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平成23・2011年12月7日 毎日新聞社
ブックウオッチング:街の本屋さん 往来堂書店(東京都文京区)
崔聡子
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ブックウオッチング:街の本屋さん 往来堂書店(東京都文京区)
◇心をくすぐる「文脈棚」
東京の文京区と台東区の境界に位置する通称「谷根千(やねせん)」地域は広い世代に人気の街だ。週末には昔ながらの商店街でメンチカツをほおばり、細い路地に点在する雑貨店やギャラリーをのぞく観光客であふれる。東京大と東京芸術大に挟まれた文化的な立地にあり、鴎外、漱石、一葉など文人居住の地として、近辺には文学碑や旧居跡が多い。周辺には個性的な新刊書店、古書店、図書館がある。近年は本の街として「一箱古本市」などのイベントでも知られている。
地下鉄千代田線の根津駅と千駄木駅の中間、不忍(しのばず)通り沿いにある往来堂書店はその中心的な存在の新刊書店だ。11月には開店15周年を迎えた。
往来堂書店の特徴は「文脈棚」と呼ばれる本の並べ方だ。通常の書店は「文庫」「新書」「文芸」「理工」「芸術」などに分類して本を並べているが、往来堂は、例えば「江戸・東京」がテーマなら、文庫から写真集、コミックまでを判型にかかわらず一緒に並べている。「テーマの観点からお客さんが興味を持ちそうな本を一緒に並べています」と店長の笈入建志(おいりけんじ)さん(41)。
約70平方メートルの小さな店舗は一見よくある街の本屋という見かけだが、書籍の並びを見ると本好きにはたまらない息遣いが感じられる。文庫や新書、コミックの棚も容量が少ないだけに、新刊をただ羅列するのではなく、一冊一冊考えて並べられている。作家、編集者、他の書店員にもファンが多いというのもうなずける。
夏と冬には周辺の店や近隣住人ら往来堂にかかわる人が選ぶ文庫を並べて紹介する「D坂文庫」というフェアが恒例になっている。「D坂」とは江戸川乱歩の小説の舞台になった、千駄木駅そばを通る団子坂のことだ。笈入さんは「大手出版社の文庫フェアをよそと同じようにやってもつまらない。自分たちでできないかと考えたのがきっかけ。結果として本を薦めた人が『自分がかかわった店』と思ってくれるのが良かった」と言う。
大手書店に勤務していた笈入さんは、11年前に往来堂の2代目店長として公募で選ばれた。「一冊の本、一人のお客さんに、もっとじっくり向き合える店が理想だった」と言う笈入さんが仕掛ける客と本屋の対話はほかにもある。ほぼ毎週発行されるフリーペーパー「往来っ子新聞」もそのひとつだ。A4判を三つ折りにした新聞で、すべてスタッフの手書きで開催中のフェア、新刊、往来堂ならではのランキングを紹介している。広告欄もあり、近隣の店やギャラリーの情報なども掲載されている。「本に関するあれこれを、店頭で立ち話する感覚で読んでもらえれば。本屋は本についての声であふれていないといけないと思う」と笈入さん。客同士の対話を演出できないかと考えている。「『あの店、小さいけどわかってる』と言われたいですね」【崔聡子】
◇「根津神社」のそばだけに
往来堂書店(東京都文京区千駄木2の47の11、電話03・5685・0807)。今年の夏は芥川賞作家の西村賢太さんが傾倒することで知られる藤澤清造の「根津権現裏」がよく売れた。まさに根津神社のそばに位置する地域だけに地元住民の関心度が高く、「同規模の店の10~15倍売れた」(笈入さん)。
毎日新聞 2011年12月7日 東京朝刊
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