このブログ、またエントリの編集仕様がマイナーチェンジしましたので、ちょっと練習してみたいと思います。
まず、写真の掲載。
撮影したのは2008年3月11日で、生まれたのが前年12月30日でしたから、小春ちゃんも芳紀まさに五歳六か月か。
いやー、こっちが齢とるわけだよ。
とかいいつつ、プリントしてなにげに拙宅に飾っといたらお客さんから圧倒的大好評なご近影も再掲。
つづいて、ウェブニュースの転載。
NHK NEWS WEB
平成25・2013年6月27日 NHK
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浅草六区に「凌雲閣」一部再現へ
6月27日 22時22分
東京・浅草の一画にあり、かつて歓楽街として栄えた「浅草六区(ろっく)」と呼ばれる地域で進められている再開発プロジェクトの一環として、明治、大正時代の浅草のランドマークタワーだった「凌雲閣」の一部が再現されることになりました。
再開発が進む浅草六区地区は、観光名所、浅草寺の西側に広がる3.4ヘクタールの地域で、かつては多くの映画館や芝居小屋などが建ち並び、歓楽街として知られていました。
しかし、去年10月には、残っていたすべての映画館が閉館するなどしたため、台東区では、この地域にかつての活気を取り戻そうと再開発プロジェクトを進めています。
その一環として、大手映画・演劇会社などが、この地域に新たなビルを建設することになり、27日、浅草のホテルでその概要が発表されました。
計画によりますと、新たに建設されるビルには劇場や飲食店などが入る予定で、ビルの一部には、明治、大正時代の浅草のランドマークタワーだった凌雲閣も再現されるということです。
凌雲閣は関東大震災で被害を受け取り壊されましたが、資料などを基に実物に近いレンガ風の外観にするということです。
浅草には、東京スカイツリーの完成に伴い、国の内外から年間およそ2000万人以上の観光客が訪れていて、台東区では、浅草六区地域を浅草の新たな観光スポットにしたいとしています。
だば、動画はどうべか。
じぇじぇ。
って、こればっか。
じゃ、とりあえず投稿してみます。
おかげさまで、藍峯舎版『屋根裏の散歩者』、昨日夕刻に当方担当の念校も終了し、あとは刊行を待つばかりとなりました。
▼株式会社藍峯舎:Home
これから印刷に入り、そのあと製本に進んで、7月下旬には刊行とのことですから、順当に行けば芥川龍之介の命日あたり、やや遅れても吉行淳之介の命日か、さもなければ乱歩の命日、さらに遅れても谷崎潤一郎の命日あたりには出ているはずで、なんぼなんでも平井通のお誕生日までずれこむことはないものと思われます。
購入ご希望のかたはもうしばらく、もうしばらくお待ちください。
つづきまして、きのうとおんなじ展開ですけど、「伊賀百筆」はまた三ページだけやっつけました。
この「伊賀百筆」用の原稿に、インターネット書店アマゾンの『子不語の夢』に寄せられた小西昌幸さんのカスタマーレビュー、つい出来心で無断転載してしまいました。
遅ればせながら、小西さんのご寛恕とご了解をお願い申しあげる次第です。
つづくページには銀髪伯爵さんのカスタマーレビューも無断転載の予定ですので、まことに勝手ながら、あらかじめご寛恕とご了解をお願い申しあげておく次第です
どうもすいません。
じぇじぇ。
『屋根裏の散歩者』は7月下旬刊行、と決まったみたいです。
くわしくは、藍峯舎公式サイトの告知をどうぞ。
▼株式会社藍峯舎:Home
予約開始は7月10日とのことですが、まあぼちぼち、当ブログでも宣伝に相勤めたいと思います。
いっぽう、「伊賀百筆」はどうよ、と申しますと──
この写真も使用して、とりあえず三ページ、また書き継ぎました。
先は長いぞ。
やんなっちゃう。
じぇじぇじぇ。
むしむし暑いだけで、降りそで降らない、とか思っていたら、午後になってようやくぽつぽつ降り始めました。
それでもむしむし、暑いことは暑い。
さて、藍峯舎の第二弾、とかこんなことばっか書いてる気がしますけど、『屋根裏の散歩者』は初校、再校と進んでいよいよ校了となりました。
なんか、こんな写真ばっか載せてる気がしますけど、一行の余白も出ないように、というきじるしめいた作業も無事に終了しました。
ただし、念校あり、だそうですから、あとはそれを待つばかり。
この調子で進めば、秋を待つことなく、夏に刊行されることはまちがいないと思います。
こんなことばっか書いてる気がしますけど、とにかくもうしばらくお待ち下さい。
いやー、暮れがたになってようやく本格的に降ってきたぞ。
なんかじめじめしてますけど、先日お伝えしましたとおり、藍峯舎の第二弾『屋根裏の散歩者』に収録される平井通の評伝の再校があがってまいりました。
そういえば、屋根裏の散歩者も顔負けのスコポフィリアがとっつかまった、というニュースが2ちゃんねるあたりで話題になってます。
元記事がこれ。
▼MSN産経ニュースwest:覗き異常執着「生まれ変わったら“道”になりたい」…側溝に入り下着を仰ぎ見ていたド変態の「目が動いた」(2013年6月15日)
生まれ変わったら道になりたい、というコメントも秀逸ですが、側溝のふたの下で眼が動いた、という犯罪発覚の契機もなかなか猟奇的で、むろん2ちゃんねるでは乱歩の名前も語られてます。
▼ニュース速報+@2ch掲示板:【社会】「私は道になりたい」…側溝に潜り込み下着を覗いていた男の異常性[6/15](2013年6月15日)
藍峯舎版『屋根裏の散歩者』発刊へ向けて、幸先がいいんだかわるいんだかよくわかりませんけど、とにかく興味深いニュースでした。
さて、再校ゲラはこんな感じです。
写真一枚、入ってます。
なんの写真か。
いわゆる家族の肖像です。
と、軽く宣伝モードにのめり込みつつ、先日はこの『屋根裏の散歩者』、夏、もしくは秋の刊行、との予測をお伝えいたしましたが、もしくは秋、をとっばらって、夏刊行、ということでいいような感じもしてまいりました。
ともあれ、刊行の遅延を張本人として深くお詫びしつつ、もうしばらくお待ちください、とお願いを申しあげる次第です。
きのううっかり削除した文章を記憶に頼って復元しようか、とも思ったのですが、あんまり気乗りしないのでやめときます。
ただまあ、きのうのエントリ用の画像はアップしてしまってありますので、といっても目新しいものはないのですが、その画像だけごらんいただくことにいたします。
ついでに、掲載予定だったリンクのURLが残ってますから、そっちも載せときます。
どんな内容のエントリだったのか、想像してみるのもご一興。
これ、近鉄名張駅東口にある乱歩像の除幕式の写真です。
先日の日曜、6月9日にこの乱歩像の前を徒歩で通過したところ、みたいな話でエントリがはじまり、そういえば、おなじ日曜、まちBBSにこんな投稿が、とつづきます。
▼名張市について書き込んでみましょうPART14○:598(2013年6月9日)
そのあと、話題はこっちに飛んで。
▼MSN産経ニュース:やなせ祭り市民らでにぎわう 屋台や演奏など 三重・名張(2013年6月9日)
▼毎日jp:やなせ商店街:にぎわう「やなせ宿」 手作り体験や特設ステージ…きょうまで祭りと歩行者天国--名張 /三重(2013年6月9日)
▼朝日新聞デジタル:名張 歩行者天国にぎわう(2013年6月10日)
そうか、やなせ宿もオープン五周年か、と感慨にふけりつつ、オープン以前からおれが賢くもおちょくりまくっていたとおり、まさしく、ほんとーに、無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館になりさがってしまっておるではないか、呵々大笑、などと自慢してみたりもいたしつつ、「伊賀百筆」に使用する予定の古い画像を確認のために掲載しました。
まず、これはもうおなじみ、やなせ宿にリニューアルされる以前、旧細川邸の姿です。
んっとにまあ責任者出てこいよおら、みたいな感じでもう一枚、やなせ宿オープンセレモニーのテープカットの模様。
しっかしなあ、ちまちましたご町内イベントかましてこれが情報発信でございます、とかほざいてるんじゃ伊賀の蔵びらきとおんなじじゃねーか、という話の流れになって「伊賀百筆」の話題に突入しました。
これこのとおり、漫才原稿の画像を掲載し、PDFファイルへのリンクも設定し、きのう記しましたようなところをさーっと綴り、「伊賀百筆」の発行は秋、もしくは年内、みたいな感じでしょうか、と予告も書き入れたそのあと、こっちの話題に移行しました。
藍峯舎の第二弾『屋根裏の散歩者』は、先日のエントリで初校の段階に進んでいることをお伝えいたしましたが、おかげさまでその後、作業はなんとか順調に進行し、ダイエットの件も案外簡単に解決して、今週中にも再校があがってくるか、といったところまで達しています。
本がいつ出るのか、ということになると、これはもちろん私の勝手な推測なのですが、夏、もしくは秋、といったことになるのではないかと思われます。
一日千秋の思いで待ちわびてくださっているみなさんには、申しわけありませんけどもうしばらくお待ちください、とお願いしておきたいと思います。
以上、きのうのエントリの概要をお送りいたしました。
あーあ。
本日のエントリ用に長々しく書いた文章、うっかり削除してしまって、復元もままならぬ、ということになってしまいました。
乱歩像のこと、やなせ宿のこと、そのほかいろいろ書いたのに、すべてがぱーになりました。
まいったなあ。
いまからもういちど書く、なんて気力はとてもありませんから、それだけが削除をまぬがれて無事に残ったタイトルに関連する話題だけ、こそこそ記しておきます。
きのう、地域雑誌「伊賀百筆」関係者のかたにお会いする機会がありましたので、次の号の締切はいつなのか、お訊きしてみましたところ、5月31日だったとのことでした。
じぇじぇじぇ。
いやいや。
喜ぶのはまだ早いぞ。
締切はたしかに5月31日だったんですけど、まだまだ原稿の集まりがわるいから、いまからでもじゅうぶん間に合うそうです。
いやいや。
締切の問題はクリアできても、私の漫才が「伊賀百筆」に載っけてもらえるかどうか、それはまだわかんないんですから、それほど絶望的な気分になる必要はないんだぞ。
でもって、「伊賀百筆」の次の号、発行は秋、もしくは年内、みたいな感じでしょうか。
とりあえず、以上。
ほんと、いろいろ書いたのに、みーんなぱーだもんなあ。
いやー、まいった。
つか、だれた。
さすがにだれた。
「伊賀百筆」用の漫才、いよいよ三十ページに到達いたしました。
まだまだ先は長いのですが、さすがにだれてしまいました。
三十一ページ目からはちょっと漫才をお休みし、地の文をずらずら綴りたいと思います。
しかし、こんな長々しいの、ほんとに「伊賀百筆」に載せてもらえるのかしら。
そういえば、先週、伊賀市内において、「伊賀百筆」はいつ出るのか、とのお尋ねを頂戴したりしたのですが、私にはさっぱりわかりません。
去年は10月に出ましたから、年一回刊のペースが守られれば、今年もそのころになろうかとは思いますけど、現時点ですでに三十ページになってしまった長々しい漫才、とりあえず、
──いま明かされる震災がれき騒動の真実
というテーマは終了し、
──いま明かされる伊賀の蔵びらき騒動の真実
というのも三十ページでおしまいということにしてしまったんですけど、そのあとには、
──いま明かされるまちなか再生騒動の真実
というのと、
──いま明かされる名張市乱歩大騒動の真実
というのが控えてますし、ひきつづきましてはいよいよ、
──名張市立図書館終了のお知らせ
なんてのが待ち構えてますから、たらたらたらたらやってたらひとりで百ページ以上占拠してしまうんじゃね? という気がしてきました。
いやー、まいった。
まいったまいった。
どうなるんだろうなあほんとに。
まあどうだっていいけど。
みんな、「あまちゃん」、みてる?
いや、いやいや、こういう展開はやめとこう。
きのうもきのうとて、「八重の桜」、津藩藤堂家、乱歩のおじいさん、とつないだあと、乱歩の弟の話題へ一気になだれ落ちる予定ではあったのですが、予期せぬ雑用が入ったせいで腰がくだけてしまいました。
本日はどうかそんなことがありませんように。
単刀直入にまいります。
ごく一部のかたから、というか、わずかおひとりのかたから「楽しみです」とありがたいメールを頂戴している例のもの、ついに初校ゲラがあがってきました。
これざんす。
藍峯舎が世に問う第二弾『屋根裏の散歩者』に収録される乱歩の弟、平井通の評伝ざんす。
初校ゲラが届いたのは先週25日の土曜日のことでした。
とりあえず眼を通したのですが、なにしろ四百字詰め原稿用紙で百二十三枚もありますから、じっくり読むだけで二時間ほどが必要となり、近鉄プラザ桔梗が丘のジュテームカフェと名張市役所横の珈琲館名張店、喫茶店二軒をはしごする仕儀となりました。
さてこの『屋根裏の散歩者』、本来であれば今春発行されていたはずのところ、私の原稿が長くなり遅くなって大変なことになってしまい、いまごろようよう初校が出てくる運びとはなった次第で、刊行が大幅に遅延する結果を招いてしまいましたこと、あらためてお詫び申しあげます。
しかし、大変なことはまだ終わりません。
えらいことです。
えらいことですがな。
原稿が長すぎてしまいました。
じぇじぇ。
もちろんそんなのは最初からわかってたことなんですけど、長すぎるせいで一冊の本に収まらなくなりました。
造本工学上の問題とでも申しますか、一冊の本には当然、ページ数の上限というやつがあるわけです。
で、私の原稿をそのまま収録すると、その上限をオーバーしてしまうことがわかりました。
じぇじぇ。
限度内に収める方法は、文字を小さくする、とか、行間を詰める、とか、いくつか存在します。
しかし、そういう弥縫策に走ってしまうと、こんどは組版の美しさが、つまりは、美しかるべき小宇宙である書籍そのものの美しさが殺がれてしまう、という問題が生じてきます。
じぇ、じゃなくて、じゃ、どうすればいいのか。
原稿を削ればいい、ということになります。
どれくらい削ればいいのか。
一ページ分か二ページ分、とのことです。
つまり、まだ確定していません。
なぜ確定していないのか、というと、ポイントは原稿のおしまいに配した引用文献なんかの一覧です。
この一覧、初校ゲラでは本文とおんなじ体裁で組まれているのですが、文字を小さくして組み直せば、ページ数に多少の余裕が生まれることになります。
それで、現在、印刷屋さんでその組み直し作業を進めてもらっているところだそうで、それが確定したら、本文を一ページ削ればいいのか二ページ削ればいいのか、その答えが明らかになるという寸法です。
はっきりいって、一ページ分だけ削るのは、わりと簡単です。
初校ゲラを通読して、やっぱここは勇み足だったかな、と思われるシークェンスがひとつありましたので、それを削除してしまえば、ほぼ一ページ分のダイエットは可能です。
二ページ分ではどうか。
ちょっときついかな、という気がいたしますけど、こういう作業、私はけっして嫌いではありません。
無駄なとこをみつけて削りに削り、目標の行数までもってくという孤高のダイエッターみたいな作業、むしろ好むところだったりします。
つまり、おら、一行の余白もない組みあがりが好きだ。
組版に余白なし、人生に余裕なし。
じぇじぇ。
ほんとに余裕のない人生で困ったもんですけど、ですからたとえば漫才なんかでも、やっぱ一行の余白も出ないようにしてるわけ。
しかし、この漫才、またほったらかしだな。
以前に書きはじめたときも、いつのまにかほったらかしてなってしまって、それをまたあらためて書き継いでるわけなんですけど、ほんと、書いてる途中であほらしくなってくるのがつらいところでして、しかし、こんどばかりは、ほったらかしにはできんからなあ。
とりあえず、枕は終わって、そのあと、
──いま明かされる震災がれき騒動の真実
というテーマもすでに終了。
つづきまして、現在ただいまは、
──いま明かされる伊賀の蔵びらき騒動の真実
を鋭意展開中。
そのあと、
──いま明かされるまちなか再生騒動の真実
ということになって、そのあといよいよ、
──いま明かされる名張市乱歩大騒動の真実
その余韻も消えやらぬうちに、
──名張市立図書館終了のお知らせ
ということになるわけなんですけど、これもまた長々しくなりそうだなあ。
あんまり長すぎて、つか、あまりにも過激だから、ってんで、「伊賀百筆」に載っけてもらえない可能性も少なからずあるわけですから、関係各位はどうぞご心配なく。
いや、いやいや、そんなこといってる場合じゃなくて、いまはただ、心を無にして、組み直したゲラの到着を待ってるとこざんす。
しっかし迷惑かけまくりざんすなあ実際。
じぇじぇじぇ。
みんな、「八重の桜」、みてる?
きのうはついに藤堂の寝返りが登場しました。
慶応4年1月、京都南部の鳥羽ならびに伏見において幕府軍と薩長軍による戦い、いわゆる鳥羽伏見の戦いの火蓋が切られたのですが、幕府軍に属していた津藩は幕府軍が劣勢とみるやいちはやく薩長軍、つまり官軍とか新政府軍とかのことですけど、そっちのほうにあっさり転んでしまってついさっきまで味方だった幕府軍に大砲をぶっ放してしまうありさま、なんかもうめちゃめちゃじゃね? みたいなことになったのが津藩藤堂家の寝返り、すなわち藤堂の寝返りという一席なんですけど、きのう放映された「八重の桜」にはこの寝返りが登場し、八重ちゃんの弟の三郎くんが津藩の銃撃を受けて死んでしまいました、みたいな筋立てだった思います。
思います、というのは、酔っぱらいながら視聴してましたので確たる記憶とは呼べないということなのですが、とにかく鳥羽伏見の戦いが描かれていたのはまちがいありません。
維新前夜の寝返りがこんにちまで語り継がれているのも、もとはといえば藩祖の藤堂高虎があっちへ転んだりこっちへ転んだりしていたことが背景にあるわけですから、高虎を主人公にした大河ドラマなんて、やっぱいつまでたっても無理なんじゃないかと思います。
それはともかく、この戦いにおいて、津藩藤堂家の上級藩士だった乱歩のおじいさんはどうしていたのか、といいますと、おじいさんはこの戦いには参戦していなかったようです。
おじいさんは鳥羽伏見の戦いの四年前、元治元年に城和加判奉行に任命され、大和国の古市というところに転勤していました。
城和というのは山城国と大和国のことで、津藩は伊勢と伊賀のみならず山城にも大和にも領地があって、乱歩のおじいさんはその領地の責任者みたいな役職についていたわけです。
おじいさんの奥さんは藤堂家のお姫様だったのですが、早くに亡くなっていましたので、おじいさんは古市在任中に後妻を娶ります。
この後妻が乱歩のおばあさんということになるのですが、いやいや、脱線ばかりもしていられません。
「八重の桜」における藤堂の寝返りの話はこれくらいにして、こんどは乱歩のおじいさんおばあさんではなくて弟の話になるわけですが、以下またあした。
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