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Posted by 中 相作 - 2015.06.13,Sat
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伊勢新聞
 平成27・2015年6月11日 伊勢新聞社

鳥羽・坂手島伝統行事 「棒練り」今夏で最後 若者減り、存続難しく
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2015/6/11(木)

鳥羽・坂手島伝統行事 「棒練り」今夏で最後 若者減り、存続難しく



【乱歩の妻の実家、御火宿でちょうちんの火を受ける東川会長(右手前)(昨年7月12日、坂手島で撮影)】

【鳥羽】毎年七月、鳥羽市の離島、坂手島で無病息災を願い執り行われてきた神事「棒練り」が今夏で最後となる。島では過疎化と高齢化に伴い、神事を担う若者が減り、来年以降の存続が難しくなった。江戸時代から受け継がれ、今年で三百四十三回目を迎える神事を終えることに苦渋の決断を下した「棒練り奉賛会」の東川輝也会長(59)は「残念で仕方ない」と語る一方で「島の人や島の出身者、多くの人に最後の勇姿を見てほしい」と話している。

 坂手島では寛文十一(一六七一)年、はやり病が起き、愛知県の津島神社から牛頭(ごず)天王を迎えたところ、病が治まった。翌年、牛頭天王を迎えた様子を再現した棒練りとほこら踊りや地芝居が始まった。踊りなどは無くなったが棒練りは戦時中も続けられ、昭和六十年には市無形民俗文化財の指定を受けた。

 神事の役は宿元、杓宿(しゃくやど)や、江戸川乱歩の妻・村山龍さんの実家である御火宿(おひやど)などが一子相伝、口伝で受け継いできた。

 十二―三人の男が紋付きなどの衣装を着て先導、露払い、棒練り、音頭、太鼓などの役を担い、隊列を組んで「浜の小屋」から若宮神社までの数百メートルを太鼓と音頭が歌う「神勇音頭」に合わせ、二十分ほどかけてゆっくりと練り歩く。棒練り役の二人は両端に五色の房が付いた長さ約一・八メートルの棒を回しながら進む。細い路地を神様を載せた車が通れないため、棒を回して車輪が回る様子に見立てていると言われる。

 奉賛会は、解散した青年団の代わりを高校生が担うなど島の事情に折々で対応しながら神事を守ってきた。しかし、五月末で島の人口は三百六十六人、六十五歳以上の高齢化率は60%を越える。重い太鼓を担ぐ高校生は四人で、来年には一人になる。この現状を見据えた奉賛会では、昨年の神事の後、存続の難しさを神社や町内会を通して島民に報告した。

 東川会長は「島の人にとって大事な神事。現状を理解してご苦労さんとねぎらってくれることがありがたい」という。

 平成二十五年、市が離島の魅力を伝えるために島民と選定した「鳥羽の島遺産百選」の一つに選ばれた棒練り。一カ月後に迫った神事に向け、東川会長は「島の人が長年受け継いできた大切な神事。役員は神聖な気持ちで神事を務める。初めて見る方は、棒練りの隊列を横切ったりせず、神事を見守ってほしい」と、奉仕する熱い思いを語った。

 坂手島の棒練りは七月十一日。午後六時ごろの太鼓を合図に神事が始まる。
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