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平成25・2013年5月1日 朝日新聞社
推理小説の本丸守った 宮部みゆきが佐野洋さんを悼む
宮部みゆき
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[掲載]2013年05月01日
佐野洋さん=1983年
■宮部みゆき(作家)
日本推理作家協会の理事のあいだでは、佐野洋さんは単に「先生」ではなく、別の呼び方をされることがありました。
一九七三年から六年間、七、八、九期の三期にわたって推理作家協会の理事長を務めた佐野さんは、当時の協会の運営方法を見直し、深刻だった財政問題を解消されました。その功績を讃(たた)え感謝の念を込めて、様々な改革により江戸幕府の屋台骨を建て直した八代将軍・吉宗になぞらえ、理事たちは佐野さんに、「八代様」の通り名をお贈りしたのです。皆でそうお呼びすると、佐野さんはいつもちょっと照れて、「やめてくれよ」と笑っておられました。
現実と夢幻の境界の巨匠・江戸川乱歩によって花開いた日本のミステリーは、戦後の復興と高度成長のなかで松本清張が開拓した社会派推理小説によって、さらに大きな果実をつけました。その「骨法正しい謎解きミステリーを現実社会と緊密に結びつける」という作風――いえ、むしろここでは〈信念〉と記すべき想(おも)いをしっかりと引き継ぎ、さらに発展させた第一人者は、佐野洋にほかなりません。佐野さんという〈本丸〉を守る作家がいなかったら、その後のハードボイルドの勃興も、警察小説の隆盛も、新本格ルネサンスの輝きもなかったことでしょう。
佐野さんが亡くなり、日本のミステリー界は大黒柱を失いました。ひとつの歴史が終焉(しゅうえん)を迎えたのです。
八代様、長いあいだありがとうございました。今後は天上から、国産ミステリーの次の歴史が紡がれてゆくのをご覧になっていてください。そしてまた『推理日記』を書いてくださいね。まだ原稿を催促するなんて、担当編集者よりも欲張りな私ですが、いつか我々後進の者たちも、皆で推理作家の天国へ集うときのために、どうぞお願いいたします。
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