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日本経済新聞
平成23・2011年11月27日 日本経済新聞社
乱歩彷徨 紀田順一郎著 作家人生を貫く壮大なトリック
有栖川有栖
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2011/11/27付
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(春風社・1905円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
傑作を書きたい。作家なら誰でもそう希望するが、その先の夢あるいは欲望には、個人差が出る。大勢に読まれたい、永く読まれたい、深く読まれたい(評論の対象となり、熱烈な愛読者を作りたい)など。
わが国における「探偵小説の父」と称される江戸川乱歩は、眼高手低(志は高いが実力が伴わない)と自作に対して厳しい見方を表明していたが、作家の夢・欲望をほぼすべてかなえたのではあるまいか。
本邦初の探偵作家=パイオニア。異端の文学者。臆面もなく通俗的な大衆作家。児童ミステリーの大御所。海外ミステリーの優れた紹介者にして研究家。探偵雑誌の編集者。現在の日本推理作家協会の創設者にして推理文壇の長。そして、驚異的なロングセラー作家。江戸川乱歩はいくつもの顔を持つ。探偵小説史の記録者としての功績も大きい。
これほど存在感の大きな探偵作家(今日風に言うとミステリー作家)は、もう現れまい。その作品が無類の面白さを有しているためだが、開拓者という特権的地位が揺るがないことも少なからず影響している。
と、ここまでは広く理解されてきた。「なぜ読み継がれるのか」を副題にした本書は、幾度もスランプに悩まされた乱歩の軌跡を追いつつ、まぶしいばかりの成功の秘密について精緻に検証をして、新しい乱歩像を私たちに提示してみせる。
その成功は、乱歩自身の計画・戦略にもとづいて成し遂げられた。探偵小説がいかなるものかというコード(基準ないし綱領)をいち早く明らかにし、自分の文学史上の位置付けを行い、どの作品を「殿堂入り」させてどの作品を切り捨てるかといった「ほかの作家なら、まず絶対にしない作業」を行った、と著者は見る。
乱歩の作家人生を貫く壮大なトリックがあったのだとしたら、見抜いた著者は名探偵ということになりそうだ。初出誌にあたって『怪人二十面相』休載の隠された事情を掘り起こすなどの発見もあり、乱歩ファンもミステリーファンも必読の一冊である。
(作家 有栖川有栖)
[日本経済新聞朝刊2011年11月27日付]
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