暑い。
ほんとに暑い。
きょうもほんとに暑かった。
暑さのせいか。
焼きが回ったか。
ひとのことを、どいつもこいつも適当なこと書き散らしやがってまあ、とか偉っそうにいってらんなくなりました。
いや、もちろん、些細なことです。
取るに足りぬことです。
どうでもいいことです。
恥ずかしくなるほどどうでもいいことなんですけど、きのう、集英社文庫『壺中庵異聞』の古本を一円で購入した、と書きつけたのは誤りでした。
どもさーせんしたあッ。
一円で買ったのは、河出文庫の『おいらん』でした。
アマゾンにある画像を無断転載。
この『おいらん』、著者名義が「伝・平井蒼太」となってます。
蒼太は通の筆名のひとつで、そこに「伝」が冠せられているのは、これがたしかに蒼太すなわち通の作品である、とはいえないからです。
作者はどうやら平井蒼太らしい、と語り伝えられていることから、「伝・平井蒼太」とされてるわけです。
中身はお察しのとおり、ポルノグラフィ、オブシーンブック、春本、んま〜あお下品ッ、その他いろいろ呼称はあれど、要するに男女の営みを赤裸々に描いたそれもんの小説です。
ところが私は、1999年にこんな文庫本が出ていたことなどまったく知らず、資料集めの段階でようやくその存在に気がついた始末、あわててネット古書店で購入した次第だったのですが、気になるお値段はたしかに一円でした。
一円の本を買うのははじめてでしたから、とてもよく記憶しています。
とかいいながら、いくらだったかは忘れましたけどとにかく一円ではなかった『壺中庵異聞』と混同していたわけですから、適当なこと書き散らしてんじゃねーよ、とほんとに思います。
それにしても、平井通の評伝を書くと決まったときまで『おいらん』が文庫本になってたことに気がつかなかったんですから、いやー、こんなことではぎゃーっはっは、名張市立図書館を偉っそうに叱り飛ばしてもいられらねーじゃねーか。
ぎゃーっはっは。
ぎゃーっはっは。
まーったく困ったもんだぜ、とは思いますけど、要するに私は、平井通という人間にさしたる興味をおぼえていなかった、ということでしょう。
平井通に興味をおぼえる人間、なんてのは、ほとんどいないだろうなとも思われますけど。
ですから、たとえば、村上裕徳さんから教えていただいたことのひとつに、筑波昭さんの『津山三十人殺し』に通の文章が引用されている、というのがありました。
私、『津山三十人殺し』は新潮文庫で読んでましたけど、どっかに小酒井不木への言及があったかな、というおぼろな記憶はあったものの、通のことはまったくおぼえておりませんでした。
読んでも印象に残らなかった、ということです。
そういえば、小沢昭一の『私のための芸能野史』について、このエントリにいささかを記しましたけど──
▼2013年3月21日:ワレ発見セリ
『私のための芸能野史』に引用された通の文章、このエントリでは「スルーしてしまっていたようです」としておりましたが、実際にはやはり、スルーせず眼を通していたのだけれど通の名前は記憶に残らなかった、ということだったように思われます。
要するに、興味がなかった、というわけです。
ただまあ、いくら興味がなくたって、評伝を書くとなるとそれなりのリサーチ能力を発揮してしまう人間なわけです私は。
その点いったいなんなんだ。
リサーチ能力皆無の図書館ってのは、そもそもいったいなんなんだ。
ばかか。
ばかなのか。
ばかかこら低能。
乱歩に興味なんかありませんから乱歩関連資料を収集するったって乱歩のことを知ろうとしたり調べようとしたりする気は全然ありませんとか、そんな乱歩関連資料の収集がどこにあるっつーんだよこののーたりん。
呼んでこいよ。
呼んでこいよこら。
初代館長呼んでこいっつってんだろーが。
おらおらおらおらおらおらおらおらあッ。
こんにちはッ。
お経は読んでも乱歩は読まぬッ。
腹が張っても屁はこかぬッ。
名張市立図書館の初代館長でございますッ。
うーむ。
飽きた。
飽きたな。
この名乗り、さすがに飽きてきた。
練りに練って練りあげた名乗りではあれど、潔く打ち捨てて新しい展開を考えるべ。
したがって、このページ、破棄。
「僕の図書館戦争」というタイトルは生かし、新たに一から書きはじめることになりますが、後半は前半とは逆に、直近の話題からじわじわ過去にさかのぼる、ということにしたいと思います。
ですから、最初に出てくるのはおそらく、名張ロータリークラブ謹製の乱歩像の話題、ということになるのではないでしょうか。
いや。
いかんいかん。
平井通のことを書かなくちゃなんないのに、「伊賀百筆」の漫才のほうへ話題がそれてしまいましたがな。
どもさーせんしたあッ。
藍峯舎の『屋根裏の散歩者』、はやばやと予約のご報告メールを、わずかおひとりではありますが、ありがたく頂戴しております。
できれば続々とご予約を、とお願いを申しあげておきます。
▼株式会社藍峯舎:Home
さてそれで、平井通にかんする資料といったって、この世にほとんど存在してないわけです。
手許にあった資料でとりあえず手にとったのは、鮎川哲也の『幻の探偵作家を求めて』くらいなものでした。
ところが、これがまたなんとも首を傾げたくなるようなへんてこな内容で、みたいなことはこのエントリに記しました。
▼2013年2月20日:鮎川哲也は大丈夫?
はっきりいって、大丈夫じゃないと思います。
しかし、それは鮎川哲也にかぎった話ではなく、なけなしの資料をあれこれ突き合わせてみると矛盾や齟齬がいろいろ生じてきて、どいつもこいつも適当なこと書き散らしやがってまあ、と嘆息せざるをえない状況に立ち至ります。
平井通を描いて広く知られるのは富岡多恵子さんの『壺中庵異聞』で、これはあくまでも小説として書かれた作品ですが、私は小説という形式による評伝として扱いました。
ちなみにこの『壺中庵異聞』、通の評伝を書くにあたって集英社文庫版を古書で購入したのですが、じつは私はかつて単行本を所有しており、しかしある時点で処分対象として、名張市立図書館に寄贈してしまっておりました。
で、名張市立図書館の嘱託を拝命し、『乱歩文献データブック』という目録をつくるべく図書館の地下書庫を物色しておりましたところ、ゆくりなくも『壺中庵異聞』に再会することとなりました。
見返しには寄贈者名を記入するスタンプが捺されていて、そこに私の名前が書き込まれています。
これはこれはお懐かしや、とは思ったのですが、よく考えてみたらなんで地下書庫なんだよ、という話です。
乱歩の関連資料として乱歩コーナーに置かれてしかるべき本じゃねーか、ということです。
てゆーか、寄贈本を乱歩コーナーに置く、とかいうことじゃなくて、新刊として出た時点でためらうことなく購入し、乱歩関連資料として保存活用すべき本じゃねーか。
しかし、そんなことは、とても無理です。
名張市立図書館における乱歩関連資料の収集は、古本屋さんの目録で適当に目星をつけ、乱歩に関係のあるらしい古書を購入して、それを専用の書棚に飾ったらはいおしまい、ということなわけなの。
ですから、『壺中庵異聞』というタイトルの新刊が出版されても、それが乱歩関連資料だとはわかりませんから、購入もいたしません、ということになってしまいます。
とはいえ、たとえば、新聞に広告や書評が掲載されるとかなんとかで、この本が乱歩の弟を題材にしている、くらいの情報は簡単に知ることができたと思われるのですが、にもかかわらず、名張市立図書館にはそれができなかった、というわけです。
それはまあ、いいとしましょう。
問題なのは、明らかに乱歩に関係のある新刊すら、スルーされとったということです。
この件については、以前にもこのエントリできゃんきゃんぎゃあぎゃあわめいたことがあるのですが──
▼2012年10月5日:いっそそこらの高校の図書委員に初代館長をお願いしていれば
いやー、このエントリでも私、初代館長呼んでこいよ、とかわめき倒しております。
ほんと、いったいなんなんだろうな。
なんなんだまったく。
ばかか。
ばかなのか。
ばかかこら低能。
乱歩の文庫本が新刊で出ましたけどそれは購入いたしませんとか、そんな乱歩関連資料の収集がどこにあるっつーんだよこののーたりん。
呼んでこいよ。
呼んでこいよこら。
初代館長呼んでこいっつってんだろーが。
おらおらおらおらおらおらおらおらあッ。
こんにちはッ。
お経は読んでも乱歩は読まぬッ。
腹が張っても屁はこかぬッ。
名張市立図書館の初代館長でございますッ。
いやー、ええぞええぞおい。
やっぱええぞこの名乗りは。
捨てるにゃ惜しいなおい。
では、ここでひとこと、腹が張っても屁はこかぬ、というフレーズについて、説明を加えておきたいと思います。
東京あたりでは、隠れんぼなんかで数をかぞえるとき、だるまさんがころんだ、ととなえることで一から十までカウントしたことにする習俗がありますが、当地では、というか、少なくとも関西圏ではそうだと思われるのですが、ぼんさんがへをこいた、と口にすることになります。
関東では、達磨が転ぶ。
関西では、坊主が屁をこく。
やっぱ、なんつか、関東よりは関西のほうが、諧謔精神ひとつとっても反権威性と品のなさが際立っている、ということがうかがえるように思われますが、では、なぜ、腹が張っても屁はこかぬ、となるのか。
それを語るには、上方演芸界の至宝だった吾妻ひな子師匠について語らなければなりません。
▼Wikipedia:吾妻ひな子
探してみたら、ひな子ねえさんのこんなYouTube動画がありました。
動画ったって、静止画しかみられませんけど、音声ではねえさん十八番の女放談、あまり油の乗ってない一席をお楽しみいただけます。
女放談にはのんき節がつきもので、ひな子ねえさんはときにのんき節で県名づくしをおやりになることがありました。
県名づくしというのは、山があっても山梨県、高いとこからよく三重県、すべって転んで大分県、とかいうあれのことです。
「あまちゃん」に出てくるGMTメンバーの名乗りに、
「海はないけど夢はある。埼玉在住アイドルノーオシャーンの元気印、入間しおりです。今日も東武東上線に乗って元気いっぱい」
というのがありますけど、海はないけど夢はある、ってのが、県名づくしにやや近い感じか、つか、そんなことないか、いやいや、そんなことよりあの子、リーダーなのに、ほんとに解雇されてしまうのであろうか。
いやいや。
そんなこともいいとして、とにかく県名づくしですけど、吾妻ひな子ねえさんの県名づくしにおいては、腹が張っても屁をこけん、というフレーズで、腹が張っても兵庫県、が表現されてしまうわけです。
至芸じゃ。
いやいや。
いやいやいやいや。
そんなことはほんとにどうでもいいとして、富岡多恵子さんの『壺中庵異聞』は、晩年の平井通について知ろうと思ったらこの書に如くものはありません、と断じて差し支えない名著です。
名張市立図書館にある『壺中庵異聞』をいまさら取り返すわけにもいきませんから、ネット古書店で検索して集英社文庫版を入手したのですが、気になるお値段はたしか一円であったか。
一円でっせ一円。
で、送料が二百五十円。
なんか、世の中、こんなことでいいのか。
なんか、どっかおかしくね?
7月10日を迎えました。
『屋根裏の散歩者』の予約受付がはじまりました。
▼株式会社藍峯舎:Home
それでは、版元の厳命により苦労話を綴りたいと思います。
平井通の評伝を書くにあたってまずなにをしたか、ということは、このエントリにちょこっと記しました。
▼2013年7月1日:乱歩と正史の書簡集についていささか最終篇
で、村上裕徳さんからあれこれ教えていただきました。
そのあと手をつけたのは、いわゆる資料集めです。
最初に考えたのは豆本でした。
平井通は『屋根裏の散歩者』をはじめとした豆本を発行した人物で、池田満寿夫の「豆本因縁噺」には通が池田満寿夫と組んで世に送った豆本のリストが掲載されています。
しかし、通が出版した豆本のすべてを一覧できるリスト、なんて都合のいいものはどこにもありません。
とはいえ、なにしろ評伝なんですから、通が生涯に何冊の豆本を発行したのか、みたいなことはふつうに押さえとかなきゃなりません。
というか、通の豆本のことを書くんだったら、すべて書い揃えてから書くべきだろうな、みたいなことをふつうに考えてしまう人間なわけです私は。
ところが、富岡多恵子さんの『壺中庵異聞』によれば、平井通の死から一年ほどたった時点で、驚くべし、通と池田満寿夫が組んだ豆本は「或る古書目録に出ていましたが、なんと八冊で百五十万円ですよ」とのことです。
たっけーなあおい。
とても手が出ねーじゃねーか。
だから、手を出しませんでした。
もっとも、『屋根裏の散歩者』だけは名張市立図書館が所蔵しておりますので、それをためつすがめつ撫でさすりつ、みたいなことは過去にしたことがあります。
ほんと、買うだけは買ってんだよな、名張市立図書館も。
けど、そこまでなの。
古本屋さんから乱歩関連の古書を購入し、それを専用の書棚に飾ったらそれでおしまい、っつーのが、名張市立図書館における乱歩関連資料の収集なの。
馬鹿かこら低能。
目録もつくらずにただ飾っとくだけとか、そんな資料収集がどこにあるっつーんだよこののーたりん。
呼んでこいよ。
呼んでこいよこら。
初代館長呼んでこいっつってんだろーが。
おらおらおらおらおらおらおらおらあッ。
こんにちはッ。
お経は読んでも乱歩は読まぬッ。
腹が張っても屁はこかぬッ。
名張市立図書館の初代館長でございますッ。
とか、やっぱ、いいなあ。
とってもいいなあ。
こういう感じの漫才の流れ、ぼくは好きだなあ。
この絶妙な流れ、このままボツにするのはなんとも惜しいなあ。
とか、そういうことじゃなくて、要するに、平井通が出版した豆本を購入するためにえらい苦労した、なんてことは全然なくて、いいのかおい、とは思いつつ、通の豆本をただの一冊も手許に置くことなしに、私はしれっと通の評伝を書いてしまった次第です。
ほんと、いいのかおい。
じぇじぇ。
「暦の上ではディセンバー」、アメ女がうとてんのとちごたん?
▼SANSPO.COM:じぇじぇ!“アメ女”声の正体はベイビーレイズ(2013年7月9日)
アメ女にはやっぱ、ほんまに、落ち武者がおったわけやね。
いやー、きょういちばんびっくりしたニュースだわ。
しかしなあ、それにしてもなあ、アメ女がうとてなかったとはなあ。
なんやショックやなあ。
こんなショック、「シェルブールの雨傘」でカトリーヌ・ドヌーブがうとてなかったてわかったとき以来やがな。
おっこるでしかし。
じゃ、ここらで、きのうのとは別のバージョン。
さて、暦の上では7月9日を迎えましたが、藍峯舎版『屋根裏の散歩者』はあす10日、予約の受付が開始されます。
たぶん、この公式サイトに、予約用フォームみたいなのが掲載されるものと思われますが──
▼株式会社藍峯舎:Home
実際のところは、あしたになればわかるでしょう。
しかし、きょうも暑い日になりそうだべ。
熱中症なんかに気をつけて、また元気よくあしたを迎えたいと思います。
暑かった。
きょうも暑かった。
そりゃそうじゃろう。
7月じゃもの。
暦の上ではジュライ、とか、なんか語呂わりーけど。
それにしても、NHKの連続テレビ小説を毎朝欠かさず視聴する、というのは、どう考えても、いくら思い返しても、「おはなはん」以来のことじゃね? と思われます。
「おしん」なんて、まったくみでながったもんな。
さて、暦の上ではエイプリルだった有栖川有栖さんの講演会の日、遠来のお客さんからお聞きした「こんどの館長さんは、乱歩のことをちゃんとしてくれるひとなんですか」というひとことがいまも心に、という話のつづきなんですけど、その前にこのエントリのつづきを記したいと思います。
▼2013年7月1日:乱歩と正史の書簡集についていささか最終篇
手紙を全文掲載するなんて、完全な著作権侵害じゃん、もしかしたら、おれって、名張市教育委員会? きゃはは、とか思いつつ無断転載した昭和3年6月3日付の佐藤績宛乱歩書簡、じつはつづきがありました。
つまり、翌4日付の佐藤績宛乱歩書簡もまた、所有者のかたから文面を入出力したブリントを頂戴してあり、例によってそれをすっかり失念していたのですが、失念していたということが判明いたしましたので、おれってほんとに名張市教育委員会だよな、なんかもう、落ちるとこまで落っこっちゃってるよな、くずじゃん、人間のくずじゃん、とか思いながら天下御免の無断転載。
前略
其後原稿を書き続け四十五枚ば
かりになりましたが、大変困つたこと
が起りました。今更らになつて、この
様なこと申上げては大変な手違
ひとなり御迷惑は万々承知ですが、
実は見込違ひにて、五十枚や六十
枚にてはどうしても書上げられず、
百枚近くになりさうなのです。
御予定もあることでせうから、御約束
の倍になつてはのせて頂けまいと存
じます。それに百枚書上げる為に
はどうしても十日頃までかゝりさ
うですから、枚数の点からも締
切の点からも、違約になります。
何とも申訳ありません。
小生の原稿掲載御中止願ふか、十
日まで待つて百枚のせて頂くか、又は
二回に分載して頂くか、この三途
しかありません。どれを採つて下さ
つても文句はありません。一年半
ぶりで気乗りのしてゐるものですか
ら、のせて頂き度いのは山々ですが、
御都合により、次の機会に書かせ
て頂くことゝし、この原稿は他雑誌
に廻しても差支ございません。
何とも恐縮千万、御詫の申様
書簡は和紙にペン書きで四枚、うち三枚を無断転載し、つまり全文は掲載しないことで著作権に多少は留意していることをかろうじて示したうえで、てやんでえこちとら名張市教育委員会じゃねーんだぞべらぼうめ、とか思いつつ、この文面から判断いたしますと、乱歩は五十枚程度という約束で「改造」用の作品を書きはじめ、6月3日付書簡には「只今までに半ば書き上げました」とありますから、その時点で二十五枚ほどが完成していたとおぼしく、それが翌4日付書簡では「四十五枚ばかり」書きあげて「百枚近くになりさうなのです」となって周章狼狽、「御約束の倍になつてはのせて頂けまいと存じます」と殊勝らしく申し出ています。
このあたり、乱歩の「楽屋噺」ではこんなあんばい。
四五十枚という注文だったので、そのつもりでやりかけた所が、百枚書いてもまだおしまいにならない。縮めるなんてことは私には出来ないものだから、佐藤君に相談すると、百枚以内なら何とかするけれど、それを越しては一寸困るという話だ。ところが、私の方では書きついで見ると、二百枚近くにもなり相なので、それでは外へ廻しましょうということにして、そんなものを買ってくれるのは『新青年』の外にはないのだから、横溝君に伝えると、有難いことに、待ってましたというので、素敵に宣伝してくれたものだから、案外好評を博して、単行本にした時も仲々売れた。
6月4日付書簡に記されたのが「佐藤君に相談すると」というその相談内容で、それに対する佐藤の返信に「百枚以内なら何とかするけれど、それを越しては一寸困るという話」が書かれていたと推測されるわけですが、そのあたりのことはいつの日か編まれるであろう乱歩と正史の往復書簡集に収録されるはずの村上裕徳さんの脚注に託したいと思います。
いっぽう、お約束の十倍ほどになってしまった平井通の評伝をそのまま収録していただいた藍峯舎版『屋根裏の散歩者』は、現在ただいまここまで作業が進んでいるとのことです。
▼株式会社藍峯舎:藍峯舎通信 web version(2013年7月8日)
いきなり振っていただいた「今回の執筆に当たってのご苦労など」は、とりあえずあした以降のこととして、ようやくきのうのつづきです。
暦の上ではエイプリルだったある日のこと、つぼ八名張駅西口店で、遠来のお客さんが、
「こんどの館長さんは、乱歩のことをちゃんとしてくれるひとなんですか」
と、つぶやくようにおっしゃった件ですが、この遠来のお客さんはいうまでもなく筋金入りの乱歩ファン、みどもが嘱託を拝命する以前から長きにわたって名張市立図書館にご協力をたまわってきたかたでもありますが、名張市立図書館における乱歩関連資料収集の実態がいったいどんなものなのか、いまではすっかりお見通しでいらっしゃいます。
とくに昨年、名張市立図書館がこのかたにとんでもない不始末をしでかしてしまいまして、それがどんな不始末だったか、ということは武士のなさけで明かしませんけど、ほんとに公務員ってのはひどいもので、乱歩のことがどうこういう以前に、ひととしてどうよ、っつーことがあまりにも多すぎるわけです。
ですからこのかたも、いまでは名張市立図書館に対して、愛想も小想も尽きはてた、みたいな感情を抱いていらっしゃるはずなんですけど、それでもつぼ八名張駅西口店で、談たまたま前館長が定年退職して新しい館長が着任した、という話柄におよんだとき、
「こんどの館長さんは、乱歩のことをちゃんとしてくれるひとなんですか」
とおっしゃったわけです。
私は、ちょっと驚きました。
名張市立図書館が乱歩関連資料の収集にかんして無茶苦茶である、ということはいまやこの遠来のお客さんもよくよくご存じのはずで、館長が代わったところでどうしようもない、ということも理解していらっしゃるであろうと思われる次第なのですが、というか、つぼ八名張駅西口店において私はですね、あそこまで主体性を放棄してしまったらどうしようもない、とか、本は読むものであるということをわかってる人間がひとりもいなかった、とか、名張市立図書館の惨憺たる現状をありのままにおはなししていたんですから、そんな図書館にもはやなにも期待はできない、ということはわかりすぎるほどおわかりのはずなのに、それでもなお、館長が代わった、とお聞きになると、
「こんどの館長さんは、乱歩のことをちゃんとしてくれるひとなんですか」
とお思いになってしまうのは、いったいどうしてなんだろうな、と、私はちょっと驚きつつ、軽く首をば傾げてしまった次第だったのですが、よく考えてみたらなんの不思議もありませんでした。
というのも、乱歩のことをちゃんとする、というのは、難しいことでもなんでもなくて、まともな図書館ならふつうにできることなんですから、これまでの歴代館長は箸にも棒にもかからない役立たずであったとしても、新しい館長さんはふつうのことがふつうにできるひとかもしれない、とお思いになるのも無理はない話だな、と私は納得いたしました。
実際には、いくら館長が代わったって、どうしようもないものはどうしようもない、というしかないんですけど、しかし、新しい館長さんを無視して、いきなり名張市長の判断や責任を問う、っつーのもなんだか考えものかもしんないな、という気も、暦の上ではエイプリルだったあの日以来、してないわけではありません。
ほんと、どうすっぺや。
暑い。
ただただ暑い。
なおかつ惜しい。
なんとも惜しい。
こんなことばっかいってますけど、漫才の話です。
しつこいようですけど、この件です。
「伊賀百筆」用の漫才ですが、地の文から漫才に復帰した最初のページを差し替えるのは、かえすがえすも惜しいなあ、と、先日来、悩みまくりどすのえ。
このページのことですけど。
このページにある名張市立図書館初代館長さんの名乗りは、三重県知事さんの名乗り同様、このブログで練りに練って完成させたものっすから、打ち捨てるのはもう惜しくて惜しくて。
ちなみに、名乗りってのは、武士が戦いの場で、やあやあわれこそは、みたいな感じで姓名、身分、家柄なんかを大音声に呼ばわることなんすけど、お経は読んでも乱歩は読まぬッ、なんてのは初代館長さんにぴったりの名乗りですから、闇に葬るのはほんとに惜しいなあ。
それにしても、初代館長さん、お元気でいらっしゃるのであろうか。
おいどんはずーっとこの調子じゃけ、もう二十年ちかくも前のことになりますけど、名張市立図書館の目録をつくりはじめたころから、それこそ漫才やなんか書きなぐって、そらもう奥さん名張の図書館だけは正味あほでっせ、といったぐあいに、地域社会の真実の姿を市民に赤裸々に伝えてきたわけね。
じゃから、初代館長さんも、おいどんの漫才とかをばお読みんさって、定年で退職されたあととはいえ、うーむ、名張市立図書館は無茶苦茶やったんでごわすか、とはじめて思いあたり、深く反省し、おいどんに合わせる顔はありもはん、とお思いになった、ちゅうことやろけど、お目にかかる機会もなくなり、いつの年からか、新春の賀状もいただけなくなって幾星霜、すっかりご無沙汰したままですばい。
ただし、ここでとくに強調しておきたいのは、これは初代館長さんおひとりの責任に帰する話ではなかばい、ということです。
いやもちろん、名張市立図書館が乱歩関連資料の収集において無茶苦茶になっとることの責任は、初代館長さんにないわけではない。
つか、ある。
おおいにある。
あらいでかそんなもん。
ただ、名張市というところは、そういうとこなんだ、ということは重々ご承知おき願いたいと思います。
乱歩関連資料を収集します、とぶちあげることはできても、じゃ、いったいなにをすればいいのか、ということがわからない。
というか、考えようとしない。
そこらの高校の図書委員でもふつうに考えられることを、いっさい考えようとしない。
それが、名張っつーとこなの。
それに、そもそものことをいうと、初代館長さんは、たぶん、乱歩作品なんか、ほとんどお読みになってなかったのではないか、と思う。
つか、名張市立図書館の歴代館長さんは、全員、乱歩作品をろくにお読みになったことのないかたばっかじゃね? とぞ思う。
もっとはっきりいってしまえば、歴代館長さんは全員、本に興味のないかたばかりだったのではないかしら。
てゆーか、みどもが名張市立図書館で嘱託を拝命しておった当時には、こら、こらこら、こらこらこらこら名張市役所の人事担当こら、箸にも棒にもかからんような出来のわりーロートル職員を図書館長として山の上まで飛ばしてきてんじゃねーよばーか、と思わされることが一再ならずありました。
ここで説明を加えときますと、最近すっかり使用されなくなったみたいですけど、というか、先日若い世代相手に使用して通用しなかったことばなんですけど、ロートル、ってのは中国語の老頭児のことで、要するに老人、年寄りのことです。
昔はとうの立ったプロ野球のピッチャーなんかを形容することばとしてふつうにつかわれていたんですけど、ちかごろじゃまったく耳にいたしません。
それから、山の上がどうこう、ってのは、名張市立図書館が平尾山と呼ばれる小高い丘のてっぺんに位置していることから、図書館長の赴任はどうしたって山の上まで飛ばされた、という印象になる、みたいなことです。
しかし、驚くべし。
甲羅だけは経てるけど箸にも棒にもかからない、という古参職員のかたであっても、ひとたび図書館長として着任されるや、どなたも大過なくつつがなく重責をまっとうなさるんですから、田舎のお役所ってのは、やっぱ、ある意味、すごいとこです。
本は読まんわ、図書館のことは知らんわ、それ以前におつむがあれだわ、みたいなおとっつぁんでもいくらでも勤まる、っていうんだったら、もしかしたら、図書館長って、いらなくね? とお思いのみなさん、じつはまったくそのとおり。
いわゆる無料貸本屋としてのシステムはひととおり確立されてますから、館長なんていらない、てゆーか、市の職員がそもそもいらない。
図書館の運営を委託してる業者が無料貸本屋として必要なことはみんなやってくれるんですから、委託業者のスタッフだけでじゅうぶんです。
おそらく、いまの名張市立図書館を支えてくれてるのは、きわめて不安定な雇用環境のなか、時給わずか八百なんぼで忙しく立ち働くそうしたスタッフのみなさんである、と思われます。
じゃ、正職員はなにやってんだ、ということになりますけど、あいも変わらず、手前どもはなにも考えないことにしております、とか、手前どもはできるだけ働かないようにしております、とか、公務員の王道を歩んでいらっしゃるのであろうなあ。
本来であれば、地域に根ざした図書館運営について、いろいろ考えていただかなきゃなんないわけなんだけど、お役人さまの体質として、なにも考えない。
かてて加えて、土地柄的にも、ほんとになんにも考えない。
ですから、しつこくも指摘しておきますけど、なにもわりーのは初代館長さん、あるいは歴代館長さんだけじゃあらしまへんのえ。
みんなわりーの。
みんながみんな、なんにも考えようとしないの。
それが名張ってとこなの。
最悪でっせ奥さん。
みたいなあたりまでは、「伊賀百筆」用漫才の前半で、なんとか読者に訴えることができるのではないか、と思われます。
構成としては、まず、
──いま明かされる震災がれき騒動の真実
というのがあって、その次に、
──いま明かされる伊賀の蔵びらき騒動の真実
というのが来て、そのあと、
──いま明かされるまちなか再生騒動の真実
というのと、
──いま明かされる名張市乱歩大騒動の真実
というのがつづくわけですけど、まちなか再生騒動の真実にはまだまだネタがあって、ざっと列記してみますと──
◎名張地区第一次癒着結託隊と名張地区第二次癒着結託隊の問題
◎母さん、名張市民の三千十万七千七百円、どうしたでせうね? でおなじみのコンサルタントの問題
細かいものは省いても上記のふたつは欠かせませんし、その流れでまちなか再生騒動から名張市乱歩大騒動へ話題が移行して──
◎あほはあほとしかつるまない、という鉄則によって官民双方のあほさんたちが底なしの無能さを存分に発揮してくれた桝田医院第二病棟跡地整備事業の問題
へと流れるように展開してゆくことになるのですが、いくら笑いの要素を抑え気味にしてみても、それでもばかみたいにページ数を食ってしまうことになりましょうなあ。
とはいえ、「伊賀百筆」編集部のご期待にお応えするためには、名張市の乱歩騒動について、ということはつまり桝田医院第二病棟跡地整備事業のてんまつについて、鋭く厳しく血も涙もなく掘りさげる必要があり、となると、2004年9月5日、私が桝田敏明先生のご遺族からお電話をいただき、桝田医院第二病棟の土地と建物を名張市に寄贈したい、とのご意向を承ったその日から、2009年2月28日、桝田医院第二病棟跡地に整備された乱歩生誕地碑広場が完成記念式を迎えたその日まで、すでに漫才でお読みいただいたところに従うならば、
「官民双方のとってもあれな連中がなーんにも考えることなく、外部の声にはいっさい耳を貸そうとせず、ただただ入り乱れてどどどどどどどどどどどどどどどどどと坂道を転がり落ちるようにして大失敗に至ってしまったわけです」
というゆくたてを、克明のうえにも克明に、つぶさに明らかにすることが要求されます。
ただまあ、なんでそんなことになっちゃったの、というと、これも漫才から引きますと、「関係者全員があほやったからにほかなりません」ということに尽きてしまいますし、「土地柄的に無理があるわけです」ということにもなってしまいます。
要するに、論理的で合理的な道筋をたどって余儀なく失敗にいたった、というわけではまったくありませんから、あほさんとあほさんが入り乱れてどどどどどどどどど、というプロセスを検証することにたいした意味はみつけられません。
ですから、なにがあったのか、ということより、なにをしなかったのか、なにをすればよかったのか、ということに主眼を置いて漫才を進めるべきかいな、と思われる次第です。
つまり、桝田敏明先生のご遺族から寄贈のおはなしをいただいて、それをそのまま名張市サイドにとりついだとき、寄贈を受けたあとどんなぐあいに話を進めればいいのか、という提案も、私は抜かりなく添えておったわけですね。
ひとことでいえば、万機公論に決すべし、ということなんですけど、むろん公論にただ丸投げすべきではなく、名張市は名張市で天下に恥じぬ構想を用意し、そのうえで公論を求むべし、ということだったんですけど、しかし実際にはどうだったかというと、万機癒着結託に決すべし、というのが実態で、なおかつ、名張市にはなんの構想もありゃしませんでした。
ですから、そこらあたりのことに重点を置けば、名張市の今後のためにもおおいに役立つ情報となるはずですから、名張市役所のみなさん、どうぞご期待ください。
みたいなことで、名張市乱歩大騒動の真実の件はおしまいになったとしても、じつはあちき的には、ほんとの肝は、
──名張市立図書館終了のお知らせ
じゃけ、という気持ちが強いんじゃけ。
桝田医院第二病棟跡地の整備は、すでに終わってしまった話です。
しかし、名張市立図書館の件は、ずーっと放置されたまま、お役人さまがお得意の主体性放棄で知らん顔をつづけてる状態ですから、終了させるためにはアクションが必要です。
むろん、終了させなければならない、ということではありません。
つか、終了なんかさせてんじゃねーよ、という話ではあるのですが、なんにもしないのであれば、終了にしなきゃしゃーないじゃん。
だからそういう線で漫才を進めたいんですけど、わっちにはただひとつ、とても気になってることがあって、それはなにかっつーと、えーっと、あれは4月のいつであったか、名張ロータリークラブの創立五十周年記念事業の一環として、名張産業振興センターで有栖川有栖さんの講演会が開かれた日の夜、遠来のお客さんとつぼ八名張駅西口店で盛りあがったときのことですけど、そのお客さんのおひとりが、
「こんどの館長さんは、乱歩のことをちゃんとしてくれるひとなんですか」
とつぶやくようにおっしゃったのが、いまも印象深く私の記憶に残っていて、気になりつづけているざんす。
というところで、まだまだ終わりませんけど、以下、つづく。
まだちょっと早いけど、きょうは七夕だから、はやばやと第三のビールでも飲むことにしよっと。
それにしても暑いな。
暑い。
ただただ暑い。
はっきりいって宣伝です。
6月13日、あべのハルカス近鉄本店に1919長崎堂がオープンしました。
あべのハルカス近鉄本店のニュースはこちらです。
▼日本経済新聞:日本一高いビルに「あべのハルカス近鉄本店」登場(2013年6月22日)
7月3日、長崎堂の心斎橋本店がリニューアルオープンしました。
▼長崎堂:Home
季節のご挨拶には長崎堂のカステーラをどうぞ。
はっきりいって宣伝でした。
乱歩と正史の書簡集、という話題からややそれてしまいますが、乱歩が昭和3年6月、「改造」編集部の佐藤績に出した書簡、というのがあったことを思い出しました。
むろん、私がその手紙を所蔵しているのではなく、所有者のかたが文面を入出力したブリントを頂戴してある、ということなのですが、昭和3年6月といえば、いうまでもなく乱歩が「陰獣」を書いていたころで、改造社の佐藤績に宛てられた「三日」と日付の入った書簡はこんな内容でした。
前略
原稿おくれてすみません
筋立てはとつくに出来てゐても、それが
熟して感興の湧くのが手間どつてゐ
て、本当に着手したのは実は一昨日ですが、
執筆を絶って以来一年半ぶりで
どうやら感興が湧いて来たらしく
只今までに半ば書き上げました。
この調子ならあと二日間御猶予下
されば間違ひなく出来上がります。再々
御猶予を願つて申訳ありません
が、どうか御諒承下さい。
作は書上げて見ないと分りませんが、私
のものとしては相当上出来だらうと思
ひます。只今湧起つてゐる感興の
度合によつて、かく申上げても大した
間違ひはないかと思ひます。
右取急ぎお願ひ申上げます。
佐藤績様
はっきりいって、これは非常に重要な書簡です。
もうひとつはっきりいえば、私はこうした重要な資料の写しを頂戴していたことをすっかり失念していて、先日、ちょっとした片づけものをしていたときにふと発見し、じぇじぇじぇ、と思った次第でした。
これによって、「陰獣」は昭和3年6月1日に起筆された、ということが確定した、といっていいのではないかと思います。
作成中の「江戸川乱歩年譜集成」の昭和3年によれば──
五月五日(土)
□雑誌□「新青年」六月臨時増大号(第九巻第七号)が発売された。ファーガス・ヒューム「二輪馬車の秘密」が横溝正史の訳で掲載された。[横溝正史:「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話/1975年7月]
五月六日(日)
□書簡□横溝正史への手紙が着信、「二輪馬車の秘密」の訳文について長文の批評が書かれていた。横溝は乱歩がふたたび書く気になったと思った。[横溝正史:「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話/1975年7月]
五月七日(月)
この日か翌八日、横溝正史が乱歩を訪問、「新青年」増刊号に百枚程度の小説を依頼した。当時、乱歩の原稿料は一枚四円だったが、横溝は倍額の八円を提示した。八百円支払うことが可能だと説明すると、乱歩は納得したものの、確たる返事はなかった。[横溝正史:「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話/1975年7月]
「陰獣」は「改造」の佐藤績から依頼されて執筆したが、百枚以内という意向に沿えなかったため、「新青年」へ回すことにして、横溝正史にその旨を伝えた。[探偵小説四十年 「陰獣」回顧/昭和27年12月、28年1月]
「陰獣」の原稿料は一枚七円にするよう申し出て、横溝正史に呑んでもらった。[探偵小説四十年 初めての講談社もの/昭和28年6月]
横溝正史によれば、「陰獣」はいったんほかの雑誌社に渡してあったが、原稿を取り返して手を入れていたところで、横溝の原稿依頼に応じて乱歩が「新青年」に回した。最初は「恐ろしき復讐」というタイトルだった。[横溝正史:陰獣縁起/昭和3年11月]
六月二十五日(月)
「陰獣」を脱稿。[初出末尾]
ありゃりゃ。
これでは、正史が原稿を催促するために手紙を出し、その返事をもらって乱歩を訪ねた、というエピソードが抜け落ちています。
そのあたりを、『横溝正史研究4』に載っけてもらった「『陰獣』から『双生児』ができる話──一九三〇年代前夜の正史と乱歩」からの引用で補っておきますと──
正史の回想も眺めておこう。「『パノラマ島奇譚』と『陰獣』が出来る話」によれば、「新青年」六月臨時増大号にヒュームの「二輪馬車の秘密」を翻訳して掲載したところ、発売の翌日、乱歩から感想を記した手紙が届いた。正史は乱歩が再起する気になったと確信し、乱歩を訪ねて「新青年」八月増刊号に百枚の読み切りを依頼したが、乱歩の返事は煮え切らないものだった。
しばらくして正史はもう一度、今度は手紙で原稿を催促した。乱歩からは折り返し、ほかの雑誌に書いたものを「新青年」に廻してもいいという返事があった。正史はさっそく乱歩を訪ねる。乱歩は「改造」から依頼されて新作を書き始めたこと、二百枚近く書きたいのだが、編集部からそれでは長すぎて掲載できないといわれていることを打ち明け、その作品を「君のほうへ廻してもいいと思っている」ともちかけた。
正史が乱歩に催促の手紙を出したのは、正史の言によれば、ということはあんまりあてになりませんけど、ということになりますが、「六月末のこと」で、その手紙を読んだ正史が喜び勇んで乱歩のもとを訪れると、できていた原稿はまだ「五、六十枚」だった、とのことです。
しかし、佐藤績宛乱歩書簡によれば、「陰獣」は6月1日に起筆されて翌々日の3日には「あと二日間」で脱稿する、みたいなとこまで進んでますから、正史の回想が事実だとすればいろいろ齟齬が生じてくるわけですが、それはまあそれとして、もはやこの世に存在していないはずの「陰獣」をめぐる正史の依頼と乱歩の応諾が綴られた往復書簡をフォローする資料として、この佐藤績宛乱歩書簡みたいなものも視野に入れ、所蔵者のかたの協力を仰ぎながらつくってゆけば、乱歩と正史の往復書簡集はかなり充実したものになるのではないかと思われます。
それから、きのうのエントリをお読みくださったさる消息筋のかたからのお知らせでは、立教大学にも二松学舎大学にも、乱歩と正史の書簡集にかんする具体的な動きはまだないそうです。
ちなみに名張市立図書館にも、そんな気配は微塵もないものと思われます。
名張市立図書館といえば、「伊賀百筆」の漫才、さらに四ページだけ書き継いで、地の文からまた漫才に復帰いたしました。
いわば後半のスタートで、「あまちゃん」が岩手編から東京編になったようなものだとお思いください。
漫才を再開したページには名張市立図書館の初代館長さんにご登場いただきましたけど、このパートはたぶん差し替えることになると思います。
なぜかというと、再開のページにも記しましたけど、こんにちはッ、ではじまるパターンはもうおしまいにしたいな、ということがまずひとつ。
それから、地の文の最終ページに書きましたとおり、前半みたいな調子で笑いを取りにいってたらずらずらずらずら長くなってしまいそうですから、笑いの要素は抑えるべきだろうな、むしろドキュメンタリータッチにしたほうがいいかもな、と考えているということがひとつ。
いずれせよ、ネットでお読みいただくのは本日公開分までとして、あとは「伊賀百筆」をご購入いただき、じっくりご笑覧いただきたいと思います。
それから、乱歩正史往復書簡集の脚注をぜひとも担当していただきたい村上裕徳さんのことですが、むろんお願いすればふたつ返事でお引き受けいただけるはずです。
じつは平井通の評伝を書くにあたって、『子不語の夢』の脚注に乱歩と通は「兄弟の仲は大変良かったという」とありますことから、その典拠はなんですか、みたいなことを手紙でお尋ねしたところ、平井通についてご存じのところをありったけ、四百字詰め原稿用紙十一枚に万年筆でぎっちり手書きしてお知らせいただきましたので、村上さんの脚注魂は変わることなくマグマのように鬱勃と燃えたぎっていることが察せられた次第です。
さて、きょうから7月です。
7月10日には、藍峯舎版『屋根裏の散歩者』の予約受付が開始されます。
つか、あす7月2日は平井通の命日なんよね。
一日おとなしくしてよっと。
いやー、もう6月もおしまいか。
っつーことは今年も半分がた終わっちゃった、ということになるわけだけど、例によってぼーっとした半年であったなあ。
それで、乱歩と正史の往復書簡集の件ですけど、刊行されればきわめて有意義な出版、貴重な資料になるというのはまちがいのないところなれど、いったいどこが出すのか。
結論からいって、商業出版社には望めないのではないか、という気がします。
出版不況はいよいよ深刻みたいですし、そうじゃなくたって、この手の本はなかなか企画が通らないはずで、売れ行きが見込めないうえに、書簡の判読が骨だわおまけとしてCD-ROMが必要だわとくれば、規模の大小を問わずふつうの出版社は二の足を踏むのではないか。
だったら、いわゆる関係機関、たとえば世田谷文学館とか、二松学舎大学とか、あるいは立教大学とか、そのあたりはどうでしょう。
立教大学といえば、こんなツイートが。
◎講演会「日本人の蔵書志向と江戸川乱歩」講師:紀田順一郎氏(評論家、神奈川近代文学館前館長)、日時:7/27(土) 13:00~15:00、場所:立教大学14号館6階 pic.twitter.com/yTkNChkqwb
— 米山(ひ) (@syrupno) June 26, 2013
それはそれとして、書簡集を出してくれそうな気配は、たぶん、どの関係機関にも、まったくといっていいほど感じられない印象です。
よしんば、どっかの関係機関が出してくれることになったとしても、そういったとこはやっぱり結構お固いことでしょうから、村上裕徳さんを脚注担当に、という柔軟な路線はかなり困難だと思われます。
たぶん、いちばんいいのは、名張市立図書館が書簡集を出すことでしょう。
まず、乱歩と正史のご遺族にお願いしてOKをいただき、世田谷文学館や二松学舎大学、立教大学などから協力をいただき、それから、乱歩ファン正史ファンにも助力をお願いして個人蔵の書簡なんかを提供していただき、その他もろもろ、いろんな準備を進めて、予算はどうよ、ということになりますけど、たかが本を一冊出すだけ、それも値段をつけて販売するわけですから、いくら財政難財政難といったって、なにしろ名張市は、母さん、名張市民の三千十万七千七百円、どうしたでせうね? とか、名張市民の九億九百万円、どうしたでせうね? とか、税金の無駄づかいでは年季が入ってるとこですから、なんとかなりそうなものではないか、とお思いのかたもおありかもしれませんけど、無理無理、死んでも無理。
名張市立図書館には、というか、名張市には、そんな真似はとてもできません。
できない、というより、それ以前に、理解できないわけです。
これは冗談でもなんでもなくて、ほんとに、ほんとーに、ほんっとーに、なんにも理解できないの。
そーりゃもう、すさまじいものだぜ。
そのあたり、「伊賀百筆」の漫才で思いきり笑いものにするわけなんですけど。
したがって、乱歩と正史の往復書簡集、実現は夢のまた夢、ということになるのではないかと思われます。
また三ページ、やっつけました。
先日も記しましたとおり、アマゾンのこのページのカスタマーレビューを無断引用におよびました。
▼Amazon.co.jp:子不語の夢―江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集 [単行本]
レビューをお寄せくださった小西昌幸さんと銀髪伯爵さんに、あらためてお礼を申しあげます。
さてそれで、銀髪伯爵さんのレビューにある乱歩と正史の書簡集の件なんですが、現存する両者の書簡をすべて収載すれば、そのまま日本の探偵小説史、しかも海外からの受容と国内における興隆をともにたどれるものになるはずで、一部は正史が「乱歩書簡集」として公開したり、それからあれはもう十年くらい前のことになりますか、世田谷文学館が所蔵の正史宛乱歩書簡を公刊したりして、読むことができるようになってるものもあります。
ほかに、乱歩が正史に出した書簡のカーボンコピーが発見された、と報じられたのもやはり十年くらい前でしたか、あれはたしか東京創元社が本にする、みたいな話だったと記憶しますが、なんの音沙汰もありません。
ともあれ、例の大正14年4月12日付の乱歩宛正史書簡を嚆矢としてありったけをかき集め、ふたりの往復書簡集を編めばそりゃもう面白くてためになるものができるはずですけど、いったいどこが出すのよ、という話になりますと……
というところで、本日のお客さんがご到着。
つづきはあしたといたします。
Powered by "Samurai Factory"
