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Posted by 中 相作 - 2015.01.23,Fri
人事

陳舜臣
 平成27・2015年1月21日午前5時46分死去 老衰 90歳

 ちん・しゅんしん
 作家
 大正13年2月18日-平成27年1月21日(1924-2015)

神戸新聞NEXT > 兵庫県内 > 文化 > 記事

2015/1/21 13:54

作家・陳舜臣さん死去 中国歴史小説に功績 神戸出身



陳舜臣さん

 「阿片戦争」「秘本三国志」「小説十八史略」などの中国歴史小説で知られる直木賞作家で、日本芸術院会員の陳舜臣(ちん・しゅんしん)氏が21日午前5時46分、老衰のため神戸市内の病院で死去した。90歳。神戸市出身。自宅は神戸市東灘区。通夜、葬儀・告別式は近親者で行う。後日、お別れ会を開く予定。喪主は長男立人(リーレン)氏。

 1924年、台湾出身の貿易商の次男として、現在の神戸市中央区に生まれた。神戸市立第一神港商業学校(現・市立神港高校)から、大阪外国語学校(現・大阪大外国語学部)印度語科へ。卒業後、同校の西南アジア語研究所助手、英語教師を経て、57年ごろ家業を手伝いながら小説を書き始めた。

 61年、推理小説「枯草の根」で江戸川乱歩賞を受けて文壇デビュー。その後歴史小説に転じ、67年に「阿片戦争」3部作を完成させた。69年「青玉獅子香炉」で直木賞、70年には本紙連載小説「孔雀の道」と「玉嶺よふたたび」で日本推理作家協会賞を受賞した。

 90年に日本国籍を取得。93年のNHK大河ドラマ「琉球の風」では原作を手掛けた。94年に脳出血で倒れ、療養中の95年、阪神・淡路大震災に遭った。しかし以後も「チンギス・ハーンの一族」「曹操」「中国美人伝」などを相次ぎ発表。口述筆記で晩年まで創作を続けた。

 地元文壇の顔としても長く親しまれ、69年に兵庫県国際文化賞、74年に神戸市文化賞、84年に神戸新聞平和賞を受賞。ほかに91年に吉川英治文学賞、95年に日本芸術院賞と井上靖文化賞など多数。98年には勲三等瑞宝章を受けた。2010年10月に始まった本紙連載「わが心の自叙伝」は11年6月に中断し、再開は果たせなかった。

神戸新聞NEXT > 兵庫県内 > 文化 > 記事

2015/1/21 20:31

陳舜臣さん寄稿「悲しみを超えて」 阪神・淡路大震災直後に



父の故郷・台湾を訪れ、思いを振り返った陳舜臣さん=2004年11月、台湾



 震災直後に陳舜臣さんが本紙に寄せた「悲しみを超えて」(全文)。

    ◆   ◆

 神戸よ

 我が愛する神戸のまちが、潰滅に瀕するのを、私は不幸にして三たび、この目で見た。水害、戦災、そしてこのたびの地震である。大地が揺らぐという、激しい地震が、三つの災厄のなかで最も衝撃的であった。

 私たちは、ほとんど茫然自失のなかにいる。それでも、人びとは動いている。このまちを生き返らせるために、けんめいに動いている。亡びかけたまちは、生き返れという呼びかけに、けんめいに答えようとしている。地の底から、声をふりしぼって、答えようとしている。水害でも戦災でも、私たちはその声をきいた。五十年以上も前の声だ。いまきこえるのは、いまの轟音である。耳を掩うばかりの声だ。

 それに耳を傾けよう。そしてその声に和して、再建の誓いを胸から胸に伝えよう。

 地震の五日前に、私は五ケ月の入院生活を終えたばかりであった。だから、地底からの声が、はっきりきこえたのであろう。

 神戸市民の皆様、神戸は亡びない。新しい神戸は、一部の人が夢みた神戸ではないかもしれない。しかし、もっとかがやかしいまちであるはずだ。人間らしい、あたたかみのあるまち。自然が溢れ、ゆっくり流れおりる美わしの神戸よ。そんな神戸を、私たちは胸に抱きしめる。
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