暑い。
暑いね。
暑くてたまんないね。
きのうなんか、親戚のお葬式に列席したんだけど、親戚ったって、亡父の妹の息子の嫁の兄、といったあんばいで、じつはろくろくおはなししたこともないひとだったんだけど、喪服が暑くてまいった。
暑くてまいりもしたけど、お葬式というのは、いろいろなことを考えさせられて、そっちのほうでもまいってしまうものだ。
ほんと、毎日お酒ばっかくらいながら、ただうだうだいってるだけでいいのかおれは、とかな。
亡父の妹の息子の嫁の兄だったひとってのも、なんだかとてもよくお酒を飲むひとだったようで、最終的には肝臓をやられて天に召されたとのことであった。
いやー、まいるよなあほんとに。
まいりながらも、きょうもまいろう。
さて、お役所のひとというのは、とりあえず、その場しのぎさえしていれば、それで支障なく渡世ができるひとたちだ。
だから、こちらもついつい、そうなってしまう。
なにかひとつ、解決すべき課題があったとしても、まずは応急処置的な具体策に飛びついてしまいがち、つまりはその場しのぎに走りがちになる。
しかし、不肖サンデー、ある時点で、これじゃまずいな、もっと本質的なところに眼を向けないとな、と気がついた。
もちろん、ふだんから、そう思ってはいた。
ところが、お役所のひとたちのお相手をしていると、ついつい、お役所のやりかたに感染してしまいそうになる。
つまり、うわっつらのその場しのぎに走りがちになる。
だから、あえて、いろはのい、ABCのA、とにかく最初から、わかりきっているはずのことから考えを進めている。
迂遠なようだが、これがいちばん確実なのではないか。
ではでは、きょうも先へと進むことにして、乱歩に力を入れよう、と思ったら、乱歩のことを知ろうとしなくちゃならない、ということは、名張市役所のみなさんにも、たとえごくごくうすぼんやりとではあっても、おわかりいただけたことと思う。
な。
トマトに力を入れたい、と思いついたひとは、やっぱトマトのことをよく勉強して、おのずからトマトにかんする知識を身につけているものだ。
なんでトマトかっていうと、つい先日の夕方、散歩してる最中、そこらの家庭菜園で汗を流しているひとに行き合って、ちょっと立ち話をしたところ、ことしはトマトつくってるんです、といろいろ教えていただいたからである。
このひとは、もともとうちの近所にあったパチンコ屋さんの社長だったかたで、いまは悠々自適の毎日というわけか、野菜のことなんかあまりご存じないひとだったはずなのに、いまやトマトにものすごくお詳しい、といった印象であった。
だから、家庭菜園でトマトに力を入れようと思ったら、トマトのことをよく知らなければ話にならんがや、ということなのである。
同様に、図書館が乱歩に力を入れようと思ったら、乱歩のことをよく知ろうとしなければ話になんないわけ。
おわかりであろうか。
おわかりであろうな。
いくら名張市役所のみなさんでも、ここまでくどくどくどくど説明してきたのだから、うすらぼんやりとでもわかっていただけたものと思う。
図書館が、乱歩に力を入れる、といったら、とりあえず、乱歩の本を集める、ということになる。
乱歩の本を集める、ということになったら、乱歩がどんな本を出したのか、それを調べることが必要になる。
だから、先日も記したとおり、乱歩の自伝あたりを手がかりとして、大正14年の『心理試験』を皮切りに、乱歩がどんな本を出したのか、そのリストを作成する作業、なんてのが当然要請されるはずである。
というか、自伝には「江戸川乱歩作品と著書年度別目録」という付録がついているから、それを丸写しするだけで昭和35年までのリストができあがる、という寸法である。
じつにありがたい話ではないか。
こんな作家、ほかにはいないぞ。
なにしろ、乱歩本人が作品や著書のデータを記録してくれてるんだから、乱歩の本を集めよう、となった場合、これほどありがたい話はないのである。
ラッキー、とかつぶやきながら、「江戸川乱歩作品と著書年度別目録」から乱歩の本のデータを抜粋してゆけばいいのである。
ただし、名張市立図書館は、そんなことはしなかった。
どうして、しなかったのか。
知るわけがない。
不肖サンデー、そんなこと知ってるわけがない。
とにかく、乱歩がどんな本を出したかを調べようともせず、乱歩について知ろうとすることもなく、乱歩作品を読むこともなく、名張市立図書館は乱歩の本を集めていた。
要するに、本屋さんとか古本屋さんとかに行って、あるいは、古本屋さんの目録で適当にあたりをつけて、乱歩の本、くださいな、みたいなことをつづけるだけだったわけである。
乱歩の本、と呼ばれるものがいったいどれだけあるのか、その全体像を視野に入れることなどまったく考えようともせず、目先にあるものだけを集めてお茶を濁し、それが資料収集であると公言してはばからなかった。
もちろん、それだって資料収集である。
しかし、きわめておそまつな資料収集である。
うわっつらだけとりつくろってりゃそれでいいのか、みたいな資料収集である。
やーい、あほ、といわれてもしかたがないような資料収集である。
やーい、あほ。
ほんと、やってらんないよな、とか思いつつ、それでもめげずに、先に進もう。
これもまた、この平熱教室でくどくどくどくど述べてきたことなんだけど、乱歩の本以外にも、乱歩関連資料というやつは存在する。
つまり、乱歩が書いた本だけでなく、乱歩以外の人間が乱歩について書いた本なんかも、乱歩関連資料である、ということだ。
くどくどくどくど記してきたことだから、名張市役所のみなさんには、ごくごくうすらぼんやりとではあっても、それなりにご理解いただけているはずではあるが、その理解をさらに深いものにしていただくため、きょうは新聞広告のことを考えてみよう。
先日、新聞広告のことを記した。
名張市立図書館がオープンした当時、講談社版歿後第一次乱歩全集の広告が新聞に掲載されていた、ということを記した。
さて、その乱歩全集の新聞広告は、はたして乱歩関連資料であるのか、そうではないのか。
むろん、である、とも、ではない、とも、どちらにも解釈できる。
かんじんなのは、基準である。
乱歩関連資料というのは、いったいどんなものか。
それを明確に定義しておきさえすれば、あとはその基準にもとづいて、判断をくだせばいいだけの話である。
ただし、ちゃんと考えて、ちゃんと決める、といったごくあたりまえのことが、名張市役所のみなさんにはできない。
だから、乱歩関連資料を定義する、なんてこともできない。
できない、というよりは、しようとしたことがない。
やーい、あほ。
ほんと、あほってのは、どうしようもないよね。
しかしまあ、どんなあほでも理解できる、というのがこの平熱教室なんだから、どんなふうに考え、どんなふうに決めてゆけばいいのか、わかりやすくシミュレートしてみよう。
手がかりになるのは、やはり乱歩の自伝だ。
名張市立図書館は、開館準備の段階において、本屋さんや古本屋さんで乱歩の本を大人買いしていた。
だから、おそらくその時点で、昭和36年に出版された乱歩の自伝『探偵小説四十年』を入手することができていたはずである。
かりにできていなくても、講談社版歿後第一次乱歩全集には自伝の巻もあったんだから、開館してまもないうちに全集版の自伝を読むこともできたはずなんだけど、ここではとりあえず、開館の時点で自伝の初刊本を古書として購入できていた、と仮定する。
で、開館まではなにかと忙しく、その自伝を読んでみる暇がなかった。
しかし、無事に開館できたので、これからどうやって乱歩に力を入れていけばいいのか、じっくり考えてみよう、ということになった。
そうならなければ、ちょっとおかしい。
そこで、自伝を手に取ってみた。
もっとも、乱歩に力を入れるとか入れないとか、そんなこと関係なしにしても、乱歩の自伝を手に取ってみる、ということは、ごくふつうにおこなわれたはずである。
なんつったって、乱歩の自伝である。
名張のことはどう書かれているのかな、みたいな興味は、名張市立図書館の関係者であれば、ふつうに抱くはずである。
とにかく、自伝を手に取って、「自序」を読んでみる。
こんなことが書いてある。
私は日記が書きつづけられない性分だから、自分に関する記録は何でも収集しておくくせがあり、新聞、雑誌の切り抜きなど丹念に保存して、その大部分は「貼雑帳」という大きなスクラップ・ブック数冊に貼りつけてある。(本書の扉に薄色で印刷した写真は、その貼雑帳の戦前の分の一冊である。横長で新聞紙半頁大)。この回顧録は主として貼雑帳の資料によって書いた、というよりも、鋏と糊でそれらの資料を貼り合わせ、そのあいだあいだに、自分の文章を書き加えたというのが正しいであろう。記憶力の極度に弱い私は、こういう資料でもなければ、とても長い回顧録など書けなかったと思う。しかし、考えてみると、すべてその当時の記事によってしるすというこの方法は、記事そのものの間違いは正し得ないにしても、筆者の記憶ちがいを防ぎ、できる限り真実に近い記録を残すという意味では、大いに取柄があり、この形式の回顧録もまた一つの行き方ではないかと思うのである。
かりそめにも乱歩関連資料を収集するというのであれば、見過ごしにはできない文章だ、ということくらい、名張市役所のみなさんにもおわかりいただけることであろう。
乱歩が、自分にかんする資料を保存し、必要に応じて利用していたことが、ここにちゃーんと記されている。
しかも、巻頭である。
自伝を手に取って、最初から読みはじめたならば、居眠りするまもなくたどりついてしまうところに位置している。
だから、名張市立図書館の関係者がこの「自序」を読まなかったはずはなく、それを乱歩関連資料収集の指針としなかったはずもない、と思われるのだが、ほんとはどうだったんだろうね。
「自序」のあとは、いよいよ本文だ。
名張のことは、ちらっとしか出てこない。
そりゃそうじゃろう。
ただ生まれたというだけで、乱歩は名張のこと、なんにもおぼえておらなんだのじゃからな。
それでもさらに、読み進んでゆく。
すると、「新青年」という雜誌の新聞広告や、昭和6年に配本がはじまった平凡社版乱歩全集の新聞広告なんかが、図版として収録されていることに気がつく。
それらの新聞広告は、「自序」に記されていた「貼雑帳」に、乱歩自身がスクラップしていたものだ。
ここで、ふつうなら、へーえ、乱歩は自分の全集の新聞広告まで切り抜いて保存していたのか、と思いあたる。
そして、卒然として気がつく。
だったら、いま出ている乱歩全集の新聞広告も、乱歩関連資料として保存するべきではないのか、と。
それが、乱歩の自己収集を継承する、ということだ。
おわかりであろうか。
もちろん、新聞広告まで保存するの? という意見もあっていいんだけど、不肖サンデーの考えは、やっぱそのあたりのレベルまで収集対象とするべきだろう、ということにつきる。
ここでひとつ、名張市立図書館がよく認識しておくべきことがある。
それは、名張市立図書館が望むと望まないとにかかわらず、名張市立図書館には期待が寄せられている、ということだ。
名張市立図書館が乱歩関連資料をちゃんと収集し、保管し、活用してくれますように、という期待が、乱歩の関係者やファンのあいだに確実に存在している、ということだ。
乱歩関連資料をせっせと収集しております、みたいなところは、ほかにはどこにもないんだからな。
となると、そのあたりのことも考慮して判断するのであれば、やっぱ乱歩の自己収集を継承いたします、という方向性を選ぶしかないのではないか。
すなわち、新聞広告も集めたほうがいいのではないか、ということになる。
新聞広告ということでいえば、講談社版歿後第二次乱歩全集の新聞広告が、不肖サンデーの手許にある。
読売新聞の全面広告だ。
写真に撮影して、全体をごらんいただく。
■20110625a.jpg
欄外には「昭和53年(1978年)10月12日(木曜日)」とある。
少し以前に、あるひとから頂戴したものである。
そのひとがどうしてこれを保存していたのか、というと、乱歩関連資料として貴重なものだから、ということだと思う。
名張市役所のみなさんにはご理解いただけないことかもしれないけれど、乱歩関連資料の収集には、乱歩が時代時代にどう受容されていったか、それを記録するという目的もある。
その意味において、こうした新聞広告はきわめて貴重な同時代資料だ、ということになる。
では、どうして不肖サンデーが、それを頂戴したのか。
それはやはり、資料というやつは、単独でただぽつんと存在しているのではなく、ほかの多くの資料といっしょに活用されることで、より価値を高めるものだ、ということがあるからだと思う。
したがって、本来であれば、名張市立図書館こそが、乱歩関連資料の収集と活用の拠点である、ということになっていて、多くの資料が集まってくる、ということになっているべきだと思うんだけど、残念ながら、そうなってはおらんのね。
そこで、名張市立図書館よりはまだ信頼できるから、という理由で、不肖サンデーが頂戴することになった、ということだったと思うんだけど、いくら個人が所蔵していたところで、死んでしまったらそれでおしまい、あっというまに散逸してしまう。
だからこそ、名張市立図書館が収集し、保管し、活用する、ということを真剣に考えねばならんのだが、ほんとに残念なことながら、そんなことはとてもできない。
考えたり、決めたり、みたいなあたりまえのことが、名張市立図書館にはとてもできない。
だって、これだもんよ。
中 相作 さま
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。
平成20年10月 9日
名張市長 亀井利克
やーい、あほ。
無茶苦茶じゃねーか。
名張市立図書館が、みごとなまでになにも考えようとせず、無茶苦茶なまでにあほなことばかりゆうておるから、名張市長がいいだけ赤っ恥をおかきである。
ちっとはしっかりしなければならんぞ。
活用の方針なんてなんにもございません、などとあほなことをゆうておるのも困ったものじゃが、収集に努めますとゆうてみたところで、収集の方針なんてものもなんにも決められておらんのじゃぞ。
やーい、あほ。
ほんと、名張市立図書館の開設当時の関係者は、乱歩関連資料の収集ということにかんして、やーい、あほ、といわれてもしかたないくらい、ほんとになんにも考えなかったみたいである。
でもって、いまもそうなのな。
いまにいたってもなお、なにも考えず、なにも決めない。
考えたり、決めたり、みたいなことがまるでできない。
というか、乱歩関連資料を収集してます、ということをひた隠しにしている、という印象すらある。
それはまあ、隠蔽は名張市のお家芸、ということはあるかもしれんけど、べつに乱歩関連資料の収集まで隠蔽する必要もないのではないか。
これだけインターネットが普及したのだから、収集した乱歩関連資料のリストをネット上で公開する、みたいなことを考えてもいいのではないか。
名張市役所のみなさんはご存じないことかもしれんけど、資料や情報なんてのは、集めてまーす、とゆうとるところに、たとえわずかずつでも集まってくるものなのである。
上に記した読売新聞の全面広告を頂戴したのも、結局はそういうことであるし、近い例では、たとえばこのコメントをお読みいただこうか。
▼2011年6月14日:冊子:甦る江戸川乱歩の世界展 > どちらもしばらくお待ちください(2011年6月14日)
な。
お読みいただいたとおり、小春ちゃんがえらく太っちゃったらしいの。
らしいの、というのは、不肖サンデーの眼にはそれほど太ったともみえないんだけど、このコメントにも記したとおり、獣医さんで計測してもらったところ、一年間で三キロ以上も体重が増えておったの。
のみならず、うちへ来てくれたお客さんとか、あるいは、散歩の途中で出会ったひととかから、太ったな、といわれることがよくあって、このあいだなんか親戚のおばさんから、
「あら小春ちゃん、おめでた?」
とか尋ねられてしまう始末であった。
としごろのお嬢になんてこと訊くんだ。
実際はまあ、こんななんだけど。
■20110625b.jpg
しかし、これは胴体があまりみえない写真だから、太ってるかどうかはごらんいただきにくいかもしれない。
いやいや、そんなことが問題ではないのね。
要するに、このコメントに記したとおり、乱歩関連のコピーとかバンフとか、そういうものを親切に送ってくださったかたがあった、ということで、まことにありがたいことなんだけど、これぞまさしく、集めてるところには集まってくる、ということの見本なわけね。
しかし、これだって、本来であれば名張市立図書館にお送りいただく、ということになっておらねばおかしいんだけど、どうして、なっておらんのであろうか。
なっておらんままで、はたしていいのであろうか。
どうなんだろうね。
このあたりもやっぱ、市長判断を仰ぐっちゃ、ということになるであろうな。
さ、夕方の散歩行ってこようか。
しかし、まだまだ暑いな。
小春ちゃん、へばってしまうかもしれんな。
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