書店員に聞く 魅惑の古書ワールド

ウェブニュース

BOOK asahi.com
　平成26・2014年10月4日　朝日新聞社

書店員に聞く　魅惑の古書ワールド
　進藤健一

Home > 書評・コラムを読む > コラム別に読む > 再読 こんな時 こんな本 > 記事

書店員に聞く　魅惑の古書ワールド

[文]進藤健一　 [掲載]2014年10月04日



著者：江戸川乱歩　 出版社：春陽堂書店　価格：￥ 484

　棚に収まりきれずにそこかしこに積み上げられた古書の山。古本屋に歩を進めると、新刊本の本屋さんにはない趣や時間の流れを感じ、何か物語や事件が生まれそうな予感さえも。そんな不思議空間が舞台の４冊を紹介しましょう。

■ジュンク堂池袋本店　鎌田伸弘さんに聞く

（１）Ｄ坂の殺人事件　［著］江戸川乱歩
（２）早稲田古本屋街　［著］向井透史
（３）永すぎた春　［著］三島由紀夫
（４）ビブリア古書堂の事件手帖　［著］三上延

■時間も超越　不思議空間
　（１）『Ｄ坂の殺人事件』は、この作品でデビューを飾った名探偵の明智小五郎が、下町の古本屋で起こった殺人事件を解き明かしてゆく。
　「Ｄ坂」は東京都文京区千駄木の「団子坂」。乱歩自身もそこで古本屋を営んだことがある。実際に起きた出来事がどう盛り込まれているのだろうかと、想像を巡らせてしまう一冊だ。
　「古本屋の主人が古本の夜店を出しにいっている間の犯行という設定も、当時の世相を表していて興味深い」と鎌田さんは語る。明智というキャラクターは本作限りのつもりだったが、評判が良く、引き続き登場させることになったという。この乱歩シリーズの表紙を飾るのは、多賀新の銅版画。緻密（ちみつ）な線描で表現した幻想的な絵も、乱歩の妖美な世界とマッチして楽しめる。
　（２）『早稲田古本屋街』は東京三大古書店街の一つ。都の西北、早稲田に店を構える店主たちの修業時代や古書にかける情熱をつづった一冊。「店主一人ひとりへの温かいまなざしにあふれた描写は、著者も早稲田で店を出している同業者だからこそ。一見のんびりと気楽そうにみえるこの業界の厳しさも知ることができる」と鎌田さん。
　著者と書店主たちとの対談も。初めて古本市を開いた１９７１年当時を回想した書店主の「今みたいに大学入って引っ越してきたら、テレビやＤＶＤ、エアコンを買うんじゃなくて、まず本棚。で、すぐに買うのは和辻哲郎、三木清、西田幾多郎だったんだから」という言葉に隔世の感を禁じ得ない。
　早稲田ときたら次はここ。（３）『永すぎた春』は、やはり三大古書店街のうちの本郷古書店街が舞台。Ｔ大（東大）前の古本屋の娘百子（ももこ）は、Ｔ大生と婚約する。１年３カ月後の卒業まで結婚を待つということが条件で、その長すぎた婚約期間中の危機を軽妙なタッチで描いている。百子が古書仕入れの「振り市」に出るシーンでは、当時の元気な古書店街が垣間見える。百子がたんかを切って落札し、「ヘン、どんなもんだい」という言葉を口にするくだりは小気味よい。
　鎌田さんは「世の中がのんびりしていた古き良き時代の古書店街が生き生きと描かれている。当時と比べ、活気がなくなってしまったことに寂しい思いが募る」という。
　記者のお薦めは（４）『ビブリア古書堂の事件手帖』。鎌倉の片隅にある古本屋の若き店主、篠川栞子（しおりこ）。人見知りだが、古書に人一倍の情熱を注ぎ、本にまつわる謎を解き明かしていく。そんな彼女の言葉が心に残る。「古書が大好きなんです……人の手から手へ渡った本そのものに、物語があると思うんです」
　　　　◇
■（再読　聴くなら）岡田奈々「青春の坂道」
　今は同姓同名のＡＫＢ４８のメンバーもいますが、こちらが本家。元祖清純派ともいえるアイドルですから。
　オーディション番組をきっかけに１９７５年デビュー。この曲は４枚目のシングルとして７６年に発表された。何といっても歌い出しが最高です。♪淋（さび）しくなると訪ねる坂道の古本屋　立ち読みをする君に逢（あ）える気がして……。もう、これぞ青春！というキラーフレーズ。ここは、他の店ではダメ。“古本屋”じゃなきゃいけません。歌詞は芸能誌「明星」の公募に応じたものを原案に、松本隆が作詞したそうです。作曲は森田公一、編曲は瀬尾一三。フォーク調のアレンジも効いています。
　当時出演していたドラマ「俺たちの旅」の中でも歌われました。オメダ（田中健）の妹役で、カースケ（中村雅俊）に恋心を抱くという設定。このけなげさがたまらない。まあ、カースケは古本屋に行くタイプではないけれど。ベスト盤「Ｍｙこれ！Ｌｉｔｅ　岡田奈々」（ポニーキャニオン、１５４３円）に収録。（浩）