書籍
麺'sミステリー倶楽部
編:ミステリー文学資料館
平成24・2012年10月20日初版一刷 光文社 光文社文庫
A6判 カバー 346ページ 本体667円
関連箇所
口絵
江戸川乱歩
p7
▼光文社:麺's ミステリー倶楽部
ウェブニュース
ゲンダイネット
平成24・2012年10月19日 日刊現代
奥山和由映画プロデューサーが振り返る若松孝二監督
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2012年10月19日 掲載
逆風が吹けば吹くほど素晴らしい作品を生み出した
<当初「キャタピラー」の主演は杉本彩だった>
日本映画界が誇る名監督が亡くなった。若松孝二。享年76。鬼才の名をほしいままにした監督との思い出を、映画プロデューサーの奥山和由氏が振り返る。
チャールズ・ブロンソンのような見た目通り、豪放磊落(らいらく)を絵に描いたような人物でした。でも、計算もなく無謀なことに突き進むタイプではありません。
僕とは「エロティックな関係」「寝盗られ宗介」(ともに92年)などを製作。頓挫しましたが、谷崎潤一郎の「痴人の愛」を永瀬正敏主演で映画化しようと動いたこともありました。
若松さんに突然、風が吹いたのは「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(08年)がきっかけでした。この作品を撮った理由は、同じテーマを題材にした映画「突入せよ!あさま山荘事件」(02年)を見て、警察サイドからしか事件が描かれていないことに憤慨したため。連合赤軍を内部から描いた異色作でしたが、ベルリン国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞。映画はヒットし、若松さんの評価は国際的にも高まりました。
主演の寺島しのぶがベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した「キャタピラー」(10年)にも思い出があります。実はこの作品、僕と若松さんが江戸川乱歩原作の「芋虫」を題材に映画化を進めていたものなのです。当初、主演は杉本彩でした。ところが、女性の脚本家が書いたシナリオを読んだ若松さんが「反戦(のテーマ)が入っていない」とダメ出し。自分で書くと言い出しました。そうこうするうちに時間が経過。今度は杉本サイドが出演に難色を示して空中分解してしまったのです。
それから3、4カ月たった頃、風の便りで映画関係者から「若松さん、寺島しのぶで『芋虫』撮ってるらしいよ」と聞き、「エッ!?」と声が出るほど驚きました。
若松さんは「自分が作ると決めたら絶対に作る」という信念の人。製作費がなければ、自宅を抵当に入れて工面したり、実の娘に借金したり。でも、そんな逆風が吹けば吹くほど素晴らしい作品を作る。「やりたい作品をまっすぐに追求すればいい作品が出来る。そういう作品はお客も入る。儲けようなんて思ってたら損をする」と語っていたものです。
不屈と反骨が若松監督の真骨頂ですが、そこには自分の才能への自負と、したたかな計算もあったと思います。
だからなのか、若松作品は金銭やスタッフに恵まれた時は傑作が少ない。謹んでご冥福をお祈りします。(談)
人事
若松孝二
平成24・2012年10月17日午後11時5分死去 多発外傷 76歳
わかまつ・こうじ 本名=伊藤孝(いとう・たかし)
映画監督
昭和11年4月1日-平成24年10月17日(1936-2012)
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47NEWS > 共同ニュース > 記事
死去した若松孝二さん
暴力や政治、エロスをテーマとする作品を量産し、「キャタピラー」などが海外で高く評価された映画監督の若松孝二(わかまつ・こうじ)さんが17日午後11時5分、死去した。76歳。宮城県出身。葬儀・告別式の日取り、喪主などは未定。12日に東京都新宿区内でタクシーにはねられ、重傷を負って入院していた。
テレビドラマの助監督を経て1963年、当時ピンク映画と呼ばれた成人向け作品「甘い罠」で監督デビュー。ピンク映画を多数手掛ける一方、暴力やエロスを扱った作品が全共闘世代の若者に支持された。
80年代以降に一般映画に進出。連続暴行魔が主人公の「水のないプール」などで評価を得た。
2012/10/18 01:39 【共同通信】
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中日スポーツ > 芸能・社会 > 紙面から一覧 > 記事
若松孝二監督、意識戻らず逝く 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」など
2012年10月19日 紙面から
1960-70年代に暴力や政治、エロスをテーマとする作品を量産し、全共闘世代に支持された映画監督の若松孝二(わかまつ・こうじ=本名伊藤孝=いとう・たかし)さんが17日午後11時5分、多発外傷のため東京都内の病院で亡くなった。76歳。宮城県出身。葬儀・告別式は24日午前10時半から東京・青山葬儀所で営まれる。
12日に東京都新宿区内でタクシーにはねられ、意識不明の重体となっていた。事故直後、一部で命に別条はないと伝えられていただけに、関係者には大きな衝撃が広がった。
若松さんは、テレビドラマの助監督を経て、63年に当時ピンク映画と呼ばれた成人向け作品「甘い罠」で監督デビュー。60年代にピンク映画を多数手がける一方、暴力や政治、エロスをテーマにした作品が若者に支持された。
80年代以降に一般映画に進出。08年にベルリン国際映画祭で、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」が最優秀アジア映画賞を受賞した。2010年には「キャタピラー」に主演した寺島しのぶが最優秀女優賞に輝いた。今年のベネチア国際映画祭に出品した「千年の愉楽」(来年3月公開予定)が遺作になった。
他の代表作に「水のないプール」「われに撃つ用意あり」「寝盗られ宗介」など。
若松さんがタクシーにはねられ、けがをしたことが今月16日に明らかになった際、一部で「重傷だが、生命に別条はない」と報じられた。このため、当初は容体の急変かとの印象を与えたが、若松プロダクション関係者は、最初の報道が事実とは異なっていたと強調。若松さんは、12日に事故現場で救急車に乗せられた時点ではまだ意識があり、自分で名前を告げたものの、救急車が病院に着いたときには、意識不明に陥っていたという。
その後、意識は一度も戻らず、家族も若松さんとはまったく言葉をかわせないまま亡くなったという。みとったのは、若松さんの妻、娘、孫とプロダクション関係者2人だった。若松さんの遺体を納めた棺は18日午後2時すぎ、渋谷区にある若松さんの東京の住居兼若松プロに運ばれた。
評論家切通理作さんの話 若松監督の初期作品は、映画の伝統や文法をぶっちぎり、自分の思いをストレートに表現していた。学生運動のインテリをスタッフに、若者たちの観念を若松さんが肉体化して表現するダイナミックさがあった。独立プロダクションで政治的主張を曲げずに映画をつくり、作品にはいつも弱者を追い詰める社会への怒りがあったと思う。
◆今月「今年のアジア映画人賞」受賞
若松さんは今月はじめに開催された韓国・釜山国際映画祭にも参加し、特別賞の「今年のアジア映画人賞」を受賞したばかり。有名人として“手形押し”を行うハンドプリンティングイベントも行った。帰国後も早速、東京近郊でのトークショーに出向くなど精力的に活動していた。
今後の作品についてはベネチア映画祭に参加した際、報道陣の質問に対して「今、どうしてもやりたいのは東電の話。誰もやろうとしないから本気になってケンカしてやろうと思ってます」と宣言。原発事故を描く映画の将来的な製作に向けて気炎をあげた。映画会社大手から原発事故に関係する作品を依頼された際、東電という言葉を出さないでほしい-など、制約・注文が多かったため、断ったことがあると告白。この出来事が、余計に持ち前の反骨精神を刺激したようで、「これからも自分の好きな映画しか撮りません」と豪語していた。
若松プロ関係者によると、現時点で若松さんが具体的に次回作をどういうものにするか決まっていたわけではなく、模索していた段階だったという。「千年の愉楽」のPR活動の準備などもしていた。
◆寺島しのぶ自身ブログで悲しみつづる「うそだよって言いながら現れてほしい」
映画監督若松孝二さんの死去から一夜明けた18日、「キャタピラー」でベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受けた俳優寺島しのぶ(39)が自身のブログに「嘘(うそ)だよって言いながら現れてほしい」などと悲しみをつづった。
同作の共演者から連絡を受け、「嫌な予感がした」という寺島は、監督の死を受け入れられない様子。「私の出産を本当に喜んで、早く見たいと言ってくださっていた」「お酒と美味(おい)しいものが大好き」などと、生前の若松さんとの思い出を記した。
「心優しい監督、弱い者の味方で、強いものにはくってかかる監督」としのび、「今いったい、いったいどこにいらっしゃるんですか?」と結んだ。
◆ベネチア出品「千年の愉楽」遺作に
<悼む>寺島しのぶさんが最優秀女優賞に輝いた2010年のベルリン国際映画祭。17日死去した若松孝二監督は、代理で受けた銀色の熊のトロフィーを掲げ「女優だけがいいから賞を取ったわけじゃない。ドラマがあるからだ」と誇らしげだった。性や暴力を扱った映画を武器に、体制批判の強いメッセージを伝え、日本よりむしろ欧州で高く評価されてきた。1960年代に「胎児が密猟する時」「犯された白衣」「ゆけゆけ二度目の処女」など、セックスとバイオレンスを盛り込んだ先鋭的な傑作を次々送り出す。ピンク映画の巨匠と呼ばれ、大島渚監督の「愛のコリーダ」も製作。全共闘世代に熱狂的に支持された。
65年には、ベルリン映画祭に「壁の中の秘事(ひめごと)」を出品するが、性的な内容もあり、日本の新聞が「国辱映画」と酷評する騒ぎに。45年後の同映画祭で「キャタピラー」が女優賞を受賞すると「これも国辱映画。一般人も巻き込む戦争は殺人だと言っている映画だからね」と、信念を曲げない映画作りに胸を張った。
ことし5月のカンヌ国際映画祭で「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」、9月のベネチア国際映画祭で「千年の愉楽」が上映作品に相次いで選出。「世界三大映画祭を制覇した日本の監督は他にいないんじゃないの」とほほ笑んでいた。
「映画で革命ができると思うか」。ベネチアの記者会見で問われ「映画で戦う以外にない。映画を武器に思いを伝えていく」と衰えぬ反骨心を見せた若松監督。
東京電力福島第1原発の事故に触れ「死ぬまでにけんかしてでも(映画で)やろうと思っている。とにかく国家が隠そうとしているものを全部ぶちまけたい」。その思いはかなわなくなった。
(共同通信記者 佐竹慎一)
◆名古屋・シネマスコーレ設立に尽力
若松監督は、名古屋市中村区の映画館「シネマスコーレ」の創設に尽力していた。
1982年、若松監督が「名古屋に映画を見せる場所がない。支配人をやってくれないか」と、当時は池袋の映画館で働いていた支配人の木全(きまた)純治さん(63)に、名古屋での映画館設立を相談したことがきっかけ。
若松監督からの依頼を受けた木全さんが支配人となり、1983年2月、名古屋駅西口に約50席のシネマスコーレが設立された。大きな映画館では上映されないインディーズ映画などを積極的に上映。木全支配人は「名古屋の映画文化を豊かにしてくれた人。スコーレがなかったら、映画文化は名古屋に根付かなかった」と若松監督の功績に感謝していた。
◆若松監督の主な作品
63年 甘い罠 五所怜子
69年 処女ゲバゲバ 芦川絵里
70年 新宿マッド 谷川俊之
71年 赤軍 PFLP・世界戦争宣言 *ドキュメンタリー
72年 天使の恍惚 吉沢健
82年 水のないプール 内田裕也
90年 われに撃つ用意あり 原田芳雄
92年 エロティックな関係 内田裕也
92年 寝盗られ宗介 原田芳雄
04年 完全なる飼育・赤い殺意 大沢樹生
08年 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 坂井真紀
10年 キャタピラー 寺島しのぶ
12年 11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち 井浦新
▼通夜 23日午後6時から
▼葬儀・告別式 24日午前10時半から
▼会場 青山葬儀所(東京都港区南青山2の33の20)
▼喪主 妻伊藤慶子(いとう・けいこ)さん
書籍
ミステリ・オールスターズ
編:本格ミステリ作家クラブ
平成24・2012年9月25日初版 角川書店 角川文庫17582
A6判 カバー 472ページ 本体819円
初刊・底本:2010年9月 角川書店
関連箇所
続・二銭銅貨
北村薫
p35-58
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続・二銭銅貨
北村薫
上
平井さんが、訪ねて来た。
汽車の中で、「今日は日曜日だ」と気づき、わたしが家にいるだろうと思った、というよりも決めてしまったそうだ。そして、途中下車した。こうと決めたらきかない子供のようなところは、昔のままだ。強引さと引っ込み思案とが同居している。
国民服に丸眼鏡、時節柄、栄養が行き届かないのか、随分と面やつれしている。だが、レンズ越しにこちらを見る目は、ギラギラしている。何かに集中している時、例えば、探偵小説の話を始めた時の平井さんは、いつもこうだった。まことに懐かしい。
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▼Web KADOKAWA:ミステリ・オールスターズ
ウェブニュース
YOMIURI ONLINE
平成24・2012年10月14日 読売新聞社
平井憲太郎さん 祖父・江戸川乱歩の思い出
沢村宜樹
Home > 地域 > 愛知 > 企画・連載 > 記事
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アルバム(この連載は愛知、岐阜、三重共通です)
編集者、小説家と夜ごと議論
祖父・江戸川乱歩(右)と庭で本を読む平井さん(1960年前後の撮影)
「怪人二十面相」「D坂の殺人事件」など多くのミステリーファンを魅了する探偵・推理小説の大家・江戸川乱歩(本名・平井太郎、1894~1965年)は名張で生まれ、亀山で育ち、鳥羽で妻と出会った。そして、津に菩提(ぼだい)寺があるなど、三重県とのゆかりは深い。幼い頃、一緒に生活した孫の平井憲太郎さん(62)(東京都豊島区在住)は「私にとっては、尊敬できる祖父であり、普通の『優しいおじいちゃん』でした」と笑顔で振り返った。
◇
中学3年の時まで、祖父と暮らしていました。一緒に住んでいるといっても、家が結構広いのと、祖父自身が夜型人間だったので、あまり顔を合わせることはありませんでした。だから、たくさんの思い出があるという訳ではないのですが、一つひとつは色濃く残っています。
部屋に呼ばれると、ひざの上に乗せ、頭を優しくなでてくれました。祖父が好きだった歌舞伎を一緒に見に行ったり、祖父がクイズ番組に出演する時にテレビ局へ連れていってもらったり。「少年探偵団」の映画にも行きました。中でも、一番覚えているのは、雑誌の編集者や若い小説家が、毎日のように家に集まって熱い議論を交わす光景です。祖父を訪ねて来る人で、客間はいつも大にぎわいでした。
祖父は、まさに「整理魔」でした。集めた本を図書館のように、きちんと整理し、どこに何の本があるかを書き記していました。今の時代に生きていたら、パソコンのデータベース機能を最大限に活用し、喜んでいたでしょう。
文筆家としての祖父・江戸川乱歩の偉大さを嫌というほど思い知らされたのは、仕事で文章を書くようになってからです。正直、文章を書くのは得意ではなかったのですが、鉄道模型雑誌「とれいん」を創刊し、原稿を書くようになりました。
乱歩の書く文章は、子どもでも、大人でもワクワクできるものでした。子どもにもわかりやすいし、大人になって読んでみても行間から、深い味わいが感じられる。筆力のすごさを身にしみて感じました。だから、「とれいん」では文章を少なくし、写真を多く載せるようにしています。
残された作品は、ただの読み物ではありません。色々なものに面白さがあることを教えてくれます。私も生き証人として、乱歩の魅力を伝えていきたいと思っています。
(聞き手・沢村宜樹)
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乱歩直筆の歌の額を手に思い出を語る平井さん
東京都豊島区で生まれ育った。鉄道好きが高じて、高校時代から鉄道雑誌を発行する会社でアルバイトを始める。大学卒業後の1974年、鉄道模型雑誌「とれいん」を創刊。現在は「とれいん」を発行する出版社「エリエイ」(東京)の代表取締役を務める。乱歩を紹介するため、講演会やシンポジウムなどにも参加する。三重県には住んだことはないが、「祖父の足跡が多く残っているので、なじみの深い土地」と話している。
(2012年10月14日 読売新聞)
演劇
花と乱歩と曾根崎心中
平成24・2012年10月12日-14日
渋谷スペースEDGE(東京都渋谷区渋谷3-26-17)
演劇サムライナンバーナインオムニバス実験公演Part1
作・演出:吉見フレディ
出演:山岸彩子、小松豊、西川太清、中込博樹、土谷強一、ウチダアキラ、瀧澤千恵、藤代知己
演目:異説・曾根崎心中/ある日曜日/緋色の花
▼演劇サムライナンバーナイン:花と乱歩と曾根崎心中
演劇
洋館ミステリ劇場 江戸川乱歩「家賊・博士令夫人の殺害」
平成24・2012年9月29日-30日
フジハラビル(大阪府大阪市北区天神橋1-10-4)
G-フォレスタ洋館ミステリ劇場
構成・演出:丸尾拓
キャスト:杜香佑美、生田克正、杉本ヒロ子、森優子、中田和葉、なつみあや、倉増哲州(南森町グラスホッパーズ)、藤木真奈美
▼G-フォレスタWeb Site:Home
ラジオ
ラジオ文芸館
平成23・2011年11月12日 午前8時5分-8時45分
NHKラジオ第1放送
モノグラム
作:江戸川乱歩
語り:今道琢也
▼NHKオンライン:ラジオ文芸館 > 2011年11月
ウェブニュース
映画・エンタメガイド
平成24・2012年10月12日 日本経済新聞社
『推理作家ポー 最期の5日間』監督「ジョン・キューザックにはダークな一面」
A
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『推理作家ポー 最期の5日間』監督「ジョン・キューザックにはダークな一面」
ジェームズ・マクティーグ監督(メイキング)
©2011 Incentive Film Productions, LLC. All rights reserved.
本名の平井太郎のままではこんなにも有名にならなかったかもしれない江戸川乱歩。その名前から筆名を付けた乱歩をはじめ、シャーロック・ホームズを生み出したコナン・ドイルら多くの作家だけでなく、映画や音楽にまで影響を与えている米国の作家エドガー・アラン・ポー。推理小説の祖と言われる孤高の作家ポーは1849年10月7日に不遇なまま40年でその生涯を終えたが、その死の真相と最期の日々は現在も謎に包まれている。そのポーの最期の数日間を史実とフィクションを融合した大胆な発想で描いたのが『推理作家ポー 最期の5日間』だ。
小説模倣犯からの挑戦を受けるポーを主人公に、命を賭けた頭脳ゲームが展開するミステリーに挑んだジェームズ・マクティーグ監督は、「僕自身、もともとポーのファンだったし、ポーの人生そのものと彼の作品が巧みに交差するストーリーにも大いに惹きつけられた。作品のほとんどが短編小説だったことや、彼の人生がかなり陰鬱で悲惨なものだったこともあって、ポーを題材にした映画の決定版、といったような作品がこれまでになかったという点でも意義あるチャレンジになると思ったし、彼の人生と物語を組み合わせて、今までにないユニークな映画が出来るんじゃないかと思ったんだ」と話す。
メイキング
©2011 Incentive Film Productions, LLC. All rights reserved.
本作の原題は『THE RAVEN』。1845年にイブニング・ミラー紙が掲載、ポーを一晩で有名にしアメリカでは教科書にも載っているというポーの詩「大鴉(The Raven)」からタイトルは付けられた。マクティーグ監督は、「タイトルをあの詩からとったのは、この映画のスピリットを最も端的に表現していると思ったからだ。全編を通し鳥のモチーフが登場することでも、あの詩がもつ“ムード”のようなものを感じてもらえるはずだ」と説明する。
そして「『大鴉』は彼の名前を聞けば誰もが真っ先に思い浮かべる1番の代表作だし、ポーのことをよく知らない人でも、タイトルを聞いて『そうか、エドガー・アラン・ポーの映画なんだな』といった具合に興味を惹かれて、劇場に足を運んでくれるんじゃないかという期待もあった。広く一般に知られた人物やキャラクターを一種の“ブランド”として売り込みに使う、というハリウッドの常套手段を、僕なりに試してみたというわけさ」とタイトルの狙いを話す。
また本作が「大鴉」から受けた影響については次のように解説する。「美と恐怖が巧みに混在するというのがポー作品の特徴だと思うんだけれど、この詩はまさにその最たる例だ。この映画でも、美しさ、愛、おぞましさ、といった一見対照的な要素が入り混じる彼独特の世界観を目指したつもりだよ。多種多様なジャンルがごちゃまぜになっているという点でも、この詩を含めたポーの作品と重なる部分があるんじゃないかな。時代の風潮を巧みにとらえた『大鴉』にはエンターテイメント的要素も大いにあるし、当時の大衆の間で人気を博したのも納得出来る。ポーは時代の気風を敏感に読み取って、人々が求めるエンターテイメントを提供するのに長けていたんだ。そんな彼に習って、この映画も今の観客に喜んでもらえるようなエンターテイメント作品に仕上げたつもりだ」。
©2011 Incentive Film Productions, LLC. All rights reserved.
ポーを演じたのは、『2012』『シャンハイ』のジョン・キューザック。マクティーグ監督はジョンにはダークな面があると指摘する。「ジョンはバラエティ豊かなジャンルの映画に出演してきた素晴らしい俳優だけど、彼のダークな部分が存分に活かされた作品はこれまでになかったように思う。意外かもしれないけれど、ジョンはアメリカの有名な作家ハンター・S・トンプソンやイギリスのアーティスト、ダミアン・ハーストといったダークな作風で知られる人々と親交が深くて、彼自身もかなりダークな一面を持ち合わせているんだ。そういった彼の側面をつつけば、興味深いポー像が出来上がるんじゃないかと思ったし、本人も大いに乗り気で役作りに熱を注いでいたよ」。
ジョンの役作りについては、「やつれた風貌にするため減量して髪をボサボサにしたり、ゲッソリした顔に見せるために不健康そうな黄色いメイクを施したりと、見た目的にもあれこれ工夫を凝らしていたけれど、実際のポーに似すぎていないのがよかったね。外見をそっくり真似するのではなく、もっと内面的な、ポーの“精神”のようなものを体現していたのが素晴らしかった」と称賛。
そして「『ポーは実際にこんな事を言っていた』とか『実際のポーならこんな風には振る舞わないだろう』とか、ジョンとはあれこれ話し合ったとは言え、彼が演じるのはあくまでポーをベースにした想像上のキャラクターであって、そっくりそのままポーというわけじゃないし、映画のストーリーにしても史実に基づいているわけじゃないからね。この映画に登場するポーは、殺人鬼によって自らの小説の世界に身を投じ、危険なゲームに巻き込まれる哀れな1人の男というだけだし、ポーをめぐる歴史上の事実や出来事を忠実に再現しようだなんて、はなから考えていなかったよ」と続ける。
ポーのような複雑な人物を映画化するにあたっては、実際のポーが持つダークな部分に注目したようだ。「実際のポーは、博打や女グセ、酒や麻薬といった悪癖がたたって、1歩進んでは2歩下がるような生活を繰り返していた、いわばどうしようもない男だった。善い行いをしようとする度、心に抱えた闇の部分が邪魔して挫折してしまうんだ。そのダークな部分こそが彼の作品に秀逸な深みを与えていたというのは、すごく皮肉なことだよ。彼の複雑さは、自らそういった心の闇に飛び込んでいくことで形成されたものだし、この映画における人物像を作り上げる際にもダークな部分は避けて通れないと分かっていた。そういった側面ばかりを取り上げて陰鬱になり過ぎるのは避けるようにしたけれど、冒頭シーンの黒猫や波止場の鉄錠門を哀しげに見つめたりする彼の姿を通して、キャラクターの性格や思考の複雑さを感じさせると同時に、実在したポーの面影をスクリーンに醸し出すよう心がけたよ」。
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『マトリックス』シリーズや『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』の第一助監督などを経て、『Vフォー・ヴェンデッタ』や『ニンジャ・アサシン』の監督を務めたマクティーグ監督。林の中での銃撃シーンやエンドロール中の映像など、スタイリッシュな演出が印象的だが、演出の意図については次のように話す。
「僕自身の映像スタイルとポーの作品のスタイルは、暗闇の影に潜む存在に焦点を当てるといった点で、似通った部分があると思うんだ。この映画では撮影監督のダニー・ルールマンと共に、全体を通して黒い空間を強調したヴィジュアルを目指した。コントラストがはっきりした、ある種グラフィック・ノベルのようなスタイルだ。『Vフォー・ヴェンデッタ』や『ニンジャ・アサシン』といった過去の作品とこの映画を比べてみても、同じ監督が撮ったものだとすぐわかるような、明確なヴィジュアル・スタイルが自分にはあると思うし、それぞれまったく異なるタイプの映画だとは言え、ヴィジュアルの面では一貫しているような気がするよ。今回は題材的にも暗闇や影といったダークさが中心だから、そういったスタイルがマッチしたというのもあるだろうね」。
日本のファンに向けて「日本の観客は僕がこれまで手掛けた作品も熱狂的に支持してくれたし、すごく感謝しているんだ。今までの作品とはちょっと毛色が違うとは言え、この映画にはホラーや心理スリラー、アクションといった日本で人気の高いジャンルの要素が詰まっているし、『落とし穴と振り子』をモチーフにした殺人などショッキングなシーンも含めたスリリングなストーリー展開に、日本の観客もきっと喜んでくれるはずだよ」とメッセージを寄せたマクティーグ監督。「『モルグ街の殺人』、『落とし穴と振り子』、『アモンティリャードの酒樽』といったポーの短編は、脚本の段階からすでにストーリーに組み込まれていたものだけど、映画をよく注意して観れば、『黒猫』や『跳び蛙』などの他の作品も、さりげなく練り込まれていることに気付くはずだよ」と話すように、ポーの小説や詩が登場する本作には画面中に隠されたヒントや表示を解読する楽しみもある。まさに推理作家ポーが主人公らしい映画だ。(2012年10月12日・A)
『推理作家ポー 最期の5日間』は2012年10月12日(金)、丸の内ルーブルほか全国ロードショー
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朝日新聞デジタル
平成24・2012年10月10日 朝日新聞社
島の「宝」育て伝える 三重・鳥羽市が遺産100選
Home > 朝刊(2012年10月10日)> 記事
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2012年10月10日00時34分
(左から)答志島の細い路地で荷物を運ぶための「じんじろ車」。鍛冶屋の甚次郎さんが考案した、(2枚目)神島のゲーター祭。大みそかの夜から元日未明まで男たちが大漁を祈願する、(3枚目)風の強い菅島は何でも干物に。写真は「サメのたれ」。伊勢エビも開いて一夜干しにする、(4枚目)坂手島の「村万商店」は江戸川乱歩の妻の生家=いずれも鳥羽市提供
鳥羽市は、四つの離島の「宝」を「鳥羽の島遺産100選」に登録した。島民たちが愛し、誇りに思ってきた風景、史跡、郷土料理、特産品など。離島の全世帯を対象に調査し、集まった声を基に選んだ。
調査は8月、島の魅力を高め後世に伝えていきたいものとして、市が例示した候補の中から選んだり、別のものを…
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