Nabari Ningaikyo Blog
Posted by 中 相作 - 2013.10.14,Mon
寝転がって『奇譚』を拾い読みしてみると、いろいろ興味深い記述にぶつかります。
きのうは、先日のエントリに引いた『探偵小説四十年』とのあいだに齟齬をきたす文章がみつかりました。
つまり、乱歩は学生時代、早稲田大学の図書館のほか、上野、日比谷、大橋の三図書館をよく利用し、大橋図書館は探偵小説や冒険小説のたぐいが充実していた、と『探偵小説四十年』には記されているのですが、『奇譚』のボアゴベ、コリンズ、コレリ、マーチモントの章には、こんなことが書きつけられています。
以下、『奇譚』の本文はカタカナ表記ですが、読みやすさに配慮して、それにまあ、めんどくさいということもありますので、ひらがな表記で引用いたします。
ちなみに、この表記の問題は、乱歩蔵びらきの会が『奇譚』を刊行するにあたっても、悩みどころのひとつになるのではないでしょうか。
部分的な引用なら、断りを入れたうえで、ひらがなに開くのが望ましいでしょう。
げんに、今年5月に出た論創ミステリ叢書『菊池幽芳探偵小説選』、例の「秘中の秘」が収録された本ですけど、横井司さんの「解題」でも、『奇譚』にみえる「秘中の秘」への言及がひらがな表記で引用されています。
ですから私も、先日、『奇譚』からルブランの項を引く必要があったとき、横井さんの真似をして、カタカナをひらがなにあらためて引用いたしました。
それはそれでいいのですが、『奇譚』一冊を乱歩の著作として世に問う場合、原文にそこまでの改変を加えていいものかどうか。
そのあたり、乱歩蔵びらきの会には熟慮していただかねばならんでしょうな。
さて、『奇譚』のくだんのくだり、ひらがな表記で引用するとこうなります。
困難 = 僕の様な貧書生は探偵小説を読むのに大変困ることがある。日比谷、大橋、は勿論上野の図書館へ行つても探偵小説などは極めて僅かしかない。丸善なれば多少あるのだが其を買ふ事は出来ぬ。止むを得ぬから出来得る範囲内で批評して置く。
『探偵小説四十年』には「上野と日比谷では洋書を、大橋図書館では飜訳ものを猟ったが、ここには探偵小説、冒険小説などがよくそろっていて、結局飜訳で読んだものが多かったわけである」とありますから、『奇譚』の記述とは微妙にニュアンスが異なります。
あるいは、『奇譚』に記されているのは洋書のことで、大橋図書館も翻訳書はよくそろっていたが洋書はきわめてわずかであった、ということなのかもしれません。
丸善なれば、というのですから、『奇譚』ではやはり洋書のことだけが問題にされていたのかも、といまは思いますけど、きのう『奇譚』を拾い読みしていてくだんのくだりにぶつかったときには、つい先日『探偵小説四十年』を引用したばかりで記憶が鮮明だったものですから、え? と思わざるをえませんでした。
それはともかくとして、『奇譚』はたぶん、『探偵小説四十年』を相対化するうえでも貴重な資料だということになるものと思われます。
相対化、というか、要するに史料批判、ということになりましょうか。
『探偵小説四十年』を探偵小説史の史料として読む場合、そこに記された事実が正確かどうか、という点を確認しつづけることが必要になるわけで、たとえば、乱歩が横溝正史と西田政治にはじめて会ったのは大正14年4月11日であった、とする『探偵小説四十年』の記述は誤りである、と結論づけた『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』の村上裕徳さんによる脚注は、そうした史料批判の一例です。
そもそも『探偵小説四十年』は、どうもこれまで、あまりにもナイーブに読まれすぎていたのではないか、という感じがして、少しく厳正な史料批判が加えられるべきであろうと判断される次第なのですが、ならば、史料批判の第一歩、というか、いちばんの基本はなにか、というと、その史料がなぜそこにあるのか、ということを考える、ということだと思われます。
つまり、そこにあるひとつの資料が、いつ、だれによって、なにを目的として書かれたのか、それを考えてみるわけです。
小学館新書の10月の新刊、関裕二さんの『「神と鬼のヤマト」誕生 新史論/書き替えられた古代史 1』という本をぱらぱら読んでおりましたら──
▼小学館:新史論/書き替えられた古代史 1 「神と鬼のヤマト」誕生
『日本書紀』にかんして、こんな記述がありました。
『日本書紀』編纂時の権力者は、中臣鎌足の子・藤原不比等だから、『日本書紀』編纂目的のひとつは、蘇我入鹿殺しの正当性を証明するためだったと察しがつく。そして謎を追っていくうちに、『日本書紀』は、「蘇我入鹿を悪く描こうとしているうちに、ウソがウソを呼び、ついにヤマト建国まで書き替える必要に迫られた」ことが明らかになってきた。
ひとつの「察し」を前提にしてしまうと、それがバイアスになって眼が曇ってしまう危険性もあるわけではありますが、史料に秘められた「目的」を考えることはやはり必要であり、『奇譚』はそのあたりでも意外に役に立ってくれそうな気がします。
それはそれとして、せめて序文だけでも活字に起こしておこうかな、という気になって、三ページ目に入ります。
斯カル curious novel ヲ批評シ列挙スルノガ本書ノ目的デアル。
過去ニ於テ読ンダモノガ多ク物質的デアリ中ニモ探偵小説ガソノ大部分ヲ占メ興味モ又特ニ探偵小説ニ多イノデ、本書ノ大部分ハ探偵小説ノ批評タルヿヲ免レヌ。去レバ表題ニ断リ書ヲ附シタノデアル。
Poe ハ一面ニ於テ後世神秘主義・象徴主義ノ祖トナルベキ精神的文学ヲ物シタト同時ニ他ノ一面ニ於テハ物質的探偵小説ヲ書イタ。即チ彼ハ我 curious novel ノ性質ヲ彼自身ニ広ク具ヘテ居ツタト云ヒ得ル。僕ハコノ点ニ於テ Poe ヲ最モ慕ハシク思フ。第三帝国ノ高唱ニヨツテ知ラルヽ Henrik Ibsen ハ自信強キ性質カラカ他ノ作家ノモノヲ余リ手ニシナカツタニモ不拘ズ只一ツ探偵小説ノミハ常ニ愛読シテ居ツタ相デアル。彼ハ彼ノ図書室ニ各国ノ探偵小説ヲ山ノ如ク貯ヘテ居ツタガ、彼ノ死後見レバ、コレラノ探偵小説ノミハ皆手沢ノ跡ヲ存シテ居ツタ相ダ。茲ニ於テ我 curious novel ノ理想ハ Ibsen ト云フ大ナル味方ヲ得タ訳デアル。アル心強サヲ感ズル。
探偵小説ト云ヘバ低級趣味ノ標本ノ様ニ云ハルヽ。殊ニ芸術家ヲ衒フ者流ハ"彼ハ下劣ナル探偵小説ニ読耽ツテ居ツタ"ナドト云フ口調ヲ以
「ヿ」は「こと」ですが、これは機種依存文字ですから、文字化けして表示される場合があるかもしれません。
要するに、これのことです。
▼Wikipedia:コト
それにしても、乱歩蔵びらきの会のみなさんは大丈夫か。
『奇譚』一冊をぜーんぶ活字に起こすとなると、かなり大変な作業になるものと予想されますけど、まあがんばってください。
全国の乱歩ファンも、乱歩蔵びらきの会のみなさんを心から応援してくれると思います。
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