書籍
ミステリとしての『カラマーゾフの兄弟』──スメルジャコフは犯人か?
高野史緒
平成25・2013年5月20日第一刷 東洋書店 ユーラシア・ブックレット No.181
A5判 ── 63ページ 本体800円
序 ドストエフスキーからの「読者への挑戦状」
1 犯罪小説家としてのドストエフスキー
2 フョードル・カラマーゾフ殺人事件
3 あの日、何が起こったのか?
4 供述、証言と現場が一致しない?!
5 サイコパスとしてのスメルジャコフと三千ルーブルの謎
結び 江戸川乱歩の目で読み返すドストエフスキー
序 ドストエフスキーからの「読者への挑戦状」
ドストエフスキーをスリルの作家などといっては大方のお叱りを受けるかもしれないけれど、こころみにそういう角度からながめてごらんなさい。どの作品をとってもいい、諸君はきっと、その一冊がスリルの宝の山であることを発見されるに違いない。私はドストエフスキーだけはなんどでも読み返す。なんど読み返してもあきないのは、私の好きでたまらないスリルの魅力に充ち満ちているからだと、大胆に言いきっても差支えないほどに考えている。
江戸川乱歩「スリルの説」(一九三五年)
江戸川乱歩がデビュー直後に書いた短編「心理試験」(一九二五年)で、ドストエフスキーの『罪と罰』の設定を借りたことはよく知られている。乱歩は戦前、当時日本人になじみのなかった外国文学を翻案という形で普及を図る試みをしているが、その最初の例でもある。私も実は乱歩とドストエフスキーの関わりはこの例しか知らなかった。外国文学にも精通した乱歩のことだから、広い範囲の外国作家に関心を持っていても不思議ではない。ドストエフスキーもその一人に過ぎないだろうと思っていた。
あまり知られていないことだが、江戸川乱歩賞の受賞者は賞の贈呈式の前に、豊島区にある旧乱歩邸(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター)を訪問して、かの有名な土蔵(書庫)を見学する機会を与えられる。二〇一二年、『カラマーゾフの妹』で同賞を受賞した私も、例にもれずその恩恵に与ったのだが、その時に見せていただいたのが、米川正夫による『ドストエーフスキイ全集』(河出書房、一九四一~五三年)全十八巻を初めとした、数多くのドストエフスキーの翻訳書であった。どれも読み込まれた形跡があり、中には書き込みのされたものもある。乱歩のドストエフスキーに対する関心は一通りのものではなかったのだ。
▼東洋書店:ミステリとしての『カラマーゾフの兄弟』
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