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Nabari Ningaikyo Blog
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Posted by 中 相作 - 2015.07.30,Thu

 乱歩逝去の年、推理小説界はどんなであったか。

 本日は石川喬司さんの証言です。

 1966年刊の『文芸年鑑 昭和四一年版』に収録された「推理・SF界1965」の冒頭を引用。

 6日に1冊──これが65年における国産推理小説の刊行ペースだった。1日1冊ずつ出ていた60〜62年のころが、嘘のように思われる退潮ぶりだ。
 ブームに終止符を打つように、5月には森下雨村が、7月には江戸川乱歩があいついで世を去った。
 「森下氏を探偵小説生みの親とすれば、江戸川氏はその嫡出子であったはずだが、戦後はただ独りで、推理小説界の進展に寄与された。専門誌の経営、新人育成、作家協会の創設など、どの一つをとっても、推理小説に注がれたなみなみならぬ愛情を感ぜずにはおれない。戦後は森下氏に代わって江戸川氏が育ての親となったのである」(中島河太郎)
 乱歩が推理小説に志したのは、谷崎潤一郎の『柳湯の事件』や『途上』などに刺戟されたからだ、とされている。その谷崎も、乱歩と相前後して亡くなった。これらの先達の死によって、日本の推理小説界は、一つの時代の終熄をむかえた感が濃い。
 9月には新雑誌『宝石』が誕生したが、乱歩が生前手塩にかけた同名の推理小説専門誌とはかなり性格の異なるもので、ファンを失望させた。ある同人誌はあとがきでこう書いている。「本号は『新宝石』創刊特集号として刊行する予定で……万全の準備をしていたのでありますが、鳴り物入りで登場した雑誌はすでにご存知のごとく……予約してあった合評会の席に集まった評定委員一同、最初から一言も発するあたわず、ただ顔を見合わせるうち、すすり泣きの声誰からともなく洩れはじめ…」ブームの退潮をうかがわせるエピソードのひとつといえよう。
 65年は、ひとくちにいって、まったく不作の年だった。ブームが去って、これまで出版社から尻を叩かれつづけてきた作家には、かえって全力投球の機会が訪れたわけだが、その結果はどうやら本年以降に持ち越されたようである。大量生産の反動というべきか。

 「宝石」が光文社に移譲される話がまとまったのは死去前年のことで、中島河太郎先生作成の年譜からこの年の事項を引いておきます。

 昭和三十九年(七十歳)

 四月二十日、文芸家協会より古稀を迎えたため、総会の席上記念品を贈呈さる。同月、宝石社の経営悪化のため、光文社に移譲するよう斡旋。
 七月十八日、推理作家協会は池袋の白雲閣で総会を開き、席上古稀を祝い、記念品を贈呈した。

 7月18日のもようは、加納一朗さんが「日本推理作家協会会報」9月号に寄せた「乱歩先生に古稀の記念品 総会後の懇親会で」に記録されています。

 名張人外境:乱歩文献データブック > 昭和39年●1964

 冒頭から二段落、引用しておきす。

 池袋白雲閣の宴席に、人々が並び終ったのは午後六時に近かった。明け放された障子から、人工の滝が正面に見える。水の音が広い座敷にひびいて、声を大きくしないと通らない。古稀を迎えられた乱歩先生が、御不自由な身体を夫人に支えられて、正面の椅子に着く。人々のあいだから拍手が起きた。総会のあとの懇談会ではあるが、この会には乱歩先生に古稀の記念品を贈呈するという目的もあるのである。
 開会の知らせにつづいて、角田、木々、大下の三氏から、「江戸川乱歩の健康の一日も早く恢復し、米寿の祝いの来る日を待つ」という励ましとお祝いの言葉が述べられた。その言葉にひとつひとつうなずきかえすようにしておられる乱歩先生は、四十有余年の来し方を思って感無量の面持ちである。眼鏡の奥の瞳が光っているようにも見える。

 乱歩が公的な場に姿をみせたのは、たぶんこの日の総会ならびに懇親会だか懇談会だかが最後だったと思われますが、古稀の記念品をプレゼントされたこの会合、参加者は六十人あまりだったといいます。

 と先日来、こうやって引用しているのは、溜まりにたまったコピーの整理中に出てきたものばかりで、久保田芳太郎の「江戸川乱歩」なんて、手もとにあることさえ忘れておりましたが、五十年前の乱歩を知るうえで貴重な同時代資料ですから、ついついこうした仕儀とはなってしまいました。

 でもって、あしたは長沼弘毅の予定です。
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