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Nabari Ningaikyo Blog
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Posted by 中 相作 - 2012.12.04,Tue

 まず、お知らせひとつ。

 

 ちょうど十年前のことになりますが、2002年の秋、名張市が江戸川乱歩ふるさと発見五十年記念事業「乱歩再臨」を開催したとき、人形+写真でそのポスターを飾っていただいた石塚公昭さんが、ちなみにポスターってのはこれですけど──

 

20121204b.jpg

 

 いやー、そういえばこのポスター、当時の名張人外境番犬、ニコライ・フセヴォロドヴィチ・スタヴローギンにデザインさせたのであったなあ。

 

 石塚さんのお仕事のひとつとして、『イラストレーションファイル 2003』という本にも収録していただいて、デザイナーとしてちゃんとスタヴローギンの名前も記載してもらったなあ。

 

 探してみたら、この画像。

 

20121204c.jpg

 

 下のほうにちゃーんと、犬の名前を書いてもらってあるもんなあ。

 

 いやー、懐かしいなあ。

 

 十年前には、財政的にまだいささかの余裕があった、ということでもあったのか、名張市にもここまで充実した乱歩イベントを実施することができたわけです。

 

 名張市で探偵講談やって、そのあと池袋でも公演して、みたいなことができたんだもんなあ。

 

 ま、企画、構成、渉外、その他、みんな私が仕切ってましたから、そこらのコンサルタントや広告代理店なんかにはいっさい無縁で、ということはごくごく少ない予算で、かなり質の高いイベントができたのも当然っちゃ当然なんですけど、いまじゃもう全然だもんなあ。

 

 十年前の2002年に江戸川乱歩ふるさと発見五十年記念事業「乱歩再臨」があって、2003年には名張市立図書館の目録の三冊目が刊行されて、2004年には三重県と旧伊賀地区七市町村が住民の血税三億円をどぶに捨てた「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業で『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』を出して、といったあたりがここ名張市における乱歩関連事業の頂点だったな、という気がいたします。

 

 いやー、師走の声を聞くとなんだか妙にレトロスペクティブになってしまっていけませんけど、『子不語の夢』といえば岩波書店から出た川西政明さんのこの新刊──

 

 岩波書店:大衆文学の巨匠たち

 

 乱歩の章には『子不語の夢』からの引用もあり、というよりは、『子不語の夢』が論述の骨格をなす基本資料として採用されており、じつにうれしく思いました。

 

 ふりかえってみれば、三重県と旧伊賀地区七市町村が住民の血税三億円をどぶに捨てたあの「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業におきましては、ほかの事業はすべて、かす、くず、ごみ、ちりあくた、と称していいものだったんですけど、ひとり『子不語の夢』のみがこうして役に立ちつづけているわけであって、一将功成りて万骨枯る、というのはまさにこのことでしょうか。

 

 ちょっとちがうか。

 

 まあどうだっていいんですけど、2004年が終わって2005年の夏、名張のまちに衝撃が走りました。

 

 これですがな。

 

20110731b.jpg

 

 いまでも笑えるからたいしたものですけど、名張市における乱歩関連事業の急速な劣化がはじまったのが、まさに2005年のことでした。

 

 2002年から2004年にかけて、全国に存在する乱歩のファンや関係者のあいだで、名張市はその名をそこそこ高からしめたわけだったんですけど、怪人二十面相がなぜか名張エジプト化計画を推進していたこのあほな看板一枚をきっかけに、名張市の名は急転直下、死ぬほど低くなってすっかり笑いものになってしまいました。

 

 ていうか、別の意味で名張市の名を高からしめたのがこの看板であった、といってもいいかもしれません。

 

 そういえば、この看板をずいぶん面白がってくださったかたのおひとりでもあった石塚公昭さんが、という話題に戻りますけど、国立市にあるギャラリーであさって6日木曜から18日火曜まで、ひさかたぶりに乱歩をモチーフにした作品を展示なさいます。

 

  GALLERY BIBLIO(ギャラリー・ビブリオ):Home

 蕃茄庵日録(ばんかあんにちろく。ギャラリービブリオ店主のブログ):石塚公昭 人形写真展「夜の夢こそまこと、ふたたび 江戸川乱歩2012冬」

 

 乱歩のプリント二十点あまりと、夢野久作像一点、ほかに久作が出入りしていた当時の九州帝大医学部の卒業アルバムも出展されて、そこには正木教授のモデルとなった人物の姿も、とのことです。

 

 どうぞにぎにぎしくお運びのほど。

 

 さて、尻ぬぐいのおはなしです。

 

 名張エジプト化計画の看板が掲げられた旧細川邸は、名張市のまちなか再生事業がみごとなまでの大失敗に終わってしまった結果、無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館たるやなせ宿ということになってしまい、とどのつまり、実質的には名張地区まちづくり推進協議会という団体が尻ぬぐいを引き受けるはめになりました。

 

 そういえば、乱歩がらみで活用すればよかったやなせ宿の蔵のひとつも、尻ぬぐい策に地元CATV局がFMラジオのサテライトスタジオとして使用することになったんですけど、こりゃたまらん、ということか、とっとと撤退してしまう結果となりました。

 

 さらにそういえば、この地元CATV局、名張市青少年センターという文化ホールの指定管理者になってたんですけど、今年度いっぱいで降りてしまうことになり、だというのに来年度以降の指定管理者がみつからない、という騒ぎになっているらしく、名張市はあっちこっちぽろぽろになってるみたいです。

 

 それにしても、なんで私のような善良な市民が、名張市立図書館の尻ぬぐいでふうふういわねばならんかったのか、考えれば考えるほど、わけがわかんなくなってきます。

 

 尻ぬぐいなんてほんとに、ちゃららー、ちゃららー、「仁義なき戦い」の広能昌三ふうにいえば、間尺に合わん仕事したのう、ということになりましょうか。

 

 なにしろ尻ぬぐいですからね尻ぬぐい。

 

 落とし前だけはつけてもらうからな。

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