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平成24・2012年1月29日 毎日新聞社
今週の本棚・この人この3冊:江戸川乱歩=荒俣宏・選
荒俣宏
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<1>日本探偵小説全集2 江戸川乱歩集(江戸川乱歩著/創元推理文庫/1260円)
<2>貼雑年譜(江戸川乱歩著/講談社/4200円)
<3>乱歩彷徨(ほうこう)-なぜ読み継がれるのか(紀田順一郎著/春風社/2000円)
江戸川乱歩は子供の頃に愛読した、いまさら怪人二十面相でもないだろう、とおっしゃる読者に、大人でないと分からない乱歩のおもしろさを再発見する楽しさをお伝えしたい。
<1>はまず乱歩作品の読み直しから。「理知の文学」をめざした初期短編から徐々に猟奇性やエロティシズムの長編へ移行していく作風をおさらいするのに便利な文庫一冊だ。研ぎ澄まされた推理や心理分析で鮮やかな謎解きで魅せる初期作品が、いつか理知よりも情念や幻想の「濃さ」に浸る長編ロマンに変容する。収録された長編「化人幻戯」では、美女との「浴室痴戯」などが描かれ、明智小五郎は活躍するものの、禁じられた風俗文芸でも読むような気分になる。
かくて戦時態勢に突入すると、乱歩の作品は風紀紊乱(びんらん)のかどで軍部や当局に睨(にら)まれ、執筆禁止状態に立ち至る。そんな休筆の徒然(つれづれ)に乱歩が思い立って制作した半生の記録集成が、<2>の貼雑帖(はりまぜちょう)だ。全ページを実物コピーで構成、直筆とスクラップが実に生々しい。「私物」までが公開され、乱歩の外面と内面の変転ぶりが一般読者にも理解できるようになった。支那ソバ屋に古書店に下宿屋、さらに漫画まで描いた雌伏の若き日々。大正9(1920)年には探偵小説に熱中し、日本にもこの新ジャンルを確立しようと「智的小説刊行会」の設立に動き、江戸川藍峯の筆名で短編小説を試み始める。ついに大正12年、『新青年』誌でデビューするのだが、そのあとは自作の広告や書評、書簡などの貼り込みオンパレード、稀(まれ)に見る自分コレクションといえる。
しかし、この膨大な『貼雑年譜』をどのように読み解いたらよいのか。そこで<3>が登場する。実は乱歩は知的文学(トリックや謎解き)としての探偵小説が早晩「曲がり角」にぶつかることを知っていたのである。一方、乱歩には少年期以来の怪異趣味があり、その方面を強調した長編のほうが彼の知的小説(短編)よりも人気が高くなった。この世俗的な成功は、探偵小説を広く認知させる役には立ったが、逆に乱歩が理想とした本筋の理知的部分を弱める副作用も現わした。完全主義者の乱歩はこれで苦しむことになり、長期休筆のやむなきに至る。
ところが乱歩は戦後、このスランプからみごとに蘇(よみがえ)る。普及をめざす探偵小説を少年ものに切り替え、理知的な本格の分野では小説でなく評論と出版プロデューサーとして返り咲くからだ。また松本清張登場の意味も力説される。
毎日新聞 2012年1月29日 東京朝刊
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