乱歩没後五十年企画、続々と登場してまいります。
きょうあたりから書店に並んでいるのは、マニア魂が全篇に横溢するこの一冊。▼洋泉社:乱歩ワールド大全
まだ拝読してはおりませんが、「類別トリック集成」にもとづいて乱歩作品を体系化する第三章など、年季の入った乱歩ファンでなければなしえない試みも盛り込まれ、今出来の没後五十年企画とは歴然と一線を画しております。
とかいってるあいだに、乱歩没後五十年の年も、もう3月下旬。
当地では梅といえば奈良県の月ヶ瀬なんですけど、足を運ぶ機会もないまま拙宅まわりの梅を愛でていたところ、きょうはもうこんな感じ。
的皪たる梅花、とはこのことか。
紀田順一郎さんの新刊『幻島はるかなり』の話題、ふたたびお届けいたします。
▼紀田順一郎のホームページ:私の新刊・掲載誌 > 紀田順一郎 『幻島はるかなり』(2015年1月9日)▼松籟社:幻島はるかなり
先日は通り一遍の感想をあっさり省いてお薦めいたしましたが、それではあまりにも愛想がないなと思われますので、小西昌幸さんが北島町立図書館・創世ホールの「文化ジャーナル」3月号にお書きになったレビューをお読みいただきたいと思います。
▼北島町:創世ホール通信・文化ジャーナル > 平成27年03月号 (PDF 855KB)
「新刊紹介◎紀田順一郎『幻島はるかなり』」だけ、切り貼りしておきます。
ちなみにこの本、当地の書店には並んでおりませんでしたので、行きつけの本屋さんに取り寄せてもらったのですが、むろんアマゾンでも購入することができます。
▼Amazon,co.jp:幻島はるかなり
「推理小説、幻想文学の世界 思い出の人々」の「中島河太郎」には、1999年6月1日、帝国ホテルで催された「故中島河太郎(中嶋馨)先生お別れの会」のことが出てきますが、私が初めて、というか、たった一度だけなんですけど、紀田先生をおみかけしたのはこの会でのことで、そういえば、小西さんとお会いしてご挨拶を申しあげたのも、やはりこの日の会でのことでした。
往事渺茫都似夢、というしかありません。
まず、通販のお知らせです。
【通販案内】遅くなりましたが『PHOENIX第133号』の通販を始めました。こちら「江戸川乱歩先生生誕120周年企画」と「探偵これくしょん」の二大特集となっております! http://t.co/47DAe7xgV8 pic.twitter.com/kyin7tiRVe
— ワセダミステリクラブ (@wasemisu) 2015, 1月 28
つづきまして、仁義なき図書館戦争松阪死闘篇の話題ですが、松阪市長さん、あっさり敗退なさいました。
▼中日新聞:松阪の山中市長が政界引退を明言(2015年3月11日)
▼47NEWS:松阪市長が政界引退表明 図書館改革で議会と衝突(2015年3月11日)
▼毎日新聞:松阪市長:「政界引退」表明…図書館関連予算否決され(2015年3月11日)
▼朝日新聞:三重)松阪市長が政界引退を示唆 図書館改革案は否決(2015年3月12日)
▼中日新聞:市長選の再出馬、松阪市長が否定(2015年3月12日)
松阪市長さんがどんな図書館改革を進めようとしていらっしゃったのか、あまりよくわからないんですけど、とにかくPFI、つまりPrivate Finance Initiative、要するに公共施設なんかの建設、維持管理、運営に民間の資金やノウハウを活用すっぺ、という手法で図書館整備を進める、というのが市長さんのお考えであった。
しかし、きのうの松阪市議会で、それが蹴られました。
朝日新聞の記事には、「図書館の青写真がないままPFI前提で進めるのは疑問」という市議会側のコメントがみられますが、この発言から推測するに、松阪でもやっぱ公立図書館TSUTAYA化作戦が進んでいたんじゃね? と思わざるをえません。
そういえば、松阪市長の山中光茂さんは、公立図書館TSUTAYA化作戦の元凶にして前武雄市長の樋渡啓祐さんと仲がおよろしかったみたいで、ざーっと検索してみたところ、こんなブログ記事が。
▼樋渡啓祐物語(2005年5月-2015年2月):山中光茂が勝った!(2013年1月27日)
このエントリに掲載された写真、奥が樋渡さん、手前が山中さん、その斜めうしろにいらっしゃるのは熊手一本八億円でおなじみの渡辺喜美さんではないかしら。
樋渡さん落選、山中さん引退表明、渡辺さん落選、ってんですから、なんとも縁起のわるい写真です。
それにしても、公立図書館TSUTAYA化作戦で手柄を立てたがる市長さんが、なぜか引きも切らないみたいです。
【告知】 #公設ツタヤ問題 について。追従する自治体が、自治体としてあまりにも無思慮に、武雄市の轍を踏んでいることに驚いています。武雄市で、住民監査請求や住民訴訟がまだ起きていないのは、あのやり方が法的に正当だったからではなく、単に、前提となる開示請求に未だ応じていないからです。
— MAEDA Katsuyuki (@keikuma) 2014, 11月 24
ほんとに驚いてしまいます。
武雄市の事例(図書館のTSUTAYA化)は特殊、ってtweet見かけたのだけど、すでに多賀城市だったり海老名市だったり小牧市だったりで話が進行しているのを知らないと特殊に見えるんだろうなぁ…。 #公設ツタヤ問題
— Soukaku (@Soukaku) 2015, 1月 27
もうじき、伊賀市の名も加わると思います。
「施設を作って観光客が呼べれば良い」と考える方もいるかも知れません。地域の活性化につながると。果たしてそうでしょうか。「にぎわい」と「にぎやかし」は違うんじゃないでしょうか。ぜひ、みのり市の話を読んで頂きたいです。 http://t.co/oJHCnLd5Mx #公設ツタヤ問題
— MAEDA Katsuyuki (@keikuma) 2015, 1月 28
にぎわいとか、活性化とか、そういったお題目を掲げた事業はみごとなまでの大失敗に終わる、というのは、名張市のまちなか再生事業が如実に証明しているところです。
結局、こういった、市民に対して秘密で話を進めることとか、市民に対する弾圧とか、特定業者との癒着とか、そういう仕組みをセットにして、武雄市から全国の自治体に輸出されているんですよ… > RT #たけお問題 #公設ツタヤ問題
— MAEDA Katsuyuki (@keikuma) 2015, 2月 20
自慢じゃありませんけど、わざわざ輸出していただかなくても、われらが名張市は癒着結託を行政運営の柱としております。
武雄市図書館(という名前の何か)は、休館日を用意しないで図書館としての機能を維持することが困難であることを、目に見える形で示しているわけですから、後続自治体は、図書館風の商業施設は、図書館を兼ねないということを認識すべきだと思います。 #takeolibrary #公設ツタヤ問題
— MAEDA Katsuyuki (@keikuma) 2015, 2月 24
休館日なし、とは知りませんでした。
…武雄市は、市税だけでなく合併特例債も入ったこの改修工事の積算資料の公開を「図書館運営のノウハウ」が漏れるからということを理由に挙げ、未だに拒否しています。つまり、未だに市民や国民の検証ができていない事業です。これを真似て推進する自治体のトレーサビリティや如何。 #公設ツタヤ問題
— MAEDA Katsuyuki (@keikuma) 2015, 3月 8
だから松阪市の場合も、図書館改革の青写真をきっちりトレースすることができなかったのかもしれません。
青写真、ってことば、なんか、ひさしぶりでつかいましたけど。
遅ればせながら、紀田順一郎さんの『幻島はるかなり』、読了いたしました。
▼松籟社:幻島はるかなり読みどころのとても多いクロニクルで、江湖の読書子にひろくお薦めする次第ですが、通り一遍の感想はあっさり省き、読み終えて心に残ったことを二点だけ。
まず、『幻島はるかなり』と比較してみると、乱歩のクロニクルたる『探偵小説四十年』の戦略性があらためて、いよいよ強く実感されてくる、というのが一点。
それから、本文のあとに「推理小説、幻想文学の世界 思い出の人々」として、人生の軌跡を交錯させた故人十六人の思い出が綴られているのですが、その最後、竹内博さんの項を読み終えて、異様なほど痛切な感慨をおぼえた、というのが二点目。
この結びは明らかに、この稀有な一冊の全体を照射している、という印象を抱きました。
竹内博さんについては、以前にもご紹介いたしましたが、小西昌幸さんのコラムをどうぞ。
▼フクロムシ&コブクロムシ怪獣なんでも研究所:新聞コラム 「哀悼・竹内博さん」(2011年7月13日)
『幻島はるかなり』の「竹内博」は、こんなふうに結ばれています。
間もなく、闘病中の竹内さんから手紙がきた。生涯を賭けて収集した雑誌をすべて、然るべき蔵書機関に有償で引き取ってもらいたいが、どこか紹介してもらえないかというのである。私は暗然とした。当時私の関わっていた文学館では、予算不足のために動いてもらえないことはわかっていた。しかし、資料を絶対に散逸させず、公開したいとする意思は貴い。できる限りの協力を約したが、このときほど自分の無力を感じたことはない。
二〇一一年六月二十七日、多臓器不全のため東京都八王子市の病院で亡くなったときは、まだ五十五歳であった。その少し後、生前に投函されたらしいハガキが届いた。それには蔵書の一部を大宅壮一文庫に無償で寄贈したとあった。
哀切きわまりない結び、それも「竹内博」の項のみならず、『幻島はるかなり』全体に嫋々たる余韻を響かせる幕切れですが、それはそれとして、いやまいったな、この本に「ミス研第一号」としてその草創が溌溂と語られている慶應義塾大学推理小説同好会のOB会から「然るべき蔵書機関」として蔵書の寄贈を受けたのは、「伊賀一筆」第一号の手記にも記したとおりわれらが名張市立図書館にほかならず、そのあたりをいったいどうするのか、ということが今秋発表予定の漫才「僕の図書館戦争完結篇」のメインテーマになることにはなってるんですけど、あんな図書館、ほんとにもうどうしようもないぞ。
というか、日本の図書館は日々、かなりやばくなりつつあるようで、まだ読んでないんですけど「文學界」の4月号では特集まで組まれてるそうです。
▼文藝春秋:文學界 2015年4月号
ただし、先日の佐賀県知事選挙でみごと落選なさった樋渡啓祐さんとおっしゃるお調子者が同県武雄市の市長でいらっしゃったころ先鞭をおつけになった公立図書館TSUTAYA化作戦は、じつは非常にやばいものだという認識がここへ来てさすがに一般的になってきたようで、たとえばこんなツイートが。
↓自分は不明にして武雄市の問題を正しく理解していなかったようだ。この問題は「図書館の運営を民間に委託した」のではなく、事実上図書館を廃止して蔵書を民間業者に移管し、業者が書店業とと並行して公共サービスの貸本業を請け負い再スタートしたということだったのだな。図書館の名に値しない。
— Jun SUGAWARA (@junsugawara) 2015, 3月 8
↓つまりこれは図書館の発展形などでは全然なく、公共の福祉や公教育、文化事業と言うものを、その成り立ちからして根本的に異質な、単なる金儲けに差し出した、昨今横行している恐るべき「心得違い」の一連の動きのひとつとしてとらえるべきだったのだ。
— Jun SUGAWARA (@junsugawara) 2015, 3月 8
↓「なんとなく、形態が似通っているんだからそれでいいじゃん。市民の大多数はそんな違い気にしねえよ。俺だって気にならないもん。」というような野蛮なセンスを感じる。朝からもやもやするな。
— Jun SUGAWARA (@junsugawara) 2015, 3月 8
↓とにかく、この問題は硬直した公共サービスに民間の手法を取り入れるとかとは全く次元の違う問題で、そこには看過できない「すり替え」があるということだけは知っておいていい。あれは図書館などではない。同様の「すり替え」が教育を始め、この国ではここかしこで展開中だということも。
— Jun SUGAWARA (@junsugawara) 2015, 3月 8
あとはまあ、「#公設ツタヤ問題」で検索してみてください。
で、先日からお知らせしておりますとおり、名張市のおとなりの伊賀市においては現在ただいま公立図書館TSUTAYA化作戦が進められてるみたいなんですけど、名張市にしろ、伊賀市にしろ、もともとかけらほどの知性も教養もない連中が、きょうびのことばでいえば反知性主義や反教養主義でふんぞり返って他人の言に耳を貸すことなく、いやいや、いやいやいやいや、こんなこといくら書いてたってしかたないか。
てゆーか、伊賀市のことはいいとして、名張市はついにここまで来てしまいました。
▼伊勢新聞:名張市、固定資産増税へ 市長 自主財源確保へ方針示す(2015年3月10日)
いよいよ断末魔の叫びをあげはじめましたがな。
春陽堂書店のリニューアル版江戸川乱歩文庫、結構好評みたいです。
春陽堂書店です。新聞広告、記事掲載の後、書店様経由での江戸川乱歩文庫定期購読のお申し込みを沢山いただいております。ありがとうございます。早速手配しております。3月20日の全国書店様への第二回配本をお楽しみにお待ちください。
— 春陽堂書店 (@shunyodoshoten) 2015, 3月 5
そうかと思うと、こんなツイートが。
春陽堂『孤島の鬼』のリニューアルが酷い。旧版にはちゃんとあった例の大問題シーン(お察し)がごっそり抜け落ちてる。文字もデカデカとしてるし紙の手触りも良くないし児童書として出したのかなと思った。同じくリニューアルされた『陰獣』買おうと思ったけどもう古本の旧版買うわ…
— インバンブー (@InBamboo) 2015, 3月 4
会話を表示すると、話の流れをたどることができます。
いささかの説明を加えておきますと、「孤島の鬼」を収録した春陽堂版乱歩全集第一巻は昭和30年2月に刊行されましたが、「孤島の鬼」の本文には脱落がありました。
そのため、同年4月発行の第六巻には、「孤島の鬼」の脱落部分が別刷りで添えられました。
あいにく現物が手もとになく、脱落部分を確認することができないのですが、とりあえず第六巻の書誌データをどうぞ。
▼名張人外境:江戸川乱歩著書目録 > 昭和30年●1955
光文社文庫版全集第四巻『孤島の鬼』の「解題」によれば、今回のツイートで問題になっている箇所は、春陽堂版全集で「不注意により脱落」とのことですから、全集の脱落がそのままリニューアル文庫版に引き継がれたものとみて間違いないようです。
ついでに、このツイートですが。
宮沢賢治ほどではありませんが、乱歩も自作に手を加えることがありました。一番分かりやすいのは『孤島の鬼』かもしれません。春陽堂版の同作品は、光文社さん、東京創元社さん版にある「ある部分が」ありません。昭和30年乱歩が最後に自作に手を入れた春陽堂版乱歩全集刊行時から「ない」のです。
— 春陽堂書店 (@shunyodoshoten) 2015, 3月 5
乱歩が手を入れた全集は、昭和36年から38年にかけて発行された桃源社版です。
以上、春陽堂書店編集部にはよく事情が呑み込めていないようなので、おせっかいではありますが、あえて一言、横からくちばしを差しはさんだ次第です。
もしも私が春陽堂書店の社長であったなら、リニューアル版『孤島の鬼』はすべて回収し、脱落部分を増補した新たなリニューアル版を発行しているところですが、そげなこつはとても望めませんじゃろう。
ともあれ、春陽堂書店のリニューアル版江戸川乱歩文庫、全十三巻のつつがない刊行を切に祈念する次第です。
すでにつつがはあるわけですけど。
お知らせです。
ありがたくもうれしいことに、三重県津市一身田上津部田にある県総合文化センター生涯学習棟一階の県立図書館で、「伊賀一筆」第一号をお読みいただけるようになりました。興味がおありのかたは、三重県立図書館公式サイトで「伊賀一筆」の検索をどうぞ。
▼三重県立図書館:Home
ところで、乱歩の「二銭銅貨」ですが、あの作品ははたして探偵小説なのかどうか、乱歩の定義に照らして考えてみる、ということを思いつきました。
例の定義、きょうは画像を切り貼りしときますね。
難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行ってんだかどうなんだか。
興味がおありのかたは、ぜひ熟考に熟考を重ねていただければ、と思います。
乱歩没後五十年の年も、はや3月。
年明け早々から、昨年の生誕百二十年を上回る勢いで盛りあがっている印象がありますが、名古屋市にお住まいのかたから、この展示会に足を運んできた、とお知らせをいただきました。▼名古屋市図書館:鶴舞中央図書館『没後50年 江戸川乱歩』<PDF形式 239KB>
参考資料として小松史生子さんの著書その他があげられていますが、その小松さんの新刊が出ました。
▼Amazon,co.jp:探偵小説のペルソナ―奇想と異常心理の言語態
私もまだ拝読できてはいないのですが、タイトルを眼にするだけで、あ、乱歩、という連想が働いてしまいました。
乱歩に興味のあるかたなら、避けては通れない一冊でしょう。
話が横道にそれました。
鶴舞中央図書館の話題に戻りますが、おなじく参考資料の一点、三品耕作さんの「瑞陵と江戸川乱歩」は、乱歩の母校の同窓会が発行している「瑞陵会報 2014」に掲載された文章ですから、一般の読者はまずお目にかかれません。
しかし、心配はご無用。
当ブログなら、PDFの誌面で全文をお読みいただけます。
▼2014年9月18日:五中・瑞陵史発掘 瑞陵と江戸川乱歩(五1回) 乱歩生誕120周年
三品さんは乱歩の後輩にあたるかたで、愛知五中から瑞陵高校へ一貫する自由主義的校風から巣立った谷川徹三、杉原千畝、本多顕彰、本多秋五、都留重人らの卒業生を列挙し、「五中瑞陵の自由主義の系譜に乱歩は連なる人物であると私は考える」と結論していらっしゃいますが、同窓の人間でなければなしえない貴重な指摘だと思われます。
三品さんはまた、こんなこともお書きです。
五中卒業まで15年間住んだ名古屋に乱歩が親しみを持ったというのは、われら同窓生・名古屋人にとって嬉しい記述ではないだろうか。しかし、乱歩の出生地が名張であることは有名であるのに比べ、乱歩が青春期を過ごした場所が名古屋であることはあまり知られていない。残念に思うのは私だけであろうか。
乱歩出生地の名張市では、没後五十年だからといって、とくになにもないみたいですけど、愛知県、あるいは名古屋市、わけても瑞陵高校には、乱歩没後五十年にちなんでなにかしらのご高配をいただければ、なにもしようとしない乱歩出生地の市民として、まことにありがたく思う次第です。
行きつけの本屋さんから、入荷しました、と連絡があった春陽堂書店のリニューアル版江戸川乱歩文庫、第一回配本の『陰獣』と『孤島の鬼』を受け取ってまいりました。
旧版の銅版画はカバーにそのまま生かしながら、本文は活字が大きくなって読みやすくなり、数は少ないながら注釈も付されているうえ、資料紹介に重点を置いて図版を多用した巻末解説はユニークなスタイルで初心者にもやさしい内容。テキストは乱歩の生前、昭和29年から30年にかけて発行された春陽堂版全集を底本としており、適当に漢字が仮名に開かれていたりして氏素性がよくわからなかった旧版に比較すると、全面的に面目を一新しております。
で、『孤島の鬼』の本文を確認してみました。
234ページから235ページにかけて、こうありました。
私の力では、その時の味を出すことが出来ないけれど、十年ぶりでの親子の対面は、ざっとこんなふうな、まことに変てこなものであった。不具者というものは、肉体ばかりでなく、精神的にも、どこか片輪な所があると見えて、言葉や仕草や、親子の情というようなものまで、まるで普通の人間とは違っているように見えた。私は以前、ある皮屋さんと話をした経験を持っているが、この不具老人の物の云い方が、何となくその皮屋に似ていた。
おお、皮屋さん、ご健在か、と私は思いました。
引用箇所の最後の一文、「私は以前、ある皮屋さんと話をした経験を持っているが、この不具老人の物の云い方が、何となくその皮屋に似ていた」という文章は、近年の版では削除されることが多く、これはむろん出版社によるいわゆる差別表現の自主規制、とくに部落解放同盟への配慮から、というか、部落解放同盟からごちゃごちゃいわれたらわしゃかなわんよ、みたいな感じで、あっさり削除されるにいたったものと推測されます。
だったら、上に引用した箇所でいうと、「不具者」や「片輪」はいいけど「皮屋さん」はよくないのか、ということになって、それはそれでおおいに問題だと思われますが、ともあれ、乱歩没後に出版された「孤島の鬼」を跡づけてみると、ざっとこんな感じになります。
『江戸川乱歩』現代長編文学全集5、講談社、1968年12月
『孤島の鬼』江戸川乱歩全集3、講談社、1969年6月
『陰獣 他二篇 』桃源社、1971年2月
『孤島の鬼』江戸川乱歩長編全集1、春陽文庫、1972年6月
『孤島の鬼』江戸川乱歩シリーズ4、講談社、1972年6月
『江戸川亂歩・甲賀三郎・大下宇陀児集』大衆文学大系21、講談社、1973年1月
『江戸川乱歩集』昭和国民文学全集13、筑摩書房、1973年7月
『陰獣』角川文庫、1973年9月
『江戸川乱歩集』昭和国民文学全集18、筑摩書房、1977年12月
『孤島の鬼』江戸川乱歩全集4、講談社、1978年11月
『孤島の鬼』創元推理文庫、1987年6月
『孤島の鬼』江戸川乱歩文庫、春陽文庫、1987年8月
『孤島の鬼』江戸川乱歩推理文庫7、講談社、1987年9月
『孤島の鬼』角川ホラー文庫、2000年12月
『孤島の鬼』江戸川乱歩全集4、光文社文庫、2003年8月
『江戸川乱歩全集2』沖積舎、2006年12月
『孤島の鬼』江戸川乱歩ベストセレクション7、角川ホラー文庫、2009年7月
『孤島の鬼』江戸川乱歩文庫、春陽文庫、2015年2月
手もとにはこのうち半分ほどしかありませんので、厳密なところはわかりませんが、1973年の角川文庫『陰獣』に収録された「孤島の鬼」では、皮屋さんはまだ生きておりました。
筑摩書房の二次にわたる昭和国民文学全集、さらに講談社の没後第二次の乱歩全集、これらは所蔵していないため確認不可能なんですけど、それ以降の刊行分では、乱歩生前の桃源社版全集を復刻した沖積舎版全集は別にして、皮屋さんはほぼ行方不明です。
奇観と称すべきは1987年で、三社からいっせいに文庫版で「孤島の鬼」が出版されましたが、東京創元社と講談社は皮屋さんなし、春陽堂書店は皮屋さんあり、というけったいなことになっておりました。
そのあとは、角川ホラー文庫も、光文社文庫版全集も、ともに皮屋さんをネグレクトしていたのですが、ここへ来て春陽文庫が終始一貫、言葉狩りにもぶれない姿勢を貫き通し、というか、最初から問題に気がついていなかっただけなのかもしれませんけど、皮屋さんがそのまま生きてる「孤島の鬼」を世に送ったことは、フランスの風刺漫画紙襲撃テロ事件をきっかけに表現の自由が大きく揺れている2015年において、象徴的な意味をもっているとさえいえるかもしれません。
さて、その「孤島の鬼」、お芝居になるそうです。
▼Nelke Planning:『孤島の鬼』
では、皮屋さんのご健在を喜びつつ、お知らせまで。
ほんとに漫才みたいだな、と思わずにはいられませんけど、伊賀市ではこんな騒動が。
▼伊賀タウン情報YOU:伊賀市新庁舎の開発許可申請「認めないで」 市民団体ら県に上申書(2015年2月27日)伊賀市の庁舎が移転する、つまり、現在地とはちがう場所に新しい庁舎が建設される、というのはすでに決定していることで、先日もちょこっとお知らせしましたけど、用済みになった旧庁舎を利用して公立図書館TSUTAYA化作戦を進めよう、というばかなことを考えているのが行政サイド。
そうした動きに反対しているのが、このウェブニュースにある「伊賀市役所庁舎整備を考える市民の会」で、この会が地元商店会と協力して、庁舎の移転を阻止すべく三重県の知事さんに働きかけた、とのことなんですけど、こんな面白いネタ、漫才にしなくてどうするよ、と思われてなりません。
なんとも悩ましい話です。
さて、地元の本屋さんに取り寄せを依頼し、入荷しました、と連絡があったもののまだ手にしてはいないニューアル版春陽文庫、気になっていた底本が判明しました。
リニューアル版「江戸川乱歩文庫」全13巻の刊行を開始しました。銅版画の装丁画はそのまま、春陽堂版の「江戸川乱歩全集」に沿って全面校訂、文字を大きく、巻末に解説各種資料を収録しました。「陰獣」「孤島の鬼」が発売中。次回は3月20日発売「人間椅子」「地獄の道化師」です。
— 春陽堂書店 (@shunyodoshoten) 2015, 2月 27
全十三巻の内容はこちらです。
▼春陽堂書店:今月の新刊
つづきまして、「奇譚から探偵趣味へ」のつづきです。
『奇譚』の影を色濃く曳いた乱歩の探偵趣味は、謎という核を欠落させたまま、この国の探偵小説を牽引していった、みたいな話のつづきとなりますが、つづきに入る前に、「秘密小説」として構想されていた「二銭銅貨」についてさらに少々。
『近代文学草稿・原稿研究事典』に収録された浜田雄介さんの「江戸川乱歩」から、再度引きます。
「新青年」誌上の「二銭銅貨」の主眼は語り手と松村との知的な戦いであり、紳士盗賊の事件はその背景ないし素材という印象が強いが、右の草稿および荒筋に松村は登場しない。荒筋から推測されるのは、紳士盗賊の事件で奪われた大金の隠し場所を、二銭銅貨に隠された暗号をもとにある夫婦が解明する物語である。また草稿は、妻である語り手の思い出話で、夫が二銭銅貨に着目して研究を始め、按摩を呼ぶところまでが記されている。紳士盗賊の事件までは筆が進んでいないが、夫婦がかつて大金を手に入れたことは記されているので、現行テキストの結末に見られるようなどんでん返しは構想に含まれていなかったと思われる。
つまり、大正9年の時点では、「二銭銅貨」の暗号はひとつの解しかもっていなかった、ということになります。
按摩を呼んだ、というのですから、六字名号と点字を組み合わせるアイデアは生まれていたはずですが、暗号に二重の解を与えること、すなわち「現行テキストの結末に見られるようなどんでん返し」は、乱歩の頭にはまだ浮かんでいなかったと考えられます。
この点にかんして浜田さんは、「独身男性二人の知的遊戯、二重の謎解き、語り手たる『私』の特異性といった『二銭銅貨』の記念碑的特性が、いずれもこの段階では記述されていないこと、言い換えれば大正9年から11年の間の二年間にその驚くべき飛躍が達成されたことの確認は、作品あるいはジャンルの成立を考える上で無視できない重要性を持つだろう」と指摘していらっしゃいます。
要するに、構想の段階では、六字名号はじつは点字である、という秘密だけが隠されていたのですが、完成した「二銭銅貨」では、その点字にもうひとつの秘密が隠され、暗号にふたつの意味が与えられることになりました。
ゴケンチヨー、ではじまるひとつめの意味は、六字名号=点字、というルールに気がつけば、だれにでも解読することができます。
しかし、ゴケンチヨー、ではじまる文章をさらに解読し、ゴジヤウダン、ということばを浮かびあがらせるのは、暗号をつくった本人以外には不可能なことです。
このあたりのことは以前に記したことがありますので、当該ページを見開きで切り貼りしておきます。
まずそんなような次第で、暗号がふたつめの意味を秘めているということは、暗号をつくった人間、つまり作中の「私」にしか指摘できません。
ですから作中の「私」は、暗号を手にした他人がひとつめの意味を明らかにするのに根気よくつきあい、そのあとで、その文章を八文字ずつ飛ばして読んだらふたつめの意味が明らかになるんだよ松村君、と打ち明けることになります。
物語を語ってゆく文字どおり語り手の「私」は、じつは暗号の秘密を知っていながら語らない「私」でもあったわけで、暗号のみならず語り手もまた、二重性を帯びていたという寸法です。
乱歩が探偵小説を定義するにあたって、謎ではなく秘密ということばを使用した理由が、なんとなくわかるような気がしてこないでもありませんが、それはそれとして、淡々と事実を記述していた語り手が、じつは二重底に隠すようにして秘密を秘めていた、という驚くべき筋立てに、乱歩はどうやってたどり着いたのか、つまり、「大正9年から11年の間の二年間にその驚くべき飛躍が達成された」背景にはなにがあったのか、ということを問題にしてみますと、もしかしたら乱歩は、谷崎潤一郎が「改造」の大正10年3月号に発表した「私」を読んだのではないか、という推測が浮上してきます。
谷崎の「私」は、「二銭銅貨」とおなじく、「私」という一人称による語り手の二重性をテーマにした作品ですから、谷崎の名に惹かれて「改造」で「私」を読んだ乱歩がびっくり仰天し、ああ、こんな手があったのか、と「二銭銅貨」に応用した可能性は皆無ではないと思われる次第ですが、もう少し考えてみる必要がありそうですから、この件にかんしてはここまでとしておきます。
さて、乱歩に牽引されたこの国の探偵小説は、いったいどうなったのか。
谷口基さんの『戦前戦後異端文学論──奇想と反骨──』には、「震災後から一九三〇年代にかけての隆盛期を〈探偵小説〉の黄金期とみなす」との観点から、当時の探偵小説がこんなふうに概観されています。
この時期、〈探偵小説〉はきわめて広範にわたる文学的テーマを包摂するジャンル名として読者一般に認識されていた。〈探偵〉、すなわち犯罪捜査のプロセスや、容疑者を特定する推理の展開を大筋に据えた小説が〈探偵小説〉を代表する形式であることは論をまたないが、それ以外に、怪談、幻想小説、耽美小説、SF、秘境・魔境小説、シュールリアリズム小説などが、ごくあたりまえに〈探偵小説〉の角書を付され、雑誌媒体に発表され、流通し、享受されていたのである。江戸川乱歩をはじめ、実作家の中には、前者を「本格探偵小説」、後者を「変格探偵小説」として、その差別化を図った者も少なくはなかったが、種々様々の奇譚を総括する呼称に〈探偵小説〉の名を充てた読書界の認識が崩れ、さらなるジャンルの細分化が始まったのは敗戦以後のことである。
このあたりの事情は、乱歩も昭和10年10月の「日本探偵小説の多様性について」にこう記しています。
日本の探偵小説の過半数は本当の探偵小説でないということが云われている。私自身もこの説には同意を表するもので、探偵小説であるからには、探偵的な趣味、つまりある難解な秘密を、なるべくは論理的に、徐々に探り出して行く経路の面白さというものが主眼になっていなければならない。その外の所謂探偵小説、例えば異常な犯罪の経路を描いたもの、犯罪その他異常な事件の恐怖を主眼とするもの、怪奇なる人生の一断面を描いたもの、精神病者又は変質者の生活を描いたもの、ビーストン風の「意外」の快感に重点を置くものなどは、犯罪小説、怪奇小説、恐怖小説などに属するものであって、探偵小説とは云えない。
これは分りきった事のようでいて、実は何となくハッキリしていないのであるが、その原因は世のジャーナリスト達が、探偵作家の書くものは、犯罪小説であろうが怪奇小説であろうが、凡て探偵小説という一色の名で呼び慣わしたこと、探偵雑誌「新青年」出身の作家は悉く探偵小説家であり、そこに掲載される犯罪、怪奇、幻想の作品は皆探偵小説であるかの如き誤った考え方が一般に行われて来たことなどに在るのだと思う。
この時期、乱歩は探偵小説のこうした多様性を容認していて、「論理的探偵小説はあくまで論理に進むのがよい。犯罪、怪奇、幻想の文学は、作者の個性の赴くがままに、いくら探偵小説を離れても差支はない。そこに英米とは違った日本探偵小説界の、寧ろ誇るべき多様性があるのではないか」とこの文章を結んでいたのですが、戦後は態度を一変させ、いうならば本格探偵小説至上主義を掲げて探偵文壇を唱導しようとします。
ですから、たとえば海野十三は乱歩のそうした変節に猛烈に反撥し、あの温厚な十三がここまで書くか、と驚いてしまうほど激越な調子で乱歩批判を展開することになりますが、昭和10年の時点では、「探偵的な趣味、つまりある難解な秘密を、なるべくは論理的に、徐々に探り出して行く経路の面白さ」を主眼とした作品以外の「探偵小説とは云えない」小説も、乱歩は「寧ろ誇るべき多様性」のあらわれであると認識していたわけです。
とはいえ、すでに乱歩は、海外探偵小説の新たな潮流に気づき、本格探偵小説への志向を強めていました。
『探偵小説四十年』の昭和7年度「クイーンの最初の邦訳」から引用。
私は自分が小説を書き出してからは、西洋の探偵小説を猟り読むということを全くしなくなっていた。ポーやチェスタトンには敬服していたけれども、その他の新青年に訳載される西洋短篇などは、実は軽蔑していた。純探偵小説よりもルヴェールやオ・ヘンリやモーパッサンなどの方が遙かに面白かった。それに「新青年」は短篇を主として紹介していたので、私達は英米の「黄金時代」の本格長篇というものを、ほとんど知らないままに過ぎていた。飜訳陣の人たちも短篇に主力を注いで、長篇は余り猟らなかったし、編集者達も英米の長篇傑作については、ほとんど無智であった。
そのあたりのことを、横溝正史はどう回顧しているか。
昭和47年6月の「私の推理小説雑感」には、大正15年に上京し、「新青年」編集者として勤務しはじめたころのことが、こんなふうに記されています。
あとから思えば、当時すでに探偵小説の本場ともいうべき、イギリスの探偵文壇の主流は、江戸川乱歩さんがかしこくも喝破したとおり、「シャーロック・ホームズの短篇の長篇化」であるところの、謎解き一本槍、すなわち謎と論理の本格長篇探偵小説によって占められており、それがそろそろアメリカへも移行しかけていた、まことに重大な時期だったのである。
げんに私は神戸時代、『プレミヤー』という雑誌に、フィルポッツの「グレー・ルーム」が連載されていたことを知っていたし、ミルンの「赤い家の秘密」が『レッド・ブック・マガジン』に掲載されていたことも知っている。前者は読んでいないが、後者は雑誌に三回か四回に分載されているのを読んでみて、そのいっぷう変わったスタイルに、いっぽうでは、一種異様な魅力をかんじると同時に、いっぽうでは、大きな戸惑いをかんじずにはいられなかった。
すべてにおいてまだ幼かった私は、長篇探偵小説といえば、山あり谷あり、恋あり冒険ありというていのものばかりだと思っていたものだから、これはまあ、なんという退屈な、それでいて、なんという異様な魅力にみちた探偵小説なのだろうと、一種奇異な思いにうたれずにはいられなかった。
昭和7年3月、「文芸倶楽部」の編集から退いて「探偵小説」の編集者となった正史は、「矢の家」「トレント最後の事件」「赤い家の秘密」といった海外作品を矢継ぎ早に誌面で紹介し、乱歩が黄金時代の英米本格長篇に開眼するきっかけをつくることになります。
この項、つづきます。
Powered by "Samurai Factory"
