Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2010.10.26,Tue
〔*8〕
探偵小説四十年
江戸川乱歩
中絶作「悪霊」
しかし戦争後、横溝君の機嫌のいいとき、彼の方から初めてこの罵倒文について謝意の表明があり、私も水に流したのだから、今では、少しも含むところはないのだが、記録としてはこの一文をのせないと画竜点睛を欠くので、横溝君は多少不快かも知れないけれども、一度公刊された文章のことでもあり、敢えてのせさせて貰うことにする。見出しは「江戸川乱歩へ……横溝正史」というので、名前も呼びすてである。
「復活以後の江戸川乱歩こそ、悲劇のほかの何者でもない。僕は一昨年彼が休筆を宣言するまでに書いたあらゆる作品に対して多大の同感と尊敬とを持っているものである。彼がただ大向うを狙って書いた『黄金仮面』や『魔術師』のような作品に対してすら、僕はまたそれはそれとして立派なものだと思っていた。ところが、二年間の休養を経て書き出した近頃の作品は、一体何というざまだ。何のために二年間も休養していたのだと云いたくなる。〔平凡社の〕全集で今までの仕事のしめくくりをつけたのを機会に、ゆっくり休養をとって、もっと自由に良心的な仕事に精進するのかと思ったら、反対に一先ず仕事のしめくくりはついたから、あとはどんな仕事をしてもよかろうというのじゃお話にならない。それも、図々しく肚をきめて世間を呑んでかかっての仕事なら、それはまたそれで見直すというものだが、中風病みのような無気力で、今月も来月も休載というんじゃ、見ている方で切なくなる。江戸川乱歩はよろしく、[今書きかけている四つの長篇を、]全部あやまってもう一度休養に入るべきだ。それで食うに困るなら昔の生活にかえるがいい。それよりほかに救われる道はないと思う」
これは恐らく酔余の一筆であったのかと思うが、親友のように考えている人から、面と向っては何もいわず、手紙もくれないで、突然この文章に出会ったので、びっくりし、大いに癪にさわった。そのことを「探偵小説十五年」にこう書いている。「横溝君は私を買い被っていた一人として、それらの読者の代弁をするような意味でこの一文を投じたものと想像されるが、同君は一方に於ては同業者であり、個人的にも相当親しかるべき友達であったのだから、直接私に何もいってくれないで、いきなりこういうものを書いた彼のやり方は、むろん私を少なからず不快にした。書いてあることは厳正には尤も至極なのだけれども、衆人の前で鞭打たないで、まず私を直接責めてくれるべきではなかったかと、今でもそう考えている」
「宝石」昭和29年6月号
江戸川乱歩全集第28巻『探偵小説四十年(上)』光文社(2006年1月)
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