Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2016.06.15,Wed
「二銭銅貨」を九十九円電書とするため、テキストをちょっとチェックしてみました。
大正12年の初出をA、昭和6年の平凡社版をB、昭和36年の桃源社版をC、として照合してみます。青空文庫は光文社文庫版全集のテキストを採用していますが、その底本はBです。
▼青空文庫:二銭銅貨(XHTML版)
冒頭を引用。
「あの泥坊が羨しい」二人の間にこんな言葉が交される程、其頃は窮迫していた。
場末の貧弱な下駄屋の二階の、ただ一間しかない六畳に、一閑張りの破れ机を二つ並べて、松村武とこの私とが、変な空想ばかり逞しゅうして、ゴロゴロしていた頃のお話である。
もう何もかも行詰って了って、動きの取れなかった二人は、丁度その頃世間を騒がせた大泥坊の、巧みなやり口を羨む様な、さもしい心持になっていた。
その泥坊事件というのが、このお話の本筋に大関係を持っているので、茲にザッとそれをお話して置くことにする。
なんかおかしいな、と思ったかたもいらっしゃるかもしれません。
何がおかしいのか。
改行が多いんです。
AもCも、冒頭から「さもしい心持になっていた。」までで一段落なんですけど、上に引いたBは段落中二か所で改行がほどこされ、都合三段落になっています。
大正14年の初刊テキストは手もとにないので確認できないのですが、おそらくは初出テキストどおりの改行で、平凡社版全集に収録するにあたって改行が増やされたものと推測されます。
なぜか。
たぶん、少しでも行数を稼ぐためです。
平凡社版乱歩全集は一巻五百ページの全十二巻で企画されたんですが、青年時代の習作や随筆雑文のたぐい、さらには諸家による自作への批評なんかを収録しても、まだ原稿量が足りませんでした。
こりゃもう巻数を減らすしかないな、と思った乱歩が平凡社の下中弥三郎に相談すると、
「下中社長は事もなげに名案を出してくれた。一頁の行数を、見苦しくない程度に出来るだけ少なくして組めばよろしい。一頁で二行か三行減れば、全体では大変な相違になるというのであった」
というのは『探偵小説四十年』に明かされているところで、乱歩は「実に恥知らずな話であった」とも回顧していますが、むろん「恥を忘れて大いに売ることを考える」という線に走ってしまいました。
ですから、改行を増やしたのもそうしたページ稼ぎの一環で、つい金に目がくらんでこんな小細工までやっちめーやした、みたいなことだったのではないかと推測されます。
ほんとにもう乱歩ったら、といったようなことはまあいいとして、九十九円分のおまけは何がいいか、という話になると、乱歩の場合よくあるパターンは、いわゆる自註自解です。
乱歩は自作を語ることがきわめて多かった作家で、たとえば光文社文庫版全集にも「自作解説」として、自作への言及の抜粋が収録されています。
しかし、かりに私がそうした言及を集めるとすれば、そりゃもう正気の沙汰ではないようなことになると思われる次第です。
というか、もうやっちゃってます。
昔、『江戸川乱歩執筆年譜』をつくったとき、小説の索引で、
「タイトルのあとに註や解説、自作評などその作品の『自註自解』を発表順に記載した。改題された作品は改題後のタイトルに自註自解を掲げた。自註自解の教科書体は連載の章題であることを表している。『探偵小説三十年/三十五年』には単行本収録にあたって省略された箇所がある」
とかもう気が触れたような小細工を弄してあって、ここに「二銭銅貨」のそれをスキャンしてお目にかけたいと存じます。
どうじゃ。
軽くきちがいみたいじゃろ。
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