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Posted by 中 相作 - 2013.11.22,Fri
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平成25・2013年11月16日 東洋経済新報社
吉川英治のモンスター小説?!
古書山たかし
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吉川英治のモンスター小説?!
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吉川英治のモンスター小説?!
身の丈6尺の"怪物"が暴れ回る一大スペクタクル
古書山 たかし :古書蒐集家 2013年11月16日
世の中にあふれる本の数々。どんなに読書好きであっても、その存在すら知らないような珍書(大作家の意外な作品、奇天烈なストーリー)はゴマンとある。そ んな「珍書」の蒐集に情熱と財産をつぎ込む古書山たかし氏が、目からウロコの珍書探訪記をお贈りする。連載タイトルの「稀珍快著探訪」は、大正時代に活躍 した、主に医学的見地に基づく奇譚の収集家・田中香涯の古今の珍談を集めた奇書『奇・珍・怪』にあやかってつけた。さあ、稀珍快著の世界へ行ってみよう!
今回紹介するのは吉川英治の作品『恋山彦』である。吉川英治(1892-1962)は江戸川乱歩(1894-1965)と並び、大正・昭和の大衆文学の頂点に屹立する巨星として知られる。幼少期、青年期は父親の事業の失敗、家族の不和などもあり、小学校を中退し、色々な職業を転々とするといった苦労を重ねたが、その時に培った人間観察眼は後の作家としての大成に大きく寄与することとなる。
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『恋山彦』(矢貴書店、昭和23年)
最も大部な全集は、講談社から文庫の形で出た実に161巻にも及ぶ浩瀚なものだ。
その膨大な作品群からちょっと挙げただけでも『宮本武蔵』『私本太平記』『新・平家物語』『三国志』『新書太閤記』『神変麝香猫』など、日本人ならば誰でも知っている(はずの)、今でも高い人気の超大作群がずらりと並んでいる。
豊かなストーリー性、ヤマ場の盛り上げ方、巧みな描写、泣かせ処のツボの押さえ方、いずれをとっても「大衆文学の王」の呼び名にふさわしい存在である。
『恋山彦』は『宮本武蔵』連載開始の直前、1934年から翌年にかけ、いよいよ充実期に向かう時分に連載された長編伝奇小説である。ストーリーは次のようなものだ。
身の丈6尺を越える山男
徳川綱吉の治世、盲目の名三味線奏者・十寸見(ますみ)源四郎の一人娘・お品は、十寸見家に代々伝わる名器・山彦を巡って父を殺され、また美貌ゆえに色々な男に言い寄られ、辛酸の限りをなめ尽くしていた。父を殺してまでも山彦を奪おうとする柳沢吉保の愛妾おさめの放つ卑劣な刺客から必死の思いで逃れ、ようやく幕藩の力が及ばぬ神領・虚空蔵山に辿りつき、そこにて三味線の修業に励む。
しかし、遂にお品は執拗な追っ手に捕えられて山彦を奪われた上に、山の神へ捧げる生贄とされてしまう。生贄となったお品を引きとったのは、身の丈6尺を越えようかという山男。彼は平家の落武者の末裔、伊那小源太であった。彼女は小源太の花嫁としてさらわれてきたのだ。
伊那家は落人と言いながら虚空蔵山の支配を許す500年前の天皇の御勅文を持っていたが、それが邪魔な飯田藩と柳沢吉保がはりめぐらした奸計により、御勅文を持った小源太は江戸に連れて来られる。江戸城でまんまと御勅文をだまし取られてしまった小源太は怒り狂って城から脱出し、江戸の街を暴れ回る。そして柳沢吉保の別邸・六義園に乗り込み仇敵をねじ伏せ、とらえたおさめを片手に六義園で一番高い嘯雲閣を登っていく。
吉川英治のモンスター小説?!
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『恋山彦』(吉川英治文庫版)
ここでもう一つ、全く別のある映画のストーリーを記してみたい。
父の財産を叔父に奪われ、1929年の世界恐慌の波を受けて仕事も全くないアンは、辛酸の限りをなめ尽くしていた。
あわや万引きで警察に突き出されるところを映画監督デナムに助けられスカウトされたアンは、秘境映画のロケのため、地図にすら載っていないドクロ島へとたどり着く。そこは原始の恐竜が闊歩する恐るべきロストワールドだった。
しかしアンは原住民に誘拐され、島の神へ捧げる生贄にされてしまう。生贄となったアンを引きとったのは身の丈5メートルを越えようかという類人猿。彼は島の生態系の頂点に位置する存在であった。
類人猿は種族を超えアンに恋心を抱き、次々に襲い掛かる恐竜達を殴り殺しアンを守る。しかしデナムや一等航海士ドリスコルの必死の努力でようやくアンは救出された。そしてアンを取り返しに来て返り討ちに遭い、麻酔弾で眠らされた類人猿はニューヨークに連れて来られる。ニューヨークで見世物にされた類人猿は怒り狂って檻から脱出し、ニューヨークの街を暴れ回る。そしてとらえたアンを片手にニューヨークで一番高いエンパイアステートビルを登っていく。
キングコングからインスピレーション
この作品が何であるか、最早言うまでもないだろう。『恋山彦』の前年に封切られたモンスター映画の最高峰『キングコング』である。
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キングコング(1933年)のブロマイドより
1933年に封切られた『キングコング』映画を見た吉川英治は、強い感銘を受けた。そして自身のみならず大衆をも熱狂させる『キングコング』を換骨奪胎して作り上げた物語こそが『恋山彦』だったのである。
これは吉川英治ファン、大衆小説ファンには比較的知られた話であるので、ご存知の方も多いと思う。ちなみに「自分は、種本に拠って、ものを書かない方針である」(草思堂随筆)と胸を張る吉川英治自身、この『恋山彦』の主人公・伊那小源太の壮絶な活躍については「現代科学へ挑戦したキング・コングの怪躍に似ている」と形容しているところからしても影響は明白であろう。
吉川英治のモンスター小説?!
実際、江戸城ならびに江戸城下での小源太の暴れっぷりは、シュワルツェネガーの『コマンドー』や『北斗の拳』のケンシロウに勝る凄まじさであり、完全に人間業を超えキングコングの域に達している。
ただ「種本には拠」らないとのたまう割に、吉川英治は他にも明治大衆文学の王者・黒岩涙香の傑作群という「種本に拠って」、いくつかこういった翻案を行っている。『燃える富士』(元ネタは『武士道』)、『牢獄の花嫁』(元ネタは『死美人』)、『恋ぐるま』(元ネタは『巨魁来(きょかいきたる)』)がそうした翻案だ。
ちなみに、もう一人の大衆文学の王、江戸川乱歩も黒岩涙香に決定的な影響を受けている。乱歩が最初に広義のミステリーの魅力に触れたのは、菊池幽芳『秘中の秘』と黒岩涙香『幽霊塔』であった。そしてスランプになった時の乱歩はしばしば、元々西洋大衆小説の翻案だった涙香作品の再翻案(『幽霊塔』『白髪鬼』『人間豹』)で窮地を切り抜けている(現在、『医龍』でお馴染みの乃木坂太郎は、『幽霊塔』を下敷きにした『幽麗塔』というマンガを連載している)。
死せる孔明ではないが、明治の偉大な新聞人である涙香は昭和大衆文芸に、そして平成マンガ業界にすら巨大な影響を与えているのである。
イマジネーションの豊かさ
話は、吉川作品に戻る。『燃える富士』、『牢獄の花嫁』、『恋ぐるま』といった作品は、元ネタの踏襲度合いに差はあれども、涙香を源にしている。
涙香が描く王政時代や王政復古を狙う陰謀団が跋扈する時代のフランスを舞台とした伝奇武侠冒険小説を江戸時代へ移し変えることは比較的容易かもしれない。しかし、「原始vs.文明」の『キングコング』からインスピレーションを得て、「剛毅な平家武士vs.惰弱な元禄武士」の壮大な伝奇時代小説を著してしまう吉川英治のイマジネーションの豊かさには驚かされる。
それでは『恋山彦』や『牢獄の花嫁』のような「焼き直し」を何度も行った吉川英治にはオリジナリティーがないといえるのかというと、決してそんなことはない。
そもそも先に挙げた彼の代表作(『新・平家物語』、『私本太平記』、『宮本武蔵』など)も、ことごとく史伝や元ネタがある。更に遡れば、シェイクスピアの作品は、殆ど全てが先行する元ネタを持っており、逆にネタのオリジナリティという点でいえば、シェイクスピアの完全オリジナル作品は数えるほどしかない。これをもってシェイクスピアは独創性が乏しいと非難する読者はいないだろう。
最近の北方謙三の『三国志』や『水滸伝』も然り。要はことわざと逆になるが、如何にして巧みに「古い酒を新しい皮袋に注ぎこむか」というテクニックの問題なのである。『恋山彦』は、『宮本武蔵』にも通じる道学者風の説教臭さを感じなくもないが、『キングコング』の大枠から大伝奇時代小説を創造した吉川英治のユニークなテクニックを存分に味わうことが出来る傑作だ。
ピランデッロの傑作戯曲『エンリコ四世』を超絶技巧で換骨奪胎し、『エンリコ四世』を越える神品『ハムレット』を仕立て上げてしまった久生十蘭と好一対、とまでいったらいくらなんでも誉めすぎになるだろうが、傑作は傑作。いずれにせよ、『恋山彦』はそれほど入手が困難ではない作品なので、吉川英治がインスピレーションを得た1933年版『キングコング』のDVD視聴と併せ是非ご一読頂きたい。
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