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平成24・2012年9月1日 日刊現代
第58回江戸川乱歩賞を受賞 高野史緒氏に聞く
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【HOT Interview】
【書籍・書評】
2012年9月1日 掲載
「原作の中の矛盾点は、実は書かれるはずだった第2部のための布石なんです」
<“矛盾”は読者への挑戦状>
受賞作は、あのドストエフスキーの大作「カラマーゾフの兄弟」の“続編”である「カラマーゾフの妹」。原作では、淫蕩なフョードル・カラマーゾフが殺され、3000ルーブルが盗まれた裁判で、フョードルと同じ女をめぐって恋敵の関係にあった長男ドミートリーが犯人とされ、シベリア送りになるところで物語は終わる。本作は、13年後、次男のイワンが特別捜査官として事件の再捜査に当たるところから始まる。
――もともとドストエフスキーはお好きだったんですか?
「学生時代から好きだったんですが、『カラマーゾフの兄弟』だけは釈然としないものがあったんです。何か間違っているような気がするけれど、どこがおかしいのか分からないままでした」
――続編を書こうと思われたきっかけは?
「ドストエフスキーはもともと第2部を書くつもりだったのが、『カラマーゾフの兄弟』を書き終えた直後に亡くなったので、それが果たせなかった。ロシア文学研究者の亀山郁夫さんが『“カラマーゾフの兄弟”続編を空想する』という本を出されたので、『自分で続編を書いたら?』と言ったんですが、やはり研究者としてブレーキがかかるんでしょうね。それで、亀山さんの妄想が伝染して、自分で書きたいという気持ちになって……。だから、私が勝手に原作を2次使用したわけではないんです(笑い)」
――なぜ、次男のイワンを主役に?
「イワンは一般的には無神論者で悪魔的な人物といわれているんですが、現代人から見たら違和感のない人物像なんですね。原作の中に、イワンが犯罪の傾向の分析とか、プロファイリングの走りみたいなことをやる場面があります。これを読んで、〈X―ファイル〉のモルダーみたいだと思ったんですよ」
――それで、高野さんが釈然としなかった点から推理していくわけですね。
「原作には矛盾が多くて、例えば、愛人の息子のスメルジャコフがフョードルを後ろから文鎮で殴り殺したと言っているのに、あおむけに倒れていると書かれている。それなのに、研究者が誰もその点を突っ込まないのは、これはミステリーじゃなくて文学だから、ドストエフスキーをおとしめてはいけないという気持ちがあるからではないでしょうか。でも、『罪と罰』では、ラスコーリニコフがどういう姿勢でどう殴ったからこう倒れるというのを、綿密に書きこんでいるんですよ」
――矛盾点は実は第2部を書くための布石ではないか、と。
「そうなんです。ドストエフスキーは、作家は細部のミスで追い詰められる、と書いていることから、おかしいことは俺は書いてないという、ものすごい自信があったと思います。だから、矛盾やおかしいと思うところがあるのは、読者への挑戦状だと。その挑戦状をわれわれが受け取ってこそ、ドストエフスキーへの敬意を示せるんじゃないかと思うんです。ドストエフスキーも、これで少しは留飲が下がったのでは(笑い)」
(講談社 1500円)
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