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平成23・2011年12月4日 産経新聞社、産経デジタル
【書評】『乱歩彷徨 なぜ読み継がれるのか』『幻想怪奇譚の世界』紀田順一郎著
権田萬治
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【書評】
『乱歩彷徨 なぜ読み継がれるのか』『幻想怪奇譚の世界』紀田順一郎著
2011.12.4 10:30 (1/3ページ)
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「幻想怪奇譚の世界」と「乱歩彷徨」=28日(寺河内美奈撮影)
探偵小説嗜好を明確に反映
何よりも本を愛する紀田順一郎が出版界や書物について詳しいのは当然だが、『日記の虚実』『東京の下層社会』などの多くの著作を見ればわかるように氏の研究評論の守備範囲は非常に広い。いわば、現代の百科全書派の一人といってもいい存在である。
が、こと小説に限っていえば、氏が特に好んでいるジャンルが探偵小説であり、また、怪奇幻想小説であることは、はっきりしている。
近刊の『乱歩彷徨(らんぽほうこう)』と、『幻想怪奇譚(たん)の世界』は、その意味で、氏の独特の文学的嗜好(しこう)を明確に反映した優れた研究評論として、興味深い。
若い世代の最初の乱歩体験は、大抵の場合、名探偵明智小五郎や小林少年が活躍するジュニアものの『怪人二十面相』から始まる。そしてそこで終わってしまうか、通俗長編の『孤島の鬼』『蜘蛛(くも)男』『猟奇の果』などの方向に向かうかすることが多いように思われる。自他ともに認める『二銭銅貨』『心理試験』『押絵と旅する男』『人でなしの恋』『人間椅子』『屋根裏の散歩者』『陰獣』をはじめとする多くの名作や、評論集『幻影城』や、推理小説史に欠かせない『探偵小説四十年』などにはなかなかたどり着かないのである。
【書評】
『乱歩彷徨 なぜ読み継がれるのか』『幻想怪奇譚の世界』紀田順一郎著
2011.12.4 10:30 (2/3ページ)
かつて詩人の長谷川龍生は、乱歩体験は子供が麻疹(はしか)にかかるのと同じと語ったことがあるが、これはこういう偏った乱歩体験を指していると思われる。
『乱歩彷徨』は、こういうジュニアものや通俗ものに偏りがちな乱歩像を修正し、芸術的な潔癖さゆえに苦悩しながら、通俗的な作品にも優れた才能を発揮した作家であるとともに、ミステリーの有能な研究者であり、探偵文壇の動きの生身の記録者として偉大な足跡を残した「大乱歩」の矛盾に満ちた人と作品の軌跡を見事に浮き彫りにしている。
特に優れているのは、著者の豊かな出版に関する知識が生かされている点で、『幻影城』の初版から増補改訂された「特製限定版」などについての書誌学的な記述や、人気連載の『怪人二十面相』が1936年7月号で1回休載になったことについての二・二六事件などを踏まえた詳細な分析などは他の人ではなし得えない独創的な指摘である。
また、記述が平明でわかりやすく、しかも著者の探偵小説体験なども時折織り込まれて、全体として面白く読める内容になっている。
さて、もう一方の『幻想怪奇譚の世界』は、これまでに発表された評論、解説、翻訳などを収録したもので、興味をそそられた文章から読むことができるのが楽しい。
草双紙や口碑伝説に基づく八雲の怪談は、決して世にいう「再話小説」などでなく、優れた芸術的創作だと指摘した巻頭の「小泉八雲 怪談の背景」をはじめとする評論は、それぞれ、力がこもっているが、私には「百物語の盛衰」が百物語の今昔がうかがえて興味深かった。
【書評】
『乱歩彷徨 なぜ読み継がれるのか』『幻想怪奇譚の世界』紀田順一郎著
2011.12.4 10:30 (3/3ページ)
文庫の解説なども入っているが、その水準は評論と同じくらい高い。例えば著者の「サマセット・モーム『魔術師』解説」などは氏の書誌学的な知識が生かされて、とても有益である。中でも、新稿の「H・G・ウェルズの『宇宙戦争』」は海野十三とウェルズの宇宙人の侵略への恐怖感の対照的な違いを明確に指摘していて面白かった。
『乱歩彷徨 なぜ読み継がれるのか』(春風社・2000円)/『幻想怪奇譚の世界』(松籟社・1995円)
評・権田萬治(文芸評論家)
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【プロフィル】紀田順一郎
きだ・じゅんいちろう 評論家、翻訳家、小説家。神奈川近代文学館館長。昭和10(1935)年、横浜生まれ。慶応大学経済学部卒。平成20年『幻想と怪奇の時代』で日本推理作家協会賞。『紀田順一郎著作集』全8巻をはじめ著書多数。
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【プロフィル】権田萬治
ごんだ・まんじ 昭和11年、東京生まれ。東京外国語大学フランス語科卒。日本新聞協会を経て専修大学教授、ミステリー文学資料館館長を歴任。51年『日本探偵作家論』で日本推理作家協会賞、平成13年『日本ミステリー事典』共同監修で本格ミステリ大賞。『現代推理小説論』ほか著書多数。
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【プロフィル】江戸川乱歩
江戸川乱歩(1894~1965年)は小説家で推理小説専門の評論家。三重県生まれ。早稲田大学政経学部卒。推理小説の祖、エドガー・アラン・ポーをもじった筆名。日本推理作家協会初代理事長。
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紀田順一郎
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江戸川乱歩
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