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Nabari Ningaikyo Blog
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Posted by 中 相作 - 2011.01.05,Wed
雑誌
 
第三次シアターアーツ 2010冬号
 平成22・2010年12月25日 通巻45号 AICT(国際演劇評論家協会)日本センター
 発売:晩成書房
 A5判 219ページ 本体1200円
 
乱歩の恋文
 長田育恵
 p171ー216
解説
 西堂行人
 p217
 
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乱歩の恋文
 
長田育恵  
 
 一 「江戸川乱歩」の死
 
昭和九年一月。雪がやんだ、明るい午後。
芝区車町、平井太郎邸。庭を見下ろす二階の座敷。
午後だというのに雨戸がぴたりと閉じられている。
代わりに揺らめくのは、電燭の明かり……。
蛞蝓のように腹這いになり、もがいている男がいる。男の名は平井太郎。江戸川乱歩という筆名で探偵小説を書いている。乱歩という虚名が一世風靡する中、太郎は乱歩の仮面を脱ぎ捨てられなくなっている。
乱歩、原稿用紙を引き寄せる。腹這いのまま肘で上半身を支え、文字を書き付ける……。
 
 
乱歩 「『悪霊についてお詫び』──江戸川乱歩
『悪霊』──二ヵ月も休載しました上、かくの如きお詫びの言葉を記さねばならなくなったことは、読者、編集者に対してまことに申し訳なく、また自ら顧みて不甲斐なく思いますが、探偵小説の神様に見放されたのでありましょうか、気力体力共に衰え、日夜苦吟すれども、いかにしても探偵小説的情熱を呼び起こし得ず、脱殻同然の文章を羅列するのに絶えませんので、ここに」
 
ドサッ……と音。庭木に積もった雪塊が落ちた。
飛び立ったカケスの微かな鳴き声。乱歩、顔を上げる。
 
乱歩 「──ここに作者としての無力を告白して、『悪霊』の執筆を一先ず中絶することに致しました。併し、探偵小説への執心を全く失ってしまったという訳ではありませんから、」
隆子(声) あなた。お邪魔ですか。
乱歩 いや。
 
隆子、入ってくる。
 
隆子 『新青年』の水谷さんがお待ちです。
乱歩 どのくらいになる。
隆子 お昼餉が済んですぐいらしたから、もう三時間は。
乱歩 そう。
隆子 水谷さん、今日ばかりはどうあっても帰りませんの一点張り。「なんせ両の肩に全国の読者が重しとなって乗っているんですから」、
乱歩 大袈裟なお人だね。
隆子 お会いになりませんか。ご様子を話すだけでも、
乱歩 お隆。
隆子 はい。
乱歩 青い匂いがする。
隆子 青、ですか? ……ああ。さっき、お正月の松飾り、やっと片付けたもんですから。いやだ、あなた、もったいない。
乱歩 もったいない?
隆子 私相手にそんな風流な言い回し。無駄遣いしないで、そういう大事なもんは原稿に。
 
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解説
 
西堂行人  
 
 このテクストは、一一月三〜一〇日、東京・王子小劇場にて「演劇ユニットてがみ座」によって上演された。演出はヒンドゥー五千回の扇田拓也氏。随所に江戸川乱歩作品が散りばめられたこの戯曲は、乱歩についての文献を徹底的に渉猟した結果の産物である。テクストの見事さもさることながら、舞台の完成度も高かった。わたしは上演終了後、空っぽになった舞台に深い森を見た。虚と実の入り混じった錯綜とした世界がまるで人間の欲望と奇想を飲み込むように佇立していたからである。これだけのからくりと構想をもった作品はそう滅多にお目にかかれるものではない。
 
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