪霊」の舞台裏を引いておきたいと思います。出席者は横溝正史、水谷準、島田一男、山村正夫、中島河太郎(司会)。
水谷 もちろん、そうでしょうね。だけど、ぼくは乱歩にきらわれていましたからね。
中島 そうですか?
水谷 おれをちっとも宣伝してくれないというんだ。ぼくは、ふつうの作家として扱っているわけですよ。ちっともおれのプラスになるように大きく出してくれない。しょっちゅう言ってましたよ。「きみ、ひどいよ」っていうようなことを面と向かっていいましたね。
横溝 その間にはさまってヒス起こしたのは、ぼくだよ。ぼくは病気で喀血して、寝ているんだろう。そこへ乱歩が来てさ、「水谷君にはちっともおれの『悪霊』のことを編集後記に書いてくれねェ」っていうんだよ。それで、この人(水谷氏)に「乱歩こう言ってたぞ」といったら、「書こうにも書きようがないじゃないか。はたして原稿がくるかどうかわからないじゃないか。今月の『悪霊』おもしろかったと書いておいて、原稿がこなかったらどうするんだ」。それをまた乱歩に取り次ぐと、「だって、何とか書きようがありそうなもんだ」。
水谷 そうだ。書きよう、あるわな。
横溝 それで、おれはヒス起こして、やめちまえッと書いた……。
水谷 あれはおれの失敗だった。おれがもう少しつっこんで、先生でなければだめだというようなことを言えば、彼は書いたかもしれないね。いろいろなものを、もっと。
横溝 この人はね、編集者としてのプライド持っているでしょう。
水谷 いや、そんなもの持ってないけどさア。おれは、そういう宣伝がきらいなんだよ。
横溝 「悪霊」の第一回が出たとき、少し増刷したんだよ。この人、言ったんだ。小説のために増刷するというのは編集長の名折れだ。だから、プライドとプライドが衝突していたんだよ。
水谷 いや、おれは彼ほど細かくないからね。簡単にものを考えるほうなんだけれども。
中島 「悪霊」の中絶は何ですか。やっぱり案が立っていなかったんでしょうか。
水谷 あのときは、ほんとうに何にもなかったらしいですな。出だしの一つのふんいきだけ。
中島 三回ぐらいまででしたね。
横溝 あとで、何を書こうとしたのといったら、スミルナ博士の日記なんだ。手紙の書きぬしが犯人なんだ。それは惜しいことをしたねと言ったことがあった。手紙の形式で乱歩の味を出そうとしているんだから、書きにくいことも書きにくかったでしょうな。
中島 編集者として、つき合いにくい方ですか。
水谷 それはつき合いにくいですよ。だって、会わないんだもの。書けそうもなくなってくると、これはもうたまんないですよ、編集者としちゃア。ページあけてあります。十五ページなら十五ページ。だから、ブランクになっているわけでしょう。ほかのはみんな校了になっているわけだ。先生のがなければだめだ──まあ先生なんて言わない。あんたのがなければだめだからくださいよ。じゃやれるところまでやる。返事するでしょう。じゃ、あした来てくれっていうから、行けば会わないんだ。奥さんが出てきて、「いますけれども、いましても……」「どうするんですか。やれるのかやれないのか。とにかく奥さんの口からじゃしようがないんだから、本人に会わしてください」絶対会わないでしょう。これはしようがないですよ。
「悪霊」は昭和8年11月から翌9年1月まで、わずか三回、百二十枚で中絶してしまいましたが、乱歩は「新青年」を舞台にしたこの連載でやはり本格長篇を志していたのではなかったかと推測される次第です。
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