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平成24・2012年1月5日 毎日新聞社
私だけのふるさと:川瀬七緒さん 福島県白河市
根本太一
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かわせ・ななお 推理作家。1970年生まれ。文化服装学院卒。デザイン会社勤務を経て、07年から執筆活動。著作に「静寂のモラトリアム」「ヘヴン・ノウズ」。昨年「よろずのことに気をつけよ」で女性では15年ぶりの江戸川乱歩賞。子ども服デザイナーの顔も持つ。
◇夢中で摘んだクローバー
白河市は、小峰城を中心に栄えた古い街です。奥州への入り口となる「白河の関」もありました。築城の際は、組んでも組んでも石垣が崩れるので棟りょうの娘を人柱にした言い伝えがあって、逃げる彼女を捕らえた地とされる「追廻(おいまわし)」という町名が残っています。供養に植えられた「おとめ桜」が春には悲愴(ひそう)なほど美しいんです。
信仰心のあつい土地で、道のあちこちにお地蔵さんが立っていました。無縁墓地は石をピラミッド状に積み上げ、てっぺんに納骨堂を載せてありました。その扉の隙間(すきま)をのぞいたり、鬼ごっこや隠れん坊をしたり、お寺とお稲荷(いなり)さんが私たちの遊び場でした。不思議に幽霊は怖くなかったんです。
ただ、わら人形を見つけた時には、さすがにゾッとしましたね。人形の上に大人の男性の写真を重ね、杉の木に五寸くぎで打ち付けられていたんです。クモの子を散らすように皆で逃げ帰りました。あの記憶だけはいまだに強烈によみがえってきます。
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本はたくさん読みましたが、外で遊ぶ方が多かったですね。母方の祖父が高校の生物の教師で、よく観察に付いていったものです。四つ葉のクローバー集めがはやって、群生している場所を見つけて喜々として摘んでいたら、その先の草むらと思っていた地面が実は沼で、ドボンと落ちてしまって。助けられ、一命を取り留めたということもありました。
女の子なのに、虫に触るのも平気でした。そうそう、机の中に入れておいたカマキリの卵がふ化してしまい、家じゅう幼虫だらけになって母にものすごく叱られたなあ。祖父母が住んでいた隣村では、アオダイショウを土蔵で飼っている家もあったそうですよ。ネズミ退治に役立つんです。
マムシは目と鼻の間に熱センサーを備えていて、人の列が通ると、2人目が狙われやすいそうです。農作業に危険なので足で頭を踏んづけ首を持つんですが、駆除は慎重にしました。マムシって卵を体の中でかえして産み落とすんです。腹を傷つけでもしたら、たくさんの子ヘビが飛び出て大変なんです。
ただ、楽しいと感じられたのは小さい頃だけでした。閉鎖的で干渉が激しく、あまりにも濃密な共同体。一人でいたい性格なのに、放っておいてくれない世間が、煩わしかったんです。成長するにつれ、故郷を捨てたい思いが強くなっていきました。
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東京での生活が長くなり、離れた今だから落ち着いて見つめられるような気がします。心の奥底では、郷里への愛があふれているんですね。過疎になって駄菓子屋さんや商店がつぶれていき、実家の写真館も閉じました。そして、今回の震災。人柱をささげて組み築かれた石垣も再び崩れてしまいました。
私の小説は、いつも古里の描写から始まります。田舎の風景や風習だったり、宗教的な因習だったり。子どもの頃に虫たちと遊んだ体験をミステリーに生かせないかとも、試行錯誤中なんです。素材は白河に詰まっていたんですね。【聞き手・根本太一】
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■人物略歴
◇かわせ・ななお
推理作家。1970年生まれ。文化服装学院卒。デザイン会社勤務を経て、07年から執筆活動。著作に「静寂のモラトリアム」「ヘヴン・ノウズ」。昨年「よろずのことに気をつけよ」で女性では15年ぶりの江戸川乱歩賞。子ども服デザイナーの顔も持つ。
毎日新聞 2012年1月5日 東京夕刊
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