さあ腐れ公務員ぼこぼこにしてやろっと、とまいりたいところではありますが、よく考えてみたらきょう30日は『乱歩謎解きクロニクル』の発売日です。
▼言視舎s-pn.jp:乱歩謎解きクロニクルじつは数日前から出回っていたらしく、予約してあったのが届きましたというメールを26日の月曜に頂戴したりもしていたのですが、一応きょうが発売日ということになっておりますので、あらためてご案内をひとくさり。
すでにごらんいただきました目次とあとがきを再掲し、新たに「涙香、『新青年』、乱歩」のはしがきを転載したいと思います。
段落間の一行あきはブラウザ上の読みやすさに配慮し、転載にあたって新たに設けたものです。
目次の初出データも転載するにあたって添えたもので、実際には巻末にまとめて記載されております。
目次
涙香、「新青年」、乱歩 9
はしがき 9
第一章 「新青年」という舞台 14デビューと疎外感/回想記から自伝へ/かけがえのない場/紛れ込む誤認/発見された草稿/浮かびあがる疑問
第二章 絵探しと探偵小説 39
「二銭銅貨」の逸脱/「一枚の切符」の反転/「恐ろしき錯誤」の妄想/探偵趣味と小説作法/二重性の影/かりそめの器/謎ではなく秘密
第三章 黒岩涙香に始まる 68
人嫌いから社交家へ/小説を書けない日々/「本陣殺人事件」の衝撃/垂直性の選択/第一人者の戴冠/うつし世と夜の夢
初出:中相作『涙香、「新青年」、乱歩』名張人外境、二〇一〇年五月二十九日
江戸川乱歩の不思議な犯罪 97
昭和四年 虐殺/大正十五年 対立/昭和二年 放浪/大正十三年 猟奇/昭和三年 再起/昭和十年 敬慕/昭和四年 変転/昭和三年 詐術
初出:江戶川亂步『完本陰獣』藍峯舎、二〇一八年二月二十五日
「陰獣」から「双生児」ができる話 121
二組の双生児/正体をめぐる謎/カムバックの舞台裏/編集者横溝正史
初出:江藤茂博、山口直孝、浜田知明編『横溝正史研究4』戎光祥出版、二〇一三年三月一日
野心を託した大探偵小説 133
初出:「小説現代」第五十一巻第九号、講談社、二〇一三年九月一日
乱歩と三島 女賊への恋 139
初出:江戶川亂步、三島由紀夫『完本黒蜥蜴』藍峯舎、二〇一四年五月十五日
「鬼火」因縁話 151
東京へ/暗い絵/水と火/廃園で/冬の旅
初出:横溝正史『鬼火』藍峯舎、二〇一五年六月二十五日
猟奇の果て 遊戯の終わり 175
土蔵の死骸/二冊の豪華本/猟奇耽異の器/文学派の領土/美しい死体
初出:江戶川亂步『幻想と怪奇』藍峯舎、二〇一五年十二月二十五日
ポーと乱歩 奇譚の水脈 191
初出:エドガー・アラン・ポー、江戶川亂步『赤き死の假面』藍峯舎、二〇一二年十二月二十五日
引用底本一覧 201
作品年譜 206
あとがき 215
はしがき
昨年十月三日、横浜市の県立神奈川近代文学館で特別展「大乱歩展」が開幕した。江戸川乱歩をテーマにした展示会としては、ともに池袋で開かれた二〇〇三年の「江戸川乱歩展 蔵の中の幻影城」、翌年の「江戸川乱歩と大衆の20世紀展」のあとを受ける大規模な催しで、館長の紀田順一郎先生が長く念願していらっしゃった企画だと聞く。
書籍や雑誌、原稿、書簡、写真のたぐいはいわずもがな、乱歩が不届きな出版社から召しあげた紙型までもが陳列された圧倒的な展示内容で、文学館のスタッフは毎朝、前日の入場者が息を呑みながら展示ケースのガラスに残していった指紋や掌紋を、開館時刻までにきれいに拭き取る作業に追われたという。開幕初日には記念講演会も催され、小林信彦さんが「乱歩の二つの顔」と題してお話しになった。
同じ日、池袋にあるミステリー文学資料館では、開館十周年を記念したトーク&ディスカッション「『新青年』の作家たち」がスタートした。土曜の午後に開講される全九回の連続講座で、毎回ひとりずつ「新青年」ゆかりの作家がとりあげられる。初日のテーマは江戸川乱歩。館長をお務めだった権田萬治先生からご慫慂をいただき、講師を担当することになった。開始は午後一時三十分。小林信彦さんの講演が始まる三十分前である。
撃沈だな、と観念した。どちらも乱歩をテーマとしながら、講師には雲泥というも愚かな開きがある。のみならず、むこうは異国情緒たっぷりな港の見える丘公園に建つ文学館、こちらはビルの地下一階、迷路のような狭い通路をたどった先の小さな会議室が会場である。選択に迷う乱歩ファンなど存在しないものと思われた。
何人の方にお集まりいただけるのか、撃沈の不安に怯えながら当日を迎えたが、ありがたいことに定員の三十五人近い入場があった。名張市民の税金で用意した二銭銅貨煎餅も、手みやげとして全員にお受け取りいただくことができた。「涙香、「新青年」、乱歩」と題して一時間ほど喋り、三十分あまりディスカッションして、講師としての役目を終えた。
このまま埋もれさせるには惜しい内容だ、といってくれる人はひとりもなかったが、本人としては喋りっぱなしで捨て置くのはしのびない。時間の制約から意を尽くせなかったところもある。そこで、トークの梗概を自分のウェブサイトに連載することにした。話した内容をただ再現するのではなく、昨年十二月に出た長山靖生さんの『日本SF精神史』(河出書房新社)に教えられて海野十三の「探偵小説雑感」を引用するなど、トーク以降に得た知識や所見も加えながら書き進めたものだから、いつまでたっても終わらない。年が改まり、バンクーバー冬季五輪もたけなわの二月なかばにようやくけりがついた。
今度は連載分を一本の原稿にまとめることを思いつき、この国では今年が電子書籍元年になると喧伝されていることから、新書判のフォーマットでレイアウトしたPDFファイルをインターネット上で公開することにした。ダウンロードすれば、アドビ社のAdobe Readerで読むことができる。ツールバーの「表示」で「ページ表示」を選択し、「見開きページ」と「見開きページモードで表紙をレイアウト」をオンにすると、しょせんまがいものとはいうものの、電子書籍らしい雰囲気は思いのほかに実感される。
簡単な作業だと踏んでいたのだが、サイト連載分が冗漫でばか長くなったため、結局は最初から書き改めるに等しい手間がかかった。一月に刊行された川西政明さんの『新・日本文壇史 第一巻 漱石の死』(岩波書店)の影響で年月日や住所をやたら詳しく記したりもして、去年のトークはほとんどかたちをとどめていない。面目を一新した、といいたいところだが、枝葉に筆を費やしたせいでまとまりを欠き、というよりは、幹になったのが一時間程度のトークでしかないのだから、そもそもまとまりなど求めようもなく、大きく深いはずのテーマを表面だけ軽くなぞることに終始しているのは致し方のないところであろう。こんなことならやんなきゃよかった、と思わぬでもないが、なにしろ電子書籍元年である。ついうかうかと調子に乗ってしまった。
「涙香、「新青年」、乱歩」というタイトルについて述べておくと、お読みいただけばおわかりのとおり、黒岩涙香にはまったくといっていいほど関係がない。こんな内容でタイトルに涙香を謳っては羊頭を掲げて狗肉を売るの謗りを免れないところだが、これもお読みいただければおわかりのとおり、乱歩の顰みに倣ってまず涙香を掲げた、などと記してしまうと、天国の涙香からも乱歩からも、ともに大目玉を頂戴してしまうに相違ない。罰当りないいわけはこのあたりまでとしておく。
二〇一〇年五月二十九日、アップル社iPadの国内発売が開始された翌日に
あとがき
江戸川乱歩の生誕地、三重県名張市に生まれ育って一九九五年十月から二〇〇八年三月まで市立図書館の乱歩資料担当嘱託を務めた。知性にはまるで無縁な土地柄である。図書館といっても館長は日本語の読み書きさえ怪しいお役人だし、乱歩関連資料を収集しておりますと立派な看板を掲げても内情はいっそ痛快なまでにでたらめである。どれほどでたらめであるかは昨年十月に配信された電子書籍『江戸川乱歩電子全集 第16巻』(小学館)収録のインタビュー「カリスマ嘱託の驕慢と頽落」で委曲を尽くしておいたからここでは述べない。とにかく嘱託を拝命したのだからと名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブック1として『乱歩文献データブック』を編纂し、第一章第六節「大衆意識の可能性──江戸川乱歩」で乱歩を思想史に位置づけた鷲田小彌太さんの『昭和思想史60年』(三一書房、一九八六年)も乱歩関連文献の一点として記載した。刊行は一九九七年三月。ふと思いついて、鷲田さんに一冊お送りしたと記憶している。
ちょうど二十年後の昨年三月、その鷲田さんから突然連絡が入った。津市立三重短期大学の教え子との会合に出席するため津へ行く、名張まで足を伸ばすから会えないかというのが用件だった。五月の夜、初めてお目にかかった鷲田さんは凄まじいような勢いでお酒を飲みながら、乱歩の本を書け、とおっしゃった。枚数は二百五十枚、締切は十一月末、出版社も決めてあるからとかなり強引なお話だったが、せっかくのご指名をお断りする道理はどこにもない。とはいえ半年で二百五十枚、田舎でのんびりくすぶっている非才の身にそんな芸当が可能かどうか、内心首を傾げながらわかりましたと答えてさっそく書き始めてみたものの、じきに不可能だと判明した。しかし、やっぱり無理でしたと開き直れるような度胸はない。これまでに書いたものを寄せ集めてお茶を濁すことに決め、なんとか二百五十枚、言視舎の杉山尚次さんに電子メールでPDFファイルを送信した。同じようなことばかり書いてあるからものにならないだろうと踏んでいたところ、杉山さんからひとつのできごとにいろいろな角度からスポットが当てられている点が興味深いと意外な評言をいただいて、ああ、江戸川乱歩は富士山だなと思い当たった。
富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらい、北斎に至っては三十度くらいという著名なフレーズが事実かどうかはともかく、富士山は見る位置、描く人間によってさまざまに姿を変えると伝えられる。乱歩も群盲に撫でられる一頭の巨象のような存在で、『乱歩文献データブック』に頂戴した中島河太郎先生のエッセイ「江戸川乱歩評判記」も「各人各説でまだまだ乱歩の全貌を摑むのは容易でない」と結ばれていた。だから本書も変わり映えのしない素材を扱った同工異曲の実話読みもの八篇、何の愛想もなく漫然と並べてお茶を濁しているだけの本では決してなく、視点を少しずつずらしながら仰ぎ見た富嶽百景ならぬ乱歩八景の試みなのであると思い込むことにした。同じ時代の同じ舞台に同じような人物がくり返し登場することからフォークナーや中上健次の向こうを張ってタイトルにサーガと謳おうかとも考えたのだが、それでは印象がフィクションめいてくるうえ大仰に過ぎる気もしてクロニクルに落ち着いた。巻末の「作品年譜」にはクロニクルの面目が躍如としているような気配がないでもないだろう。
収録作品に簡単に触れておくと、「涙香、「新青年」、乱歩」は「はしがき」に記したとおり二〇〇九年の短い講演がもとになっている。残りは乱歩作品を中心に少部数の豪華本出版を手がける藍峯舎の書籍に寄せた解説が大半を占め、刊行時期は二〇一二年からつい先日の今年二月まで。二〇一三年の『横溝正史研究』は「横溝正史の一九三〇年代」を特集したナンバーだったが、あいにく一九二八年から二九年にかけての話題しか思いつかなかったから「一九三〇年代前夜の正史と乱歩」という副題をつけてお茶を濁した。同じく二〇一三年の「小説現代」はグラビア「奇跡の発見! 江戸川乱歩『黄金仮面』、戦前の生原稿450枚」の掲載号で、解説を担当したところ肩書を求められたため江戸川乱歩書誌作成者というのをでっちあげてお茶を濁した。
振り返ればお茶を濁してばかりの世渡りである。なりゆきに任せてただ馬齢を重ね、この三月には晴れて前期高齢者の仲間入りを果たす仕儀となってしまったが、ほぼ時期を同じくして本書を世に送る機会に恵まれた。講演であれ、解説であれ、出版であれ、田舎でのんびりくすぶっている非才の身を引き立て、ここに至る道を開いてくださったみなさんには感謝の言葉もない。さらにさかのぼればすべての起点は名張市立図書館にほかならず、名張市のお役人がいっそ爽快なまでに無能だったからこそこうした僥倖に逢着できたのである。知性にはまるで無縁な土地柄にも尽きせぬ謝意を表しておくべきかもしれない。
二〇一八年二月二十五日、バンクーバー冬季五輪から早八年、平昌冬季五輪の閉会式が催される日に
おかげさまで、アマゾンの作家研究部門、堂々一位に輝きました。
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記念のスクショでございます。
ポチはこちらとなっております。
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イシグロもキングもはるか下に見つポチのみ待ちてわれ高齢者。
以上、『乱歩謎解きクロニクル』発売日のご案内をお届けいたしました。
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