Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2010.10.03,Sun
きのうのエントリにも記したとおり、乱歩の『幻影城』に収録された「探偵小説叢書目録」には誤記がありました。春陽堂版探偵小説全集の第五巻は「横溝正史集」であるとされているのですが、実際には横溝正史のほかに水谷準の作品も収められています。講談社から発行された歿後第一次の乱歩全集では、この『幻影城』の誤記に誤った修正が加えられ、歿後第二次の全集でようやく正しい修正が施されました。
修正の過程を整理してみます。数字は実際には丸囲み数字です。
初刊 「5横溝正史集 6岡本綺堂集」
歿後第一次全集 「5横溝正史集 6水谷準集 7岡本綺堂集」
歿後第二次全集 「5横溝正史集・水谷準集 6岡本綺堂集」
問題になるのは歿後第一次全集の修正です。この修正を施したのが誰なのかはわかりませんが、彼または彼女が春陽堂版探偵小説全集第五巻の現物を眼にしていなかったことはたしかでしょう。しかし彼または彼女は、この全集に水谷準集が存在しているということ、しかも横溝正史集のあとにつづいて存在しているということは知っていた。だからこの世に存在していない水谷準の巻をでっちあげることで、なんとかつじつまを合わせようとしたわけです。
どうしてこんなことが起きたのか。いやそもそも、歿後第一次全集でどうしてこんな修正が加えられなければならなかったのか。普通に考えれば底本そのままを全集にすればいいわけで、乱歩の記述内容に不備があるかどうかなんてことまで、少なくとも歿後第一次全集の編集スタッフはチェックする必要を認めていなかったのではないかと思われます。だいたいがこの全集、当初は全十二巻の予定だったのですが、配本を始めてみたら予想を上回る大好評、あわてて三巻を追加したその最終巻が『幻影城(正・続)』だったわけですから、書誌的データを入念に調べるような編集体制ではなかったのではないか。そんなちゃんとした編集体制が敷かれていたのであれば、ろくに調べもせずに水谷準の巻をでっちあげるような真似は絶対にしなかったはずですし。
ならば、歿後第一次全集ではどうして、底本どおりとしておけばいいはずの記述にわざわざ誤った修正が加えられたのか。確たるところはわかりませんが、もしかしたら修正の指示は乱歩から出ていたのではないか、とも考えられます。むろん全集発行時、乱歩はすでにこの世の人ではありませんでした。しかし乱歩の家には、ひょっとしたら修正用の『幻影城』が残されていたのかもしれません。誤字脱字や誤記誤謬をチェックして朱を入れておくための『幻影城』です。ああいう書誌的データ満載の著書ですから、乱歩はおそらくそうした一冊を座右に置いていたのではないか。その修正用『幻影城』のくだんのページ。原文はこうありました。
「5横溝正史集 6岡本綺堂集」
乱歩はいつかの時点で、「5横溝正史集」とあるのは間違いだと気がつきました。ですから、「集」と「6」のあいだの一字空きから欄外の余白まで赤い線を引き、その線の先に「水谷準集」と書き込んでおいたのではなかったか。乱歩はこれで「5横溝正史集」を「5横溝正史集・水谷準集」と訂したつもりだったのですが、のちになっておそらくは歿後第一次全集の編集スタッフがこの修正用『幻影城』をひもとき、乱歩の修正を全集の本文に反映させることを思いついたのでしょう。ところがこれがかなり適当なスタッフであったらしく、「水谷準集」という書き込みを見て、あ、もう一巻あったんだー、とかろくに調べもせずに適当なというよりはずいぶんあほな修正を加えてしまったのではないかと、私にはそんな舞台裏が想像されてくる次第です。こうした場合、底本のテキストはそのまま残し、乱歩の修正は註釈のかたちで活かす、みたいなのが本来だろうと思うのですが、しかしまああの歿後第一次全集にそうした書誌的厳密さを求めるのは酷というものでしょう。
ちなみに書誌的厳密さで知られる光文社文庫版乱歩全集の『幻影城』では、きのうも記したとおり初刊のままに「5横溝正史集」とされており、巻末の註釈にはこうあります。
「*77 探偵小説叢書目録 乱歩の蔵書や出版広告で作製したため、遺漏や誤謬もあるが、調べが行き届かず、すべてを確認はできなかった」
それはまあ、すべてをちゃんと確認するのは、はっきりいってほぼ不可能だと思います。
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