ウェブニュース
ウレぴあ総研
平成25・2013年4月9日 ぴあ
【黒蜥蜴】「役者同士の馴れ合いは嫌い」孤高の光を放つ、"美輪明宏"の裏の顔
イソガイマサト
Home > エンタメ・テレビ > 演劇 > 記事
【黒蜥蜴】「役者同士の馴れ合いは嫌い」孤高の光を放つ、"美輪明宏"の裏の顔
by イソガイ マサト / 04月09日 / 演劇
美輪明宏の代表作で、数十年にもわたって幾度も演じている舞台『黒蜥蜴』が 4月5日~6月にかけて全国各地で上演。美輪は主演のみならず、演出・美術・衣装・音楽・人選等も自ら手がけている。そんな美輪の舞台裏はどんな素顔なのか? 共演者の中島歩に聞いてみた。
(C)御堂義乗
意外にも初出場だった昨年暮れのNHK紅白歌合戦で、自らが作詞、作曲した幻の歌曲『ヨイトマケの唄』を熱唱して話題を集めた美輪明宏。その唯一無二の存在感と輝き、説得力のあるコメントは誰もが知るところだが、美輪が演出家として、俳優として何にこだわり、何に重きを置き、孤高の光を放ち続けているのか、作品や風貌から想像はできても、実際のところを知る人は少ないのではないだろうか?
そう思っていた矢先に、それを探る絶好のチャンスが訪れた。1968年の初演以来、美輪が幾度となくタイトルロールの女賊を演じてきた舞台『黒蜥蜴』が5年ぶりに再演されるのだ。
三島由紀夫が江戸川乱歩の探偵小説を脚色した本作の黒蜥蜴は、まさに美輪の当たり役。名探偵・明智小五郎との対決を縦軸に奏でられる狂おしい恋の物語で、深作欣二監督による'68年の映画版では美輪(当時:丸山)のために三島が台本を改稿。舞台では美輪が演出、美術、衣裳も兼任して独自の世界を作り上げているのだから、稀代のアーティストの秘密に迫るのにこれほどピッタリの題材はないだろう。
『黒蜥蜴』で俳優デビューを飾った中島歩。モデル出身の24歳。
しかも、さらにラッキーなことに、美輪明宏の洗礼を受けたばかりの人物との接触にも成功。その人物とは、今回の舞台『黒蜥蜴』で俳優デビューを飾る中島歩(なかじまあゆむ)だ。オーディションで約200人の中から黒蜥蜴に拾われ、愛人になる雨宮潤一役に抜擢された中島は、以前はモデルとして活動していた24歳。
美輪本人に「若いころの私にちょっと似ている」と評された美貌の持ち主で、「俳優になりたくてワークショップに参加しつつも、日雇い労働をしながら悶々とした毎日を送っていたところを美輪さんに選んで頂いた僕は、雨宮に少し境遇が似ている」と語る逸材だ。
演技経験はまだほとんどゼロ。だが関係者しか知り得ない、特に同じ舞台に立つ者でしか分かり得ないものがきっとあるに違いない。それは逆を言えば、役者として無限の可能性を秘めた中島が、美輪から何を学び、どんなことを体得したかの証でもある。2つの、ふたりの“真実”を伝える実に興味深いインタビューになった。
まず最初に訊いたのは、オーディションのときのこと。そこで初めて会った美輪明宏に呑まれるようなことはなかったのだろうか?
【黒蜥蜴】「役者同士の馴れ合いは嫌い」孤高の光を放つ、"美輪明宏"の裏の顔
by イソガイ マサト / 04月09日 / 演劇
美意識を学ぶために、40~50年代のフランス映画を観るように言われた
「呑み込まれていたのかもしれませんが、頭の中が真っ白になってはいませんでした。オーディションでは美輪さんと一緒にホン(台本)を読みました。今考えると、僕自身のことよりも、雨宮として見えるかを知るためにホン読みしかしなかったのかもしれません」
しかも2シーンのホン読みのうち、後者は途中で打ち切られたというのに、その数日後には合格の通知があったというから驚く。それこそ瞬時に宝石や人の心を盗む黒蜥蜴のように、美輪はわずかなホン読みの間に中島の知性や感性、芝居に飢えていることや、満たされない想いを嗅ぎ取り、雨宮を演じられるだけのポテンシャルを備えていることを確信したのだ。
『天井桟敷の人々』
「稽古に入ってからも、スムーズにすごい速さで進んでいきました。熟練のスタッフ、以前の作品に参加したキャストもいらっしゃるということもありますし、始まって2週間ぐらいでホン読みも、段取りもひと通り終わりました。稽古が始まる前には美輪さんの美意識を学ぶため40~50年代のフランス映画を観るように言われました。『天井桟敷の人々』('45)やジャン・ギャパンの主演映画です。その際、美輪さんが“雨宮はすごく辛い経験をしてきた男だけど、あなたはあまりそういうことを経験してこなかったわね”と仰ったんです」
そこで中島は、自らの意志でそうした負の感情を疑似体験するために稽古場でも誰とも喋らず、怒られて落ち込んだときのモヤモヤした想いを掘り下げ、自分の居やすい場所にいることを敢えて避けた。さらに雨宮が黒蜥蜴と初めて会う場所のイメージとして美輪から教えられた聖徳美術館の前に極寒の中立ち、「雨宮が見ただろう風景を目に焼きつけ、そのときの彼の気持ちを考えたことを役に活かせたらと思っています」という。美輪がたぶん惚れたのは、そうしたことを自分で考えて瞬時にできる彼の行動力と吸収力、感性の豊かさだったのだろう。
「稽古が始まってから自分に必要なことが分かってきた」と語る中島は、それこそまっさらのスポンジのようなもの。美輪のすべてを面白いように自分の血肉にしていったに違いない。
綺麗に話すことや、動くこと、レベルの高いものを要求
「美輪さんは的確に大切なことを教えてくれます。何よりも、その役の感情になって話せるようになってから、その先にセリフと動きがある、と仰いました。さらに次の段階では、綺麗に話すことや、綺麗に動くことなど、とてもレベルの高いものを要求されます。座るときは片足だけ伸ばした方が綺麗に見える、ドレスをどうさばいたら綺麗に見えるかなど、すごくこだわられますし、綺麗に話すことを意識しすぎて三島さんのレトリックの利いたセリフの妙が失われていると“頭で韻を踏んでいるのに意識していない。同じメロディになっているわよ”と指摘がある。とても勉強になりますし、毎日が充実しています」
美輪に全幅の信頼を寄せている中島の姿は、最初に彼自身が語ったように、劇中の黒蜥蜴と雨宮の関係と重なってみえる。そのことを踏まえた上で、中島が黒蜥蜴に対する雨宮の想いをどうとらえ、どう体現しようとしているのか訊いてみた。
【黒蜥蜴】「役者同士の馴れ合いは嫌い」孤高の光を放つ、"美輪明宏"の裏の顔
by イソガイ マサト / 04月09日 / 演劇
「役者同士で慣れ合って欲しくない」
「雨宮は黒蜥蜴に出会って、人生が劇的に変わったと思うんです。だから呪われたように黒蜥蜴についていこうとするし、そのために、“生き人形”を作ったり、彼女の美意識に近づこうとする。その呪われている感じや、黒蜥蜴のことを盲目的に愛している狂気のようなものを表現したいと考えています。クライマックスではその信じ続けてきたものがひっくり返るので、そのドラマがお客さんにも伝わるように演じたいと思っています」
この言葉はもちろん役柄を完璧に理解していることの表れだが、続けて次のコメントを聞くと、それがなんだか違うニュアンスを帯びてくる。もちろんそれは、筆者が演じ手と役柄を勝手に重ね合わせているだけのことなのだが……。
「黒蜥蜴の美意識と、美輪さんの美意識はすごく近い」と思う。
「美輪さんが現場を和やかなものにしてくださる一方、“役者同士で慣れ合って欲しくないので、打ち上げや飲み会は一切やりません”と最初の稽古のときに仰いました。それだけに稽古場ではみんな、美輪さんといちばん多く話していますし、稽古場がすでに美輪さんの空気になっている。それに黒蜥蜴の美意識と美輪さんの美意識はすごく近いというか、美輪さんはもう黒蜥蜴その人になっているんです。その姿を見ると、自分も早く雨宮にならなければいけないなと思いました」
なんて素直に、すくすくと役と芝居に向き合っているのだろう? そんな中島の一点の曇りもない純粋な眼差しを見ているうちに、ある考えに至った。
美輪明宏は自分の美意識やパフォーマンス、DNAを継承してくれる、それを託せる人物を探し求めていたのではないだろうか? そして選ばれたのが中島歩だったのではないか?
目の前では「公演は1ヶ月以上続きますけど、舞台上で起こる出来事は初めて起きる瞬間。 だから芝居が作業にならないように、新鮮な気持ちで、そのとき初めて起きたようにリアクションをして、喋らなくてはいけない。それが実行できるようにしたいです」と、中島歩が目を輝かせている
すべては幕が開いたときに明らかになる。美輪明宏と彼に選ばれた中島歩が舞台の上でどんな魅惑の化学反応を起こすのか? 中島歩は美輪のDNAを受け継いだ芝居を放出することができるのか? 黒蜥蜴と雨宮の宿命と愛憎のドラマが現実世界とリンクし、よりスリリングで、より濃密なものになるはずだ。
Powered by "Samurai Factory"