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平成25・2013年3月14日 読売新聞社
やはり「ホームズはすごい」(2)
吉弘幸介
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シャーロック・ホームズ・ファンとシャーロキアンは違う。ミステリー・ファンとミステリアンぐらいに。というのは冗談だが。
ホームズものは、それなりに読んでいる、というのが、ホームズ・ファンだとしたら、シャーロキアンは、「アン」という接尾語の意味するごとく、それに精通している人々である。彼らは、コナン・ドイルが執筆した60作を「正典」あるいは「聖典」と呼ぶほど、心酔している。「正典」とか「外典」とかいう言い方は「聖書」になぞらえているわけで、彼らがいかにホームズを信奉しているかがうかがえようというものだ。
その名もズバリ『シャーロッキアン!』(双葉社)というマンガがある。池田邦彦さんの作だが、これがお薦めである。主人公は女子大生の原田愛里、その彼女が思いを寄せる車路久教授とともに、事件の謎を解明していく。事件といっても、血生臭いものではなく、些細 ささい といえば些細なものだが、そこにシャーロキアンらしい薀蓄 うんちく がからめられていく。
その中で興味を引かれたのが、「書かれざる事件を追って」編。「書かれざる事件」というのは、ホームズの「正典」の中で、その事件の名などが触れられているだけで、そのものについては、書かれなかった事件をいう。「語られざる事件」ともいう。
マンガでは、「シャーロック・ホームズの事件簿」の中の一編「ソア橋」で触れられた、自宅に傘を取りにいったきり忽然 こつぜん と姿を消した「ジェイムズ・フィリモア氏の事件」と少女の失踪事件をダブらせた作品である。
「書かれざる」あるいは「語られざる」事件は、ミステリー作家には何かと刺激される素材なのかもしれない。高野史緒さんのミステリー小説『カラマーゾフの妹』(講談社)にも、その「書かれざる事件」の一つ「トレポフ殺人事件」がとりあげられている。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(新潮社、光文社)で残された謎、兄弟の父であるフョードル・カラマーゾフを殺害した本当の犯人を追うという物語だが、その役者が内務省捜査官となっているイワン・カラマーゾフと若き心理学者トロヤノフスキー。2人は、招聘 しょうへい されたホームズとともに捜査にあたるという設定だ。ドストエフスキーが続編を示唆しながらも「書かれざる」作品を、ホームズの「書かれざる事件」をあしらって「書いた」という、何ともしゃれた作品。江戸川乱歩賞作品でもある。
ところで、シャーロキアンにとっては、アイリーン・アドラーという女性は特別のものであるらしい。『シャーロッキアン!』では、その会合でアイリーン・アドラーに乾杯するというシーンもあるほど。作者の池田さんにとっても特別だろう。ヒロインの名をカナ書きで逆にすれば、「アイリ・ハラダ」となる。車路久は音読みで「シャロク」だ。
冒頭のジョークついでに、西岸良平さんの『ミステリアン』(双葉社)もご紹介。美女の宇宙人が主人公の何ともいい味わいの作品だ。さらに、その「ミステリアン」が初めて地球に侵略してきた映画『地球防衛軍』も懐かしい。老生は、そこに登場した巨大ロボット「モゲラ」が好きだったなあ。
プロフィル
吉弘幸介:読売新聞東京本社記者。文化部で10年余マンガなどを担当した。
(2013年3月14日 読売新聞)
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