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Nabari Ningaikyo Blog
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Posted by 中 相作 - 2010.10.15,Fri
 乱歩と本格(3)
 
 昭和7年、「講談倶楽部」の5月号で「恐怖王」を完結させた乱歩は、それを機にまたしても休筆に入りましたが、「探偵小説」の6月号から8月号に怒濤の勢いで掲載された「矢の家」「トレント最後の事件」「赤い家の秘密」によって英米黄金時代の本格長篇に眼を開かれました。そのあとはどうなったか。探偵文壇は乱歩が「日本探偵小説第二の山」と呼んだブームを迎えました。乱歩は『探偵小説四十年』に引用した「探偵小説十五年」にこう記しています。
 
 昭和八年ごろから日本の探偵小説界に一つの新らしい機運が動きはじめていた。そしてそれが九年、十年、十一年と加速度に醞醸されて行って、昭和十二年には最高潮に達し、翌十三年ごろから、やや下降沈滞のおもむきを見せているように感じられる。
 
 乱歩自身にも昭和10年前後、ひそかな転機が訪れました。『探偵小説四十年』にはこうあります。
 
 私は手術などには至って弱い方なので、入院も長引いたし、退院してからも、その夏は殆んど寝たままだったし、結局十年度は一つの小説も書かないで過してしまった。しかし小説こそ書かなかったけれど、十年の夏から翌十一年にかけて、あるきっかけから、私の心中に本格探偵小説への情熱(といっても、書く方のでなく、読む方の情熱なのだが)が再燃して、英米の多くの作品を読んだり、批評めいたものを書いたり、その他創作以外のいろいろな仕事をするようなことにもなったのである。
 
 乱歩のいう「あるきっかけ」とは何か。春秋社の『日本探偵小説傑作集』を編纂したこと、柳香書院の「世界名作探偵叢書」を森下雨村と共同監修したこと、あるいは、井上良夫との文通が始まったこと、そのあたりがまず思い浮かびますが、もとより確たるところはわかりません。しかし乱歩がみずからの転機、転身をよく自覚していたことはたしかで、『探偵小説四十年』には「探偵小説十五年」の引用に註を附すかたちでこんな述懐も綴られています。
 
 〔註、私はそのころから、自分の創作はほうっておいて、西洋の作品輸入の仕事に熱中する癖があった。自分で書けないので、「せめても」という気持もあったのだろうが、当時から、私は小説家の立場を捨てて、単なる探偵小説愛好家の立場に転身した形があった。それが第二次大戦後には、エラリー・クイーンがやはり世界の短篇探偵小説の蒐集批判と、傑作集編纂に熱をあげていることを知ったので、そういう同類もあるのだという安心感のようなものも作用して、一層西洋探偵小説の渉猟と紹介に力めたわけである。だから、第二次大戦後の私の仕事も、やはり作家の立場ではなくて、愛好家の立場にすぎなかった。そして、そういう愛好家、研究家への転身は、実はこの昭和十年のころから始まっていたわけである〕
 
 「西洋の作品輸入の仕事」のひとつが「世界名作探偵叢書」の監修でした。全三十冊の全容は『探偵小説四十年』に紹介されていますが、実際に出版されたのは五冊だけ。内容確認は例によってこのサイトのお世話になりましょう。
 
 海外ミステリ総合データベース ミスダス:翻訳ミステリ総目録1916-2005
 
 乱歩は「世界探偵小説傑作叢書」と記していますが、正しくはこのサイトにあるとおり「世界探偵名作全集」だったようです。『幻影城』の「探偵小説叢書目録」はどうかと見てみると、やはり「世界探偵名作全集」です。
 
 赤毛のレドメイン一家 〔第一巻〕
イードン・フィルポッツ 井上良夫訳 昭和10年10月20日
 
 赤色館の秘密 〔第三巻〕
A・A・ミルン 妹尾アキ夫訳 昭和10年11月30日
 
 十二の刺傷 〔第二巻〕
アガサ・クリスティ 延原謙訳 昭和10年12月30日
 
 矢の家 〔第五巻〕
A・E・W・メースン 妹尾アキ夫訳 昭和11年(?)
 
 陸橋殺人事件 〔第四巻〕
ロナルド・ノックス 井上良夫訳 昭和11年3月10日
 
 乱歩はこの全集について「第一次大戦後の目ぼしい長篇探偵小説を、出来るだけ厳選し、優秀な訳者を選んで、権威ある飜訳叢書を出版したいと考えた。そのためには私自身も随分原本を読みあさったし、また井上良夫君などの助力をも乞うて、結局三十冊の優秀作品を選び出すことが出来た」と述べていますが、「探偵小説」の誌面で横溝正史の置き土産とも呼ぶべき三長篇に接した昭和7年まで、英米黄金時代の本格長篇を知ることもなく原書を読むこともなかった乱歩は、わずか三年ほどで「西洋の作品輸入の仕事」の第一人者になってしまいました。
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