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平成24・2012年11月25日 毎日新聞社
今週の本棚・この3冊:妄想=末國善己・選
末國善己
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毎日新聞 2012年11月25日 東京朝刊
<1>ゼーロン(牧野信一著/『ゼーロン・淡雪』所収/岩波文庫/735円)
<2>パノラマ島綺譚(江戸川乱歩著/『江戸川乱歩全集』第2巻所収/光文社文庫/1050円)
<3>フーコーの振り子 上・下巻(ウンベルト・エーコ著、藤村昌昭訳/文春文庫/各860円)
炎を操る魔道士という妄想を封印した高一の富樫勇太と、自分を魔術師と信じる同級生の小鳥遊(たかなし)六花(りっか)が騒動を起こす深夜アニメ「中二病でも恋がしたい!」にはまっている。自称魔術師がいるので超能力バトルも出てくるが、かっこいいのは妄想の中だけ。華麗な戦闘が、実は箒(ほうき)でチャンバラをしているだけという現実のシーンが挿入されるので、妄想との落差も面白い。
この作品に魅(ひ)かれる理由を考えていたら、大学時代に愛読した牧野信一に似ているからだと気付いた。代表作の『ゼーロン』は、主人公の「私」が、友人にブロンズ像を届けるため、やせ馬のゼーロンと箱根の山を登っていく私小説だが、「私」が中世ヨーロッパの吟遊詩人だという妄想を語るため、アニメと同じく現実の風景と幻想世界が二重写しになっていくのだ。
アニメのタイトルにある「中二病」は、自意識過剰のあまり現実と妄想の区別が付かなくなった若者の言動を皮肉った言葉だが、牧野の作品を読むと、「中二病」的な妄想を抱く人が、いつの時代も存在していることがよく分かる。
『ゼーロン』が、貧乏書生「私」の妄想を描いた作品ならば、『パノラマ島綺譚(きだん)』は、死んだ大富豪の友人と入れ替わった貧乏書生の人見広介が、妄想を現実に移す話といえるだろう。
人魚の衣装を着た美女が泳ぎ、レンズを使った仕掛けが随所に施されたパノラマ島を建設する人見の趣味は、浅草の見世物や光学装置を愛した乱歩の好みとも重なるので、作中の描写はとても生々しい。悲劇で幕を降ろす『パノラマ島綺譚』を読むと、妄想は実現しない方がよいということが実感できるのではないだろうか。
妄想が人間の脳内にとどまっていれば害はないが、二人の編集者がテンプル騎士団の残した暗号の謎を追う『フーコーの振り子』は、社会に影響を与える危険な妄想を題材にしている。
やがて二人は、騎士団の残党が歴史を裏側で操っていたとの結論に達するが、これは要人の暗殺や戦争が、秘密結社や諜報(ちょうほう)機関によって引き起こされたとする「陰謀史観」そのものである。ところがエーコは、「陰謀史観」を認めると思わせておいて、「陰謀史観」を信じる人たちを徹底してからかう驚愕(きょうがく)の結末を用意する。
真珠湾攻撃が陰謀によって起こされたといったトンデモ説が、政治的に利用されている現代を生きる日本人は、『フーコーの振り子』を読んで頭を冷やす必要があるのかもしれない。
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