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平成24・2012年10月9日 毎日新聞社
サンデーらいぶらりぃ:岡崎 武志・評『カラマーゾフの妹』高野史緒・著
岡崎武志
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サンデーらいぶらりぃ:岡崎 武志・評『カラマーゾフの妹』高野史緒・著
2012年10月09日
◇「勇気あるよなあ」の一言です
◆『カラマーゾフの妹』高野史緒・著(講談社/税込み1575円)
あっと驚く趣向の乱歩賞受賞作。タイトルにある「カラマーゾフ」とは、ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』を指す。つまり本作は、あの世界的名作の後を受け継いで、その続編を書くという試みだ。
「著者より」という序文によれば、かの文豪はこの長大な小説の第二部を書くつもりでいたという。それは、我々がいま読める第一部発行直後の死により果たせなかった。それじゃあ私が、と著者が引き継いだ。勇気あるよなあ。
『カラマーゾフの兄弟』といえば、「超」のつく名作で文学の最高峰と言われている。村上春樹は、自分の生涯に決定的な影響を与えた文学作品三作のうちの一作とした。2006年から刊行の始まった亀山郁夫訳の光文社古典新訳文庫版が百万部を超え、ブームとなったことも記憶に新しい。
その続編を書くなんて、神を恐れぬ無謀な所業か?
しかし著者には勝算があった。南ロシアの成り上がり地主であるフョードル・カラマーゾフの殺害事件。容疑者として有罪判決を受けたのは長男・ドミートリー。しかし実行犯はスメルジャコフで、その背後に次男のイワンあり。この「カラマーゾフ殺人事件」の真犯人を知る手がかりは、第一部にちゃんと書かれている、というのだ。うーん、と誰もがうなるだろう。
そして選者の桐野夏生に言わせれば「壮大な前作にちりばめられた伏線を生かし、謎を解き、癖のある人物たちの耳許に、『さあ、動け』と、再び息を吹き込」んだのが本作だ。
そんな『カラマーゾフの妹』は、事件の十三年後から始まる。内務省の特別捜査官となったイワンは、事件の再捜査のため故郷へ戻っていた。彼の相棒を務めるのが、貴族出身の心理学者で、犯罪捜査に詳しいトロヤノフスキー。三男のアレクセイは、故郷で教師になっていた。
サンデーらいぶらりぃ:岡崎 武志・評『カラマーゾフの妹』高野史緒・著
2012年10月09日
おいおい、ちょっと待ってくれ。元の作品を読んでない人はどうするんだと言われそうだがご安心を。じつは、私だって読んでいないのだ。著者は、ちゃんと未読の人にもわかるように、前作の筋立てや登場人物を紹介しながら話を進めている。巻頭には人物一覧表もあり。これをコピーして栞代わりにして読めばいい。
墓まで暴いた再捜査が進むにつれ、個性の強い人物が次々と登場し、事件はいっそう謎を深める。そして第二、第三の殺人が! 名作の続編に挑んだ果敢な挑戦者は、前作の持つ味わいを残しつつ、ミステリーの筆法で現代に生きる家族の物語として再生させている。あざやかな手並みで、ドストエフスキー的世界へちゃんと連れていってくれる。前作を読んだ気にもなるから、一作で二度おいしい。
タイトル通り、前作にはなかったカラマーゾフ家の妹を創出することで、謎の味わいが濃くなった。イワンは多重人格者、という設定も読者をいい意味で混乱させる。『カラマーゾフの妹』は、家族の問題、人心に棲む「魔」に踏み込んで、2012年の日本人に、今日の問題として提起しているのだ。もちろん本家の『カラマーゾフの兄弟』を読みたくなる。そのことは、お約束します。
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たかの・ふみお:1966年、茨城県生まれ。95年、日本ファンタジーノベル大賞最終選考作『ムジカ・マキーナ』でデビュー。『赤い星』『時間はだれも待ってくれない 21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集』など。
おかざき・たけし:1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。著書に『ご家庭にあった本』(筑摩書房)、『読書の腕前』(光文社新書)ほか多数。
<サンデー毎日 2012年10月21日号より>
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