Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2014.04.01,Tue
こんにちはッ。
売り家と唐様で書く三代目ッ。衆議院議員の川崎二郎でございますッ。
飛びますッ。
飛びますッ。
とか書いてたら、川崎二郎後援会のひとから叱られたりするのかしら。
少なくとも、こんなこと漫才に書いてた日には、とても「伊賀百筆」には載せてもらえないであろうな。
それにしても、川崎二郎先生は、いまもなお、かなり本気で、名張市のことを怒っていらっしゃるらしい、ということが、名張市の市制施行六十周年記念式典における先生の祝辞でよくわかった、という話のつづきですけど、これは私ほどの洞察力をもちあわせていない人間にはわかりようのないことであり、しかも、先日の記念式典の出席者は、私のみるところ、だいたいにおいて洞察力皆無のみなさんであったから、式典出席者のかたはこのエントリをお読みになって奇異の念を抱かれるかもしれない。
しかし、まんずまんず、私の洞察力を信頼していただくことにして、さらに話を進めますと、二郎先生は開口一番、きょうは津市の市長さんもおみえだ、伊賀市の市長さんもおみえだ、とおっしゃって、なぜか市町村合併の話題にお入りになった。
津市も伊賀市もちゃんと合併したのに、名張市のおまえらと来たらいったいどうよ、みたいなニュアンスが言外に濃厚に漂い、そのあとも先生は、あなたがた、であったか、あなたたち、であったか、とにかく二人称複数の代名詞で名張市民を表現していらっしゃいました。
つまり、二郎先生にとって名張市民は、合併を推進し実施した we の一員ではなく、一線を画して隔たっている you にすぎない、ということであり、we の一員になりたいのであれば伊賀市に合併することだ、という二郎先生の怒りに満ちた言外の主張は、私のような洞察力に恵まれた人間にはもうびんびんびんびんと伝わってきましたぜ。
私は、乱歩から「『本陣殺人事件』を読む」の原稿を送りつけられた横溝正史みたいに、二郎先生からナイフを送りつけられたような気がして、ぎくりとしました、というのはうそですけど、一般的な名張市民は夢にも考えていないであろう伊賀市への合併が、二郎先生の頭のなかでは現実味を帯びた既定路線として動きはじめているらしいことを知り、いささか愕然といたしました。
しかも、記念式典終了後、某報道関係者のかたからお聞きしたところでは、伊賀市の市長さんも祝辞を述べる機会があれば合併に言及するつもりでいらっしゃった、とのことで、名張市との合併は伊賀市にとって市庁舎の移転を正当化するための切り札のひとつだ、という事情はあるにせよ、いつのまにか名張市民のあずかり知らぬところで名張市に合併を迫る外圧が強まっているのではないか、と思わざるをえませんでした。
換言すれば、外部の眼には、名張市はもう長くないみたいだな、と映っている、ということでしょう。
たしかに、おととい開幕した名張市長選挙の低調ぶりは、名張市が自治体としてもう長くない、という事実を如実に示すものかもしれません。
ほんと、ある時期までは、現職が四期目をめざして出馬する意向を明らかにしても、対抗馬が出なくてあわや無投票、みたいな感じだったわけです。
ふつうなら、多選阻止だけでも、きょうびのことばでいえばワンイシューとして通用するはずなんですけど、もしかしたらいまやもう、名張市の市長になりたいなと思うような人間がいなくなった、名張市はもはや政治を志す人間が夢を結べる場ではなくなった、といったことになっておるのか、と思っていたところへ、先日もお伝えしましたとおり、名張市議会随一の武闘派の先生が、議員バッジをかなぐり捨てて立候補を表明してくださったわけです。
▼伊賀タウン情報YOU:名張市長選挙 候補者の横顔(2014年4月1日)
とはいえ、争点と呼べるものはなにひとつ存在せず、有権者の関心はもとより低く、選挙戦は盛りあがりを欠いたまま、というのが実情で、そりゃまあ、いたしかたのないところではあろうな、なにしろ、外部の眼には、もう長くない、合併しなくちゃ立ち行かない、と映ってるらしいんだからな、と納得されたりもいたしますが、かりに川崎二郎先生のおことばどおり、名張市が伊賀市に合併されるなんてことになった場合、名張市立図書館は伊賀市立名張図書館ということになるはずで、伊賀市立図書館の本館がTSUTAYA化するかどうかはべつにしても、名張市立図書館の乱歩関連資料はもう完全にアウト、ということになってしまうのではないか。
むろん、いまでももう、じゅうぶんすぎるくらいアウトではあるわけで、名張市立図書館は乱歩関連資料の収集なんてとてもできない、ということは一部の乱歩関係者のみなさんのあいだでは周知の事実となってるんですけど、集めた資料と貰った資料をどうするのか、という一点について市長責任を問いただす、なんてことやって一巻の終わり、ということで済ませるべきではないのかもしれんなあ。
いやー、悩ましいことだなや。
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Posted by 中 相作 - 2014.03.29,Sat
ぼーっとしてるあいだに、きのうは降って湧いたみたいに暖かくなりました。
陽気というのは降って湧くものではありませんけど、なんかそんな感じです。もうひとつ、降って湧いたようだったのが、このニュース。
▼東京新聞 TOKYO Web:袴田さん48年ぶり釈放 静岡地裁 拘置、耐え難いほど正義に反する(2014年3月28日)
速攻で釈放、というのには驚かされましたけど、こうなると、こちらが気がかり。
▼日テレNEWS24:袴田事件の再審決定、奥西死刑囚に報告(愛知県)(2014年3月27日)
テレビニュースはすぐリンク切れになりますから、無断転載しときましょう。
袴田事件の再審決定、奥西死刑囚に報告
(愛知県)
27日の袴田事件の再審の決定が、名張毒ぶどう酒事件の奥西勝死刑囚に伝えられた。名張毒ぶどう酒事件で、無実を訴えている奥西死刑囚の支援者・稲生昌三さんは、袴田事件の再審開始の決定を静岡地裁で聞いた。その後、東京・八王子市の八王子医療刑務所を訪れ、奥西死刑囚と面会したという。稲生さんは「奥西さんが気力を持って、命をながらえるような気持ちで頑張ってもらいたい。(袴田事件に続いて)再審を1日でも早く切り開く」と話していた。奥西死刑囚は寝たきりの状態で、予断を許さない状況だという。
[ 3/27 19:55 中京テレビ]
それからまた、昨日、拙宅に「名張毒ぶどう酒事件の再審を! 再審をめざす全国支援市民集会」とかいう集まりのちらしのコピーをもってきてくれたかたがあったんですけど、2014年4月6日(日)午後1時30分開会、会場は名古屋市中区栄1-23-13、伏見ライフプラザ五階、鯱城ホール(定員七百八十名)、主催は名張事件愛知守る会、国民救援会愛知県本部、名張事件全国ネット、国民救援会中央本部とのことで、ちらし最下部にある連絡先電話番号はコピー領域からはみ出ているせいで読むことができません。
ついでですから、去年公開された映画の予告篇もどうぞ。
予告篇には当時のニュース映像も挿入されていますが、開始29秒あたりから登場する黒ぶち眼鏡にマスク、白衣姿のお医者さんが桝田敏明先生で、乱歩の生家があった土地の所有者だったかたです。
それにしても、地域住民が警察と示し合わせて口裏を合わせ、打って一丸となって無実の人間を殺人犯に仕立てあげてしまうってんだから、名張ってのはほんとに腐った土地だよな、と思います。
腐っとるのはお役所だけじゃないんよほんまに。
みたいなことも、名張という土地の実態をより鮮明にお伝えするために、「伊賀百筆」第二十四号の漫才に書いたほうがいいかもしれんなあ。
くだんの漫才は現在ただいま、先日ごらんいただきましたように、落語の「一眼国」と乱歩の「孤島の鬼」が出てきたところでストップしており、このあたりはまあ、お役所の常識は世間の非常識、と世に喧伝されているところを面白おかしく述べ立てるためのマクラとなっているわけですが、そのあとは「ドグラ・マグラ」から「脳髄は物を考える処に非ず」という著名なテーゼを引きつつ、お察しどおりのそのまんま、どいつもこいつもここいらの人間はほんとになーんにも考えようとしないんだからなあ、と、このあたりの土地柄をくっきり浮き彫りにする予定となっております。
だったらいっそ、名張毒ぶどう酒事件の話題も盛り込んだほうが、よりアクチュアルな漫才になるわな。
どんな遠いところのひとにも、へーえ、名張ってそんなとこなんだ、ということを実感してもらえるわな。
しかし、たぶん、「伊賀百筆」第二十四号には、漫才載っけてもらえないわな。
とかいってないで、『奇譚』のおはなしですけど、風間賢二さんの『怪奇幻想ミステリーはお好き? その誕生から日本における受容まで』の「はじめに」には、乱歩による探偵小説の定義が引用されてます。
『幻影城』巻頭のこれですけど。
こうしてあらためて眺めてみると、この定義に謎ではなくて秘密ということばを使用してしまったのは、単なる不用意なミスというにとどまらず、トリックの破綻とも呼ぶべきことだったのではないか、と思われてきます。
ここで、『奇譚』全文を対象に、秘密と謎ということばを検索してみると、いったいどんなことになるのか、と思って試みてみましたところ、かなり意外な事実が判明しました。
秘密、ということばは、三十六回、登場してきます。
これは、「古城ノ秘密」といった小説の題名も含めての話ですけど、とにかく三十六回。
いっぽう、謎、ということばは、ただの一度も使用されていません。
おかしいな、ルルーの黄色い部屋が出てきたはずだけど、と思って確認してみたところ、「The Mystery of the Yellow Room」と英語のタイトルで書かれていましたから、これでは検索に引っかかりません。
乱歩が『奇譚』一冊を執筆するにあたって、謎ということばをいっさい使用しなかった、登場させなかった、必要としなかった、という事実は、乱歩による探偵小説の定義を考察するうえで重要な示唆となるものだと思われます。
だからほんと、そういう貴重で重要な資料なんだから、なんとか活字化しなくちゃうそだぞまったく。
Posted by 中 相作 - 2014.03.26,Wed
なんか乱歩の小説みたいだな、とも思います。
むろん、『奇譚』活字化の件ですけど。つまり、だれでも思いつくけどだれも実行しないこと、みたいな話が乱歩の小説にはわりとよく出てきます。
たとえば「屋根裏の散歩者」の場合、アパートに天井裏がある、ということはだれでも知っていて、天井裏に潜り込んで散歩したら天井板の節穴から住人の私生活を覗き見できるな、というあたりまではだれだって思いつきますけど、しかしそんなことを実際にやってみるやつはいないだろう、とふつうの人間なら思います。
しかし、乱歩の小説の主人公は、実際にやってみるやつはいない、と思われることをほんとにしでかしてしまうわけです。
奇想天外というほどのことではまったくなくて、むしろきわめて日常的な場所にいながら、あれよあれよとみてるまに一線を越えた世界へ突っ走っていってしまう主人公。
サウイフモノニワタシハナリタイ、と思ってるわけではありませんけど、いつのまにかそういうものになってしまってるのかもしれません。
おーこわ。
さて、『奇譚』ですけど、『奇譚』を活字化して本にすることにどれだけの意義や価値があるのか、ということになりますと、これはもう読者次第、ということになってしまいます。
一般的な読者にはほとんど意義や価値を認めてもらえないはずだ、ということはよくわかりますけど、さりとて、自分は乱歩作品が好きだ、とおっしゃるかたにも、はたしてどれだけの興味をおぼえていただけるものか。
ただし、乱歩のことをよく知りたい、調べたい、研究したい、とおっしゃる向きには不可欠の資料であることはまちがいありません。
ですから、商業出版社が商品化して流通させることは望めないにしても、世に存在しているべき本であることはたしかで、だとすれば名張市立図書館あたりが名張市民の税金で、といったって『奇譚』一冊を出版するのなんて名張市全体における税金の無駄づかいに比べれば微々たる額で済むんですけど、ちなみに名張市における最大の無駄づかいはむろん人件費であって、なんであそこまでのうすらばかを正職員として雇ってんだよこら、みたいなのがごろごろしてんだぜほんとに、みたいことはどうでもいいことにして話を進めますと、『奇譚』は単に学生時代の乱歩がその時点での読書歴や文学観をうそも飾りもなく披瀝した一冊であるというにとどまらず、結局そこに回帰してゆくことになる世界を明瞭に示した一冊でもあります。
つまり乱歩は、作家としては探偵小説から早々に撤退して、奇譚の世界で小説を書きつづけたわけです。
このあたりの事情については、風間賢二さんのこの一冊から引いてみたいと思います。
▼2014年1月9日:怪奇幻想ミステリーはお好き? その誕生から日本における受容まで
第十一回「乱歩と久作」から引用。
おもしろいのは、乱歩は少年時代に黒岩に夢中になり、青年時代には谷崎や佐藤、そして宇野浩二の順番に心酔し、作家デビュー時にはポーやドイルに感銘を受けていましたが、創作は初期=ドイル、中期=谷崎、後期=黒岩といった具合に、自らの文学体験の始原へと遡っていったのです。
文学体験の始原へ遡る、というのは、すなわち、『奇譚』の世界に回帰する、ということにほかなりません。
ですから『奇譚』は、作家デビュー前のただの筆のすさび、といったものでは全然なく、乱歩という作家の全体像に近づくためには不可欠の資料、つまりは乱歩研究に貴重な一石を投じることになるはずの一冊で、乱歩のことを研究したい、とおっしゃるみなさんからはその意義や価値をおおいに認めていただけることであろうと自負しております。
それから、ここでお伝えしておきますと、数日前、『奇譚』の本文といっしょに『奇譚』をテーマにした論考を収録してもいいのではないか、というアドバイスをメールで頂戴したのですが、ライブラリアンとしては一次資料として『奇譚』を活字化するのが第一の目標で、というよりはそれだけでもう手いっぱい、とても二次資料のことまでは頭がまわらず、せっかくのご助言に添うことができなくて恐縮ではありましたものの、現時点におけるそういった方針を簡単にご説明申しあげた次第でした。
『奇譚』をどう読み、どう料理するか、といったことは読者のみなさんにおまかせするとして、こちらは正確でできるだけ読みやすいテキストをお届けすることにまず注力したいと考えてはいるのですが、そんなこととはかかわりなく、お気づきのことはなんでもお知らせいただければとてもありがたく思います。
どうぞよろしくお願いします。
Posted by 中 相作 - 2014.03.25,Tue
図書館の本分は資料の収集であり、必要としているひとにその資料を提供することです。
もしもここに、乱歩の本をたくさん集めてることで知られた図書館があったとして、ある日、その図書館に、乱歩の自伝を読んでたら『奇譚』という手製本のことが出てきたんですけど、この本はどこかで読めますか、みたいな問い合わせがあったとします。その図書館のライブラリアンは、『奇譚』は現在、立教大学図書館の貴重書庫で厳重に保管されてますけど、一般のひとが閲覧するのはちょっと不可能みたいです、でも、1988年に講談社から発行された江戸川乱歩推理文庫59『奇譚/獏の言葉』という本に収録されてますから、お近くの図書館で借りるか、その図書館が所蔵してなかったらよその図書館から借りてもらうかすれば、読むことができますよ、と回答します。
ここまでは、乱歩関連資料を専門的に集めてる図書館であれば、ごくふつうにできることです。
では、その図書館に有能なライブラリアンがいたとしたら、彼ないしは彼女は、そのときなにを考えるか。
ちなみに、有能なライブラリアンというのは、利用者の立場に立って考えることのできるライブラリアンのことです。
有能なライブラリアンは、『奇譚/獏の言葉』を手に取ったひとの反応を想像します。
そのひとは、たぶん、なにこれ、手書きじゃん、写真じゃん、読めねーじゃん、意味不明じゃん、わーけわかんね、ばっかじゃねーの、といった反応を示すことになるのではないか、とライブラリアンは推測し、だれにでも気軽に読める活字版『奇譚』があればいいのにな、と思います。
とはいえ、有能なライブラリアンだって、考えるのはせいぜいそのあたりまでで、そこから先に思いをいたすことはないはずです。
その先は、ほとんど狂気の領域となります。
これよりさき怪物領域、みたいな。
しかし、もしもここに、有能でありなおかつ気が触れているライブラリアンがいたとしたら、むしろ嬉々としてその領域に足を踏み入れ、よーし、おれがやったる、活字化したる、けけけけけ、というところまで一気に突き進んでしまうにちがいありません。
なんかもう、手がつけられないような感じで、そういう人間には、好きにしろよばーか、といってやるしかないんですけど、そういうきちがいみたいな人間が、ぼかあとても好きだなあ。
とはいえ、残念ながらそんなひとは、どこ探したっていないみたいです。
ですから、僭越ながらこの私が、きちがいになることにいたしました。
さあ、気ちがいになりなさい、みたいな。
私が『奇譚』の活字化を思いついたのは、まあそういったような次第であって、これはやっぱライブラリアンの発想だよな、と思わざるをえません。
ただし、いまの私は、ライブラリアンなんかではまったくないわけなんですけど。
Posted by 中 相作 - 2014.03.24,Mon
おまんこ、とかいってないで『奇譚』の話をつづけますけど、老婆心ながらひとこと忠告を書きつけておきますと、ひとのことおまんこ呼ばわりしてると、死ぬぞ。
ぽっくり逝っちゃうぞ。以上、おわかりいただけるかた限定の話題としてお届けいたしました。
さて、プライベートなことなのでブログに記すつもりはなかったんですけど、ウェブニュースでも報じられてましたので記すことにいたしました。
ウェブニュースというのは、これです。
▼伊賀タウン情報YOU:市制60周年を祝う記念式典、コンサート 会場全体で合唱 名張市(2014年3月22日)
この記事にもありますとおり、わが名張市では先週の土曜日に市制施行六十周年の記念式典とおまけのコンサートが催されまして、乱歩令孫、平井憲太郎さんにもご来臨をたまわりました。
私は憲太郎さんがおいでくださってるとはつゆ知らず、記念式典の会場でばったりお会いして、あたふたとご挨拶は申しあげたのですが、その場で『奇譚』活字化の件をお願いしようかどうしようか、ちょっとだけ迷い、まだ「伊賀百筆」に掲載されるかどうかも決まってないんだから、きょうのとこは控えておこう、と判断いたしました。
関西地方ではこういう状況のことを、まんがわるい、と表現いたしますが、まん、というのは、「ま〔間〕に、撥音が付いたものである」と牧村史陽の『大阪ことば事典』には説かれています。
まん、ということばの響きに誘われて、話がどんどんどんどんあっちのほうへスライドしていきそうなんですけど、なんとか踏みこたえて『奇譚』活字化の話。
そもそもどうしてこんなことを思いついたのか、とつらつら省察してみますと、これはたぶん図書館の人間、つまりライブラリアンの発想ではないのか、と思いあたります。
わがうちなるライブラリアンが、私に『奇譚』の活字化を命じた、とでも申しますか。
もう少しつづけたいところですが、じつは本日、3月24日は私の六十一回目のお誕生日となっておりまして、もうやだ、ほんとやだ、死ねばいいのに、と自分でも思いますけど、そろそろささやかな、ごくごくささやかな祝宴がはじまりますので、勝手ながらこのへんでおいとますることにいたします。
しかし、六十一にもなって、おまんこ、とかいって喜んでんだからなあ。
ばかなんだろうなあ。
でも、ほんと、ひとのことおまんこ呼ばわりしてると、死ぬよ。
Posted by 中 相作 - 2014.03.23,Sun
「続・僕の図書館戦争」が「伊賀百筆」編集部の拒否反応を誘発してしまうかもしれないな、と思われる理由はまだあって、それは、このあと、おまんこ、っつーことばが出てくる予定だ、ということなのね。
その準備として、先日、こんなエントリも用意したわけですし。▼2014年2月22日:第22回名張まちなか再生委員会役員会議事概要
で、いやー、おれもずいぶん長いこと生きてきて、なにしろこの芸風だから悪口雑言罵詈讒謗、誹謗中傷揶揄嘲笑には慣れっこになってるつもりなんだけど、さすがにひとさまからおまんこ呼ばわりされたのは2008年5月28日夜の第二十二回名張まちなか再生委員会役員会が最初で最後だぜ、みたいな流れにもってくつもりでいるんですけど、しっかしおまんこはまずいかもしれんなあおまんこは。
それにしても、なにかというと嬉々としてこういうことを口走るからだめなんだろうな、おれという人間は。
さて、先日公開いたしました「続・僕の図書館戦争」二十六ベージと一行をごらんいただければおわかりのとおり、漫才はいよいよ本題に入り、お詫びモードに突入しております。
つまりもう、どもさーせんでしたあッ、とお詫びするしかないわけです。
名張市立図書館は、開設準備の段階から乱歩関連資料を収集してまいりました、ということになっていて、それはまあそうなんですけど、実態はどうであったかと申しますと、煎じ詰めていってしまえば、古書目録で乱歩の著書や乱歩に関係のありそうな資料を購入し、それを専用の展示ケースに陳列したらいっちょあがり、みたいなことだったわけです。
むろん私は、開設準備段階とかそんな昔のことは知らないわけですけど、自分が知ってる事実にもとづいて過去を推測すると、そういうことになってしまいます。
開設準備段階において、乱歩関連資料を収集する、ということになったのなら、当然考えなければならなかったことを、まったく考えなかった。
考えなかった、と断言はできないまでも、考えた形跡がない、とは断言できます。
ここで、ふつうだったら、初代館長呼んでこいよこら、ということになるわけですけど、お願いですから、呼んであげないでほしいの。
とにかくもう、ここらのひとには、まともなことはできないの。
土地柄としてそうなの。
だから、無理なことはいわないでやってほしいの。
乱歩関連資料を収集する、というごく簡単なことが、かりそめにも資料収集を本分とする図書館にできないとはどういうことか、とおっしゃる向きもおありでしょうけど、できないものはできない。
だからほんと、無理なことはいわないでやってほしいの。
そういうことなわけです。
ことなわけです、っつったって、とてもにわかには信じていただけないような話ではありましょうから、ここらのひとはほんとになにも考えようとしないの、みたいなことを「伊賀百筆」の漫才で、いまだネットで公開してるだけのパートも含めて、豊富な具体例をあげつつ切々と訴えて現在にいたってるわけなんですけど、そもそもいったいどうしてこんなことになってしまったのかというと、もしかしたら私がいちばんいけなかったのかもしれません。
私は大うそをついておりました。
乱歩の目録の一冊目をつくったとき、名張市立図書館は開館以来、営々孜々として乱歩関連資料を収集してまいりました、つきましては、乱歩生誕百年を迎えたのを機に、目録をつくることにいたしました、みたいな流れにしたわけです。
これが大うそ。
乱歩関連資料の収集ったって、方針すらない無茶苦茶なもので、さっき記したような単なるいっちょあがりの積み重ねに過ぎませんでしたし、目録つくんなきゃ、ということなんかまるで思いつきもしない異常さだったんですけど、まさかあなた、名張市立図書館の乱歩関連資料収集なんていいだけ無茶苦茶なんですけど、ちょっと叱り飛ばしてやったところ、なにをしていいのかわかんない、と泣きつかれてしまいましたので、手前が尻ぬぐいをしてやることにいたしました、などとほんとのことを正直に打ち明けるわけにもいかんではないか。
いうならば立場上、どうしても大うそをつかなきゃならんかったわけです。
大うそといえば、あれは去年9月のことでしたか、ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会の総会で、2020年大会を東京に招致するべくわれらが安倍晋三首相が「The situation is under control」と演説したことが思い出されますけど、あれなんかも立場上、どうしてもつかなければならない大うそだったということになるでしょう。
オリンピックはぜひトーキョーで、と世界に発信するプレゼンの場なんですから、なにをどうまちがえても「フクシマイズ汚染水だだ漏れナウ」とかいえるわけがありません。
日本国を代表する人間としてあえて大うそをついた安倍晋三さんと同様に、私もいわば名張市を代表して大うそをかましたわけだったんですけど、ついた瞬間から大うそであることが丸わかりだった安倍さんとはちがって、私の大うそはばれることがありませんでした。
そりゃそうでしょ。
乱歩関連資料を収集してる図書館があって、その図書館が収集資料の目録をつくるってのは、話としてはごく自然な流れですから。
二十年も資料を収集してきて、その目録はおろか簡略なリストさえ作成してなかった、なんて発表したら、むしろそっちのほうが耳を疑う大うそに聞こえてしまいます。
しかし、じつは、私は大うそをついておりました。
とはいえ、その大うそをついた時点では、いまはうそでもそのうちうそではなくなるだろう、と私は漠然と考えておりました。
資料収集の基本的な道筋さえ明確に示しておけば、あとはふつうの図書館としてやっていけるだろうと、これまではうそだったことが、これからはほんとになるだろうと、そんな甘いことを考えていたばかな私。
しかし、お役所ってのは、私の想像をはるかに上回って、ほんとにひどいとこだったの。
お役所のみなさんがここまで、想像を絶するほどにひどいひとたちであったとは、神ならぬ身の知る由もありませんでした。
お役所のみなさんのおつむのわるさはある程度予想がついていたんですけど、ここまで徹底して責任を回避し、主体性を放棄し、当事者意識を完全にゼロにできるみなさんであったとは、お釈迦さまでもご存じなかったと思います。
「続・僕の図書館戦争」ではこのあと、名張市立図書館による乱歩関連資料の収集がいったいどんなものなんだか、豊富な具体例に笑いをまじえながら明るく楽しくお送りし、ここまでひどいとこなんですから、無理なことはいわないでやってほしいの、勘弁してやってほしいの、もうおしまいにしてやってほしいの、あたいもとんでもない大うそついたことをお詫びいたします、ほんとにどーもさーせんしたあッ、みたいなことをお願い申しあげつつ、なんの方針もなくやみくもに集めてしまった乱歩関連資料と名張市立図書館がここまで異常な図書館であるということをご存じないかたから頂戴した寄贈図書、すでに所蔵しているこれらの資料をどうするのか、現館長のご意向もお聞かせいただきつつ、最終的には名張市という自治体の、つまりは市長責任を問う、というところまで筆を進める予定です。
市長責任といえば、以前にもお知らせしましたけど4月6日に迫った名張市長選挙、無投票にはならずに済みました。
▼伊賀地域タウン情報YOU:名張市長選 浦崎陽介市議が出馬表明(2014年3月15日)
いやー、よかったよかった。
伊賀市議会に田中覚先生あれば、名張市議会にはこの先生あり。
名張市議会随一の武闘派の先生が、議員バッジを投げ捨てて、勇躍立候補してくださることになりました。
よかったよかった、ほんとによかった。
ここ名張市では県議会議員選挙が二期つづけて無投票、ということは「伊賀百筆」第二十三号の漫才にも書きましたけど、このうえ市長選挙まで無投票、ということになってしまったら、名張市ってほんとに腐ってるよね、ということを世にひろく知らしめてしまうことになりますから。
いやまあ、実際に腐ってる、腐りきってるわけですけど。
ですから、名張市立図書館による乱歩関連資料の収集も、腐りきった土地で、腐りきった公務員が、信じられないほど腐りきったことをやっております、という具体例のひとつにほかならないわけで、そんなようなあれこれについて、地域雑誌という舞台をお借りして切々とお訴え申しあげたいなと思ってるわけなんですけど、よく考えたらこれ、地域社会だけではなく、むしろひろく全国にお届けするべき情報だと判断されますから、そのためには「伊賀百筆」第二十四号に「奇譚(抄)」と「続・僕の図書館戦争」、抱き合わせでどーんと一挙に掲載してもらえれば、「奇譚(抄)」を読みたいな、と思ってお買い求めいただいたみなさんに、「続・僕の図書館戦争」を通じて名張市立図書館の、というか名張市の、ひいては伊賀地域のありのままの姿を全国発信できることになります。
しかし、「奇譚(抄)」で百ページ、「続・僕の図書館戦争」で百ページ、ひとりでざっと二百ページも誌面を占拠するなんて、どう考えても不可能だなあ。
となると、思いどおりの誌面を実現するためには、自分で雑誌つくんなきゃしかたない、ということになるわけですけど、そんなこと考えはじめると頭おかしくなってきそうですから、横道からもとに戻って、『奇譚』のおはなしをつづけます。
つづきます。
Posted by 中 相作 - 2014.03.20,Thu
ひらやまさんから懇切なアドバイスを頂戴いたしました。
▼2014年3月18日:『奇譚』の話のつづきですけど > 無題(2014年3月18日)ありがたくも心強いことで、なんとかものにしないとな、とあらためて思っております。
とりあえず、今秋発行予定の「伊賀百筆」第二十四号に、「奇譚(抄)」というかたちで掲載していただけないものか、と考えているわけなんですけど、ひらやまさんへのお答えにも記しましたとおり、これはやっぱり他人のふんどしで相撲を取るようなことではあり、しかも、「奇譚(抄)」は「伊賀百筆」の誌面になじまないような気もいたします。
「伊賀百筆」というのは、おもに伊賀地域、つまり伊賀市と名張市に住む人間が、伊賀にかかわりのあるテーマで稿を寄せ、伊賀地域の人間が買って読む、という地域完結型のメディアなんですけど、かりに「奇譚(抄)」を載っけてもらいましたー、ということになったとしても、そりゃぜひ読まなきゃ、と思ってくれるひとは、もしかしたら伊賀地域にはひとりも存在しないかもしれません。
むろん視野を全国にひろげれば、「奇譚(抄)」を読みたいと思ってくれるひとは必ずあるはずで、だからこそ私も、あッ、あッ、眼が急速にわるくなってるッ、とか自覚しながら文庫版『奇譚』の収録写真とにらめっこする日々を重ねたわけだったんですけど、掲載を「伊賀百筆」にお願いするのはちょっと無理筋かもしれんなあ、と内心ではやはり躊躇も感じております。
あと、流通の問題もあって、きょうびのことですからアマゾンで簡単に購入できる、ということにしておかないと読者にたいして不親切だ、とは思うのですが、これもひらやまさんへのお答えに打ち明けましたとおり、「伊賀百筆」編集部にそのことをお伝えするのを失念してしまっておりました。
こちらのもくろみとしては、「伊賀百筆」の印刷を担当している印刷業者に依頼してアマゾンで販売してもらえたらいいんだけど、ということになるわけで、その印刷屋さん、アマゾンでたとえばこんなのを販売しております。
▼Amazon.co.jp:伊賀流忍術マグカップ「絵変りの術」
しかし、流通よりはまず掲載のことを心配するべきではあり、もしも「伊賀百筆」第二十四号の誌面を百ベージ近く「奇譚(抄)」で占拠するとなれば、第二十三号からひきつづく漫才「続・僕の図書館戦争」の掲載は、やっぱあきらめなければならんのではないか。
もとより「奇譚(抄)」よりは「続・僕の図書館戦争」のほうが、伊賀の人間が伊賀をテーマに、という「伊賀百筆」のコンセプトにしっくりくる内容ということにはなるのですが、しかしなあ。
ちなみに、第二十四号用の漫才がどこまで書けてるのか、と申しますと、以前ごらんいただいたところから二ページと一行、進んだだけなんですけど、とりあえずこんな感じです。
ざーっと読み返してみて、われ思いますに、かりに「奇譚(抄)」の話がなかったとしても、伊賀市の芭蕉生誕三百七十年記念事業を、というより、どうやらそこらの高校生程度の社会常識ももちあわせていないらしい官民双方の芭蕉生誕三百七十年記念事業の関係者を、ここまで徹底的におちょくりまくっているわけですから、これじゃ「伊賀百筆」編集部の内部にも拒否反応が出てくるかもしれません。
あるいは、たとえば伊賀市議会議員の先生がたから、おんどれやあほんだらこらおんどれやあほんだらこらおんどれやと、私のみならず「伊賀百筆」までがお叱りを受けてしまう可能性も考えられます。
こんにちはッ。
暴行ならおれにまかせろッ。
元三重県議会議員にして現伊賀市議会議員の田中覚でございますッ。
とか、伊賀市議会随一の武闘派の先生からお叱りをいただいたりなんかしたら、あたいいったいどうしよう。
いやー、どうなるのであろうなあ。
Posted by 中 相作 - 2014.03.18,Tue
ご声援、どうもありがとうございました。
▼スポーツ報知:【レスリング】沙保里、父・栄勝さんに「優勝したよ、ありがとう」(2014年3月16日)なにはともあれ、よかったよかった。
気がつけばずいぶん春めいてきていて、拙宅の庭にある梅の木も、きのうのお昼にはこんなあんばいでした。
よかったよかった。
いっぽう、あんまりおよろしくないのが『奇譚』の件なんですけど、そんなこんななわけですから、いきなり本にするのはちょっと難しいかも、ということになりました。
名張市立図書館ならずとも、どっかの出版社が『奇譚』出版の企画を立て、『奇譚』みせてくんない? と関係方面に依頼する、ということでも話は進むはずなんですが、そんなこと企画してくれそうな出版社があるものかどうか。
じゃ、おまえがやれば? とお思いの諸兄姉もおいでかもしれませんけど、私がいわゆるひとり出版社をでっちあげてことを進める、なんていうのはとてもきつい話で、試みに「ひとり出版社」でグーグル検索してみたところ、トップでヒットしたのがこんなんでっせ。
▼岩田書院:新刊ニュース裏だより > No.685(2011.5)【殉死・失踪・病死-ひとり出版社の終わりかた①】
こういう世界は、やはり敬して遠ざけたいものだと思います。
いやー、乱歩生誕百二十年ってのも、なかなか大変じゃねーか。
とか思ってたら、昨日、立教大学関係者のかたから『奇譚』の現物にかんするメールを頂戴いたしました。
ご教示いただいたところによれば、『奇譚』は立教大学図書館の貴重書庫で厳重に保管されているものの、いたみがかなり激しくて、手で触れるのも怖いくらい、とのことです。
だとすれば、『奇譚』の現物をと見こう見、ためつすがめつなんかしたりした日には、貴重な乱歩の遺産を破損してしまうことになるかもしれません。
うーむ。
もっとも、『奇譚』の閲覧を申し込むことは可能だそうで、書面で申請すれば、運営委員会で検討され、諾否をご回答いただけるそうです。
とはいえ、出版のあてもめどもない一介の不審者では、OKをいただける可能性はほぼゼロに近いみたいだな、という感じではあります。
ともあれ、いきなり本にするのは断念するとして、だったら、雑誌に掲載することはどうであろうか、と考えてみたのですが、つきあいのある雑誌といえば地域雑誌「伊賀百筆」しかありませんから、とりあえず先日、ついこのあいだの土曜日のことですけど、「伊賀百筆」編集部に、『奇譚』載せてくんない? と打診してみました。
ただし、全文収録ではさすがに長すぎる、と思われましたので、抄録というかたちにして、試しに組んでみた数ベージ分のPDFファイル、トンボつきでプリントアウトして提出し、なんとかお願いできませんか、とお聞きしてみた次第です。
ちなみに、著作権の問題にはいまだノータッチで、もしも「伊賀百筆」に掲載してもらえるとなれば、そのあとでご遺族にご承諾をお願いする運びとなります。
『奇譚』の活字化にあたって、いやまあ、厳密にいえばいまや活字はほぼ姿を消してますから、活字化、っていってしまうのはおかしなことなんですが、活字化、といってしまっても意味は通ると思われますから、活字化、ということばを使用して話を進めますけど、活字化における問題のひとつは、乱歩自身がマージンや余白に書き込んだ追記や注記をどう扱うか、ということでした。
結局、そのたぐいの記載は脚注で処理する、ということにいたしました。
脚注、すなわちフットノートというよりは、むしろサイドノートと呼ぶべきなんですけど、いったいどんなものなのか、「伊賀百筆」の誌面に合わせて組んでみた見本、ここでお目にかけたいと思います。
扉も入れて十一ページ分、ごらんいただいたわけですけど、抄録といったって第十四章「The Latest Detective Stories」まで、つまりヴェルヌとウェルズならびに暗号論を割愛するだけで、あとはみんな収録したいなと欲の深いことを考えておりますので、第十四章までテキストをざーっと流し込んでみましたところ、それだけで九十ページほどになってしまいました。
うーむ。
誌面設計にあたっては、読みやすさをキープしながら誌面の節約につとめる、ということを心がけましたので、これ以上、文字を小さくしたり行間を詰めたりしてページ数を節約することは、いまのところ考えておりません。
ちなみに、もしも掲載されることになったなら、
「誌面設計・組版:犬の小春」
というクレジットを入れることになっております。
しかし、かりに掲載していただけることになったとしても、まだいくつか問題はあるわけで、そのうちのひとつは、「奇譚(抄)」だけで百ページ近く誌面を占拠してしまうとなると、そのうえさらに漫才まで、なんて欲の深い真似はとてもできねーな、ということです。
去年出た「伊賀百筆」第二十三号では、次号につづく、と予告しておいたというのに、こんなことではまずいではないか。
うーむ。
忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず、か。
なにが忠でなにが孝なんだかはよくわかりませんけど、平重盛みたいな心境です。
いやー、乱歩生誕百二十年ってのも、ほんとになかなか大変じゃねーか。
Posted by 中 相作 - 2014.03.16,Sun
乱歩生誕百二十年の年ももう、とかなんとかいってるあいだに、遠縁の娘がとんでもない悲運に見舞われてしまいました。
が、なんとか気丈に立ち直ってくれたようです。▼スポーツ報知:【レスリング】沙保里、涙こらえ練習再開!父・栄勝さん火葬見届けず(2014年3月15日)
▼スポーツ報知:【レスリング】沙保里、父直伝魂のタックル!「一緒に戦った」圧勝発進(2014年3月16日)
ご心配いただいたかたもいらっしゃるかと拝察いたしますが、遠縁の身から謝意を表します。
今後ともひきつづき、温かく見守ってやっていただければと思います。
いまだにどんな縁戚関係なんだか、じつはよくわかってはいないんですけど、とにかく遠縁にあたる人間から、お礼とお願いを申しあげる次第です。
しかし、亡くなったお父さんとまったく同世代の身としては、ひとごとではないな、とあらためて痛感されます。
あらためて、と申しますのは、著名人であれ、身近な人間であれ、同世代がもうばたばた逝ってる、という印象があるからで、妙に気が焦ります。
ご注意ください、ご同輩。
さて、乱歩生誕百二十年の春、ポプラ社からこんな本が出ます。
▼ポプラ社:「少年探偵団」大研究 上巻・下巻
詳細はいまだ不明ながら、3月19日配本予定、とのこと。
乱歩令孫、平井憲太郎さんが監修をおつとめですが、実働部隊は平山雄一さんと住田忠久さんだと聞き及んでおります。
定価は一冊が本体三千五百円とのことで、たっけーなー、とお思いの諸兄姉もいらっしゃることでしょうが、どうせお買い求めになるのなら、理不尽きわまりない消費税の増税前にぜひどうぞ。
もうひとつ、乱歩生誕百二十年の春を飾る一冊、藍峯舎の豪華本『黒蜥蜴』のほうは、公式サイトでの第一報のあと、続報の告知がまだありません。
▼株式会社藍峯舎:Home
内部情報をちょこっとリークしておきますと、私の原稿はすでに校了となっておりますので、遠からず続報が発信されるのではないかと思われます。
もうしばらく、首を長くしていてくださいな。
あと、乱歩生誕百二十年記念、というわけでもないのですが、というか、そういうふうにしていただこうかなと考えているのですが、5月17日の土曜日、徳島県は北島町立図書館・創世ホール二階ハイビジョンシアターで開かれる海野十三の会主催の十三忌講演会で、僭越ながら講師をあいつとめることとなりました。
来てね。
テーマはもちろん、海野十三と江戸川乱歩、ということになるわけですが、それではあまりにも曲というものに欠けますから、時節柄、というよりは、なんか世の中そこそこおかしくなってね? みたい感じがしないでもない昨今の世情に鑑み、ここはひとつ、海野十三の戦中日記にスポットを当てつつ十三と乱歩をながめてみる、みたいなことにでもしようかなと思案しております。
ですから講演タイトルは、むろん眼を通したことはなけれども、おかしくなりまさる世の中を鏡のように映し出して驚異の大ベストセラーになっているらしい『永遠の0』たらいう小説のむこうを張って、「永遠の十三」でどうよ。
いやまだ決まってはいないんですけど、そんな感じで行こうかなと考えている最中、しかしそろそろ決定して、海野十三の会にお知らせしなければなりません。
ちなみに、講演会の開演は午後2時30分。
むろん、夜には、狂瀾怒濤の徳島大宴会が予定されております。
来てね。
いっぽう、大阪では5月にこんな催しがあるそうです。
▼e+:江戸川乱歩 朗読サロン in 中央公会堂
東京では雪で二週間ほど延期されたイベントですが、大阪では母の日に開催されることになりました。
さて、いっぽう、乱歩生誕地たる当地はどうか、ということになりますと、いまのところ、乱歩生誕百二十年記念事業の話はとんと聞こえてまいりません。
どうなっておるのか。
ようわかりません。
そういえば、『奇譚』はどうなっておるのか、とお思いのかたもおいでかもしれませんが、乱歩蔵びらきの会が乱歩生誕百二十年を記念して出してくれるのかいなというと、そんなことはまったくなく、じゃあどうよ、といいますと、なんともまだ、ようわかりません。
内容をキーボード入力してテキストに起こす作業は終えているのですが、やっぱどうしても判読できないところがあり、もしかしたら『奇譚』の現物をためつすがめつしたら判読できるようになるかもしれないとは思われますものの、というか、本にするのであればどうしても現物を確認させてもらう必要があるわけで、画像データだけにもとづいて文字を起こし、それで安易に本をつくってしまうというのでは、無謀というか、無責任というか、そうしたそしりはまぬかれないはずですし、しかもきょうびのことですから、下手すりゃあなた、捏造だずさんだ未熟だ割烹着だと非難批判の十字砲火を浴びてしまうことにもなりかねません。
では、はたして『奇譚』の現物をみせてもらえるのか。
たぶん、無理だと思います。
これが、たとえば、名張市立図書館が乱歩生誕百二十年を記念し、江戸川乱歩リファレンスブックの第四弾として、乱歩が早稲田在学中につくったリファレンスブックである『奇譚』を本にしたい、なにしろあなた、若き日の乱歩が「Curious novelノ第一ノ特徴ハ苦イ戦慄ニアルコトヲ知ラネバナラヌ」とか書いてる貴重な資料、ひろく日の目をみさせなくてどうするよ、商業出版社にゃ無理だというのなら、名張市民の貴重な税金、乱歩のためにきれいに活用させてもらいまっさ、みたいな話なのであれば、『奇譚』をみせてもらうことも可能かもしれません。
しかし、私は、いくら遠縁に世界チャンピオンがいるとはいえ、要するに一介の不審者にすぎないわけですから、出版のあてもまためどもなく、『奇譚』みせてくんない? といきなり関係方面にお願いすることなんてとてもできません。
いやー、乱歩生誕百二十年ってのも、なかなか大変じゃねーか。
苦悩しながらつづきます。
Posted by 中 相作 - 2014.03.01,Sat
うーん。
名張市の乱歩生誕百二十年記念事業と、伊賀市の芭蕉生誕三百七十年記念事業と、両者を比較検討してみるってえと、なんつーのか、少なくとも現時点では、伊賀市のほうが圧倒的に豊作である、名張市は平年作にも届かぬのではないか、という気がしてきましたので、それとはとくに関係がないようなことですけど、今秋発行予定の地域雑誌「伊賀百筆」第二十四号に寄せる漫才、最初のページのカットをチェンジすることにいたしました。当初のカットはこれ。
チェーンジッ、ってんで、こんなのにしてみました。
本文のほうは、以前お読みいただいたところまでができているだけで、そのあとはまだ一行も進んでいないのですが、伊賀市の芭蕉生誕三百七十年記念事業のネタばかりが増えてきそうで、ちょっと心配。
がんばれ名張市。
がんばれがんばれ名張市。
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