池袋駅のこれ、きょうまでの予定です。
池袋の江戸川乱歩展に行ってきました(^^) pic.twitter.com/vW0Fi5Grct
— 葉月 (@6lobe3) 2015, 2月 25
つづきまして、当地における例の一件の続報です。
▼伊賀タウン情報YOU:異議申し立て却下 厳重注意処分の柏市議 名張市議会(2015年2月25日)
名張市議会議長の吉住美智子先生、下手な逃げを打って問題をごまかしていらっしゃる印象ですけど、こうなると、やっぱ漫才のネタとして採用せんわけには行かんのやないか、という気がしてまいります。
ちなみに、吉住美智子先生のお名前を当ブログで検索いたしましたところ、こんなエントリが引っかかってきました。
▼2014年6月26日:震災がれきはすっかり風化しとるがな
さて、たまには『奇譚』の話でも綴ることにいたします。
「伊賀一筆」第一号に掲載した「奇譚(抄)」をお読みいただいたかたはすでにご存じのところですが、乱歩の『奇譚』には、序文にも本文にも、どこにも「奇譚」という言葉は使用されておりません。
乱歩は自身の嗜好に適う小説を「curious novel」と仮称して、論述を進めています。
ネットで検索して、「プログレッシブ英和中辞典(第4版)」にみえる「curious」の語釈から引いておきます。
1 (よい意味で)知りたい, 知りたがっている, 好奇心の強い[をもっている], (見聞き)したい, (…)したがる((to do));(悪い意味で)せんさく好きな;おせっかいな
2 好奇心をそそる, 不思議な, 珍しい, 奇抜な, へんてこな. ⇒STRANGE[類語]
3 ((婉曲))〈本が〉わいせつな, みだらな, 好色の(pornographic).
『奇譚』の表紙には「extraordinary」という言葉も記されていて、こちらの語釈はこうです。
1 非常な, 異常な;非凡な;風変わりな, 驚くべき;顕著な;途方もない
2 ((通例名詞のあとに置いて))〈公務員などが〉特派の;特命の
ボードレールが訳したポーの作品集『Histoires extraordinaires』を紹介したあと、乱歩はこう記しています。
ソシテ書名ハ「Histoires extraordinaires」。Curious novelヨリモコレヲ応用シテextraordinary novelノ方ガヨイカモ知レヌ。
「Histoires extraordinaires」は、異常な物語、ということになろうかと思います。
こんな本ですけど。
で、curious novelとはどういうものか、というと、序文にはcurious novelの特徴がこう記されています。
コレヲ名付クベキ文字ヲ知ラヌガ、死ト云ヒ、神秘ト云ヒ、恐怖ト云ヒ、暗黒ト云ヒ、凄惨ト云ヒ、怪奇ト云ヒ、知識ノ凄サト云ヒ、好奇的ト云フ。コレラノ概念ヲ打ッテ一丸トシタ、アル感ジデアル。
序文には「今日迄僕ハ内的文学ノ尊キコトヲ知リナガラモ、多クハplotノ奇怪ナルromanceニ趨ッタ」とも書かれていて、人間の内面や成長なんてものより、プロットの面白さのほうが重要だ、みたいなことを乱歩は主張してるわけですが、文芸ジャーナリズムにおいていわゆるエンターテインメントが全盛を迎えている現代では、乱歩のこうした主張は違和感なく受け容れられるもののようで、げんに「伊賀一筆」第一号でこの序文をお読みいただいたかたのなかには、そういった旨を記したはがきやメールをくださったかたもいらっしゃいます。
『奇譚』から七年後、乱歩は「二銭銅貨」でデビューしますが、探偵小説作家として立ったあと、curiousないしはextraordinaryという形容詞で語られていた偏愛や嗜好はどうなったのか、というと、乱歩は「探偵趣味」という言葉でそれを表現するようになります。
大正15年9月の「探偵趣味」には、こう記されています。
探偵趣味というのは、探偵小説的な趣味という意味で、猟奇趣味と呼んでも差支ない。つまり、誰かが云った奇を猟り異に耽る趣味なのだ。人間に好奇心のある間は、この趣味のすたる時はあるまいと思われる。
一方に於ては、怪奇、神秘、恐怖、狂気、冒険、犯罪などのそれ自身の面白さを意味し、他方では、それらの不思議だとか秘密だとか危険だとかを、うまく切り開いて行く明快なる理智の面白さを意味する。そんな要素が集って、探偵趣味というものが形造られている。
「誰かが云った」というのは、佐藤春夫が大正13年8月、「新青年」夏期増刊号に発表した「探偵小説小論」を指しています。
佐藤春夫がこの短い文章で探偵小説を定義した「要するに探偵小説なるものは、やはり豊富なロマンチイシズムといふ樹の一枝で、猟奇耽異の果実で、多面な詩といふ宝石の一断面の怪しい光芒で」といったくだりは『探偵小説四十年』にも引用されていますが、「猟奇耽異」には「キユーリオステイハンテング」というルビが振られていて、佐藤がcuriosityという言葉を使用していたことは、乱歩をして、わが意を得たり、という気持ちにさせたのではないかと思われます。
さて、上に引いた「探偵趣味」の冒頭には、『奇譚』からそのままひきつづいた見解が語られているようです。
『奇譚』には、数多いcurious novelないしはextraordinary novelのなかから探偵小説を抽出していった過程が記されているのですが、それは「探偵趣味」に即していえば、「怪奇、神秘、恐怖、狂気、冒険、犯罪」といった要素を「明快なる理智」に結びつける作業だったと呼べないでもありません。
「奇譚(抄)」の解題には、凄さから面白さへ、作品を評価する基準が微妙に変化している、と記しましたが、変化のきっかけはいうまでもなくポーの作品で、「赤き死の仮面」をはじめとしたミスティックな作品には凄さを認め、「黄金虫」などの探偵小説にはまさしく「明快なる理智の面白さ」を感じて、その手の面白さは後続のドイル作品でいよいよ多く語られてゆく、という寸法です。
で、「探偵趣味」に記された探偵趣味の定義をよく読むと、謎という言葉が登場していないことに気づかされます。
毎度毎度の一本ネタで申しわけありませんが、「奇譚(抄)」の解題にも引きました『幻影城』冒頭の定義、しつこくもまた掲げておきます。
探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く経路の面白さを主眼とする文学である。
この定義を書いたときはもとより、乱歩はデビュー当初から、謎という言葉にまったくといっていいほど興味を示さず、秘密という言葉に惹かれていた、ということになります。
それが証拠に、デビュー作の「二銭銅貨」は当初、「秘密小説」として構想されていました。
▼八木書店:近代文学草稿・原稿研究事典
この本の第二部「作家別事例」に収録された浜田雄介さんの「江戸川乱歩」から引用。
デビュー作である「二銭銅貨」は大正12年の「新青年」に掲載された作品だが、回想類や『貼雑年譜』によれば、大正9年に立案し、大正11年にあらためて執筆されたものである。その大正9年の立案段階における資料として、荒筋と草稿が残されている。「荒筋」は「センター通信」平成19年1月号に翻字紹介されたが、巻紙に毛筆で六七行、封筒には「秘密小説/二銭銅貨荒筋/大正九年五月十日記」と同じく筆書きされている。一方の草稿は「大衆文化」平成20年3月号(創刊準備号)に翻字されたが、手製原稿用紙二〇×一〇行一四枚ペン字で、紙縒りで束ねられた一枚目欄外に、後から付されたと思われる「(大正9年頃)」の書き込みがある。厳密な執筆順序は確定できないが、両者の内容に大きな食い違いはなく、ほぼ同時期のものとは推測される。
大正9年の時点で、乱歩はむろん探偵小説という言葉を知っていたわけですが、「二銭銅貨」を立案するにあたっては、探偵小説ではなく秘密小説という耳慣れない呼称を与えていました。
そういえば、『探偵小説四十年』の「私を刺戟した評論」には、佐藤春夫の「探偵小説小論」に言及したあと、こんなことが記されています。
この前半の探偵小説の定義はその後、私は随筆などに屢々引用している。ここに用いられた「猟奇耽異」という言葉は、その出典を知らないけれども、異様に魅力があり、後年横溝君など数人の探偵作家が寄り合った席上「探偵小説」という名称はどうも面白くない、何かこれに代るよい言葉はないだろうかという話が出たとき、右の佐藤氏の文章から思いついて「猟奇小説」「耽異小説」などの案が出た。そして、横溝君は自分の作品に「猟奇小説」という肩書きをつけたこともあるが、そんなことから、戦前にも、怪奇異常の小説を一般に「猟奇小説」と呼ぶようになり、新聞記事などにもこの言葉が常用されるにいたった。
探偵小説なんて名前は面白くない、ということは、自身の嗜好に適うcuriousでextraordinaryな物語、換言すれば猟奇耽異や異常を主題とした物語の器として、探偵小説というのはもうひとつしっくりこない、ということであったのか。
『奇譚』には「探偵小説ガcurious novel中下級ニ位置スルコトヲ否ムコトハ出来ナイ」との記述もあるのですが、ともあれ乱歩の探偵趣味は、『奇譚』の影を色濃く曳きながら、探偵小説の核であるはずの謎を欠落させたなにかしら理念のようなものとして、この国の探偵小説を牽引してゆくことになるわけです。
この項、つづきます。
2月20日付読売新聞の乱歩特集、紙面はこんな感じでした。
☆江戸川乱歩没後50年「ゾクゾクと乱歩ワールド」が! 読売新聞さんの2月20日の記事です。 pic.twitter.com/FH6RW8YNdT
— ポプラ社 (@poplarsha) 2015, 2月 24
さて、けさ、さる乱歩ファンのかたから、こんなことが記されたメールを頂戴しました。
今日のブログを拝見し、ますます乱歩没後五十年が盛り上がって来たんだなと思いました。
もっとも私は、名張市には、何の期待もしていませんが。(笑)
私のほうからもお願い申しあげておきますが、名張市にはほんと、なにも期待なさらないでください。
23日の月曜、名張市の新年度当初予算案が発表されたのですが、これがまあひどいものです。
▼伊賀タウン情報YOU:名張市予算過去最大 一般会計新年度当初案(2015年2月23日)
予算規模は過去最大、とのことですが、市税も地方交付税も減収が見込まれ、一般家庭でいえば貯金に相当する財政調整基金がすでにすっからかんですから、「水道事業会計から3億円を借り入れ」という仕儀とはなりました。
おとなりの伊賀市では、きのう、当初予算案が発表されました。
▼伊賀タウン情報YOU:2015年度当初予算案 一般会計1・5%増の435億円 伊賀市(2015年2月24日)
「市の貯金にあたる財政調整基金は15年度末の見込み額で46億8805万円。財政課は、公債費の元金償還金と市債借入額の「プライマリーバランス(基礎的財政収支)」が、15年度予算ベースで5億5106万円の黒字だと説明した」とのことです。
財政調整基金ひとつとっても、伊賀市と名張市ではこれだけの開きがあるわけで、先日も記しましたとおり、市外のひとから、いっそ財政再生団体に転落したほうがよくね? といわれたり、市議会議員の先生が、二泊三日の行政視察に出かけてる場合か? と視察をあえて欠席することで警鐘を鳴らしたり、そんなような危機的な財政状態なんですから、いくら乱歩没後五十年だからといって、名張市がその記念事業を実施する、ということはまったくないだろうと予想されます。
市民レベルでも、とくにこれといった動きはないみたいですし。
以上、乱歩生誕地からの報告でした。
さすが乱歩、さすが没後五十年。
全国紙にあいついで乱歩特集が登場しています。2月20日付読売新聞の乱歩特集は、きょうウェブ版が配信されました。
▼YOMIURI ONLINE:ゾクゾクと乱歩ワールド…江戸川乱歩、没後50年(2015年2月23日)
そうかと思うと、きょうは産経新聞にも。
▼産経ニュース:【広角レンズ】江戸川乱歩没後50年 奇想と神秘まとう不思議な魅力再発見(2015年2月23日)
もっとも、当地の本日付大阪本社発行版には、乱歩のらの字も見当たりません。
東京本社版だかなんなんだか、きょうは春陽文庫の広告も出ていたようですけど。
今日23産経新聞に没後50年乱歩特集。なぜかそこで触れられてないが別の新聞広告で春陽堂の凄い絵柄が! ほしくなるなこれ pic.twitter.com/eFFLf4mtwv
— 澤水月 (@suigetusawa) 2015, 2月 22
ちなみに当地、わが行きつけの本屋さんには、そもそも春陽文庫そのものが並んでなくて、このリニューアル版も現在、取り寄せてもらってるところです。
ほんと、なんちゅーとこに住んでんだろうな。
柏元三さんの投稿「財政非常事態が続く名張市の議員に、二泊三日の行政視察が許されるか」が掲載された2月21日付伊和新聞には、地域雑誌「伊賀百筆」を主宰する北出楯夫さんの投稿「市庁舎は改修 芭蕉翁記念館に」も掲載されておりましたので、あわせて無断転載し、北出さんのお訴えを勝手に拡散することに努めたいと思います。
簡単に背景を記しておきますと、伊賀市の市庁舎は、現在地から別の場所に移転することが決定しました。
現在の庁舎は、北出さんの投稿にもありますとおり、「図書館を軸とした複合文化施設」にする、というのが伊賀市の方針です。
これ、どうやら、佐賀県武雄市の真似をして、公立図書館TSUTAYA化作戦を進めたい、ということらしいです。
なーにやってんだか。
先日来、なぜこれが大きな話題にならないのか、と不審に思っていた名張市議会による行政視察の件でごんす。
▼2015年2月1日:トマ・ピケティにはじまる▼2015年2月6日:検閲は狡猾をきわめたり
昨日付伊和新聞に、当事者でいらっしゃる柏元三議員の投稿「財政非常事態が続く名張市の議員に、二泊三日の行政視察が許されるか」が掲載されましたので、著作権無視の無断転載とまいります。
柏元三さんはじめ関係各位にもろもろの不始末の段、ひらにご海容を願いあげつつ、この話題がさらに大きな波紋をひろげてゆくことを祈りたいと思います。
2月22日はなぜか、忍者の日、ということになったそうです。
全国各地で忍者がらみのイベントがくりひろげられる、ということは少し以前から知っていたのですが、名張市では影絵「名張忍法帖」が上演される、とはきょうのきょうまでまったく知りませんでした。▼2.22(ニンニンニン)「忍者の日」キャンペーン:Home
このだらだらだらだらだらだらだらだらとイベントが羅列されたページで紹介されているのですが、当該の告知を切り貼りしておきます。
日時は、あす22日の午後1時からと4時から。
会場は、名張市中町にある伊賀まちかど博物館はなびし庵。
作品はこれです。
▼2014年11月13日:ここらへん忍法帖四部作が完成しました
結局、去年の11月15日は、神戸でおこなわれた北村薫さんと有栖川有栖さんの対談にも、「名張忍法帖」のお披露目にも足を運ばず、自宅でひたすら「伊賀一筆」第一号の詰めに没頭しておりましたっけ。
「名張忍法帖」のフライヤーはこちらです。
こんなフライヤーもあります。
はなびし庵のサイトはこちら。
▼伊賀まちかど博物館 はなびし庵(すみた酒店):Home
全国の忍者ファンのみなさんは、お誘い合わせてぜひどうぞ。
1月24日付の日本経済新聞文化面につづいて、2月16日付朝日新聞の文化面でも、没後五十年にちなんで乱歩の特集が組まれました。
ウェブニュースは、冒頭だけお読みいただけます。▼朝日新聞:(文化の扉)はじめての江戸川乱歩 奇想、不況期に響いた異世界(2015年2月16日)
紙面は、こんな感じです。
気になる新聞記事を切り貼りする人力スクラップがいまだに治らないんですが、そんなわけで本日の朝日文化面は江戸川乱歩でした。佐野四郎さんのお言葉もあるよ。 pic.twitter.com/2e8INJKODs
— あこ (@Peafowl598) 2015, 2月 16
以上、お知らせでした。
二日連続で深酒をして、ようやく回復してきたみたいです。
少しはお酒を控えたほうがいいのかな、とも思いますけど、なんかもう流れでだーっと行ってしまいますから、結局は控えるもなにもわけがわかんなくなってしまいます。さて、名張市郷土資料館のことなんか、知ーらないっと、とかいってたら、こんなニュースが報じられました。
▼伊賀タウン情報YOU:【総合】古瓦など考古史料130点 上野歴史民俗資料館で企画展 伊賀市(2015年2月12日)
岡田栄吉という郷土史研究家の名前が出てきましたが、その岡田栄吉の先生にあたる佐々木弥四郎という旧制中学校の教師にしてやはり郷土史家だった人物の文章を、ちょっとした必要から部分的に書き起こしたばかりですので、これも神仏のお導きか、一部を掲載して、名張市郷土資料館開設に資するところあらばさいわいなり。
まず、明治44年執筆の「伊賀古代氏族考」から。
夫れ人孰れか故郷を愛せざるものあらむ、孰れか郷土の美を説かざるものあらむ、更にその来歴を尋ね、殊に先人活動の事蹟を知らむか、追慕敬愛の念勃然として湧起せむ。斯くして吾人その間に稟くる感化や、誠に大なるものあるべし。是即郷土史研究の利益にして、又必要なる所以なりとす。而て吾人の特に古代研究の必要を感ずるは、時代遼遠に属し、文献の徴すべきもの少く、遺跡年を逐うて湮滅に帰せむとするを以てなり。此時に当り大に講究を遂げ、以て古代史の闡明に努め、併せて遺跡の保存を講ずるは蓋し目下の急務たり。
つづいて、大正3年執筆の「伊賀の国宝」から。
人は何人も故郷を愛せぬものはなく、故郷の美を語らぬものはない。蓋し是人間の通性であらう。然り人は確に愛郷の通性を有する。同時に故郷を研究し、故郷の美を発揚すべき義務がある。然るに遠い異邦の変遷興亡に委しい人が、却て郷土の来歴に迂闊な類は世間その例なしとは言はれぬ。
近時一般に郷土研究の唱導せられるのは、是等の欠陥に対する警告の声では無からうか。而も其の必要の次第に認識されるやうになつたのは、固より当然のことではあるが甚だ喜ぶべき現象である。
全文はこちらでどうぞ。
▼近代デジタルライブリー:伊賀史の研究三十年
しかし、名張市郷土資料館関係者のみなさんにこんなことを説いてみても、しょせんは馬の耳に念仏か。
▼伊賀タウン情報YOU:郷土資料館4月開館へ 旧錦生小の跡地利用 名張市(2015年2月3日)
このウェブニュースを読むかぎり、レベルの低さは覆うべくもない、という印象をぬぐえませんが、それもいたしかたありません。
資料館が必要だ、というところからではなくて、廃校になった小学校の校舎をなんとかしなくちゃ、というところからスタートした話ですから、郷土資料関係のありもの寄せ集めて資料館でもつくっとくか、みたいなレベルにとどまるしかないのは当然のことです。
名張市立図書館が所蔵している郷土資料とどうリンクさせるのか、みたいなことも気にはなりますが、とにかくもう、知ーらないっと。
さて、郷土資料館のほかにも、不正支出問題、行政視察問題、その他いろいろ、面白いネタを満載しながら衰退一直線の道をひた走る名張市ですが、そういうのは全部ほっといて、「僕の図書館戦争完結篇」を進めたいと思います。
しかし、なんか、みんな、関連してるような気もしますから、というか、お役所が抱える問題は行政運営のあらゆる局面に普遍的に潜在しているわけですから、関連しているのは当然といえば当然で、たとえば、名張市郷土資料館のプランには、どこか名張市立図書館による乱歩関連資料の収集に通じるものがあるのではないか。
つまり、体系性への顧慮というものが、まったくといっていいほど存在しないのではないか、と愚考される次第ですが、まあ、もう、ほんと、どうだっていいや。
きょうもそろそろお酒にしよっと。
惜しい。
じつに惜しい。地域雑誌「伊賀百筆」の付録雑誌「伊賀別筆」に掲載する漫才で名張市郷土資料館とやらをおちょくってやれないのは、返すがえすも惜しいことです。
「伊賀一筆」第一号をお読みいただいたみなさんには、名張市の行政運営がいかにでたらめであるかということが、みごとなまでの大失敗に終わったまちなか再生事業の紹介を通じて、かなりよくおわかりいただけたのではないかと思います。
たしかによくわかったけど、それにしても、あっちで、
「名張地区に歴史資料館をつくりまーす」
といったかと思ったら、こっちで、
「錦生地区に郷土資料館をつくりまーす」
といってしまう名張市って、いったいなに? とお思いのかたもおいでかもしれませんけど、「伊賀一筆」第一号で微力ながら委曲を尽くしましたとおり、要するに、なにも考えてないわけです。
自治体としてのグランドデザインなんてだれも考えてなくて、思いつきと丸投げでその場しのぎをしてるだけです
その場しのぎを際限もなくくり返してるだけです。
うわっつらをとりつくろってるだけの話です。
もうどうしようもありません。
ではここで、やや趣向を変えて、名張市にある歴史資料館のたぐいをご紹介申しあげたいと思います。
ざーっと検索してみたところ、こんなページがありました。
▼三重の文化:みえの歴史街道 > 三重県の歴史街道 > 初瀬街道 資料館・博物館
名張市の施設では、夏見廃寺展示館、名張藤堂家邸跡、名張市郷土資料室、このみっつが紹介されています。
ちなみに、名張まちなか再生プランで「初瀬街道沿いの最もまとまりのある町並みの中にある細川邸を改修して歴史資料館とします」とされていた旧細川邸やなせ宿は、なにしろ資料館ではありませんから、このページでは相手にされておりません。
みっつの施設、適当に検索してリンクしときますね。
▼観光三重:夏見廃寺跡・夏見廃寺展示館
▼観光三重:名張藤堂家邸跡
▼観光三重:名張市郷土資料室
最後の名張市郷土資料室は、「検索結果がございません」とのことです。
どの施設も閑古鳥が鳴いてますから、いつでもじっくりお楽しみいただけます。
錦生地区に誕生する名張市郷土資料館とやらが、閑古鳥の鳴き合わせに新たな戦力として加わらぬことを切に願いつつ、ここでアドバイスをひとつ。
錦生地区に郷土資料館をつくるというのなら、錦生は黒田荘の中心だったわけですから、荘園というテーマに重点を置くのはどうでしょうか。
▼コトバンク:黒田荘
つまり、名張と奈良、あるいは東大寺との結びつきを前面に打ち出して、資料館の売りにすれば面白いと思うんですけど。
関係者のみなさんは、とりあえずこの本でも読んで、勉強なさるのがいいのではないかしら。
▼岩波書店:中世的世界の形成
しかし、まあ、関係者のみなさん、ったって、要するに、名張市役所のみなさん、というわけなんだからなあ。
とても無理だろうなあ、ということは、「伊賀一筆」第一号をお読みいただいたみなさんには、よくよくご理解いただけるものと思います。
知ーらないっと。
どう考えてみても、「伊賀百筆」付録雑誌「伊賀別筆」の漫才に、名張市郷土資料館とやらの話題を盛り込むのは無理みたいです。
とりあえず、一ページ目は埋めてみました。ごらんいただきましたとおり、「僕の図書館戦争完結篇」は実録路線となっておりまして、あんなかた、こんなかた、いろんなかたに実名でご登場いただいてますけど、一ページ書いただけだというのに、話の筋が早くも名張市立図書館とは関係のない方向へスライドしつつあります。
こんなことでは、名張市郷土資料館とやらをおちょくっとる余裕はとてもないぞ。
ネタはまだあって、1月31日付の伊和新聞に面白い記事が掲載されてました。
「開かれた議会を目指して」という大見出しのもと、名張市議会による議会報告会のもようが報じられてるんですけど、前文と袖見出し、スキャンしてみます。
「旧町に歴史資料館を」とはなにごとか、と私は思いました。
本文の当該部分、スキャンしときますね。
なんなんだろうな。
名張地区まちづくり推進協議会の役員さんが、
「名張市に住んでいる団地の人の感想を聞くと、『名張は自然環境が素晴らしく、住むのに快適だ。名張市に住む以上、名張の歴史を知りたい。しかし、郷土資料の展示場所がない』といわれる。名張市は歴史資料を市民に見せず、保存している。歴史資料館を藤堂邸横の元市史編纂室を当ててはどうだろう」
とおっしゃったそうなんですけど、なんなんだこれは。
このプランをみてごらんなさい。
▼名張市:名張まちなか再生プラン
「初瀬街道沿いの最もまとまりのある町並みの中にある細川邸を改修して歴史資料館とします」
と書いてありますがな。
名張地区まちづくり推進協議会の役員さんともあろうかたが、旧細川邸やなせ宿は歴史資料館として整備された、という事実をご存じないとはなにごとじゃ。
これを要するに、旧細川邸やなせ宿は、お膝元の名張地区住民にさえ、歴史資料館として認識されていない、ということじゃ。
じゃ、あれは、いったいなにか。
最初っからゆうとるとおり、無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館、それ以外のなにものでもありゃせんのよ。
なおかつ、「名張市は歴史資料を市民に見せず、保存している」というのも、明らかな事実誤認じゃ。
これをみてごらんなさい。
▼名張市:名張市郷土資料室の管理運営に関する要綱
こんなふうに書いてありますがな。
(目的)
第1条 この要綱は、次の場所に暫定的に設置する名張市郷土資料室(以下「資料室」という。)の管理運営等について必要な事項を定めることを目的とする。
設置場所 名張市桜ヶ丘3088番地の91
(管理)
第2条 資料室は教育委員会が管理する。
(利用)
第3条 資料室は、文化遺産の収集・保存・展示及び調査研究することにより、郷土の正しい理解と郷土愛の涵養を図る生涯学習の場として市民の利用に供する。
2 資料室の利用時間は次のとおりとする。ただし、教育委員会が必要と認めるときはこれを変更することができる。
午前9時から午後4時30分まで
(休室日)
第4条 資料室は次の日に休室する。ただし、都合により変更し、又は臨時に休室することができる。
(1) 土曜日
(2) 日曜日
(3) 国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する日
(4) 12月28日から翌年1月4日までの間
ちゃんと公開しているあるよ。
「市民に見せず」とか、適当なこと口走ってドヤ顔かましてんじゃねーよ。
ついでだから、もうひとつゆうといたるけど、郷土資料だの歴史資料だの、そんなものいくら眺めたところで、それで郷土の歴史が理解できるというものではまったくない。
ちっとは勉強しましょうね。
しかし、それにしても、あらためて実感いたしますけど、名張市ってのは、ほんとにどうしようもありません。
細川邸を再利用したいんですけど、なにがいーでしょーかー。
歴史資料館がいーと思いまーす。
錦生小学校を再利用したいんですけど、なにがいーでしょーかー。
郷土資料館がいーと思いまーす。
とか、こんな真似をいくたびくり返せば、気が済むというのであろうな。
みたいなことで、漫才のネタがごろごろ転がってくれてるわけなんですけど、「伊賀百筆」付録雑誌「伊賀別筆」の漫才にあれもこれもと詰め込んだら、本誌より付録のほうが分厚くなってしまうであろうしなあ。
いやー、困った困った。
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