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平成25・2013年4月8日 毎日新聞社
支局長からの手紙:乱歩の夢 /三重
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毎日新聞 2013年04月08日 地方版
「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」。ご存じの方も多いと思いますが、名張出身で、わが国の探偵小説の礎を築いた江戸川乱歩(1894~1965)の言葉です。意訳すれば、現実よりも活字でつくられた幻影の世界の方がリアリティーを感じる、といった意味でしょうか。私も小学生時代、夢の世界に引き込まれた一人です。出身地の名古屋市の図書館で、「少年探偵団」や「怪人二十面相」の単行本をむさぼり読み、館内のシリーズの本は全て読破しました。私にとって、読書の楽しさを教えてくれたのが乱歩なのです。それだけに今春、名張支局に赴任する際、「江戸川乱歩生誕地碑」の案内板を見つけたときは、心が躍りました。
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碑は旧名張町の趣を残す名張市新町の「ひやわい」(細い路地)を抜けた場所にあり、冒頭の言葉が乱歩の自筆で刻まれています。本名は平井太郎で、1894(明治27)年、この地に生まれ、父親の転勤で8カ月後には亀山に移転しました。しかし、作家になってから何度も名張を訪れて住民と交流し、1955(昭和30)年の碑の除幕式にも出席しています。
乱歩が名張を再訪した際、よく立ち寄ったのが碑の近くの料亭「清風亭」。1914(大正3)年創業の老舗で、ここにも冒頭の言葉の色紙が飾られています。乱歩は「鯉こく」(コイの身を白みそで煮た料理)が好物だったとか。四代目女将の布生(ふのう)香代子さん(66)は「乱歩先生が来られた頃は幼かったので、『背が大きな人だな』としか覚えていないんです」と説明。「今でも東京の学生さんや推理小説好きの女の人が『乱歩さんの食べた物が食べたい』と来るんですよ」と話してくれました。
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そんなファンの心を離さない乱歩の銅像が近鉄名張駅東口に建立され、7日に除幕式がありました。制作した名張ロータリークラブの山本泰夫・50周年実行委員長は「生誕の地・名張の名を全国に情報発信しようと、夢が膨らみます」と気合十分。式に招かれた孫の平井憲太郎さん(62)=東京都=は取材に「『うつし世…』の言葉のように、祖父は推理小説のオタク(マニア)っぽい内向きの夢を見ていた」と苦笑い。「しかし、名張の人は銅像を建て、現実の世界で別の夢を作ろうとしてくれている」と感謝しました。
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