いやー、懐かしす。
乱歩狂言、懐かしすなあ。
乱歩狂言「押絵と旅する男」は、三重県と伊賀地域旧七市町村が血税三億円をどぶに捨てた官民合同事業「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」の一環として、2004年11月14日、名張市青少年センターで初演された。
このときも、わしは、やはり、怒っておったようだ。
すっかり忘れていたんだけど、このページに書いてある。
▼名張人外境:人外境主人伝言 > 2004年10月後半
10月21日付伝言から引用。
■乱歩狂言
11月14日午後1時から名張市青少年センターで催されます。新作狂言「押絵と旅する男」が演じられるとのことで、とても悪い予感がしております。
私は名張市と名張市教育委員会と「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会と二〇〇四伊賀びと委員会とが主催するこの催しにまったく関わっておらず、もちろん名張市立図書館カリスマ嘱託としては当然関わっているべきなのですが、お役所のみなさんはいわゆる縦割り行政のなかでお仕事をするのが常態で、横の連携というものをまったくといっていいほど無視しているものですから、カリスマは蚊帳の外、みたいなことになってしまいます。
この日午前のトークショーに小酒井美智子さんが参加してくださることになりましたので、それならば乱歩のご遺族にもと考え、たぶん「乱歩狂言」にお招きしているのだろうからと確認してみたところ、とくにそんなことはしていないとのことでした。乱歩作品が初めて狂言になるのですから関係者を招待するのは当然のことであろうと私は思うのですが、お役所の人たちはそんなふうには考えないもののようです。もしかしたら何も考えていないのかもしれません。いやまあ、何かにつけて乱歩の名前を利用したいということだけは薄ぼんやりと考えているようではあるのですが。
乱歩作品が狂言になり、それが名張市で初演されるというのに、名張市役所のみなさんは乱歩のご遺族をお招きすることもしていない、ということが判明して、わしはあきれながらも、ちょいと怒っておったらしいな。
ほんと、お役所のみなさんってのは、ものの道理、とか、ひとの道、とか、そういったものはいっさいわきまえず、ただただてめーらの都合しか眼中にないすっとこどっこいなんだから、ほんっとに困るよね。
へどが出るぞまったく。
ただまあ、名張市役所のお役人さまというのは、最近になってようよう、世に著作権なるものが存在する、ゆうことが理解できてきたところ、みたいなレベルなんだから、まともなことを期待するのは無理であろうな。
それにしても、小酒井美智子さんをはじめ、『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』関係者のみなさんに名張市までお運びをいただいて、とても愉しい時間を過ごすことができたのは、ほんとに懐かしい思い出である。
10月24日付伝言から引用。
■江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集刊行記念大宴会
11月13日夜、名張市鍛冶町にある乱歩ゆかりの料亭清風亭で催します。
先日、名張市は11月14日の「乱歩狂言」に原作者たる乱歩のご遺族をお招きしていないのだ莫迦と記しましたところ、二人の方から名張市はいったい何を考えておるのか莫迦という抗議の電話をいただきました。お役所の人たちというのはとくにこれといって自分の頭でものを考えているわけではなく、だからこそ人から莫迦と呼ばれている次第ではあり、したがいまして何を考えておるのか莫迦とお尋ねをいただいても私としてはお答えのしようがありません。
ただまあ三重県が天下に誇る官民合同事業「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」で乱歩関連事業を手がける「乱歩蔵びらき委員会」がご遺族をご招待申しあげることになったようで、それは乱歩展を開いたりその会場で乱歩と不木の書簡を展示したりするわけですから当然のことではありますが、むろんご遺族のご都合というものもありますからいったいどうなることでしょうか。
「乱歩狂言」前日の『江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』(副題)刊行記念大宴会にご遺族のご臨席をたまわれれば、私としては幸甚これに過ぎるものはありません。
それで、乱歩狂言そのものはどうであったかというと、どっかにちょこっと書いたはずだ、と思って検索してみたら、このページに記してあった。
▼名張人外境:人外境主人伝言 > 2006年1月上旬
1月10日付伝言から引用。
▼2004年11月
怪しくおかしく美しく/江戸川乱歩の小説が狂言に
能楽笛方にして狂言作家でもある帆足正規さんを取材した朝日新聞の記事。2004年11月14日、名張市青少年センターで初演された帆足さん作の狂言「押絵と旅する男」をメインにまとめられています。
手がけた新作狂言は今作で7作目。これまでにオペラ「トゥーランドット」を翻案した「お虎怒涛」や、平家の武将を主人公に戦いのむなしさを描く「維盛」などを発表。最近では広島の景勝地、鞆の浦を舞台にした新作能「鞆のむろの木」も書いている。
「押絵と旅する男」は乱歩で町おこしを企画する名張市からの依頼で書き、茂山七五三らが演じた。同じ乱歩の「屋根裏の散歩者」など他の作品も考えたが、「のぞきからくり」という懐かしい道具が登場し、絵の中の女性に恋い焦がれるロマンチックな物語にひかれた。「怪しい雰囲気と狂言の楽しさを盛り込んだ」
記事のおしまいのほうには「作品を書くたび、どんな物語ものみ込む狂言の懐の広さを実感する」とありますが、実際に舞台を眼にした私にも伝統芸の奥深さはしたたかに実感されました。乱歩作品を原作として、つまり作中のモチーフを素材としてよくまとめられた狂言であったことはたしかなのですが、もしも私が作者であったなら、もっと笑える台本を書いていたことだろうと思われます。笑いを取ろうとしない狂言なんて、ジャンルを自壊するものでしかないのではないか。
「乱歩で町おこしを企画」しているらしい名張市は、有名どころに丸投げしてこと足れりとするブランド志向も結構なれど、もっと地域に根ざすことを考えて、名張子ども狂言の会のよい子たちに腹をかかえて笑えるような乱歩原作の新作狂言を演じてもらうのがよろしいでしょう。台本なら私がいくらでも書いて進ぜましょう。
ここに記したとおり、乱歩狂言「押絵と旅する男」は、伝統芸能というものの奥深さを実感させるものではあったものの、笑いをいっさい取ろうとしていないという一点で、狂言というジャンルを自壊するものではないか、と思わせる作品であった。
そもそも、「押絵と旅する男」を狂言にする、という発想に無理があるのではないか。
狂言は単純な筋立てをこそ旨とすべきものであって、わしが乱歩狂言を書くとしたら、たとえば、「二人大名」ならぬ「二人探偵」とか題して、展開はごく単純に、以下のごとく。
舞台は、とあるお屋敷。
探偵が登場して、これはこのあたりになんとかかんとかの探偵であるが、このお屋敷に今宵、謎の賊が押し入ると予告状が届いたによって、警護に参上つかまつった、みたいなことを説明。
そこへ、もうひとり、探偵が登場し、これはこのあたりになんとかかんとかと、おなじ説明。
で、探偵ふたり、いさかいを演じる。
われは探偵、おまえは変装した盗賊、とたがいに主張して、譲らない。
そこへ、探偵の少年助手が登場。
しかし、少年助手にも、いずれがほんものの探偵か、見ぬくことができない。
そこへ、少年助手を団長とする探偵団の面々、大挙して登場。
どっちがほんもので、どっちがにせものか、正体を知るためのてんやわんやがくりひろげられ、ついにほんものが判明。
少年助手と探偵団の面々、にぎやかににせもの、すなわち怪人二十面相を追いかけて、えーい、やるまいぞ、やるまいぞ。
みたいなことにすると、笑いはいくらでも取りにいけるし、名張子ども狂言の会のよい子たちにも思う存分、活躍してもらえるはずである。
名張で生まれた手づくり狂言、なんてのがあっても、面白いと思うぞ。
ま、無理だろうけどな。
しかし、それにしても、血税三億円をどぶに捨てた官民合同事業「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」が大失敗のうちにくりひろげられた2004年あたりから、名張市の評判ってやつが、えらい勢いで下落してしまった。
それまで、乱歩関連では、あちらこちらから、そこそこお認めいただいていたのだが、というのも、名張市立図書館は乱歩関連資料の収集と活用をしっかりつづけております、ということが、目録を発行したことで少しずつ認知されていって、そういえば、血税三億円をどぶに捨てた「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」でも、『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』を刊行する事業は実現できたんだから、2004年にはまだ名張市もそこそこ信用されていた感じだったんだけど、翌年の夏がこれであった。
これ一発で、終わりだったな。
衝撃的な破壊力であった。
以来、乱歩関係者のあいだで、名張市の評判ってやつがもう、ほんとにもうな、無茶苦茶になてしまたあるよ。
つい先日も、いやー、市役所のひとが著作権のことをちゃんとしてくれたのは、近年の名張市では唯一の朗報でしたねー、と電話で喜んでくださったかたがあった。
ほんと、そうであった。
わしもひさびさで、感銘を受けたなり。
いやいや、乱歩狂言が懐かしくて、幻影城プロジェクトとは無縁な話題なのじゃが、ついつい筆を費やす結果となってしまった。
読者、諒せよ。
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